第330話 酒

呑兵衛が集まる広場で情報収集した。


一通り収集したので、俺たちも少しばかり残って飲む。

といっても、酒を飲むのはキスティとルキだけだ。


サーシャ、アカーネにアカイトは酒を好んでは飲まない。俺もそこまで、だ。

酒粕のジュースのようなものを買って、広場の端に陣取る。キスティとルキはアカイトに通訳してもらいながら、酒を買ってきた。


「ううむ、薄いな。香りづけのフルーツの匂いは良いのだが」


キスティは一口飲んで、不満そうに漏らす。

アルコールの度数が低いらしい。


「酒屋ジョブの方が少ないのかもしれません。お酒は嗜好品ですから」


ジュースの方はほんのりと甘い砂糖水のようで、不味くはない。

ただほんのりと甘いだけの味で、オーグリ・キュレスの贅沢品に慣れてしまうと飲めたものではないかもしれない。


「よう、姉ちゃんたち。見ない顔だが、見たところ東の人間かい?」


仲間内でひっそりと飲んでいると、ひょろりとしたおじさんに声を掛けられた。

暗がりでは人間族のようにも見えるが、腕や首筋、そして顔の肌には特徴的な紅い模様が浮かんでおり、龍紋族だと分かる。

オーグリ・キュレスに残してきた格闘娘と同じ種族だな。

ただ龍紋族というと、筋骨隆々だったり強そうな外見のやつが多いイメージだった。が、こいつは身長は高いがヒョロリとしており、弱そうだ。


「ナンパならお断りだぞ。仲間内で飲んでるだけだ」


俺が横から釘を刺すと、男はこちらを見て肩をすくめた。


「そんなんじゃねえよ、色男。ここで知らない顔と会うのは珍しいから、話を聞きにきただけじゃねえか」

「知らない顔ね。ここに集まるのはいつも似たような面子なのか?」

「当たり前だろお。こんな寂れた辺境の田舎町だぞ、呑兵衛の顔なんて限られてんだよ」

「モク家とか、クダル家の連中みたいに外から来る奴らもいるだろう?」


男は顔の前で手を広げるジェスチャーをした。頭を軽く左右に振っているので、否定の意味かもしれない。


「いやいや、連中みたいなのはこんなトコで飲まんよ。どっかの倉庫でも借りて、屋根のあるところで盛り上がってるさ」

「そうか……」

「兄ちゃんはなんだ? クダルの連中とも違いそうだなあ。交流会の季節でもないが、パートナー探しかい?」

「交流会?」

「嫁探しだよ。見たところ人間族かい? この辺じゃ割と珍しいし、交流会以外で来たがる奴がいるとも思えねえけどな」


交流会が分からないが、嫁探しと言っているから、そういうこの世界の婚活的な催しものだろうか。


「何で来たがらないんだ?」

「兄ちゃん、本気で言ってんのかい? こんな山脈近くの辺境に、誰が好き好んで来るってのよ。交流会で来るのも、悪さをして行き場所がない奴とか、魔物狩りで一発逆転を狙ってる夢みがちな貧乏人ばっかりさ」

「嫁探しなんだろう? 相手が見つかったら帰れば良いじゃないか」

「そういう奴もいるだろうけどね。それが出来るなら、尚更東に行きたがるだろう。わざわざ人間族が少ないこっちで探してもねえ」


ああ、人間族という前提で考えるとそうか、伴侶を探すなら数が多い方に行った方がいい。

よく知らないが、人間族が多い地域もあるのだろう。共和国ってとこかな?

キュレスでは人間族が多いので気にしたこともなかったが、少数種族になると伴侶探しも一苦労なのだな。


「そうか。俺は見ての通り、相手には困っていなくてな。単に魔物狩りのパーティなんだ」

「ほほう、あんたら魔物狩りかい! そりゃ、悪かったねえ。あんたらみたいのを夢見がちと言ったわけじゃないんだよ」

「ん? ああ、さっきの話か。それは気にしてないから別に良いぞ。実際、断絶の山脈とやらのヤバさは分かっているつもりだ」


まだちゃんとは理解できていない気がするが、断片的に知ってるだけでもヤバそうなのは分かる。


「最近は暗い話も多いしね。知ってるかい? 大型の魔物が出て里が潰れたってさウワサ」


……なんと?


「知らなかったな。大型が出たのか、確かか?」

「最近、モク家が戦士を引き上げてたろう? 大型でも出て苦戦してるんじゃないかって話さ」

「それは……単なるウワサだな?」


憶測で物を言っているだけとも言う。


「だからウワサだって言ってるだろう!」

「他に根拠はないのか?」

「あるとも。あんたが居たか分からないが、少し前に北からの移民組が来たんだ。だが、モク家の連中にしょっ引かれて連れてかれちまった」

「ん? それだけか?」

「そうとも! 考えてもみなよ、最近大人しいモク家の連中が血眼になって移民狩りなんて、普通じゃないだろ? ありゃ、北で隠したいコトが起こってんのさ」

「それが大型魔物の襲撃だと?」

「そうとも。それでその後、傭兵をやってる連中、それも個人傭兵まで根こそぎ雇って行ったろう。ありゃ、大型の魔物でも出たので間違いねえって!」


う〜ん。

北でモク家が傭兵を雇わざるを得ない状況になった可能性は高そうだ。

だが、それが大型魔物だと言う肝心のトコロの根拠が何も出てこないのだよな。


「なるほどな。確かに大物魔物が出たと考えると辻褄が合うな」


もうこいつから聞いても新しい情報はなさそうなので、迎合しておく。


「だろう? あのモク家でも手を焼くような魔物だ。やっべえ奴に違いねえぞ!」

「そうだな」


そんなにヤバい魔物がいたら、次に襲われるのはここかもしれないわけだが。

呑気なおっさんだ。



***************************



俺は、立っているようだ。

ホコリひとつない、えんじ色の絨毯。

奥の本棚の前にはソファ。


手を前に出して握る。

汚れひとつない手だ。


ここは……。


「何の用だ? たしか、俺は倉庫に帰って……」

「昨日は随分とお楽しみだったようだね、おはよう」


対面のソファに座る白ガキが、コップをこちらに傾けておどける。


「あんたの世界に呼ばれるのはいつも唐突だな。何かあったか?」

「君が戻れなくなってるって知ってね。今後の相談をしとこうと思って」

「それはすまないが、いきなり湧き点が出来たもんでな……」

「それは仕方ないよ。別に責めるつもりはないんだ、僕は君の上司でもないしね?」

「ああ、そうか」

「今後の相談というのはね。こういうケースもあるし、ここらで君自身の転移操作を鍛えるってのはどうかな?」


転移操作を鍛える、か。

前は白ガキの協力でやっと全員を転移して窮地を抜けられたのだし、やって損はないな。


「そりゃあ願ったりだが、鍛える方法を知ってるのか?」

「こればっかりはね、慣れてコツを掴むのが一番なんだよね。僕の補助アリの転移は経験したわけでしょ? それを手本にして、とにかく数をこなすところからだよね」

「数をこなすって、発動したら俺だけ帰っちゃうんじゃないか?」

「いや、発動して潜らないって方法はあるよ。ここらは転移先とも適度に離れてるから、もってこいの練習環境になるね」


場所が良いとかもあるのか。

なら練習してみるか……。


「ねえ」

「うん? 他にも何かあるのか」

「君、共和国のことも色々知ったのだろう?」

「あー、ああ。東の方にあるらしい国だよな」

「君から見たらそうだね。君みたいに民主的な体制の国から転移した人間は、やっぱり惹かれるかい?」

「どうだろうなあ。こっちにはこっちのやり方があるし、こっちの共和国は腐ってる可能性も高そうだしな。別に共和政だから行きたいとか、住みたいとかは思わんな」

「ふーん。そんなものか」

「意外だな、そんなことに興味があるのか?」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど。君たちがどう思うのかには興味あるってわけ」

「ああなるほど、他の転移者か。どうだろうな……この世界の、封建的なシステムでイヤな思いをしたやつはやっぱり、共和国に行ってみたいと思うんじゃないか? 人権ってやつを求めて、な」

「人権かあ。僕は人権、あるのかね?」

「……ホログラムでしか会えないやつには認められないんじゃないか?」

「ふっ。それもそうだね」



しばらく話して、白ガキの世界から帰還した。

やはり身体はずっとそこにあったようで、上にはアカーネが乗っている。


俺の上ですやすや寝てやがる。

流石に重いぞ。

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