第321話 偵察
ウリウと、その護衛達と合流して東に向かう。
目指すのは、リックスヘイジという大きめの町。
ウリウの護衛は、さすが護衛達の中でも最強の4人というだけあって、なかなかの優秀さであった。
ヴェラプ族のダースタが道案内をして、スケベジジイこと人間族のジャロウがたまに進路を変えるように助言する。
ジャロウが助言するのは、魔物の痕跡などを見て進行方向などを予測しているらしかった。正直、ジャロウに「ほれ、そこに足跡があるじゃろ」と言われた場所をよく見ても、何も見えない程度の痕跡なのだが、ジャロウは見落とさない。
スケベジジイに文句を言っていた緑肌族のピーちゃんもジャロウの見立ては信頼しているらしく、言われるままに進み、時に警戒している。
そして近くを鳥型の魔物が通ると、ピーちゃんは弓を構えてぴょうと放ち、一発で当てていた。小型の恐竜のような魔物が出たときは、ピーちゃんともう1人、ラスカとか言う緑肌族の女性が剣で軽くあしらっていた。
同じ種類の魔物が出たときジャロウの剣捌きも見たが、案外しっかりと振れていた。ただ、見た目通りの剣豪というほどの実力があるかは分からない。
商人の護衛というよりは、テーバ地方で戦士団の部隊と行動を一緒にしたときのような安心感がある。
結果、俺達パーティはニート状態である。
まあ、実質彼らの雇い主であるウリウのボスみたいなポジションだ。
大人しく接待されていようじゃないか。
「ねえ、あっちの方で魔力が打ち上がってる」
「ん?」
俺が下らないことを考えている間も、しっかり働いていたらしいアカーネが俺の腰を叩きながら報告してくる。
指差された方を向いてみるが、魔力感知を持っていない俺には分からん。
「気配探知には引っ掛からないな」
「結構距離あったから。でも、分かるくらいの魔力の流れだった」
「ふむ。スケベジジイに訊いてみるか」
スケベジジイ、ことジャロウを呼んでアカーネの話を伝える。
ジャロウはひと通り聞き終わると、腕を組む。
「魔力視持ちかえ? 優秀じゃな」
「おい。他人のスキルを露骨に探るなよ」
「わるかったの。しかし、そうか。魔物だとしたら、ニャントセか、炭喰いかの」
「ニャントセか、懐かしいな」
「狩ったことは?」
「あるぞ」
「ほう。そりゃあ重畳」
前に狩ったことがある魔物だ。
ヘビの化け物みたいな見た目で、色々魔法を使ってきたような気がする。
「あんたは? 狩ったことあるのか?」
「ないぞ」
「そうか……えっ?」
ないんかい。
ベテランっぽいから、あるんだろうなと勝手に思ってしまった。
「あー、炭喰いってのは?」
「真っ黒な見た目の獣じゃ。魔力の塊を吐きよる」
ふむ。こっちは記憶にないな。
「どうする? ルート変えるか?」
「ぬう……先に偵察できればしたいのう」
「そうするか」
こんなときのために、最適なやつが1人いた。
「アカイト! ちょっとこっち来てくれ」
「かしこまった!」
アカイトを呼んで、状況を説明する。
アカーネ曰く、かなり遠いということなので、偵察も遠くまで行ってもらう必要がある。
途中で魔物に襲われないアカイトが最適だろう。
「この先、川があるでな。そこまで見て何もなけりゃ、戻ってくるんじゃ」
「承知!」
アカイトはジャロウから途中の地形のこともいくらか情報共有を受け、偵察に出る。
その間、俺たちはしばしの休憩だ。
ピーちゃんたちはアカイトの向かった先以外のルートを偵察に出たが、俺たちパーティとウリウ、そしてジャロウは分かりやすい場所で留守番することになった。
サーシャ達と、音罠などを設置してから、簡易テントを広げる。
視界を塞がない、上に屋根だけ設置するような形式のものだ。小雨が降り出したので、雨除けの意味で出した。
「旦那がいると、こういうときに安心感がありやすな」
木製のコップに入れた水を大事そうに、美味しそうに口に含み、嚥下した後にウリウが呟く。
「普段は、誰かが偵察に出たら、残り3人でウリウを守るわけか」
「ピーちゃん達はセットで動きやすし、もう1人が別方向を探りに出ることが多いっす。ジャロウと2人ってのも多いんすが……」
ウリウは堂々と寝転がっていびきをかいているジャロウに目を向ける。
なるほど、不安になるな。
「頼りになるんだか、ならないんだか、良く分からんな」
「頼りにはなるんすよ。ただね、戦闘力という意味じゃ、他の3人に比べたらアレっすから」
「それこそニャントセにでも襲われたら終わりか」
「でしょうねぇ。まあ、ジャロウも人一倍警戒心が強いすから、大丈夫なタイミングを見計らって偵察を出してくれてるんでしょうが」
雨は一度勢いを増し、しばらくして弱まり、そして止んだ。
弱まったころにピーちゃん達が帰還し、その後雨が止んだ頃にアカイトが偵察から戻った。
かなり急いだようで、ゼーゼーと息を吐いている。
「ご苦労さんだったな。水飲むか?」
「か、かたじけない」
俺が言うのと同時に、そっと水を差し出したサーシャにペコリとお辞儀をしてから、水を飲み干すアカイト。
「ぷはあっ! あー、生き返りますな!」
「それで? 何か見つけたか?」
「ヒトが戦っておりました」
「おっ?」
すっかり魔物を意識していたから、若干意外だった。
しかし考えてみれば、その魔物と戦っているヒトがいてもおかしくはない。
「あれは、フレイムワーカーとかいう魔物ですな! 拙者知っておりますぞ」
「ほう」
知らん魔物が出た。
「あの、赤くてでっかい巨人みたいなやつですぞ!」
「ああ、それか」
知らん。が、知ったかをしておく。
巨人みたいな魔物か。亜人系かな?
そこに、いつの間にか起きていたジャロウが口を挟む。
「何体ほどじゃった?」
「見えたのは3か4くらいじゃ! ヒトも同じくらいでありました!」
「同じ? ヒトも3~4人ということかのう?」
「さよう、さよう! ひとまず情報を伝えるのが先決と、戻ってまで」
ふむ。無闇に加勢しなかったのは良い判断だっただろう。
斥候なのだから、情報を伝えるのが最優先だ。
「フレイムワーカーとかいう魔物は、あまり相手したことがないのだが、どれくらいの強さだと思う? ジャロウ」
「さて……。成体が相手なら、鍛えた戦士程度の強さはあるかのう」
鍛えた戦士、か。
かなり強そうな感じだ。
戦っている誰か、ピンチじゃないのか?
「行ってみるか」
「……加勢する気かの?」
「分からん。行ってみての状況次第だが、ジャロウはどう思う?」
「微妙じゃのう。フレイムワーカーは他の魔物も襲うからのう」
「ほう?」
「見つかると厄介かもしれんが、魔物除けとして使う手もあるのじゃ。数が多かったら素直に引き返すべきじゃがの」
「……行ってみるか」
「ふぉふぉ。普段じゃったら、逃げ一択だがのう」
「そうなのか……やっぱり逃げるべきか?」
別に義憤に駆られて、人助けがしたいとかいうわけではないのだ。
助けられるなら助けてやるか、という程度の慈悲はあるが、博打になるようなら仲間の命の方が大事だ。
「いやいや、ウチの若い衆がいて、魔法使いがおる。何とでもなるじゃろ」
「そうか。ま、とにかく様子を見てから決めよう」
気配探知を全開にしながら、アカイトに案内させて先に進む。
途中で森に入り、道なき道を低木を切り拓き、草花を踏み倒しながら慎重に進む。
「この辺りから見えたが……」
森が途切れ、草の生えていない荒れ地が広がりだしたあたりでアカイトが言う。
「いないな」
辺りにはヒトも、魔物も姿が見えない。
気配探知にもそれらしい動きは入ってこない。
戦闘中だったら音もするだろうし、もう終わったか。
まあ、アカイトが戻り、それから慎重に森の中を進んできたわけだ。
戦闘がダラダラ続いている方が珍しいか。
「ご主人様、あそこです」
サーシャが「遠目」で何か発見したらしい。
近付いていくと、岩陰に倒れているヒトがいた。
トカゲ顔で、黒塗りの重厚そうな鎧を着ている。
ただ、投げ出している足は、明らかにおかしい方向に曲がっている。
鎧も半壊といった状態で、腹からは血が流れている。
「……あ、あ……」
「サーシャ、水を頼む」
「はい」
サーシャに支えられるようにしながら、水を飲むトカゲ顔。
鱗肌族の顔色は良く分からないが、それでも死相が出ているのは分かる。
「フ、フレイムワーカー……だ。ムクロ喰いどもも、いる……」
最期に、魔物の情報を伝えようとしてくれていたようだ。
「フレイムワーカーは何体じゃ?」
瀕死の戦士の散りざまに少し感動していた俺の横から、ジャロウが無感動に問いただす。
「5……いや、4になっ、た」
「成体か?」
「いや、2体は、そうじゃ…い…」
「2体成体、幼体が2体じゃな」
「あ……なかま……たの……」
トカゲ顔は目を見開いたまま、動かなくなってしまった。
最期は、まだ仲間が生きて戦っているかもしれないと伝えようとしたのだろうか。
……全く、仕方がないな。
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