第331話 ハダカ

酒場、ならぬ酒飲み広場で情報収集した。

次の目的地は、南東にあるというクイネとかいう町だ。

そのためにはまず、東に行ってクダル家の前線砦とやらを経由する。


前線というだけあって、クダル家の勢力が基地として使用している軍事拠点のようだ。

しかし、それからリックスヘイジを発つには更に数日置いた。


魔物などの情報がなかなか集まらず、前線砦に向かうという商人なども見つからなかったのが1つ。

加えて、安全な町にいるうちに転移の練習をしておきたかったのだ。


最悪、失敗して俺だけ探査艦に戻ってしまったとしても、ここならサーシャたちだけでそれほど危険はないだろう。

白ガキの言っていた転移キャンセルを試してみながら、転移しようとしなければ、発動させた転移を空振りさせることができることを確かめた。

あとは発動を繰り返しながら、全員を連れていけるような感覚を掴むだけだ。

それが難しいのだが。


練習自体は継続しながら、東門から出発する。


ゆっくり準備を整えていざ、出発という朝。

東門を通り過ぎようとしていたところで声を掛けられる。


「旦那、ヨーヨーの旦那」

「ん? ウリウか」


緑肌族の女性2名を護衛に引き連れたウリウだった。

防具は外しており、身軽な格好をしている。

こいつも出発するというわけではなさそうだ。


「良かったですぜ、すれ違わなくて」

「何か用だったか?」

「旦那に頼まれてた件ですけどね……ほら、商会の」

「あ? ああそれか」


商会の設立を頼んでいたっけ。

邪魔にならないよう、道を外れて話す。


「やっとこさ、行商商会の登録は出来ましたんでね。店を構える許可まではまだ難しいんすけど」

「物を売っても良いが、店は構えられないってところか?」

「ええ、まあ。色々不便はあるんすが、それでもないよりはマシでさ」

「今まで、ウリウもその登録をしてたのか?」

「ええ。個人で行商するなら面倒くさい手続きとかもあんまりないっすけど、やっぱり商会として登録しないと不便が多いんでさ」


ありゃ。ウリウの登録していた商会を利用するだけでも良かったかな。

まあ、こういうのはちゃんと分けておいた方が良いか。


「店を構える許可ってのは、何が足りないんだ? 時間か?」

「時間もそうっすね。実績も必要ですし、後はやっぱり旦那自体が手続きしなきゃなんねぇ。最低でも10日くらいは留まって、色々やらなきゃですぜ」

「そうか……」

「ま、旦那が居ないうちに、こっちで出来る準備はしときますぜ」

「ああ。だが、俺としては商売に本腰ってわけでもない。お前も、自分の商売を優先してくれて良いぞ」

「ええ、合点でさ」


しばらくはウリウともまた会わないだろうし、こいつはまだ余力がありそうだよな。

宿題でも出しておくか。


「ウリウ、これを」

「はあ、なんで……旦那!?」


ウリウには袖の下を渡すように貨幣を渡した。

別に隠す必要はないのだが、ノリだ。

渡したのは「大貨」と呼ばれる大きい貨幣。


大貨を見たウリウは首を傾げる。


「この金は?」

「半分は今回の商会の件の対価だ。もう半分は、新しい依頼の対価だな」

「新しい依頼?」

「調べものだ。商会をやるなら、どうせならこの辺りの情報を知っておきたいだろう? 基本的なこと……例えば周辺での貨幣価値の差とか、どこにどんな魔物素材が売れそうかとか。そういうのを町ごとに調べてくれないか。ひとまずはウリウが必要だと思った情報を紙にまとめたもので良い」

「調べもの、ねぇ。分かりました、やってみますぜ」

「頼む」


ウリウは再度、大貨に目を落として微妙な表情をする。


「なんだ?」

「いえ。調べもので大貨半分ってのは、多いのか少ないのか良く分からなくって」

「少なかったか?」

「ああ、いやぁ! 別に催促してるわけじゃねぇんですぜ? 旦那のお願いとくりゃ、足が出ようともやりまさあ!」

「そうか」


あまり期待はしないでおこう。


「……そうだ、ついでに聖軍の最新の動向も調べられそうだったら、頼む。情報次第だが、追加報酬もあり得る」

「旦那、あっしは情報屋じゃありませんぜ? まあ、素人仕事で良けりゃ、探ってはみますがね」

「悪いな。頼む」


ウリウと別れて、今度こそ東に向かう。

結局、ウリウの護衛として付いてきていた緑肌族の2人は全然喋らなかったな。

俺に興味もなさそうだった。一応、一緒に死線を潜った仲だというのに。



***************************



ヨーヨー一行を見送って、しばらくはその背中を眺めていたウリウ。

ひとつ大きく息を吐くと、手を叩いて護衛の2人に行動を促した。


「さあ、俺たちも行くぞ」

「……。あんたさ。あれが後ろ立てで大丈夫なの?」


緑肌族のピスナは険しい表情のまま、まだ東門の方に目をやっている。


「どういう意味だ?」

「あれって“聖軍の落とし子”でしょ?」

「さーて、ね。過去は一切知らないんだよ。あり得そうな線で言ったら確かに、聖軍絡みかもしれないがね」

「最後も、聖軍の情報を知りたがってた」

「ああ。あれで本当にそうなら、隠す気があるのかこっちが心配になるわな」

「……詳しくはないけど、落とし子ってのはアレでしょ? 余計なイザコザに巻き込まれるんじゃない?」


より険しい表情になったピスナを安心させるように、ウリウは意識的に口角を上げてみせた。


「その辺は俺も分からんよ。でもま、1つ分かるのは、旦那が何者だろうと、良い金ヅルであり後ろ盾ってことだ。今んところはな」

「後ろ盾ったって、結局あの人間族の男のスタンドプレーでしょ?」

「そうだがね。この前の紛争も、旦那が1人で戦局をひっかき回したんだ。ありゃあちょっと、凄かったぜ」

「それはもう聞いた、何度も」

「この町でも、ちょっと目を離している隙にクダル家の隊長に勝ったらしいしな」

「あの様子じゃ、クダルに取り込まれるのも時間の問題だ」

「だったら今のうちに、俺らの有用さも売り込んでおかないとな。旦那が商会を作ってデカい商売をするようならどうだ、そっちの雇われもやらないか?」

「……報酬次第」

「そればかりは、旦那と相談だな」


ウリウはカラカラと笑った。



***************************



「グガア!」


ハダカデバネズミのような見た目の顔で、大きく口を開けて噛みついてくる魔物。

「ピスケス」とか呼ばれているらしい、大型犬くらいの大きさのネズミ型魔物だ。

背中はアンキロサウルスみたいに硬くなっていて、噛みつきを避けながら斬りつけてもその表面を滑るだけだ。


「はぁっ!」


しかし、その後ろからキスティのハンマーが振り下ろされると、頭が潰れて、体液が飛び散る。

こういう、大きくて硬いが動きが遅い系の相手にはキスティのハンマーが有効すぎる。


「魔石の位置、分かるやついるか?」

「……」


サーシャもアカーネも、キスティも首を振っている。


「あー、アカイト。こいつと戦ったことはないか?」

「ないでござる!」

「そうか」


自信満々に言い切られてしまった。

まあ、身体が小さく攻撃力に乏しいラキット族が、敢えて戦いを挑む相手ではないもんな。


「まあ、良いか。今は先を急ごう」



ピスケス以外は襲撃もなく、途中野営も挟んで順調に進む。

情報が少ないから警戒していたが、何とかなりそうだ。


そして、分かれ道のたびに、真っすぐ伸びる太い街道を選ぶ。

これで合っているかはいささか不安だったが、やがて目前に軍事拠点っぽいものが見えてきた。


キュレスで見慣れたものと比べれば壁は低いし、堅牢さも感じない。

しかし、その周辺に何本も見張り台のようなものが建てられ、前線基地っぽさが感じられる。


「そこで止まれー!」


見張り台の1つから、声が掛かる。

言われた通りに停止すると、見張り台の上から、ヒトが飛び降りる気配。

マジか、相当高いはずだが……。


飛び降りた人物は当然、こちらに急接近してくる。

ふさふさとした毛並みの、猫っぽい種族のヒトに見える。


「お前らナニモンだ?」


あっという間に傍に来た猫人が問うてくる。手は腰に差した剣に添えられている。


「あー、少し前に連絡が行ったかもしれないんだが、個人傭兵のヨーヨーだ」

「ヨーヨー? 少し確認する、ちょっと待っていてくれ」


猫人が踵を返す。

その時、もう1つの近付いてきていた気配の主がちょうど視界に入った。


「おー、マジでヨーヨーちゃんじゃない!?」

「久しぶりだな」


俺がかつて戦い、引き分けた雑種っぽい犬顔の人物。

アード族のヒュレオその人である。

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