第324話 霧中

短剣使いのダースタに魔物を倒してもらった。


倒した「ムクロ喰い」は、名前通り死体を食べる。が、死体以外食わないと言うわけでもなく、何でも食べる。

ただ他の魔物に倒されたヒトの死体を貪っている姿がよく見られるのでムクロ喰いと呼ばれているらしい。


ヌメヌメとした見た目の感じと、びっしりと牙が生えた口が何とも気持ち悪い。

魔石は足の付け根のあたりに、小さな欠片がある。ない場合もある。収穫もショボいヤツだ。


ダースタは黙々とそれらを解体し、残った死骸を穴に埋めている。


「なかなかの短剣の腕前だな」

「普通でしょ。このくらいは」

「そうか?」


この辺では普通の腕ということか。

しかし、ウリウには評価されているようだから、本人の評価が厳しいだけかもしれない。


「そこ、胃袋破らないように気をつけて。臭いし、運が悪いとヒトの顔が出て来たりする」


足の付け根に魔石が見当たらず、腹の方まで軽く探った俺に対して注意が飛ぶ。


「げっ。気持ちの悪い魔物だな、つくづく」

「そう?」

「ダースタは気持ち悪くないのか?」

「んー……」


ダースタは解体の手を止めないまま首を傾げた。


「他の魔物の方が気持ちが悪いよ。フレイムワーカーとか、あいつらは目がおかしい」

「目?」

「ムクロ喰いはヒトを喰う。だから襲ってくる。ある意味自然なこと」

「食欲に突き動かされてると」

「うん。それに対して、フレイムワーカーとかは別にヒトを食べない。なのに、襲ってくる。そのときの目は、何かに取り憑かれているみたいで気持ち悪い」

「……ふむ」


確かに、そこは謎なところだ。

魔物と言っても本当に色んな奴がいる。

そいつらが揃ってヒトに対して敵対的なのは、改めて考えても妙だ。


白ガキは魔物について知識がありそうだったが、この性質について何か知ってるのだろうか。


「そういえば、氷魔法を見せる話だが」

「うん」

「町に着く前、今とかじゃダメなんだよな?」

「うん」

「……誰に見せたいんだ?」


今じゃダメだとすると、町にそれを見せたい誰かがいると考えられる。

それとなく聞いてみるとビンゴだったようだ。


「妹」

「妹? リックスヘイジに家族がいるのか」

「うん」

「妹は魔法使いなのか?」

「……本人に訊いて」


はぐらかされた。

勝手に家族のジョブを言えないというこか。


「リックスヘイジは大きい町なんだろ? 他にも魔法使いくらいいそうだが」

「まあね。でもわざわざ雇うほどじゃない」

「そりゃそうか」


魔法を使えるのはそれなりに重宝される存在だ。

その中でさらに「氷魔法を使える」となると、結構レアなのだろう。

まともに雇おうとしたらそれなりにお金も掛かるはずだ。


「ウリウの護衛になったのは、妹たちに金を送るためか?」

「そんなところ。傭兵団はどこも新入りだと薄給だし」

「腕があってもか?」

「……まあ、魔法でも使えれば違うんじゃない?」

「ふむ」


妹には魔法を上達させて、楽をしてほしいのかね。


「ウリウの護衛ってそんなに高給なのか?」

「……知らないの? ボスなのに」

「別に手下ってわけじゃないからな」

「そう。傭兵団に入るよりは、数倍出るよ」

「ほう。そりゃあ太っ腹だ」

「ボスの下に入ったら、もっと出るの?」

「ん? いや、ウチはそういう感じじゃないな……稼ぎたいならウリウの下に居るのが良いと思うぞ」

「塩とか、自分で売らないの?」


ウリウに少しずつ渡している塩か。


「しばらくは、ウリウに任せるつもりだぞ」

「……そう。もしウリウを切るときは、声かけて」


なるほど。ウリウが落ち目にならないか気にしてんのか。


「まあ、タイミングが合えばな。ウリウを切るつもりも特にないから、そう心配するな」

「分かった」


ムクロ喰いは魔石を持ってないやつもいて、大体4体に1体くらいが空振りだった。

採取した魔石は全てダースタに渡してやる。


「魔法が対価だと思ったけど?」

「倒したのはお前だからな。要らないのか?」

「貰う」


ダースタは特に遠慮する気配もなく魔石を受け取った。

その後は特に魔物が出ることもなく、交代の時間を迎えた。



翌朝、道なき道を進み、現れた森に踏み込む。

森にも整備された道はないが、踏み倒された草が過去にヒトが通った形跡を残している。


ダースタが短剣で邪魔な草木を払いながら進む。


断続的に「ピチチ」という小鳥の囀りが聞こえる。「ホー!」という野太い何かの鳴き声もたまに混ざる。

キュレスの方の森と異なるのは、シダ植物のような形態の草が多いこと。聞こえてくる鳴き声と合わせて、ジャングル感が強い。


しばらくすると、川にかち合う。

向こうが見渡せないというほどではないが、それなりに幅がある川である。


「川に近づきすぎるな。川棘ワニにでも噛まれたら、助からんぞ」


ジャロウが俺たちに警告する。

川の魔物か。


川を左手に見ながら、川の流れと同じ方向に進んでいく。

川の流れる先にリックスヘイジがあるらしい。


午後になると、俄かに霧がかってきて先が見渡しづらくなる。

たまに減らず口をたたいていたジャロウの口数が少なくなる。悪い兆候だろうか。


「ジャロウ、どうした?」

「……まだ何とも言えんが、湧き点かもしれん」

「湧き点? 魔物のか?」

「他にあるか?」


「ギッキュ!?」


ドンの驚いたような声。


ぬっ、と。

俺の視線の先、ジャロウの背中の向こうに、背の高い、一つ目のおばけみたいなやつが突然現れた。

霧が濃いせいか、右半身だけしか見えない。

身長は3メートル以上はありそうだ。身体つきはヒョロヒョロに見えるが、デカいからそう見えるだけかも。

口元には鋭い牙が並んでいる。


いや、そいつがもう一歩踏み出すと、左半身が見えるようになった。まるで、そこに別空間へ繋がるトンネルでもあるかのようだ。


そいつは一つしかない目でじっとこちらを見ると、長い右手を振りかざす。


「ファイアアロー!!」


あえて魔法名を叫びながら、そいつの頭を撃つ。


「キキキキキキーー!」


一つ目の魔物が甲高い声をあげてのけぞる。


「魔物だな! 走れ!」


ジャロウが叫ぶ。


「今の奴は強いのか!?」

「関係ない、ここは湧き点になってしもうた!」


どういうことか。

しかし、熟考しているヒマはない。


「全員、魔物の相手はせずに走れ! ジャロウに続け!」


ジャロウは言い終わる前にはもう走り出していた。皆がそれに続く。


「ぐあっ!」


夜に話を聞いた荷物持ち、トブリの声だ。

気配探知を放つが、この霧のせいだろうか。周囲の状況が分からない。


「トブリ!」

「つ、掴まれた! 助けっ……」

「構うな、逃げよ!」


助けを求める発言を遮ったのはジャロウの叫び。

ほんの一瞬、逡巡する。


しかし、すぐに前を向く。


「総員、立ち止まるなよ!」


アカーネあたりは迷いそうだ。

アカーネをリュックごと抱えて走る。


「ご、ご主人さま……ボク……」

「魔力視で前を警戒しろ」

「うん……うん」


サテライトマジックを展開する。

樹々の間から、何かが見えた瞬間に火球をぶつける。


十分も走ると、霧を抜けた。

いつの間にか森も抜けたようで、一面の草原である。


「ぜえ、ぜえ……」


ジャロウが息も絶え絶え、ひざに手を当てて止まった。


「ジャロウ。大丈夫か?」

「ま、まだ油断するな! ぜぇ……湧き点から……じき魔物が……ふう……出てくるはずじゃ」

「あれが、湧き点か」


サーシャ、キスティ、ルキ。

ルキの上にいるシャオとアカイトも確認した。


アカーネは俺に抱えられ、ドンはその背中のリュックにいる。


「ギュゥ〜」


ドンは、俺が乱暴にアカーネを抱えたせいで全身が痛いようだ。すまん。


「トブリは?」


巨人族の女性に声を掛ける。

彼女は後ろを振り返って、静かに首を振った。


「助けられなくて、すまない」

「……」


巨人族の女性は、何も反応を示さなかった。

彼女とトブリが個人的に親交があったのかは分からない。


「ぐずぐずするな、なるべく離れるぞい!」


ジャロウは息が整って来たようで、出発を促した。


「ああ」


ジャロウの案内で、草原を進む。

いつの間にか陽は落ちてきている。


予定ではもう一泊するはずだったが、夜になっても進み続けた。



先の見通せぬ夜闇の中、少しばかり落ち着きを取り戻してきたジャロウと話をした。


「あれが湧き点か。元はなかったのか?」


慎重派のジャロウが、わざわざ湧き点の中を突っ切るようなルートを選ぶとは思えない。


「そうじゃ。ありゃ新しい湧き点じゃろう」

「新しい、か」

「予測できなかった。この辺りの他の湧き点の配置を考えても……ええい。分からんもんは分からん!」

「運が悪かったと思うしかないな……あのまま湧き点に留まっていたら、どうなっていた?」

「知るものか! 何が出るか分からん、どれだけの量と頻度かも分からん。とにかく四方八方から魔物が襲ってくるかもしれん。そんな場所にいたら命がいくつがあっても足りん、ということ以外はな!」


ジャロウがこれほど取り乱すということは、本当に危険だったのだろう。

あの一つ目の魔物は火魔法こそ効いていたが、弱いようにも見えなかったし。


「あの一つ目の魔物に見覚えは?」

「ありゃヒトツメっぽいが、分からん」


そのまんまの名前の魔物だった。


「ヒトツメの強さは?」

「わしが出会ったら迷いなく逃げる。奴らは群れるし、俊敏だ」

「魔法は使ってくるか?」

「いや、単にデカくて早い。それが一番厄介じゃがな?」


デカくて早いか。

たしかに面倒そうだ。


「ヒトツメが定着したら、この辺りは通れんのう。霧降りの連中はどうすることやら」

「……」


帰り、どうしよう。

リックスヘイジに行って終わりじゃないのだが。


「旦那。トブリの……ことですが」


ウリウは俺たちの早歩きに合わせて歩いているからか、少し喋りにくそうだ。


「彼に預けていた荷物がなくなってしまったな」

「ええ。それが……旦那から預かった塩、あるでしょう」

「ああ」

「あー……そういうことですわ」


ウリウは言葉を濁した。


……なくなったか。


「別に返金しろとは言わん」

「へへ、そいつは助かります」


ウリウは満足して下がった。

湧き点、恐ろしいな。


せめて気配探知が効くなら、トブリを救出してから合流を目指せたかもしれない。

しかしあの霧の中では、何の気配もないような、何かに満たされているような、不思議な挙動をして探知スキルが役に立たなかった。


それに、ヒトツメが現れた時のあの様子。

まるで、どこか異空間とゲートが繋がっているようだった。


この世界で言われていたことは間違いではなかったと感じられた。



魔物は異世界から来る。

何者かに、人類への憎悪を植え付けられて。



暗闇の中を、仲間の気配を探って確かめながら、進んだ。


地平線から薄い光が差し込み、周囲の闇が祓われていく。

夜明けのころにようやく、目指す街が遠くに見えた。


丘の上にぐるりと壁が並んでいる。

左手には川が流れ、右手は壁のすぐ前まで森が迫っている。


リックスヘイジ。人類の最前線を支える拠点だ。

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