第322話 咆哮
リックスヘイジに向かう途上、魔物に襲われたヒトを看取った。
彼がやられたのは「フレイムワーカー」という魔物。
俺はこの辺で魔物狩りをしている設定なので、あまりこの辺の魔物について訊きすぎると不自然な感じがしてしまうが……そうも言っていられないか。
「フレイムワーカーということは、火を使うんだよな?」
「……ほう?」
ジャロウはこちらを見て、目を細めた。
「何だ?」
「いや。お前は古代語が分かるのかのぅ?」
「多少なら」
「ふむ。そうじゃの、フレイムワーカーは火の魔法を使うぞい」
「群れる亜人で、火の魔法を使うか。厄介そうだな」
ジャロウはゆっくりと首肯して、目を細めた。
「巨人族のような体躯に、拳から火を放つ能力。決して侮れぬ魔物じゃ。何、悲観することもあるまいて。見た目の恐ろしさに比べれば、まだ可愛い部類じゃな。皮膚はヒトで言えば中級戦士レベルの硬さじゃし、武器は持っておらん。総合力で言えば、戦士に軍配が上がるかのう。強い個体もいるから、油断はできないがの」
「群れで動くって点は? それなりに連携してくるタイプか?」
「ああ、緻密な連携とはいかんが、仲間の窮地と見るや、庇ったり助けたりすることもあるのう。何、その点はあんたらと条件は同じ」
「……なるほど。情報感謝する」
こっちはピーちゃん達、緑肌族の2人が弓が得意。残りの男2人も、女2人と比べると得意ではないようだが使える。つまりサーシャと合わせて、5人も弓が使える。
敵の装甲が素肌状態の中級戦士程度らしいから、まあ弓矢は効くということだろう。
俺やルキが時間稼ぎをすれば、矢で狩っていけそうだ。
「サーシャはピーちゃん達と射撃担当だ。一応ある程度分散して、魔法に警戒してくれ」
「はい」
「……ピスナ。私は戦士だ、名前で呼べ」
共通語でサーシャに指示したのだが、ピスナは名前部分で自分が略して呼ばれたことが分かったようだ。
「悪かった、ピスナ。もう1人は……」
「彼女はラスカ。ちなみに無口なヴェラプ族はダースタ。覚えたな?」
「ああ、すまない。ピスナとラスカ、サーシャとダースタで組んで、有利な地点から狙撃してくれ。ジャロウじいさんは……」
「おお、わしは後ろを警戒しておくぞい!」
「……戦わないのか?」
俺もアカーネとキスティに後方警戒を頼もうと思っていたから、後方警戒自体は必要なのだが。引っかかるところを感じて問う。
「当たり前じゃあ、わしは戦いは苦手じゃい」
「こんな辺境で生き残ってきた傭兵だろ?」
「馬鹿か、若造がよぅ。だから生き残ってきたんじゃろうがい」
「ああ……なるほど」
こいつ、筋金入りの小心者というか。
ここまで堂々とされると、いっそ清々しく……はないな。
「スケベジジイに何を言っても無駄。少しでも危険があると思った狩りには参加しない」
ピーちゃん、ピスナが蔑みを含んだ声色で言う。
「護衛として良いのか? そりゃ」
思わずウリウを見る。
ウリウは小さく肩を竦めて言う。
「それ以外が有能なんすよ。知識もあるし、後方警戒しておくって言ったら、それをきちんとこなしてくれる。1人でね」
「そりゃ、有能だ」
「それより、旦那。流れでフレイムワーカーを狩ることになってやすが……」
「ああ、悪い。お前の護衛まで巻き込んでしまったか。反対か?」
「いいや、旦那の戦う姿を、こいつらにも見せておきたいんでね。良い機会でしょ」
「護衛たちに?」
「俺のバックにいる人物がどれだけのものか。高給だけでつなぎ留めるのは限度ってもんがありまさあ」
「なるほど。なら張り切って殺すとしよう」
炎系の魔物と言えば、テーバ地方で苦戦した熱岩熊を思い出す。
あれから俺がどれだけ成長できているのか、あるいはしていないのか。
良い試金石になるかもしれない。
さて、まとまった話を共通語でアカーネたちにも指示しておかないと、な。
「アカーネはジジイと一緒に後方警戒。スキルは出し惜しみするな。キスティはアカーネ、ジャロウを守りつつ、サーシャやピスナを援護しろ」
「む? 主、私は前線ではないのか? 巨人が相手なら、私の打撃武器は有用だろう」
「弓を中心に組み立てる。引き付ける役ならルキの方が適任だ。それに、遊撃に適しているのはキスティの方だ」
「ふむ、承知した。して、念のため尋ねておくが……主はどうする?」
「決まってる。ツッコんでかき回して、ブチかます」
「はっはっは! 全く、仕方のない主だ!」
いつまでも話しているわけにもいかない。
あの息絶えた男の仲間が戦っている可能性もある。
「さて、アカイト! また斥候に出てくれ。今度はこまめに戻って来いよ」
「承知!」
アカイトが駆けていく。
シャオがその前に飛んでいき、アカイトがそれに飛び乗る。
シャオはアカイトほど隠密行動ができないし、上空を飛ぶので目立つ。
だが、今は敵に見つかっても良い。
いい判断だ。
それからじりじりと進みつつ、アカイトの報告を受けること数回。
丘の向こうに、フレイムワーカーらしき存在を発見した。
こちらに向かってきているらしい。
ダッシュで丘の上に向かう。
弓で戦うなら、丘の上は占拠しておきたい。
魔物の本能なのか、思考力も高いのか、敵も同じように考えたようだった。
こちらに気付いているかは分からないが、ダッシュで近付いてくる1体の気配。
一歩先に、敵が丘の上に辿り着く。
現れた魔物は、まさに聞いていた通りの姿。
3メートルはあろうかという巨人族のような体躯で、手足が1対ずつある人間型。皮膚は黒く、ゴツゴツとしている。
頭の上からはいくつも炎が吹きあがり、角のように見える。
両手は長く、地面に付いている。その拳は赤黒くなっており、煙を上げている。
「ヴオオオオオオオォォ!!」
猛る咆哮。
その直後、地面が割れて溶岩球が飛び出て、咆哮した個体の口の中へと飛び込んでいく。
顔に溶岩弾が直撃した個体は、振り上げた拳で咄嗟に顔を抑え、そしてゆっくりと後ろに転げ落ちた。
出くわす場所も予測が楽にできたので、仕込んでみた。
そして、見事に成功した。
先ほどまでフレイムワーカーが立っていた丘の頂に、俺が立つ。
俺たちが来た西側は斜面が急で、フレイムワーカーたちが登って来ている東側は少し緩やかなようだった。
東側斜面一面に草原が広がり、そして所々が焦げている。
目視できる敵は……5か。今転げ落ちた個体を入れたら6だ。
聞いた数より増えてるじゃねぇか。
ただ、遠くにいる2体は遠近法のことを考えても、小さく見える。
幼体か。
「敵は6体だ! 近くに4。多分成体」
左右から、火炎放射が伸びてくる。
回避行動もしつつ、ウォーターシールドを展開して当ててみる。
ジュウウと音がして、しばらくは防げる。
が、次第に一点突破で守りが破られ、炎が吹き出してくる。
「威力もそれなりにありそうだな」
駆け出して、転げ落ちていった個体に近付く。
それは勢いよく起き上がり、口から火を吹く。
それをエア・プレッシャーで横に避けつつ、魔法を発動する。
最近ずっと練習していた魔法だ。
出力を素早く、安定させるのに苦労していたが、最近コツを掴んだ気がする。
何故かは分からないが、手を握り込むようにしてから、砂を投げるように魔力を拡散させると、安定した威力が出たのだ。
「アイスニードル」
指より少し太いくらいの針の束が、巨人の頭に飛んでいく。
「ドゥラアアッ!!」
む、致命傷は与えられないか。
ビシュッ
そこに、空を裂く短い音とともに、フレイムワーカーの頭に矢が刺さる。
一瞬遅れて、矢が放たれたのとは逆の方に倒れた敵は、斜面を転げ落ちていく。
今度こそやったか?
一瞬振り向くと、丘の上にサーシャが弓を構えている。その前にルキが走って来る。
「右を任せた!」
成体らしき敵は、左に2体と右に1体だ。
あれくらいの攻撃威力なら、ルキとタイマンならルキが抑え込めるはずだ。
左は2体。
1対1は戦えそうだが、もう1体に援護されると少しキツいか。
「目を瞑って、ヨーヨー!」
後ろからピスナの声がして、目を閉じる。
上空で爆ぜる音がして、網膜に光が刺さる。
気配探知で敵の様子は探っているが、左の2体は完全に立ち止まったようだ。
シュッシュという、弓を放つ音。
どうやらピスナ・ラスカのコンビは左周りで敵の多い方に来たらしい。
そこから、敵の方に矢が飛んだようだが、2体とも倒れてはいない。
「チッ、首は防がれた! けど、1体の足は刺せた」
「ほう。やるな」
確かに、1体は再度歩き出したのに対して、もう1体はその場に留まっている。足を撃たれたからだろう。
「ウガアア!」
もう1体、ピスナたちの攻撃も防いだらしい方の敵は、長い手を使って、ゴリラのような走り方で向かってきた。他と比べて、明らかに大きい体躯。
3メートル半以上はありそうな高さ。
全身が赤黒く輝き、周りに断続的に火花を散らす。
その腕にはピスナたちの攻撃を防いだ際に刺さったらしい、矢がいくつも並び立っている。
しかし、その矢も高温に耐えかねて発火し、フレイムワーカーの体表にある炭のようなゴツゴツの1つと化していく。
俺に近付くまでに、腕や横腹に何本も、ピスナたちの矢が刺さるが、止まることはない。
「ッッ!!」
近付いてきた勢いのまま、腕を後ろに引き渾身の右ストレート。
エア・プレッシャーで右斜め後ろにズレで事なきを得るが、同時に放たれたらしい火柱の熱が顔に感じられる。
「ヴオオオオオッ!!!」
「だりゃっしゃあ!!!」
続く左アッパーを回避し、胴体に魔力の奔流を浴びせる。
その胴体を抉ったような気がするが、それを確認する暇もない。
フレイムワーカーは身体ごとぐるんと回して、裏拳の要領で右手を払ってくる。ジャンプして避けると、続いて左アッパー。
流れるような動作にエア・プレッシャーでも微妙に避けきれず、胸当てのあたりを衝撃が走る。掠った程度だが、衝撃がすごい。
後ろに飛ばされている感覚、咄嗟にエア・プレッシャーで上に跳ぶ。そして、いくつもの炎弾と、適当にアイス・ニードルを浮かべて撃ちまくる。
「ウガアアア!」
手をクロスして、それに耐えるフレイムワーカー。
しかし、そのおかげで時が稼げた。
斜面と逆に転がるように受け身を取りながら、立ち上がる。
「グアアッッ!」
拳を握りしめ、そこに炎の槍のようなものを創り出すフレイムワーカー。
投擲されたそれを、魔力を乗せた魔剣で弾く。ふう、失敗していたらマズかった。
拳から火槍を出す敵と、氷針を飛ばす俺。面白い。
こいつ、どこか中級戦士と同等なんだ。
いや、こんなヤバい地域の「中級戦士」って、ちょうど俺くらいの強さなのか?
だとしたら、全く正しい情報だ。
「グゥッ!」
ピスナたちが首筋を狙った矢が、肩のあたりに刺さる。
うっとうしそうに手を払うフレイムワーカー。
そうだった、俺は時間を稼げば良いのだ。
後ろに下がりながら、アイスニードルを連射する。
ファイアボールでも効いている気がするが、アイスニードルは一層嫌がっている気がする。
火に氷、だからだろうか。
近くに川でも流れていれば、水魔法でもっと簡単に倒せるのかもしれない。
距離が開いたので、右側の気配を探る。
ルキとフレイムワーカーはがっぷり4つ。
いや、ルキが盾を払うようにすると、敵の方が倒れた。うむ、やってくれたか。
サーシャたちは……遠くに矢を放っている? 幼体をけん制しているのか。
キスティは、こっちに何かを投擲しようとしている。投げ槍か。
ハンドサインを送る。
見ててくれると良いが。
俺は立ち止まり、周囲にアイスニードルを並べていく。
フレイムワーカーは飛んでくる矢の方を見るのを止め、俺の方を見た。
そして咆哮する。
再度、ゴリラ走りで距離を詰めてくる。
途中、手を着いたところで滑り、派手に転ぶ。
心の中でガッツポーズをする。
バシャバシャはいつだって最高の魔法だ。
そこに、キスティの投げ槍が飛ぶ。
しかし、派手に転んだフレイムワーカーがあまりに勢いよく斜面を転がっていくせいで、ギリギリで槍が外れてしまった。
「ハハッ」
ツイてないなぁ、キスティ。思わず笑ってしまいながら、魔力を練る。
しばらく滑り落ちて、顔を上げた敵。
その眼前で、ラーヴァストライクが炸裂した。
左側で足をやられていたフレイムワーカーは、ピスナかラスカかの弓矢攻撃であえなく戦闘不能になっていた。
幼体のうち1体はサーシャの矢で倒れ、1体は逃走したようだ。
戦闘は終了した。
「……ひどい有様だね」
一番大きかった、そして強かった左側のフレイムワーカーの死体を眺めながら、ピスナが呟く。
最後に眼前でラーヴァストライクを破裂させたせいで、その死体はずたずたに焼き爛れていた。火の巨人なのだから溶岩系魔法に耐性があるかと思ったが、そういうわけでもないようだ。
ゲームとかなら、属性無効とかありそうなんだけど。
「ほお、当たりっすね!」
そのズタズタな死体を率先して調べていたウリウが、解体ナイフで何かを削り出した。
「それは?」
「フレイムワーカーの成体のなかには、両手に特殊な魔石を持ってるヤツがいるんすよ。それが、この石ってぇワケ」
テンション高く石を見せてきた。
どす黒い石だ。
それをウリウが腰の布で拭うと、赤い光が漏れる。
「おお、戦闘直後だとまだ光ってるんすね」
「売れるのか?」
「もちろんですぜぇ。こいつは高温石とも呼ばれて、鍛冶とか魔道具の材料とか、まあ色々用途があるらしいっす」
「ほう」
「これだけで、大貨3〜4枚は出る。1カ月は安泰ですぜ!」
「両手ということは、もう1つあるのか?」
「たぶん、そうすね。解体しましょ! 普通の魔石も頭の方にあるんでさ」
斜面に転がった各個体の魔石を集める。
結局、両手に魔石があるのは1体だけだった。
「頭の方の魔石は、いくらくらいだ?」
「う~ん? 大貨1枚はいかないくらいっすかねぇ」
つまり、両手の魔石で大貨7枚程度。
頭の魔石が、1体逃げられて5体分だから大貨5枚……いや、4枚くらいか。
「これを。取り分だ」
「おっ!?」
ウリウに渡したのは、大貨と彼らが呼んでいるもの、5枚分だ。
「魔石を分けようかと思ったが、お前らには現金の方が嬉しいかと思ってな。どうだ?」
「もち異論ないすよ! しかし、旦那はいいんで?」
「その5枚は護衛に配れよ。手の魔石の1つは、お前に預けるから」
「ほう!」
「あくまで売るために預けるだけだぞ」
「合点ですぜ!」
「あのジジイにも、分け前はやれよ」
「まあ、後方警戒してくれましたもんね」
アカーネは魔物解体中に興味深そうに寄ってきたが、ジジイは解体も終わったころにやっと合流した。
何が何でも危険な所には近付かない、という確固たる決意を感じる。
「ふぉふぉ、無傷で5体のフレイムワーカーを討伐か、それも短時間で。やるのう」
「見直したか? じいさん」
「元から信頼しとったがな。だから言ったじゃろ?」
「1体、強いやつが紛れ込んでたが」
「ほう。手の魔石でも出たかの?」
「ああ」
「出たのかぇ。そりゃ……難儀じゃったのぅ!」
そう言った後、ジャロウは急に深呼吸をした。
戦わなくて良かったわい、とか呟くのが聞こえる。
こいつもティルムと同じように、弱いと見せかけて強いとかあるのだろうか。
最初はその線も考えていたが、だんだん本当に弱いだけに思えてきた。
そういう演技かも? ううむ。
……分からん。
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