第335話 土砂降り
アード族たちと模擬戦をし、魔物狩りの準備を進めた。
腕人という魔物がターゲットだ。
腕人は前線砦から西方の森林地帯に出没する。数が増えてくると、森林から出て荒野を彷徨う個体が目撃されたりする。
今回の依頼は、その荒野に出てきた個体を狩ることだ。
クイネへの街道が脅かされないように間引くのが目的だ。
できれば森林地帯の方まで足を伸ばして、個体数を減らすことも追加目標となる。
約束した時間ぴったりで俺たちパーティが砦を出る頃には、アード族の若手3人はそれぞれの武具を携えて砦前の平原に集まっていた。案外真面目だな……。
リオウとマージの防具は模擬戦の際のものに少しパーツを足したくらいで、軽装なのは変わらずだった。
強そうな魔物と戦うのに、不安にはならないんだろうか。
パッセだけはガチガチの鎧を着込んでいる。
背中には野営道具も背負っており、装備と合わせると重そうだ。
そして、追加で2名の荷物持ちも待機していた。
ヒュレオが手配したもので、こちらもアード族だ。とにかく山のような荷物を背負っている。
準備万端な面々に対して、ヒュレオは余裕の遅刻だ。15分くらい遅れて、大欠伸をしながら出てきた。
「ふわあ〜。悪い、昨日ちょっと忙しくてね……」
「何言ってんだアニキ、昨日は賭場に入り浸ってたろう」
突っ込んだのは弓と鞭を使うマージだ。
「そそ、一大勝負で忙しかったのよ」
ヒュレオは悪びれることなく返す。
確かに仕事で忙しかったとは言っていなかった。
「とっとと出ましょう。日の暮れる前に野営地に着きたい」
パッセが槍の石突をトントンと軽く地に叩きつけながら、出発を促す。
「流石に間に合うでしょ……」
「ヒュレオさん。魔物狩りに絶対はないと教えてくれたのは誰だった?」
「へーへー。パッセちゃんには敵いませんなあ」
野営地は、普通に歩けば半日くらいの場所にある。
そこをベースとして、周囲を捜索し腕人を討伐していくことになる。
本番は明日一日というわけだ。
今回の依頼では、腕人を一体以上討伐すれば、成功報酬が出る。加えて、討伐数が増えればそれだけ特別報酬が出る。
今はそこまで金に困っていないわけだが、この地域の金はそれほど持っていない。
ウリウに設立準備を頼んでいる商会なんかで大胆に投資できるようにしておくためにも、稼いでおくとしよう。
いつだったか、キュレス南の国境近くの町で、現地の傭兵団と魔物狩りをしたのを思い出す。
最終的には傭兵団と対立して戦った仲だが、あの頃はまだ協力してワームを狩ったっけ。
そして、その途中で若手の戦士が死んでしまった。
今回は、全員無事に戻ってこられるだろうか。
俺たちのパーティの前を歩く、アード族の若手たちの背中を見る。
張り切って進むその背中は歩みに合わせて上下している。
無事に帰ってこれると良いのだが。
***************************
砦を出発した時は少し曇っている程度だったが、しばらく進むと雨が降り出した。
雨足は次第に強くなり、やがて土砂降りとなった。
流石に足を止めて、大きな樹の下で雨を凌ぎながら時が過ぎ去るのを待つ。
「ババアの予報も当てにならんな……」
マージがこぼす。
出発に当たり、マージの知り合いだという天候を占う老婦人に予報を乞うたのだが、今日はおそらく小雨程度だと言われたらしい。
衛星写真があるわけでもないし、予報も難しいのであろう。
ジョブで『天気予報士』とかあるんだろうか。
単に『占い師』とかだろうか。
すっかり水がしみ込んだ下着が肌に当たって不快だが、ここはもう壁の外だ。
鎧を外して脱ぐわけにもいかない。
降り注ぐ雨を眺めながら、何となく魔力を通してみる。水を変形して傘の代わりに……うん。
出来なくはないが、難しい。勢いを付けて落下してくる水を把握してまとめて、形にするのは結構魔力が必要だ。訓練にはなりそうだが。
発想を変えよう。
風の幕を作って、ウィンドシールドの要領で雨を逸らしてみる。
……ふむ。
出来なくはない。
が、魔力消費が意外と多い。水がシールドに当たる度に負担がかかり、維持に魔力が必要になってくるせいだ。
これも訓練には良さそうだが、傘代わりにするには贅沢だな。
まあ、そんな簡単に雨除けができるなら、とっくに魔道具として富裕層に浸透してそうだしな。
効果に対して魔力消費が高くて、実用的ではないのだろう。
「ギッキュ」
ドンが鳴く。
「ヨーヨー」
「ああ」
さすがに雨除け魔法で遊んでいただけではない。
同時に展開していた気配探知によって、土砂降りの中近付いてくる気配を探知していた。雨の気配のせいでかなり分かりにくく、いつもより精度は低い。かなり近くなるまで気付けなかった。
ヒュレオもほぼ同時に気付いたようで、俺に短く警告を促した。
「亜人っぽいが……こんな土砂降りなのによく向かってくるわ」
「奴等にとっちゃ、己の安全よりヒトを殺す方が優先度が高いってことよねー。やんなっちゃうね」
ヒュレオは気負った様子もなく、剣を鞘ごと投げて一回転させてキャッチしてみせる。
そして鞘を左手で掴んで、右手で刃を引き抜くようにして抜剣する。
握りの部分が少し変わっているが、無骨な直剣だ。刃の部分が鈍く光る。
俺と戦ったときにも持っていた直剣だ。
「オレが仕掛けるぜ〜、パッセちゃんたちとヨーヨーちゃんたちも、適当に頼むぜ!」
砦でいくら誘っても模擬戦を回避し続けたヒュレオだが、魔物相手にはやる気を出すようだ。
「敵の総数が読めん、気を付けろよ」
「りょーかーい」
俺たちパーティとアード族の面々でそれぞれ隊形を作る。
ルキとキスティを前に置いてサーシャは援護、アカーネとアカイトは後方警戒だ。
サーシャとアカーネは逆でも良いのだが、なんせ豪雨で視界が悪い。視界頼りのサーシャの索敵はあまりアテにできない状況だ。
アード族たちは一応前と後ろに別れたようだが、互いに積極的に援護するような気配はない。
別に普段から一緒に行動しているメンバーでもないようだから、仕方ないのだが。
何人かを警戒役として周囲の偵察に出してもらっているので、人数が少ないこともある。
斥候役を除くと戦うのは模擬戦をした面子と同じ、槍のパッセに剣のリオウ、弓と鞭のマージだ。
先行して、姿が辛うじて見えていたヒュレオの姿がふっと見えなくなる。
やられたかと心配しても良いところだが、あいつとの戦いを思い出して大丈夫だろうと思う。
とにかく動きに掴みどころがなく、速かった。
この豪雨でその動きをされれば、見失うのも道理だ。
「ヒトツメだ!」
前からヒュレオが叫ぶ。ほら、無事だった。
「え!? ヒトツメ? なんでこんな所に」
パッセが少し動揺した声。
ヒトツメ。聞き覚えがある。
「リックスヘイジの西の方で湧き点が出来たんだよ」
そう、ここにくる途中に遭遇した、湧き点の発生のときに出てきた魔物だ。
あのときは湧き点に呑まれないよう、ひたすら逃げるしかなかった。
荷物持ちの男が足を掴まれ、引き摺り倒された時の助けを求める声はまだ、耳に残って消えない。
「リックスヘイジの西? 随分距離があるぞ!」
「わざわざ来てくれたんだ、歓迎しよう」
リベンジマッチだ。
たしかヒトツメはこちらの倍以上の身長はありそうな巨体で、魔法とかは使わなかったはずだ。
デカくて速い、と言われていたっけ。
「キスティ、一発を貰わないようにしろ! ルキ、頼むぞ」
いかに力が強くても、物理でルキの防御を抜くのは難しいはずだ。
理想はルキを狙わせて、俺とキスティで攻撃する形か。
サテライトマジックを用意しようとするが、火魔法と溶岩魔法はうまく形成できない。
雨のせいか。
仕方ない、サテライトは諦めて、氷魔法あたりで削るしかないか。
「ぐおおおん!」
前方にいた1体の気配が派手に転ぶ。
ヒュレオのヤツがやったか。
そしてその左から、別の気配。
そちらに向かいながら、氷魔法を放つ。
雨の向こうにうっすら見えはじめた巨体の腹に、氷の針が刺さる。が、痛がるそぶりもない。
「〜〜っ!」
ヒトツメが何か叫んだ声は、激しい雨音にかき消される。そして叫びとともにその長い腕を振り下ろしてきた。
なるほど速い。
斜めに走ってそれを避ける。
すぐ横で振り下ろされた拳がぬかるんだ地面を抉る。
水が爆ぜるような音。
エア・プレッシャーで回避した方が確実なのだが、あまり魔力を無駄遣いしたくないので普通に掻い潜ってみた。
なのだが、気配を集中して読みながら避けたが、ちょっと生きた心地がしないな。
接近して改めて見ると、デカい。
こんなにデカかったろうか、というくらいにデカい。
顔は名前の由来の通り、単眼のように見える。口にはびっしりと牙。嗤うという感情があるのか分からないが、ニタリと嗤っているように見える表情。不気味だ。
豪雨で視界も聴覚も制限されるなか、しっかりこちらに顔を向けている。
「おらっ!」
剣を振り、それに合わせて魔力を放出する。
溶岩魔法が使えないなら、基本に立ち返って魔力を放出してみる。
魔力の塊はヒトツメの腹を抉り、消滅する。
当たった部分からは出血しているが、致命的な傷にはなっていなさそう。
「固いな」
「ギーギー」
ドンが警戒するようにと後ろで鳴いている。
気配探知によると、もう1体、同じサイズのヒトツメがこちらに近付いているようだ。
下がるか。
振り下ろした拳をスカされたヒトツメが今度は足を上げて踏み込む姿勢に入っている。
エア・プレッシャーで一気に後ろに退きながら、バシャバシャを発動する。
誰もいない地面に今度はヒトツメの足が振り下ろされる。地面が軽く揺れる。
そしてバシャバシャでぬかるみにした地面をヒトツメが踏み締める。
「……」
特に苦もなく立っている。
デカいせいで、足元が多少ぬかるんでいても意味がないらしい。
これならどうか。
バシャバシャで魔力を浸透させていた泥水を、引っ張るようにして動かす。
もう片方の足で踏みつけようとしていたヒトツメは、足元が急に不安定になったためにすっ転ぶ。
今度は地が揺れるような衝撃。
近付いて首筋を一閃……したかったが、奥から来た別のヒトツメの拳がそれを邪魔する。
バックステップで避けるが、もう一つの手で間髪入れずに攻撃を入れてくる。
「任せてください」
ルキが大盾で受ける。
「うがあああああ!!」
飛び込んだキスティが、ヒトツメの頭を叩き潰す。
右をチラリと確認する。
アード族の3人も既に1体と対峙している。
ヒュレオは更に前に出て、1人で相手しているっぽい。
視線を戻して、連続パンチをしてきた個体と、その後ろから更に続いてきた個体を見る。
こっちはこれで打ち止めのはず。
気合いを入れて相手しよう。
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