第323話 カエル
フレイムワーカーと戦い、倒した。
「ところで」
ジャロウが周囲を見渡しながら、俺に言う。
「なんだ?」
「あの犠牲者の仲間とやらは、どこにいるんじゃ?」
「……あ、そういやそうだ」
気配を探ってみる限り、フレイムワーカーたち以外に特に反応はなかった。
既にお亡くなりになっているか、あるいは逃げた後かだ。
「これといって形跡がないなら、十中八九逃げとるだろう」
「なんで分かる?」
「仲間を見捨てて逃げたんじゃあなければ、この辺に死体が転がっとるじゃろ」
「逃げ切れたって保証もないがな」
「じゃのう。とは言うても、フレイムワーカーはこの辺じゃそう珍しくない。慣れた者なら、逃げもできずに全滅とは考えにくいのう」
「そうか」
良かった、と思うべきなのだろうか。
見捨てられた1人が哀れである。
「死んだヤツの死体でも漁りに戻るかの? 何か良いものでも持っておるかも」
「いや、先を急ごう」
「そうかの?」
彼をきちんと埋葬してやるという意味でも戻る選択肢はあるが、ここは安全優先だ。
さっきの戦闘の音でまた別のフレイムワーカーが集まってきたりしたら面倒だし。
「殿~!」
シャオに騎乗して空を飛ぶアカイトが、高度を下げながら近付いてくる。
「川を見つけましたぞ!」
「おう。魔物はどうだ?」
「見下ろした限りでは見つかりませぬ」
「少なくとも、大きいやつはいないってことだな」
「ですな!」
「今のうちに移動しよう」
フレイムワーカーが、魔石以外に特に取るべき部位がなかったのはむしろ良かったかもしれない。
魔物が集まる前に、丘を下ることにする。
「いやあ、ラキット族はこと偵察では優秀と聞いたが、まさか空まで飛べるとはのう」
「拙者に掛かれば朝飯前ですぞ!」
「ラキット族は魔物に襲われんのじゃろ? 実に羨ましいのう」
「襲われにくいが、襲われることもあるぞ!」
「敵意を持たれないというだけで羨ましいわい。全く、生まれ変わったらラキット族が良いのぅ……」
ジャロウのじいさんがボヤいている。
ウリウに良いように騙されて売られたのも知っているだろうに。
「リックスヘイジじゃ、ラキット族は珍しいのか?」
「見ないことはないが、珍しいの」
「へえ」
「たまに霧降りの連中が連れている印象じゃのう。砂舞いにも居るらしいが、そっちの連中はリックスヘイジに来んからの」
「砂舞いの里? そっちとも仲良いのか」
アカイトの方を向いて訊いてみると、アカイトはシャオの身震いで振り落とされて、空中でくるっと回って器用に着地したところだった。
「交流はあると長老から聞いたことがあるぞ! そっちに移住した同胞もいるらしい」
「砂舞いはクダル家寄りなんだろ? 霧降りと仲の良いラキット族が行っても問題ないのか?」
「何家だのと争っていることに、同胞は興味ないし!」
「なるほど。まあ、確かに」
その割に霧降りの里が攻められたときはがっつり巻き込まれていたが。
ラキット族たちにとっては事故みたいなものだったのかもしれない。
なだらかな丘を下りると、前には山がそびえ立ち、また上りが多くなってくる。
ジャロウによると、山を登っていくルートもあるが、山と山の間を抜けていくルートが楽らしい。
その日は、小川が進行方向とは逆に流れている場所に野営する。
野営用の簡易テントと寝袋を出し、火を熾して鍋に食材を放る。
その間にアカーネたちが周囲に音罠を設置する。
いつもの野営風景だが、いつになく楽だ。
ウリウが荷物持ちとして連れている連中が、手早く準備を済ませてしまうと、こっちまで手伝ってくれるのだ。
巨人族らしい男の荷物持ちの一人はさっとテントを建ててしまうと、川から水を汲み、煮沸して用途別に分けるところまであっという間に終わらせていた。
「手際が良いな」
「慣れているのでな」
「あんたらの名前はまだ聞いていなかったよな?」
「トブリだ。別に荷物持ちの名前まで覚えようとせずとも良いぞ」
「そうか。荷物持ちってのは儲かるのか?」
ちょっと失礼かもしれないが、気になったので訊いてしまう。
いくら戦闘には参加しないからって、こんなところで旅に同行する時点で命の保証はないだろう。
いったい何をモチベにしているのか。
「……戦闘職ほどではないが、な。基本給は同じくらいだ」
「基本給は?」
「魔物を倒した時、お前も護衛たちに追加報酬を配っていたろう。そういったものがない分、荷物持ちの方が手取りは下がる」
「なるほど。それでも戦闘職に行かないのは、やはり危険が大きいからか?」
「……そうだ。一当てして敵わないと判断したなら、逃げる。このとき逃げると判断するまでにヤられるのは、大抵戦闘職だ」
「そうだな」
「それに、高価な野営道具や素材は、多くが荷物持ちが運ぶ。雇い主としても守るべき対象だ」
「ああ、確かに」
リスクとリターンで合理的に考えれば、辺境で魔物狩りをするより、荷物持ちとしてレベルを上げた方が良いと思う者もいるだろう。
「お前たちは見たところ、荷物持ちがいないようだな」
「ああ。各メンバーで分けて持っている」
今はウリウの荷物持ちに持ってもらっている物も多いが。
「西の方に分け入るなら、戦闘職だけで固める判断も悪くはない。しかし、どうしても効率は悪くなる。リックスヘイジには荷運び人の組合もあるから、必要だったら雇うことも検討してみろ」
「ほう。情報感謝する」
荷運び人の組合か。
個人傭兵みたいに、荷運び人も個人事業主みたいな扱いなんだろうか。
夜、3人体制で警備を行う。
荷運び人たちは警備に加わらず、俺たちとウリウの護衛たちが警戒に立つ。
このパーティだと、俺がウリウの護衛たちまで含めて人選を仕切らないといけないのが面倒だ。
キスティとジャロウと相談しながらルーティーンを決める。
俺とルキは、警戒スキルと夜目持ちということで深夜にセットで組み合わせる。
緑肌族の2人はセットが良いと強く主張し、夜目も多少利くらしいのでセットにする。アカーネの魔力視と組み合わせておくか。
サーシャ、キスティとジャロウは明け方にしておくか。ジャロウがスキルなのか単なる技術なのか、警戒性能は高そうだが……アカイトもここに入れておくか。
明け方なら、空から見渡すだけでバッチリ情報収集できそうだ。
そんなわけで、深夜組には残る1人、ヴェラプ族のダースタが合流した。
道案内をするとき以外、ほとんど話さない寡黙な男性だ。
「ダースタ、よろしく」
「……うん」
ダースタの装備は様々な色味の入った皮鎧で、そこに色々な道具が取り付けられている。
背中には弓と矢筒が取り付けられており、腰には短剣が数本と、ヌンチャクのような何節かに分かれた棒が取り付けられている。
更に腰の後ろには、小型のポーションのようなものがいくつかセットされている。
「あー、訊いても良いか? そのヌンチャクみたいな棒は何だ?」
「ヌンチャク?」
「この、棒が糸で繋がれているみたいなやつだよ」
ダースタの腰にあるヌンチャクらしきものの場所を、自分の身体で示しながら尋ねる。
「ああ、これは槍」
「槍? 繋げると槍になるのか」
「そう」
ダースタは腰からそれを外すと、振り回すようにして一瞬でそれを繋げて見せた。
ジャキジャキ、と木や金属が当たる音がして、小型の槍のようなものが出来上がる。
先端が尖っていないが、腰から取り外した別の部品を被せるようにすると、尖った先端が現れる。なるほど、槍だ。
「折り畳み式か。強度が弱くならないか?」
「弱いよ」
「……そうだよな」
まさかあっさり肯定されるとは。
そして続く説明も特にない。
別に驚くべき仕掛けがあるわけでもなく、本当に携帯できる強度の弱い槍であるということか。
「いつ使うんだ?」
「必要なときに」
「……そうか」
そうだな。
別に手の内を明かして欲しいわけでもないし、あまり訊きすぎるのも良くないか。
ジャキジャキ、とまた音を立てながら、槍を仕舞うダースタ。
実演してくれただけ優しいのかもしれない。
「あー、一応、いざという時の参考のために訊くんだが。槍とかもあるが、あんたの得物は弓と考えて良いか?」
フレイムワーカーのときも弓で参戦していたと思うし。
「何でも使う。一番はこれだけど」
ダースタがそう言って手で叩いたのは、腰に差している短剣だった。
「短剣?」
「そう」
「弓使いじゃあなかったか」
「弓も嫌いじゃない」
まあ、弓も使えるのは分かっているし、それに加えて接近戦もイケると考えると、悪い話じゃない。
「主様。川の方から何か来ています」
ルキが報告してくる。俺の気配探知にはまだ引っかかっていない。
まだ少し距離はあるか。
「形は分かるか?」
「大きなカエルのような……色は黒っぽいです」
真夜中に黒っぽい生物が見えるとは。
ルキの夜目はすごいな。
「ダースタ。カエルっぽい見た目のやつが近付いている。ムクロ喰いかな?」
「そうだと思う」
道中で看取った男が呟いていた魔物だ。
この辺に多い魔物らしいが。
「ダースタ、1人でやれるか?」
「ムクロ喰いなら問題ないと思うけど、何で?」
ダースタが怪訝な表情をする。
「いや、良かったらで良いんだが。どれくらいやれるか見てみたいと思ってな」
「……良いけど」
「代わりに、素材は全てダースタのモノで良い」
「いや、それより」
ダースタは静かに首を振る。
「こっちも1つ注文。交換条件」
「ほう? 何だ?」
「町に着いたら、氷魔法を見せて欲しい」
「うん? 氷魔法?」
「使ってた」
「ああ、使ったが。何だ? 氷が欲しいのか?」
ゼロから創り出した氷は、時間経過で消えてしまうのだが。
そもそも溶けるし。
「いや。見せてもらうだけで良い」
「うん? まあ、別にそれなら良いが」
「約束。じゃ、行こう」
ダースタが立ち上がる。
ルキには後方を警戒してもらい、川の方に向かう。
ゲーゲーと小さな鳴き声が聞こえ、気配探知にもその姿が掛かった。
松明を掲げると、声のするほうに黒い影がうごめく。
「10体くらいはいそうだが」
「問題ない。しばらく光をお願い」
ダースタは短剣を腰から抜き、更に胸から小型のナイフを取り出す。
「ゲーッ!」
こちらに捕捉されたことはあっちも察知しただろう。
ムクロ喰いが威嚇するように声を上げた。
ダースタは左手に持ったナイフをトランプでも投げるように軽く投げる。
「ゲッ」
ダースタが更にもう一度、ナイフを構えて放る。
「ゲゲゲーッ!」
ムクロ喰いは攻撃されたことを理解してか、一斉に跳びかかってくる。
一体が大口を開けて迫る。
松明の光に照らされて明らかになるムクロ喰いの見た目は、カエルのようなフォルムで、目がない。そして口には鋭い歯が並んでいる。
大きさはカエルでは考えられないくらいのサイズで、デカい。人間の半身をそのまま口に含めそうだ。
そのサイズのムクロ喰いが目前に来るまで、ダースタは悠然と構えている。
思わずヒヤリとした直後、ダースタが右手に持っていた短剣をムクロ喰いの腹に突き立てた。そして振り払うようにして投げ捨てる。
続く何体かも、流れるように腹を裂きながら受け流す。
「ゲーッ、ゲッ!」
跳びかかっていなかった残り数体が鳴き声を上げる。
ダースタはそれに対して短剣を投げると、すぐさま腰から別の短剣を構える。
焦ったように跳びかかる残る数体も切り伏せると、短剣を腰にしまう。
そして折り畳み式の槍を展開すると、1体ずつ喉元を突いて止めを刺して回る。
……なるほど。
「他にはいない?」
「気配はないな。俺が警戒しておくから、解体を頼めるか」
「肉は食べる?」
「食べられるのか?」
「……うん。ヒトも食べるし、嫌がる人は嫌がるけど」
「いつもはどうしてるんだ?」
「食べ物が少ないとき以外は捨てる。毒を食ってる場合もあるから」
「……なるほど。捨てよう」
何でも食べる雑食性か。
ヒトを喰ってるかもしれない、というのはこの世界の魔物を食べる際には今更な気もするが、毒物を喰ってるかもしれないのは面倒だ。
内臓を食べないようにすれば大丈夫とかあるのかもしれないが、今は食べ物に困っているわけでもないしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます