第332話 崩し

前線砦に到着して、アード族のヒュレオと再会した。

前に霧降りの里とクダル家が揉めていた時に、俺と戦った軽薄そうな犬顔の戦士だ。


「きーてよヨーヨーちゃあーん! あれからオレさ、散々だったのよ? あっちこっちでコキ使われて疲れたーってなってさ、今なんか喧嘩の仲裁みたいなことをしろって言われてんのよ?」

「あー、大変だな」


灰色の石で囲まれた「前線砦」内の一室。

壁際には槍がいくつも立てて飾られている。

質素だが武具だけは愛している感じ、いかにも「武人」チックなアピールに感じる。


数人の下働きたちが何やら準備を進める部屋の中、俺の隣に座っているのはヒュレオだ。

彼は周囲が忙しそうにしていることなど気にも留めず、ダル絡みを発動している。

座っていると言っても、地面にそのまま胡坐をかく形だ。時代劇の武将がするイメージで足を組んで座った俺に対して、ヒュレオは片膝を立てて、もう片方の足を投げ出すような形。

この地域は、地球世界はもちろんキュレス地方とも常識が違う。そうは言っても、ヒュレオの姿勢がリラックスしすぎな姿勢であることは、まず間違いない。


「客人に何を話している? 雲の。お前の役割はアード族共を大人しくさせることだろう」


後ろから声が掛かり、鎧を着こんだ人物がヒュレオをたしなめつつ、入ってきた。


顔はネコ科の猛獣のようで、それ以外の箇所は鎧で見えないこともあって、人間族と変わらなさそうだ。

身長は2メートルを超えていそうな巨体で、その背後には鳥のような顔の者が付き従っている。顔面は、パッと見ると猛禽類っぽく見える。


「イェン、そう怖い顔をすんなよ! ヨーヨーちゃんがビビッちまうだろ!」

「そうは見えないが。客人、このアード族のことは気にするな」


ガシャガシャと鎧のこすれる音を立てながら、俺たちの横を通って、奥の上座に置いてある椅子に座る猛獣のような男。

鳥顔の人物はその斜め後ろに直立して、手にした書類の束を捲った。


「これですな」


鳥顔の人物が何やら紙を探し当てて、それ1枚だけを座った男に渡す。


「……」


男は紙を読み込み、沈黙が下りる。


「イェン、こいつはオレの推薦だって」


不満そうに声を上げるヒュレオに答えたのは、無視を決め込んだ獣顔の男ではなく、鳥顔の方だった。


「雲の。お前の推薦など知らない。もしそういった事実があるのであれば、手続きを踏め」

「手続きぃ~? 紙にお習字しろってか」

「……最低限の報告をしろ。アード族の顔役がその有様では……」

「誰が顔役だって? オレはそんなもんになった覚えはねェって」


鳥顔の言葉を遮るように言うヒュレオ。

本気で怒っているわけではなく、軽い口調だが、顔役と言われるのは本当に心外そうだ。


「それでも、周りからはそう見られる。子どものように駄々を捏ねても何の得もありはしない」

「へいへい」


鳥顔がヒュレオをあしらっている間に、獣顔のお偉いさんの方が紙を読み終えたようだ。

紙から目線を上げると、俺の顔を見た。


「客人、種族は人間族か?」

「そうだ」

「ほう。飛槍のラルに勝ったのか?」

「偵察隊だかの隊長のことなら、その通りだ。強かったが、相性が良かった」


一応、相手の関係者の羽根を焼いてしまったわけだ。

少しだけ謙虚に出てみる。

一瞬、敬語で話すべきかどうかも悩んだが、まだあちらも名乗っていないのだ。

特に気にする様子もなさそうだし、このままで良いか。


「ほおう、勝ったか」


その猛獣のような顔の口端を、ニヤリと歪ませる。


彼が読んだ紙に、ラルとの勝負のことが書いてあったわけではないのか。


「あれは戦い辛かったろう?」

「まあ、手強かった」

「そこのアード族に勝ったのであれば、その程度に負ける訳もなしか」


獣顔の男が納得したように呟くが、ヒュレオに勝った覚えはないな?


ただ、俺がツッこむより前に、ヒュレオが立ち上がって抗議した。


「おいおい、イェン。ヨーヨーちゃんとオレは引き分けだったわけ。勝手に負けたことにしないでくれない?」

「座れ。引き分け、か。それでも実力者には違いあるまい」


偉そうな獣顔のヒトも、ヒュレオの実力自体は認めているのか。

答えてくれるかは分からんが、訊いてみるか。


「……ヒュレオは、クダル家の戦士の中ではどの程度の位置なんだ? 戦士としての実力の話だが」


獣顔の男は手に持っていた紙を鳥顔のヒトに渡して、再度座り直した。

片手の肘をついて、指先であごの毛を撫でるようにしている。

ヒュレオほどではないが、この男も礼儀正しいわけではなさそうだ。


「そいつの実力か。実力を見せたがらぬ卑怯者だが、前線の隊長としては及第点といったところだ。タネを見破られると厳しい面もあるがな」

「タネ?」

「イェンさんよお。何を言うつもりか知らねぇが、流石にそれはねーだろ」


ヒュレオが真顔になって制止すると、獣顔の男はそれを聞き流したが、先を言うのはやめたようだった。


「……気になるなら、そいつ自身に訊くことだ」


他人のジョブやスキルのことは、あんまりペラペラ喋ると天罰が下ったりする、らしい。

獣顔の男も、その危険を冒すつもりは最初からなかったのかもしれない。


「それより、客人。実力を持ち、ラルとも知り合ったのは分かった。それで? この地に参った理由はなんだ?」

「いや、申し訳ないが深い理由があるわけじゃない。ヒュレオから誘われたし、クダル家は実力者揃いと聞いたからな。ここのところ自分の実力不足も痛感して、強い相手と訓練したいと思ったまで」

「腕試しか? 仕官のつもりはないのか?」

「ない」

「……ふむ。普段は断絶の山脈に籠っているのだったか?」

「そればかりではないが、まあ、その辺をウロウロして魔物を狩ってるってのは間違いないな」


「その辺」に、転移先である大陸各地が含まれるわけだが。

ヒト同士の戦いに巻き込まれることも多いが、望んで参加しているわけでもない。

基本は魔物狩りをして、色んなところをフラフラしているのが現状だ。


俺の返答に、獣顔の男はどう思ったのか、ほお、と息を吐く。


「私は無意味な駆け引きはせぬ。聖軍とやらに大して興味もない。客人を害するつもりもなければ、歓待するつもりもない」

「聖軍?」


聖軍の動向を探るようにウリウに依頼した話がバレたのだろうか。


「腕を磨きたいのだったな? それが本心ならば、好きにするが良い。こちらも使える魔物狩りの手は借りたいところだったのだ」

「魔物狩りの手を借りる? 依頼ということか?」

「そう取っても良い。詳しくは後ろのシェルに聞け。魔物狩りとして依頼を受けるのであれば、その間この砦に滞在することを許そう。依頼の間に、私の部下と模擬戦しても構わんし、訓練に参加しても良い。私から正式に許可を出す」


更に遠くの町に行かなくても、ここで訓練できるということか。

それ自体は悪くない条件だが……。


「依頼の内容を確認してからでも? 何でも受けるというわけではない」

「当然だな」

「どんな魔物が相手になる?」

「シェルに聞け。勘違いしているかもしれんが、依頼は1つではない」

「いろんな魔物の依頼がある、ということか」

「そうだ。この辺りの湧き点から出て来る魔物共は、我らで駆逐している。対象はいくらでも湧いて出て来る」


なるほど。色々依頼があるから、それらを受けている間はここに居ても良いと。


「分かった。後ほどそちらの……シェル?さんに確認させてもらう」

「シュルシエルと言う。よろしく頼む」

「ヨーヨーだ」


後ろの鳥顔さんが挨拶してくれる。

やっぱりこのヒトのことだよな。


「それでは、イェン様……」

「おう。シェル、後は任せた」


獣顔の男が立ち上がり、シェルと呼ばれたヒトを残して部屋を出ていく。

だが、俺の横を少し通り過ぎたくらいで一度足を止めた。


「イェン、なんだ?」

「雲の。お前はアード族をどうにかしろ」

「またそれかよ。俺もヨーヨーちゃんと一緒で、魔物狩ってんのが仕事。子どものお守りはオレの仕事じゃないわけ」

「なら、その仕事にアード族の悪ガキでも連れていけ。ここで余計なイザコザを起こさせるな」

「まあ〜、それはアリかもねえ。気は進まんけど」

「仕事をしろ」


ヒュレオに文句を付けた後、今度こそ部屋から出ていったようだ。

ここのお偉いさんだと思うのだが、ヒュレオが終始ナメた態度のせいもあって、よく分からんな。


「ヨーヨー、ここで仕事の話をしても?」

「それは構わないが。失礼だが、今のヒトは誰か聞いても?」

「今更ですか。あのお方はこの砦の主であり、八戦士の筆頭、イェン様」

「やっぱり八戦士か」


一応肩書き的にはヒュレオと同じなのかな?

それなら、ヒュレオが終始チャラチャラした話し方をしていても一応怒られなかった理由は分かる。

実際はイェンって男の方が、数倍は権力がありそうだが。


「崩しのイェンって呼ばれてるんだぜ」


今さっき叱責されていたヒュレオが、特に気にもしてなさそうな顔をして補足する。


「崩し?」

「そ。ここもだけどさ、とにかく敵の拠点をバンバン崩して、落としてきたわけ」

「雲のヒュレオよりは格好良いな」

「それは言いっこなしよー、ヨーヨーちゃん! オレのはほぼ悪口みたいなもんだからさ」


遊び人、みたいなイメージか。

掴みどころのない性格と相俟って、似合っていると思うがな。


「おほん。雲の、お前も新しく任務を受けるか?」

「そうねー、イェンもそれで良さそうだったし。あ、そうだ、それなら大物いっとこうか? オレとヨーヨーちゃんの一行、それにアードの若手を何人か連れてけば、割と無茶できるっしょ」

「……ヨーヨーと雲ので協力すると?」

「折角ならってハナシ。ヨーヨーちゃんはどお?」


うーーん。

ヒュレオは強いし、この辺に詳しそうではある。

少なくとも最初の依頼では居てくれた方が安心はできそう。

ただ、そもそもこのウザいキャラと一緒に居て保つだろうかという不安がある。

最近も犬顔には裏切られたばかりだし。


でもなあ、うーん。


「……あまり危険度が高くないものなら、まあ」

「おっ。いいねー、久しぶりにヨソの奴らと組めるのはワクワクすんねえ!」

「あー、うん」


丁度いい依頼があるなら、みたいな絞り方をしようとしたんだが、ヒュレオの反応で組むことが大前提みたいになってしまった。


まあ、客観的に考えれば、いきなり俺たちだけで狩りをするよりはいいはずなんだ。

納得しておこう。

うーーん。


「ヨーヨー、伝えられる範囲で良い。どんな闘い方をするのか聞かせて。依頼を絞るのに使う」


鳥顔ことシェルに言われて、思考を切り替える。


「パーティとしてってことだよな。俺は魔法を使う。仲間は攻守に長けたジョブがいて、まあ全体的にバランスは良いはずだ」

「そうなると、決め手は魔法か?」

「まあ、そういうケースも多い」

「魔法が効く魔物が良さそうだな。少し待て」


シェルはそう言い残して部屋を出て行く。


依頼の資料を取りに行くのだろう。



「いやはや、それにしてもヨーヨーちゃん、ホントーにここまでひへふへるほはね!」


お偉いさんたちが居なくなって気楽になったのか、欠伸をしてノビをしながらヒュレオが言う。


「来てくれるとはね、か? まあ、あんた以外に特に伝手もなかったんでね」

「しかし、八戦士のことはふつーに知ってたみたいねー。もしかして、戦った時にオレのことも知ってたん?」

「いや。八戦士ってのがあるって話も、リックスヘイジで聞いた話だしな」

「ふ~ん」

「あのイェンって男が言いかけていた話だが……」

「オレのタネがどうのって話?」

「ああ。ジョブ関係の話か?」

「う~ん。まあ、関係なくもない」

「そうか」


それなら聞けないか。


「でもまあ、そうだな。あのイェンに模擬戦で勝てれば、オレのジョブを教えてもいーぜ?」

「えっ」


そこまで秘密でもないらしい。

しかし、あの男か……。

明らかに強そうだったんだが。


「そもそも、あの男は戦うのか? 相当偉い立場のようだったが」

「どうだろうねぇ。ああ、そうか……」


ヒュレオは何かを思いついたようで、考え込む。


「……それも面白そうだけど、やっぱあれか。ヨーヨーちゃん、こっちが指定する連中と戦って勝てたら、にしてあげるよ!」

「指定する連中? 1人じゃないのか」

「うん。一緒に連れていくって言ってたアード族の若手たちね。そいつらを……そうだなあ、3人同時に相手してもらう」

「あの男1人相手にするより、そっちの方が可能性があるのか?」

「まあ、そうだろうねぇ。3人とも、ラルちゃんよりは弱いだろうし」

「ふむ」


ラル未満なら、まだ何とかなりそうな感じもある。

とはいえ、ラル3人を同時に相手にするようだと厳しいのだが……。


「俺が負けても特に何もないんだよな?」

「ないない! やる気になった?」

「まあ、訓練しに来たわけだしな。やるだけやってみよう」


多数を相手にする場合の訓練としては、丁度いいくらいのレベルかもしれない。

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