第333話 秘密

ヒュレオと魔物狩りを共にすることになりそうだ。

ヒュレオからは、同行予定のアード族と模擬戦することを提案された。



「はいはい、3人共。ちゃんと準備はしてきたかー?」


前線砦の一角。偉そうなイェンとかいうヒトと面会した部屋からは移動して、中庭のような場所に出てきている。


ヒュレオに促されてぞろぞろと歩いてきたのは、ヒュレオと同じような顔の3人。

顔も身体も、その体毛はヒュレオと同じく土色と白色が混じって、お世辞にも綺麗な模様ではない。

そしていずれも長さは揃っておらず、地肌が見える部分と短い部分、長い部分が混じっている。


それでも、先頭の1人はうまく刈り揃えておしゃれっぽく見せているように思う。


「親父さん、こいつらが相手っすか?」


その先頭のおしゃれさんが俺の方を見て、威嚇するように牙を見せる。


「ん? 相手は1人だよ。後ろのねーちゃんたちはギャラリー」

「……こいつ、人間族っすか? 男か女かも良く分からんっすよ」

「おお、良く人間とか分かったねリオウちゃん! 感心、感心」

「馬鹿にすんなって。俺の舎弟にも人間族の1人くらい、いるんすから」

「へぇ~。オレの若い頃にゃ、アード族の舎弟になる人間族なんて……」

「昔話は勘弁してくれ、アニキ」


ヒュレオが過去への回想に入りそうになるのを、続く2人目が止める。

2人目はヒュレオと同じように体毛を伸ばし放題にしているようで、かなり汚そうに見える。そして、右肩には弓を掛けている。弓使いもいるのか。


「これでも色々厄介ごとが溜まってんだ。早いことヤろうぜ」

「魔物狩りに出りゃ、どうせしばらく空けることになんだからさ。そう急ぐなよ」

「……俺たちが負けりゃあな」


このアード族たちは、魔物狩りに出るのを渋っているのか。

一緒に行く予定の人間族に勝てれば免除してやるとか、そんな風に言われているのかも。


「ヨーヨーちゃ~ん、こいつ真っ先にぶっ飛ばしちゃって! こいつぶーぶーうるさいのよ~」

「……もっと前向きなやつを連れて行ったらどうだ?」

「ダメダメ、こいつが一番面倒を起こすんだから! 大丈夫、軽くボコってやれば、仕事自体は真面目なコだからさ?」


全然大丈夫には聞こえないんだが。


「ボコれなければ、もっと素直な別の奴を連れていこうな」

「そ~だねー。ま、ヨーヨーちゃんなら問題ないでショ」


その信頼はどこから出てくるんだ。

手を抜いて別の奴にするとか、微妙にやり辛くなったな。


最後の1人は、全身ちゃんとした防具を着けている。

皮鎧の類のようだが、顔までしっかりカバーしている。


ヒュレオや他の2人が異常に軽装すぎるだけかもしれないが。


「自分はパッセと言う。アンタ、相当強いらしいね?」

「いや、どうだろう……。ヒュレオの言うことを真に受けるなよ?」

「ヒュレオさんが嘘を言ったってことかい?」

「まあ、そうなるが。心外か?」

「いいや、そういう意味じゃない。ヒュレオさんのことは、そこの男どものように崇拝してるわけじゃあないからね」


パッセはハスキーな声だが、女性のようだ。


「なんだ、人望が厚いな、雲の」

「もーやめてよヨーヨーちゃん。パッセちゃんくらいの温度感で、オレは別に良いんだけどね」


ヒュレオ自身はあまり気にしていない様子。つまらん。


「俺たちも心酔なんてしてねーって、パッセ」


不服そうに言うのは、最初のおしゃれボーイだ。


「はいはい。さっさと名乗って、模擬戦に移ろう。今吼えてた坊やがリオウ。もう1人の犯罪者がマージって名前。そっちは?」

「ヨーヨーだ、よろしく。パッセにリオウ、マージね」


覚えておける気がしないが、サーシャ達が覚えてくれるといいなあ。

今の会話も、サーシャ辺りは普通にリスニングできてそうだ。


「さて、とっとと始めたいのは俺も同じだ。ヒュレオ、模擬戦のルールは?」

「殺しや壊しはナシ。寸止めで当たり判定。魔道具使ってもイイけど、もったいないからなー。オレの判断で致命傷になったら離脱する、でどう?」

「俺は構わん。ちなみに、どの程度で致命傷判定するつもりだ?」

「んー、まあ、ノリで? 首筋に刃が当たったりとか、どストレートに魔法を喰らったりしたら終わりかなあ」


魔法直撃で良いのか。

なら勝ち目はそれなりにありそうだ。


「なるほど、了解した」

「言っとくけどよ、アンタ。これでも俺たちは仲間内じゃ強いほうとされてるんだけど」

「そうか。俺もそうだ」


防具はそのままで良さそうなので、立て掛けてある木剣を吟味する。

何振りか試してみて、長剣サイズで重みがそれなりにある黒い木剣を選ぶ。


「ヒュレオさん。その人間がランディカ様が選んだ戦士というのは本当? らしくないと思うのだけど」

「そう? パッセちゃんがどうゆーイメージなのかは分からないけどさ。案外似たモン同士よ? うちの大ボスと、イェンちゃんはね。強けりゃなんでもイイって」

「……そう」


背後から、パッセが訝しむ声が聞こえる。

何のことかはよく分からない話をしているが、俺の印象が宜しくないっぽいことは分かる。

この短い自己紹介で、何かイケナイ点があったろうか。


「俺の方は準備良いぜ。お前らは……そっちの男2人は、それで良いのか?」


キッチリと鎧を着込み、木の棒を構えたパッセに対して、軽装な男2人に訊いておく。

それに答えたのは男2人ではなくパッセである。


「ご心配どうも。でも心配は無用、こいつらはヒュレオさんの真似事がしたいだけさ」

「……一緒にするな。俺はアニキの真似ごとなどせん」


おしゃれじゃない方の男が不服そうに言う。マージとか言ったっけ?


「どうだか」

「とっととやろう。殺しのない戦いは退屈だ」


ふむ。


「イェンさんだったっけか? お前らのこと抑えたがってたみたいだけど、何かしたのか?」

「ランディカ様と呼べ!」


俺が言うやいなや、パッセが反射的に叫ぶ。


「悪い、悪い。そっちが苗字なのか?」

「アンタねえ、ランディカ家を知らないとでも?」

「……」


それは本当に知らないな。


「この辺でも、ランディカ家のファンは多いんだ。口には気を付けな」

「そうか、忠告に感謝する。そのランディカ様に煙たがられるようなことをしたのか? お前ら」

「別に何かしたわけじゃないよ、そっちの男どもは知らないけどね……。アード族ってだけで、色々と面倒なのさ」

「アード族か」


人間族もこの辺じゃ評判が良いとは言えなさそうだったが、アード族も色々あるのだろうか。

ヒュレオのせいで種族全体がナメられてるとか。


「ランディカ様は公平な方だ。無用なゴタゴタを疎んでおられるだけだろう」

「ほおう。それは……」

「ねえ、ちょっといい~?」


続けて質問しようとした俺に、ヒュレオが割り込む。


「別にダラダラやってもらっても良いんだけどさ。良いの? 魔法を使う相手に、そんなに時間を与えて」


ヒュレオは3人衆にそう言ってから、こちらを向いた。

うっすら笑ってやがる。


「……余計なことを」


つい呟きが漏れる。


「いつでも始めていーよー。もうちょっとおしゃべりしたかったら、気の済むまでどうぞ!」


本当に余計なことを。

地面に魔力を流し込み、練り上げた魔法を発動。

左右の地面が爆ぜるようにして吹き上がり、砂煙で左にいたリオウと、右にいたパッセの姿が見えなくなる。


ここは模擬戦の場とするだけあって、下は柔らかい土で、魔力を流しやすかった。

会話を引き延ばせそうだったので、引き延ばしながら魔力を流し込んでいたのだ。


正面、弓を構えたマージに向けて、脚力強化とエア・プレッシャーでの前進で、全力で迫る。

マージは突然の展開に動転しているようだが、手にした弓をこちらに投げて後ろに引きつつ、腰に手を回す。判断は早い。


だが。


もう1つ仕込んでいたものを発動する。マージの背後から、土の触手のようなものが飛び出し、足に絡みつく。

マージは思わず転び、仰向けになる。上半身を起こして、こちらに掌を向ける。


好機。

更に加速して、低空ジャンプするようにしてエア・プレッシャーで自分を前に押す。


と、マージまで間近となったところで、急に重力が強くなったかのように地面に引かれる。

受け身を取って地面に転がった直後、立ち上がっていたマージが腕を振る。遅れて音を立てながら何かがしなる。

腰から取り出していたサブウェポン、それは鞭らしかった。


鞭って、寸止めできるのだろうか。

まあ、怪我させないように手加減すれば模擬戦での「寸止め」の範疇なのだろうが……。


「死ねっ!」

「断る」


マージの掛け声とともに、鞭の先端が上から向かってきた。

木剣でそれを弾き、反撃しようとしたところで……身体が重くなる。


こいつは、重力操作スキルでも持っているのか?

あるいは、デバフの類か。


『魔剣士』を『愚者』に付け替えてスキル「酒場語りの夢」を発動。

身体がすぐに軽くなる。


デバフで確定。

しかし、『愚者』を外し辛くなってしまった。


「こいつはおそらく『魔剣士』だっ!」


マージが叫ぶ。

俺の戦いを見てそう考えたか。

剣から魔法を使う仕草は見せていないはずだが。


「今のうちだ、叩き込め!」


左右から気配。

左の方、リオウの気配が速い。


真っすぐこちらにツッコんで来るルート。

勝負所だな。


エア・プレッシャーを発動。

後ろに引く……のではなく、前に突っ込む。


マージはまだバインドを完全に解いたわけではない。

後ろに引けず、鞭で迎撃を試みる。

しかし、白兵戦に持ち込めたら、鞭より剣だ。


勢いのない鞭の先の方を、片手で持った木剣で叩くと、肩から身体ごとマージに衝突する。


「ぐげっ!」


完全に転んだマージの首筋に木剣を押し当てる。


その間に、少し前まで俺が居た場所に来たリオウ。

こちらがマージを抑えたのを確認して向きを直すが、そこで再度地面が爆ぜ、砂煙が舞う。


斜めに移動しながら、気配探知を頼りにリオウの方に向かう。

あっちが探知系スキルを持っているかは分からなかったが、俺が元居た方を向いたままなのを確認してほくそ笑む。


斜め後ろに回って剣を突き出す。

が、直前でリオウの木剣に弾かれる。


「草煙の訓練が、役に立つなんてよぉ……」


こちらが見えていないはずだが、こちらのいる場所に斬りかかってくるリオウ。

動きはなかなか無駄がなく、よく訓練していることが分かる剣士の攻撃だ。


こちらの木剣で受け流すが、あちらの方が短い木剣なので、振りが相対的に速い。

少し煙が晴れてきて、こちらを視認できたリオウがニッと笑う。


「おわりだぜッッ!」


袈裟切りから、刃を立てての斬り上げ。

そう見せかけてのフェイント、突き。


流れるような動作だが、何と言うか。


「素直だな」


動作の虚をつくように身体をずらす。位置を入れ替えて突きを入れたリオウの手首を掴む。


「なっ!」


捕まえた。

強引に引き寄せながら、もう1人の動きの気配を読みながら動く。


「ぐっ! あがっ!」


リオウの背中に棒が当たる。


もう1人の模擬戦相手、パッセが放った投げ槍だ。

とは言っても、模擬戦なので持っているのはただの長い棒。

投げ棒というべきか。


フレンドリーファイアは、判定としてはどうなのかね?


念のため、木剣をリオウの首筋に当てて引いて見せながら、退く。


「おい、こいつの判定は?」

「ああ、死んだね。リオウちゃんは離脱、離脱」


大丈夫そうだ。


その隙に、パッセは一度投げた棒を拾う。

棒を拾うとき、棒自体が跳び上がるような、やや不自然な挙動を見せた。


「判定を優先したのか? 棒を先に拾ってしまえば勝てただろうに」


パッセはそう言いながら、棒を横に寝かせて持つ。

槍は穂先を相手に向ける構えが多いのだが、パッセの構えはやや特殊なようだ。


「判定の確認もあるが、棒を拾うべき……そう思わせる罠かどうかが、良く分からなかったのでな」

「……」

「それに、俺がここに来たのは修行目的だ。あんたと一当てしてみるのも悪くない」


今回は、負けてもヒュレオのジョブ情報が聞けないというだけ。

ジグの命を懸けた決闘やら、そういう面倒な背景の戦いをしてきた身としては気楽だ。


「修行? 金目的じゃないってのかい?」

「優先順位の問題だな。金も稼ぎたくないわけじゃないが、命あってこそ意味がある」

「ヒュレオさん。こいつ、何者なんです?」


パッセは俺のことをそんなに聞いていない感じか。

既に霧降りでの一件を聞いているのであれば、そんな訊き方はしないだろうし。


「パッセちゃん、集中しな~。そいつの正体はオレにも良く分かんねーんだわ」

「そんな得体のしれない者を……。まあ、いい。手合わせしたいというのであれば、見せてやろう。我が槍の神髄をなっ!」

「……」


パッセってやつ。

なかなかの負けず嫌いと見える。


こいつが槍を拾った後に喋り出してから、地中の魔力操作に乱れを感じた。

どうやら、あっちはあっちで土魔法か、それに類するスキルを使っているようだ。


つまり、最初に俺にやられたことを、やり返したかったのだろう。


魔力は適当にかき混ぜといたから、パッセの仕掛けがまともに発動する可能性は低い。


パッセは勢い込んでこちらに飛び込んできながら、槍の間合いに入る直前で動きを止めた。


「何故……」

「土魔法的な何かが発動しないか、って? いつ会得したモンか知らないが、練度が低すぎるな」


動きを止めたパッセに対して、剣を構える……こともなく、魔弾を連続で浴びせかける。


「なっ!」


パッセはまともにそれを浴びてしまう。

威力はないが、無防備に受けてしまったのだ。

ヒュレオはやれやれ、と首を振りながら終了を宣告する。


「はいはい、そこまで。パッセちゃん、ちょっと最後は油断しすぎ」

「そ、そんなスキルを使えるとは……それに槍と剣で手合わせ……」


受け入れられないというか、困惑したように話すパッセ。

最初の態度から考えるとしおらしいが。


「別に剣で手合わせするとは言ってないぞ。槍相手の訓練は、まだ魔物相手の道中でもできるだろうし」

「……」


既に離脱判定を受けたリオウとマージも、若干悔しそうにこちらを見ている。

それに対して、ヒュレオだけはずっと同じテンションで、軽く手を叩いて注目を集める。


「はいはい、反省は後で勝手にしな! 初見じゃ、ヨーヨーちゃんが勝つんじゃないかなーとは思ってたけどね。ここまでとはねぇ~」

「親父さん……」

「まあ、そう落ち込むなよリオウちゃん。ヨーヨーちゃんってば、これでもオレとサシでやって互角だった相手よ?」

「親父さんが互角……」

「特に、今見たみたいなビックリ挙動するでしょ、ヨーヨーちゃん。イェンちゃん達の自慢の精鋭部隊にも、ヨーヨーちゃんみたいなタイプはあんまし居ないだろし」

「……」


それ以上リオウが食い下がってくることもなく、お片付けに入る。

俺が派手に砂煙を撒いてしまったりと、周囲は結構汚れてしまった。

地面をならす道具を借りて、地面の整備は俺たちが行うことにした。


「ヨーヨーちゃ~ん。ウチのコら、どうだった?」

「お説教はもう良いのか?」


地面をならしながら、嬉しそうに絡んで来るヒュレオに返す。


「ま、ダイジョブでしょ。パッセちゃんたちもガキじゃないし」

「そうか」

「それで、実際どうだったのよ? ヨーヨーちゃんの訓練相手としては合格?」

「まあ、訓練相手にはなるんじゃないか? まだ良く分からないが」

「ヨーヨーちゃん的には、誰が一番だった?」

「ん?」


強いと思った相手か。それともやり辛かった相手か。


「……生き汚さがあったのは、マージってやつかな」


最初に狙われて慌ててはいたが、主武器の弓を手放すまでの判断の早さ。

鞭で距離を取り、他2人の援軍を待とうとした咄嗟の判断。


誰が強いかを決めろと言われると困るが、「誰が生き残りそうか」または「気付いたら死んでることがなさそうな奴は誰か」と問われれば、彼だろう。


「生き汚さ、かぁ~。たしかにそりゃ、マージちゃんかもね」


ケラケラと笑うヒュレオ。


「で?」

「なにさ?」

「勝ったら、何か秘密を教えてくれるんだろう?」


ヒュレオは、頭に手を当てて「あちゃー」とわざとらしく呟いた。


「やっぱ覚えちゃってる? 言いたくないナー」

「おい」

「ジョーダン、冗談な!」


ヒュレオはぐいっと顔を近付けてきて、耳打ちする形になった。

こいつ、近くで見るとやっぱり毛並みが壊滅的に汚いな。

あとなんか少し臭い。


「オレのジョブは『ごろつき』だ』


……ごろつき?

思わず、無言でヒュレオを見てしまう。


「これ、知ってるヤツ意外とすくねーのよ。ヨーヨーちゃんも、くれぐれも内密にね? お仲間にもね!」

「……あ、ああ」



『ごろつき』。

『市民』などと並んで、誰でも容易に取得できるような一般職だ。


マジか、こいつ……戦闘職じゃあなかったのか。

クダル家の誇る、八戦士とやらの一員なのに。

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