第326話 長屋

リックスヘイジに辿り着き、ひと息吐いた。


1つ忘れていたことがある。

ウリウの護衛、ダースタと約束したことだ。


借りた倉庫でダラダラと過ごしていたところ、ダースタが俺をわざわざ探して来た。


「悪い悪い、忘れてたわけじゃなかったんだが」

「……。今日は? 空いてる?」

「ああ、ちょうど今日俺もダースタを探そうと思っていたところでな。妹さんだっけ? 案内してくれるか」


完璧な言い訳をしながら、ダースタの肩を叩く。


「キスティ、留守を任せたぞ」

「任された! 主は1人で大丈夫か? 道に迷わないか?」

「大丈夫だ。たぶん」


迷子には確かになりそうだ。

まあ、狭い壁内だ。どうにかなるだろう。


「聖軍の危険もある。キスティもくれぐれも気を付けろ」

「承知」


キスティと話した後、少し支度をしてダースタに同行する。


「思ってたんだけど……あれは東の言葉?」

「キスティと話していた言葉か? まあ、そうだな。ある種の暗号みたいなもんだ」


この辺の住人は喋れないからこそ、安心して話せるという意味では暗号文みたいなもんだな。


「ふぅん。頭が良いんだ」

「そうだぞ。戦闘だけじゃなくて頭も良い。見直したか?」

「別に元々見下していない」


そういうことじゃないんだが。勉強もできるのが凄いという話で。

まあ、俺は白ガキ様にチートしてもらっただけなので、何一つ凄くはないのだが。


「ダースタの実家はどの辺なんだ?」

「南の居住区。ああ、色々言われるかもだけど、無視して良いから」

「色々? ダースタの家族にか?」

「家族もだけど……。まあそれはいいや」


ダースタに連れられて、南の居住区とやらに向かう。

町自体が丘の上にあるような構造なので、南に向かうとなだらかに下りになっている。

その先でも、いっそう低地で斜面がなくなった場所にダースタは入っていく。


西門の入り口付近ではある程度建物は整然と並んでいたのだが、この辺はそうではない。

思い付きで建てられたような感じで、奥に行くとガチャガチャと混み合った建物が干渉し、カオスな空間になっている。


「あれーっ、ダースタか! 帰ってたのか?」

「ダー坊か?」


ダースタが建物の住人らしき人物に気付かれ、絡まれている。


「うん。ヒャーはどこ?」

「あの子なら、壁んところでまた一人遊びしてるべ」

「そう。ありがと」


ヒャーというのが妹の名前か。

変な名前だが、まあヴェラプ族のネーミングに文句を言うつもりもない。


「あれー、こっちは誰だ? またごっつい格好でねぇ」

「ダースタの良いヒトか?」

「違う。任務でお世話になったヒト。失礼しないで」


軽く囲まれかけた俺を、ダースタが救出してくれる。


「このヒトらは家族か?」

「違う」


だよね。種族からして色々いるもの。


「近所の知り合いか」

「そう。同じ長屋に住んでる」

「長屋、と来たか」


まあ、ルームシェア相手のようなものか。

こんなところに貴族連中はいそうにないし、そういう意味では安心だ。


「こっち」


ダースタは入り組んだ道を先導し、林に囲まれた小さな広場に出た。

目の前には壁が迫っている。


そこにはダースタと同じヴェラプ族に見える人物が、壁に向かって何やら練習していた。


「ヒャー」

「んっ!? お兄ちゃん、帰ってきたの」

「うん」


振り返った女性は、絶世の美女……なわけはなく、トカゲ顔だ。

まあダースタの家族なわけだし。


「そっちのヒトは?」

「ヨーヨーさん。仕事でお世話になったヒト」

「ふぅん?」

「ヨーヨーさんは魔法が使えるんだ」

「!!」


興味なさそうにしていた妹は、その言葉を聞いて目を輝かせた。


「あ、あなた、何魔法が使えるの?」

「色々だが……。最近使えるようになったのは氷魔法か」

「氷魔法……凄い……」


おお、なんかストレートに褒められた。

ちょっと気分が良いかもしれん。


「そういえば、ダースタに見せてくれと頼まれたのも氷魔法だな。ここで見せても?」

「お兄ちゃん、まさか?」

「……少しは参考になるかと思って」


ダースタは妹に言ってあるわけではないようだ。

少々問答があったが、結局壁に向かって氷魔法を放つということになった。


「いいわよ、お願い」


ダースタの妹は俺の真横で、真剣なまなざしで見つめている。

やり辛い。


「あー、じゃあいくぞ。アイスニードル!」


手の中に細かい氷を生成し、それを投げるようにして飛ばす。

氷の針が何本も壁に突き刺さる。


うん。

だいぶスムーズに生成できるようになってきたな。

強度も上々。


「握り込むようにする動作は、何の意味が?」

「意味はあってないようなもんだ。俺の場合、手の中で固めて放つイメージが合ってたってところだな」

「魔法のイメージは人それぞれらしいものね……」

「ああ。失礼だが、あんた……妹さんはどういう魔法を使えるんだ?」

「それは……いえ、隠しても仕方ないか。私、水魔法以外が苦手なの」

「水魔法特化か」


ダースタの妹は肩を竦めて残念そうな仕草をした。


「残念ながら。水魔法って、戦いではあまり強くないのでしょう?」

「ん、そうか? 俺の知っている『水魔法使い』は強いけどな」

「本当に?」

「ああ。俺があった中で一番強そうな魔法使いも、『水魔法使い』だった」


グリフォンみたいな魔物を倒した時に共闘したクリスじいさんだ。

もっと強いやつもきっといたのだろうが、印象に残っているのは彼だ。


「周りの皆は、戦いには向いていないから壁の中で就職しろとかって」

「まあ、水魔法なら戦わない道も色々ありそうだしな。戦いたいのか?」

「……どうかな」


彼女は兄の方をそっと見た。魔法を使うと言ったからだろう、兄の方は少し離れてこちらを見守っている。こちらの話が聞こえているのかどうか。


「お兄さんを助けたいのか」

「そんなんじゃないよ」

「せっかく魔法が使えるようになったんだ、将来のことはよく考えれば良い。それより、俺の魔法はもう良いのか?」


いつまで見せなきゃいけないとか、その辺は特に決めていなかった。妹さんが良いと言うならここまでで良いだろう。


「できればもう一度見せてもらえる?」

「また氷魔法で良いのか?」

「何魔法が使えるの?」

「基礎の四つと、氷魔法、あと溶岩魔法だな」

「溶岩魔法!? 見たい!」

「お、そうか」


ちょっとしたサービスだ。

サテライトマジックで、水、火、土、溶岩のボールを浮かべてやる。氷魔法はまだ無理だが。


「これが溶岩魔法。ラーヴァボール!」


ドロドロとして赤黒く光るボールを壁に当てる。

ジュウ、と音がして壁の一部が溶け崩れてしまう。

げっ。


「このことは内密にな」

「す、すごい……。あの壁って魔法で壊せるんだ」

「溶岩魔法は土魔法の影響が強いからな。物理に近いせいかもしれない」


物理、魔法どちらに強い相手でもそれなりに効くし、高熱の物質がまとわりつくことで追加ダメージも狙える。

溶岩魔法こそ、戦いに向いている魔法かもしれない。


「複合魔法は、どれくらいで使えるようになったの?」


これは難しい質問が来た。

年数でいったら、ここ数年で魔法を初めて使って、既に複合魔法も使えるようになったということになる。

ただ、色々偶然や元の世界の経験も重なってできたことだし、『干渉者』で魔力がブーストされていた影響も大きいだろう。


「まあ、複合魔法は最近使えるようになった感じだ。それまでは基礎属性で戦ってたぞ」

「へえー。水魔法も使った?」

「もちろん。ダンジョンに潜った時は、水魔法のおかげで命拾いをした」

「水代わりにしたってこと? あんまり良くないって聞いたけど」

「いや、そういうことじゃなくて。普通に戦いで使ったんだよ。強い亜人に苦戦してな。水魔法で無理やり地底湖に流してやった」

「……とんでもないことをしてるわね」

「水があるところなら、水魔法は便利だぞ。土や風より扱いやすくて、まとめてぶつけるだけで質量攻撃になる」

「あなた、魔法を使うときに創らないの?」

「ゼロから創ったりもするが、そこにあるものは利用した方が早いだろ」

「そういう考え方もあるのね……」


握り込んだ掌に氷を創り、飛ばす。

壁にぶつかるが、流石に壁を破壊はできない。


「氷は流石に近くにあることが少ないからな。基本は創ることになるんだろうな」

「氷を創るときは、どんなイメージなの? ごめんなさい、あんまり聞いちゃいけないのかもしれないけど」

「魔法はヒトによって全然感覚が違うらしいからな、あんまり参考にならないと思うぞ。俺の場合は最初、基本属性を組み合わせて氷を創ってたな。慣れてきた今となっては、そうだな……水を固体で生成するみたいな感覚が近いかな」

「水を固体で?」


首を捻って考え込む。理解できないようだ。


「言ったろ、それぞれの感覚だって。最後は自分の感覚だ」

「……もう一度、氷魔法を見せてもらっても?」

「良いぞ」


氷魔法を続けざまに放つ。

アイスニードル、拳大の氷塊。そして円錐型の攻撃に適した形も試してみるが、安定しない。

まだまだ練習不足だな……。


「あなた、名前は何だったっけ?」


妹さんが、俺が創る氷魔法を凝視したまま言う。


「ヨーヨーだ」

「私はヒャービャー」

「そうか」

「覚えておいて。いつか、一流の魔法使いになるんだから」

「……覚えておこう」


名前の記憶には自信はないのだが、幸い変わった名前だから……ぎりぎり覚えておけるはずだ。


「終わった?」


俺が妹さん、ヒャービャーから離れてダースタのもとに向かうと、ダースタもそれを察して近づいてきた。


「ああ、かなり見せたと思うが、もう良いだろう?」

「うん、ありがとう」

「……ダースタ、あんたも妹が戦うことには反対なのか?」


ダースタは驚いたように目を見開いた。そして眉間に皺を寄せながら語った。


「正直に言えば少し……や、結構反対。今回の湧き点みたいに避けられない被害もある」

「まあ、危険はあるわな」

「水魔法なら、壁内の仕事もたくさんある。わざわざ危険を冒さなくても良い」

「そうか」

「本人のやりたいことは尊重してやりたい。でも、そこだけは……傭兵だけは。これはわがまま?」

「当然の意見だと思うぞ。出来ることといえば……どんな道を選んでも見守ってやれるように、長生きするこったな」

「この仕事はいつ死ぬか分からない」

「そうだな」


もしこいつが死んだら、見舞金はたんまり払ってやれとウリウに言っておくか。

俺に出来るのはそのくらいだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る