第328話 羽根

アカーネがダウジングっぽい魔道具の作成に成功した。


そのほか、思い思いのことをしてのびのびと準備をした後、東の地区にクダル家を訪ねてみることにした。


最近はクダル家の関係者が東の地区に訪れていることが多いと言うが、実際どの程度の頻度で、どのような立場のヒトが訪れているかは知らない。

出たとこ勝負ではあるが、もともと強くなるためのきっかけとして、ダメ元で訪ねてみようというくらいの話だ。

それに、どうせ西には湧き点が出来て、しばらくは通行止めになりそうなのだ。すぐには帰れない。この機に色々試してみるべきだ。


……が、問題は彼らがどこにいるのか分からないことだ。

そこで行ったのが、聞き込み。

東地区の商店で買い物しがてら、クダル家の噂を尋ねて回る。


「さてねえ、誰がクダルの関係者かなんぞ、気にしたことがないからねえ」

「クダル家? ああ、しょっちゅう見かけるぜ。気のいい奴らだ、適当に探せばいるんじゃないか?」

「あんた、ああいう粗暴そうな連中とは関わらない方が良いぞ」


と、聞き込み結果は様々ながら手応えはなし。

しかし別れて聞き込みしたサーシャの方が、使えそうな情報を持ってきた。


「彼らは東門近くのモノ商会という商会とよく取引をしているそうですよ。商会に話を通してもらえるかもしれません」

「モノ商会か」


早速探してみる。


モノ商会が営むという店に向かうと、至って普通の店のように見える。

店先には布袋に入ったいくつもの穀物が広げられている。

それらを避けながら、奥のカウンターにいる店員に話しかけようとする。


「待ちな、お前ら」


まさに話しかけようとした直前、後ろから声。


「ん?」

「クダル家のことを嗅ぎ回ってるってのは、お前らか?」


振り返ると、目つきが鋭く、細いメガネのようなものを掛けた人物。茶髪の男だ。

顔は人間族っぽいが、背中には白い羽根。背翼族か。羽根用の穴を開けたマントを被っていて、装備は分からない。

こちらをじっと睨みつけたまま、微動だにしない。


「ああ、俺だろうな」

「何の用だ?」

「あんた、クダル家の関係者か?」

「いかにも。そういうお前はどこの者だ?」

「どこのって、所属か? 俺は別にどこにも属しちゃいない」

「では仕官か? 生憎、正規の募集はしてないんだが」

「ん? いや、それは……」

「その格好だ。戦えるのだな?」

「まあ、それなりには」


そこで少しだけ背翼族の表情が緩み、雰囲気が柔らかくなった。


「謙遜を言えるだけマシな方だな。良いだろう、ついて来い。実力を見てやろう」

「うん? ああ」


なんか勘違いされた気がする。

訂正するか悩むが、このまま実力とやらを審査してもらっても悪くはないか。

これから強くなるためにここまで来ているのだ。


前に会った連中以外がどの程度強いのかは、気になる。


背翼族の男に連れて行かれたのは壁との間にある広場。いくつか荷物が置かれている場所もあるので、物置として使われている場所だろうか。

奥でたむろしていた数人が立ち上がり、こちらを見ている。


「リョウ、そいつは?」

「模擬戦の相手だ。ラルは?」


声を掛けてきたやつも背翼族だ。

かなり若く見える。

周りにいるやつらも若いが、他は背中に羽根がない。


「すぐに戻ってくるぜ。模擬戦なら、俺がやってもいいけど?」

「いや、駄目だ。結局ラルの判断になるからな、悪く思うな」

「分かったよ。こっちは終わったし、俺は宿に戻っとくぜ」

「ああ、今のうちにゆっくりしとけ」

「ああ」


若者たちは去って行ってしまった。

俺は模擬戦相手を待たなくてはいけないらしい。

広場はそれなりに広いが、集団戦をするほどでもないように思える。


「なあ、俺たちは6人いるわけだが。模擬戦とやらは全員でやるのか?」

「いや、代表1人、一番強いやつを出しな」

「良いのか? それで」

「勘違いするなよ。そいつが合格したら、他の奴も考えてやるってだけだ。一番強い奴が論外なら、他の奴は考えるまでもないってことだ」

「なるほどな。じゃあ、俺で良いぞ」


どうせ合格するつもりもないから、それで問題ない。

というか後でネタバレした時、仕官のつもりがないと言ったら怒られるかな?

……なるようになるか。


しばらく待って現れたのは、またも背翼族の人物。護衛らしき人物も2人連れているが、そちらも両方背翼族だ。


「リョウ、どうした?」

「ラル、模擬戦を頼めるか?」

「ほう、久々に挑戦者か」

「久々ってほどじゃないだろう。やれるか?」

「問題ないぜ、楽しみだ……どいつだ?」


リョウと呼ばれた俺たちを案内してきた方の背翼族が、俺を指差す。

ラルと呼ばれた背翼族は、俺の前まで歩いてきて挑発するように顔を突き出す。

こうして目の前で見ると、身長差があることが分かる。俺より一回り以上小さいのだ。


「こいつかあ? 強いのか、あんた」

「さてな」


背翼族のラルがニッと笑う。

うむ……美人だ。

そう、ラルは女性だった。

胸がないが、目鼻立ちのはっきりした中東美人な感じだ。顔が綺麗なだけの男の可能性もあるが……声も高いし、女性にしか見えん。


「そっちは? テストするからには、強いのだろうな?」

「どうかな?」

「安心しろ。ラルは一族でも最強格の戦士だ」


はぐらかすラルだが、後ろのリョウが保証する。

見た目はゴツくないが、一族の最強格か。一行の背翼族たちが「一族」なのだとしたら、その中の最強格というのはなかなか凄いのかもしれない。


「そうか。ならば不足はない。手合わせを頼む」

「あいよー」


ラルは軽い調子で返事をしてくるりと反転し、護衛の方に戻る。得物を取りに行ったようで、護衛の1人が彼女に槍を渡している。


槍使いか。


「真剣でやるのか?」

「怖いか? 死なないようにするが、怪我はするかもしれない。全力で防御しろよ」

「殺されるのも勘弁だが……誤って殺してしまうのも怖いのだが?」


ラルは武装を準備しながら顔だけ振り返る。

兜を被って紐を結んでいたところだったようだ。表情は見えないが、鋭く睨まれていることは分かった。


「その自信は良いがな。誤って私を殺しても、罪には問われないように、後ろのやつらが口を合わせてやる。安心か?」

「ああ」


その場合、テストは合格になるのだろうか?

まあそれはどちらでも良いのだが。

ただやはり、あんまり良い結果にはならなさそうだから、殺さないようにしないと。

調子に乗っているわけではなく、いざというときに寸止めするのはかなり大変という話だ。

仮に劣勢でも、一発まぐれが入って死んでしまうようなことも考えられるのだ。


「そっちは準備万端か?」


ラルは全身、金属で補強された革鎧のような防具で固めている。

手には短めの槍。

そして背中には大きな白い羽根が生えているので、ゲームか漫画の天使のように見える。

羽根は防具で守らなくて大丈夫なのだろうか。


「一応訊いておくが……羽根は切っても生えてきたりするのか?」

「場所によるね。まあただ、切り落としでもしたら一生恨まれる覚悟はしておきな」

「ええ……それを今言うのは卑怯じゃないのか」

「そうか? そりゃすまんな」


ラルは護衛から大きな石を受け取り、1つを俺に投げてくる。


「これは?」

「知らないか? この辺じゃよくある、模擬戦や決闘の始め方だ。両方の見届け人がそれぞれ1つ、石を投げる。両方落ちた時から攻撃可能になる」

「なるほど。キスティ、頼む」


キスティに向かって投げると、片手でそれをキャッチして頷く。


「始めるか?」

「おう」


ラルが問い、俺が答える。


「よし。それじゃ、石を持っている見届け人両人、石を投げろ」


キスティと、ラルの護衛がそれぞれ石を放る。

相手の石はすぐに地面に落ちたが、キスティの投げた石はまだしばらく落ちそうにない。思いっきり上に投げたらしい。


「……」


沈黙が重いが、俺にとっては悪くない。

攻撃は石が落ちた時かららしいが、つまり攻撃に移る前の準備はもうして良いのだ。

魔力を練り、地面にも浸透させる。


少しして、石が地に落ちる。

それを目の端と気配探知で観察しながら、その時に合わせて火球を飛ばす。


ラルは急速に跳び上がり、そのまま弧を描くように移動しながら迫ってくる。火球はもちろん空ぶりだ。

羽根で移動しているとは思えない、無理な軌道と速度。

まるでラル自体がミサイルになったかのように、槍を構えて突っ込んでくる。


「うらあっ!」


エア・プレッシャーで後ろに下がって、槍に魔剣を合わせる間合いと時を稼ぐ。


弾き飛ばすイメージで剣を振るが、勢いに押される。

身体強化でわずかに踏ん張るが、無理をせずに転がって受け身を取る。


ラルはバックステップで距離を取り、片足で跳んで羽根を羽ばたかせた。地面から1メートルくらい浮かんだ状態を維持している。


「背翼族ってのは、そんな変態機動ができるのか?」

「……。あんたも、その見た目で魔法使いかい?」

「さてな」


敵の下には、土を操作して敵を拘束する、バインドの魔法を仕込んでいるのだが。

浮かんでいるせいで上手くいく可能性が低い。

気付いてやっているのか?


俺のバインド魔法は精度が高いとは言えない。そっちはいったん諦めて解除する。

代わりに、地下から火球か溶岩弾を撃ち上げる魔法を準備しておく。うまいこと死角から放てれば……。


「魔法使いには時を与えるな、ってか」


ラルがこちらに突撃してくる。先ほどと比べると常識的な速度で、直線的な移動だ。

火球を連続で放つと1つが命中するが、掠った程度だ。

どうも移動に緩急をつけながら斜めに飛ぶことで回避しているっぽい。


近づいてきたラルは槍を回してフェイントを入れながら、最後は振り下ろし。

身体強化しながら払うと、これは押し切れた。


転ぶように地面に降り立つラルに火球が数発当たるも、ダメージが入ったようには見えない。

魔法耐性がある鎧だとしたら、溶岩球でないと厳しいか?


素早く立ち上がったラルは槍をしごきながら突く。

伸びてくる槍を剣で払い、突き返す。

ラルは、槍の柄でそれを受け、槍を回しながら穂先でこちらの魔剣を弾く。


なるほど、手練れの槍使いの動きだ。


リーチと手数で勝るラルの槍の技は、あまり威力は感じない一方で、こちらも攻めきれない技術はある。

そうこうしているうちに、ラルが急に浮き上がると、視界からすうっと消える。


上からの突きを気配察知で感じながら、エア・プレッシャーで場所をズラして凌ぐ。

後ろに着地したラルに向き合うようにターンすると、またラルが変な機動で斜め上に跳び上がり、こちらの背後に回る。


攻撃態勢に入る直前、地面から溶岩球が飛び出してラルを襲う。


「なっ!?」


羽根にクリーンヒットした溶岩球が、ジュウウと音を立てる。


「あっちいいいいい!?」

「……大丈夫か?」

「大丈夫に見えんのかよ! なんだその魔法!?」


……。うん、なんかごめん。


「あー、鎮火手伝うぞ」

「け、消せ! 早く!」

「……しゃあないな」


参ったを言われていないが、まあ良いか。

別に勝たなければならない試合でもないし。


水魔法と氷魔法で羽根を冷やしてやる。


ラルの護衛たちも慌てて近寄ってきたが、何をするでもない。

火傷の手当ての心得はないのだろう。おろおろとしている。

なんだこいつら。


ラルの羽根は右の中央のあたりが燃え落ち、残りの羽も煤けてしまっている。

うーむ。


「これは……生えるよな?」


護衛の1人に確かめる。

羽根のふわふわの部分は燃えてしまっているが、その幹というか、骨っぽい部分は無事だ。

大丈夫だよな? 大丈夫と言ってくれ。面倒だから。


「あー、大丈夫だ、と思う……。しばらくは飛べないかもしれないが」

「そ、そうか。まあ、死ななくて良かったな」

「……ラル様の羽根は火矢でも燃えない。いったいどんな魔法を使ったんだ?」

「あー」


周りの背翼族たちの目線が痛い。

治療の参考になるかもしれないし、素直にゲロっておくか。


「溶岩魔法だ」

「溶岩魔法……。ラーヴァ系か?」

「そう、それだ。だから言ったんだが、真剣でやるのかと」


そうだ。

もともと俺は、もっと危険のない模擬戦をするのかと思っていたのだ。危険なことを言い出したのはラルとかいうやつの方だ。俺は被害者だ。

最初はやってしまったと慌てたが、だんだん逆に腹が立ってきた。


「ああ、真剣での勝負を言い出したのはラル様の方だ。そちらに責任はない」

「そ、そうだよな」


しかし逆ギレする間もなく、冷静に返されてしまった。キレどころを失ったぞ。


「ミネ、お前それでも私の部下かよ?」

「ラル様が相手の力量を測り損ねたのだ。命があって、時間をかければ治る程度で良かった」

「そんなことは私もわかってるよ! あーあ、魔法使いなんかと戦うもんじゃないね」

「褒め言葉として受け取っておく。それで、テストの件なんだが……」

「高レベルの魔法系ジョブだろ? 別にテストするまでもなく、上が欲しがるんじゃない?」

「いや、それが誤解でな。別にクダル家に仕官したいわけじゃないんだ」


静寂。


「はーーーア? あんたバカァ?」


ラルの声が辺りに響いた。

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