第329話 広場



クダル家との接触を果たし、背翼族のラルと模擬戦を終えた。


うっかり彼女の羽根を燃やしてしまったわけだが、俺は悪くない。

悪くないんだ。

ただその後、当然不機嫌になったラルから延々と愚痴を喰らっていた。


「リョウが勘違いしたって話は分かったけどね。いくらでも訂正する機会はあったんじゃないの?」

「まあ、そうだが。クダル家の実力がどんなものか、やってみたいのもあったもんで」

「何コイツ……」

「クダル家とは初対面ってわけでもないんだ。西の方で色々あって、あの……犬顔の、幹部っぽいヒトにクダル家に会いに行くように招待されていてな」

「犬顔の幹部……? 犬顔ねえ……もしかして、アード族のヒュレオか?」

「ああ、それだ!」


そんな名前だったな。アード族。


「あいつの知り合いかよ……ますますうさんくせえわ。リョウ、こいつ追い出そうぜ」

「まあ、待ちなラル。ヒュレオさんの知り合いなら東に回せば良い。それに……もしかしてアンタ。霧降りの一件で暴れまわったっていう、山潜りの傭兵か?」

「山潜り? それは良く分からんが、霧降りの一件でヒュレオと知り合ったのは間違いないな」

「あんたら、少数パーティだけで断絶の山脈にアタックしてんだろう?」

「ああ、そういう意味ね。それなら俺だ」


実際は東に転移してたりするわけだが。

そう認識していないヒトたちにとっては、俺は普段山で魔物狩りをしているという認識になるはずだ。


「それでその腕前か、なるほどな。しかし、あんたな……。腕試しは良いが、俺たちはクダル家の渉外調査部隊だぞ?」

「渉外?」

「……売り買いをしたり、軽い偵察をしている部隊だ。間違っても腕試しの対象にするような戦闘部隊じゃない」

「そうなのか? こんな大変な地域で町の外を移動して活動できてる時点で、腕はありそうだけどな。クダル家は腕利き揃いと聞いたし」

「まあ、最低限の腕は必要だな」

「それにラル……さんも強かったぞ。一つ違えばこっちがやられてたくらいには」

「たしかに、ラルは優秀な戦士だ。武闘派の幹部連中とも渡り合える可能性はある。ただ、そんなのは一握りだからな? 魔物相手は慣れていても、対人戦はさっぱりって奴も少なくないしな」


ラルのような手練れが基準というわけではないと。

まあ、そうだったら俺がヒュレオに気に入られる道理もないよな。

強いヤツもいるが、そうでもないヤツも多いと。


「ところで、ラルさんはヒュレオのヤツに思うところがありそうだったが……」


やっぱり職場で嫌われてるんだろうか。

毛先も洗ってない感じで、清潔感なかったし。


「あいつ、なんかうさんくせーんだよなー。いっつもヘラヘラしてるし。強いけど、戦ってて楽しくないし」

「そんな理由か……」

「よせ、ラル。すまないが、今のことヒュレオさんには……」


ラルの陰口に、リョウが慌てて入ってくる。


「別にいいだろ、リョウ。これくらい、あいつも気にしないぜ? 面と向かって言われてるのも聞いたことあんだから」

「それとこれとは別の話だ。もし彼に隔意があるように伝わったらどうする。彼は仮にも、八戦士の一員だぞ? 一族の顔役として立つなら、それくらいの配慮を……」

「わーった、わーった! 全く、口うるさいヤツだな」


ラルは捨て台詞を吐いて、広場からどこかに去ってしまった。

羽根が燃えてしまったラルだが、リョウとイチャイチャしていて、なんか元気そうだな。


「八戦士ってのはなんだ?」


リョウの台詞に気になるワードがあったので、訊いてみる。安直に考えると、クダル家の強い戦士の8人とか、そんなのか?

四天王とか十人集とか、そういうの好きだもんね、皆。


「クダル家の強い戦士の8人のことだ」

「……そうか」


もうちょっと捻らないのかね?


「知らずにヒュレオさんと親交を結んだのか?」

「別に名乗ってなかったしな。そうすると、クダル家の中でもベスト8に入るのか、あいつは」

「いや、そうとは言い切れない。ヒュレオさんは間違いなく実力があるが、そこに家中の影響力なんかも加味して八戦士と呼ばれている」

「つまり、実際はもっと強いヤツがいるかもしれない?」

「まあ、そうだな……。やってみないと分からないが、八戦士以外で彼に勝てるかもしれない実力の持ち主はまあまあいる。ヒュレオさんは特に実力がよく分からないしな」


なるほど。

俺との戦いも、あっちが勝手に中止しただけだから、結局真の実力はよく分からないままだ。


にしても。あいつ、自分以上はゴロゴロいるみたいなこと言ってやがったよな。

しっかり強い認定されてやがるじゃねえか。


あんなのがゴロゴロしていたら怖いと思っていたから、ちょっと安心したような。

しかし、同じレベルのやつが残り7人以上はいると考えると、そこまで安心できないか。


「実力が分からないって、あいつも仲間と模擬戦したりはするんだろう?」

「いや、ヒュレオさんはその手の訓練はサボる。それに、戦っても本気になったのを見たことがないという噂だ」


なんだそれは。

やる気のない野郎だ。


この前俺を殺しかけたヤツといい、犬頭系統は「普段はダメ男だけど本当は……」みたいなのがカッコいいと思いがちな種族なのだろうか。


「しかし、実力が分からないのによく八戦士?に選ばれるな」

「ヒュレオさんは古参で、お館様にも一目置かれている。そういうのもあるのだろうな」

「ふむ……。そのヒュレオから招かれたなら、あんたらのボスも歓迎してくれるかな?」

「さあ、それは知らないが。確かに流れの腕利き傭兵の腕試しとか、一部の連中が好きそうではあるか……」

「あんまり歓迎されすぎても怖いが。ヒュレオに会うにはどこに行けば?」

「ヒュレオさんを尋ねるなら、ここから東にある前線砦ってのを目指すんだな。そこから更に南に向かうとクイネって集落がある。ここほど大きくはないが、良い所だぞ」

「クイネね、ありがたい。そこにヒュレオが住んでるのか?」

「いや。しかし、任務で遠出してなければ、大抵そこにいる。もしかするとどこかとの小競り合いに駆り出されているかもしれないが……」


前も傭兵団の助っ人に駆り出されていたわけだものな。八戦士とか呼ばれてはいるが、色々便利使いされているのかもしれない。


「あんたらはクイネには戻らないのか?」


土地勘がありそうなラルたち一行に護衛に雇ってもらう選択肢もあるのだが、先ほどの会話かすると期待薄かもしれない。一応訊いてみる。


「ああ、俺たちはこれから任務でな。あんたがクダル家に訪ねてきたってことだけ、後で報告しておくよ」

「そりゃ助かる。……ラルさんの羽根のことは、すまんかったな」

「気にするな……とまでは言えないが、真剣での勝負はラルの言い出したことだ。良い薬だろう」

「後遺症とかは残らないか?」

「おそらく大丈夫だろう、表面が焦げただけだからな。俺たちの羽根は毎年生え変えるくらいだし、しばらくすればまた飛べるさ」

「それなら良かった」


これからクダル家の領域に行くのだ。

そのクダル家の人物を再起不能にしたなんて土産は持っていきたくない。


「今更だが、山潜りの傭兵。お前の名前は? 上に伝えるにしても、名前が分からんとな」

「ヨーヨーだ」

「ヨーヨーな。少し変わった名前だな、何族なんだ?」


そういえばこいつとは、怪しい、もといイケてるヘルメット越しでしか話していないな。


「人間族だ。人間族としても少し……変わった名前かもしれない」

「ほう、後ろの配下連中も人間族か?」

「いや、色々いる。ラキット族がいるのも見えるだろう? 人間族もいるが、種族に拘っているわけではない」


まあ、もともとはハーレムメンバーを集めようという崇高な使命があったわけで、そういう意味ではどうしても偏っているだろうが。

最初の頃は大きなネズミみたいな種族を加えるなんて、思ってもいなかったな。


「人間族が何人か集まっているだけで少し目を引くな。顔を隠しているのも頷ける」

「……おう」


別に種族を隠しているわけではないのだが。

その誤解自体は構わないのだが、何故目を引くのかは気になるな。どう訊こうか?


「……ときに、人間族ってどんな印象だ?」

「ん? まあ、別になんともだな。ウチのボスも思うところはあるかもしれないが……まあ、別に差別したりはしないだろう、多分な」

「あんたのボスって、クダル家の当主のことだよな? 何があるのか?」

「いや、想像でしかないぞ。元共和国の人物なら、色々あるだろう。良くも悪くもな」


ふーむ?

共和国の人間族がやらかしている話だろうか。


「ともかく、一応名前と経緯は伝えておくが、前線砦では立ち振る舞いに気をつけろ。あそこにいるのは八戦士でも指折りの武闘派だ」

「そのヒトの名前を訊いても良いか?」

「ランディカ様だ。砦を力尽くで落として、今も守っているお方だ。生粋の武人だからな、ラルや俺のように、甘くはないぞ」

「忠告に感謝する。では前線砦は素通りした方が良いか?」

「どうだろうな。それで機嫌を損ねることもないとは思うが……。クダル家を訪ねるということなら、挨拶はしておいた方が良いかもな」

「なるほど」


行ってみないと分からないが、近くを通るようであればあいさつしに行くか。

武人気質ということであれば、模擬戦で稽古つけてくれる可能性もある。

俺みたいに女連れの男をなじってくる可能性もあるが……。


「ランディカ様ってのは、強いのか? 武闘派ってことだが」

「ああ、あの方は間違いなく強い。八戦士の中でも上位3名には入るだろうな」

「偉くて強いのか。羨ましい限りだ」

「まあな。失礼なことはしないことだ」

「ああ、もちろんだ」


色々話してくれたリョウに礼を言い、広場を離れる。さて、この辺りの魔物についても調べないとな。


霧降りの里で貰った魔物図鑑も、霧降りの里周辺の情報なのでこの先は使えないかもしれない。


陽も傾いてきたので、夕飯を探しながらまた情報収集する。そうだ、酒場でも入って酔っ払いに話を聞くか。そのほうが旅っぽい。



***************************



結論、魔物の情報はほとんど得られなかった。


酒場というか、酒屋で酒を買って広場に集まっている場所はあった。いわゆる普通の酒場は見つからなかったのだ。

というか、人口は割と多そうなのに、夜の娯楽的な店はほとんどない。

どこの地域に行っても宿屋や酒場がそれなりに繁盛していたキュレス帝国が、どれだけ恵まれていたかってことだな……。


そして魔物情報だが。

魔物狩りギルドはもちろん、魔物素材買取所や傭兵ギルドでさえ存在せず、そこから魔物情報を収集しようという目論見は外れてしまったのだ。


傭兵ギルドがないから、個人傭兵をやっているような連中は自分で各所に売り込みを掛けて雇ってもらったり、魔物素材を商人に売りに行って買い叩かれたりしながら暮らしているらしい。

なかなか個人傭兵に厳しい町だ。

ちょっと前にはモク家が大規模な募集をかけていて、目ぼしい個人傭兵人材は軒並みそっちに行ってしまったらしい。


この町に残っている個人傭兵たちは、モク家から声も掛からなかった出涸らしばかりということのようだ。

いや、酔っ払いたちから聞き出した情報なので、いささか不正確な情報も入っているだろうが。


モク家、何やってんだろうな。

リックスヘイジが傭兵も含めて戦力ガタ落ちしたら、クダル家に攻めてくれと言わんばかりなのだが。


しかし、この呑兵衛広場。

照明もあるわけではないので、陽が完全に落ちると暗い。

酒屋が灯している提灯のような照明道具から漏れる赤い光が辛うじて場を照らしているくらいだ。


視界に頼らずに酔っ払いどもを避けるのは、気配察知の良い訓練になるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る