第320話 スケベジジイ

霧降りの里に寄って、ウリウと再会した。


霧降りの里には一泊し、食料の補充やウリウとの話し合いを進めた。


商会を立ち上げるにしても、やはり都合が良いのはリックスヘイジだという。

リックスヘイジはモク家寄りと聞いていたが、最近ここ周辺を周回しているウリウの最新情報によると、モク家の影響力は下がってきている模様。

なんでもモク家の戦士は半数以上が北に撤収しており、リックスヘイジは自力で魔物対策をしている状況らしい。


南からクダル家が勢力拡大している状況で、それは大丈夫なのだろうか。

霧降りの里の救援も特になかったようだし、モク家ってのはどうなってるのかね。


代わりにリックスヘイジで頑張っているのは、地元の住人たちと、リックスヘイジに拠点を持つ商家たち。

リックスヘイジ戦士団はそれなりに精強で、クダル家の精鋭でも力攻めは難しいと言われているとか。そして、南北を繋ぐ要所にあるリックスヘイジは、内外から商人が集まってもいる。

彼らのうち有力な商家が、リックスヘイジ戦士団を支えているというわけだ。


「共和国から来ている商人も、結構いますぜ」


ウリウは訳知り顔で言う。

……ん?


「共和国?」

「へえ。少し距離はありやすが……」

「共和国と言うと、選挙で首長を決めているのか?」

「そうそう、その共和国でさ」

「大きいのか? 共和国は」

「なんだ、知ってるわけではないんですかい? まあ、旧帝国みたいに巨大ってわけじゃないっすけどね、この辺の里に比べたら、ま〜大国かあ」


共和国、あったわ。


思考が一瞬フリーズしかけたが、何でもないように話すウリウを見て、頭を働かせる努力をする。

とりあえずアカーネの頬をこねくり回そうと手を泳がせるが、近くにいない。ちょうど近くにあったルキのウサミミをわさわさする。


「……」

「ふむ。ウリウ、お前は共和国について詳しいのか?」


ウリウは俺を見ていない。

俺がこねているルキの頭に目線が向けられているようだ。


「いや、旦那。いきなり何です? 乳繰り合うのは後にして欲しいんすが」

「うん? いや、特に意味はない。それより共和国のことだ」

「そりゃまあ、詳しいかって言われたら……。出身じゃあねぇですし、人並みとしか言えねぇですよ」

「人並みか。俺は共和国は縁遠くてな、話を聞いても良いか?」

「共和国に興味があるんで? ああ、商売の拠点にしたいんすか?」

「ああ、そんなところだ。俺が聞いた話が合っていれば、商売はやりやすいんだろう?」


共和国と言っても色々ある。

それこそ、地球世界のあらゆる時代の「帝国」と、この世界の「古代帝国」がかなり違うように。だから商売がしやすいかなど知ったことではないが、言ってみる。


「まあ、商売人が力を持ってる印象はありやすね。悪く言えば、議員どもが金に汚ぇっていうか」

「ほう」


安心した。俺の知っている共和国とそう遠くなさそうだ。


「この前も、また選挙権が値上げされたって話を聞きましたぜ」

「……ほう」


俺の知っている共和国と違った。


あれかな?

普通選挙までは至っておらず、一定の納税額を満たすと選挙権が与えられる的な。


「ま、そのせいで人間族は守銭奴って印象を持ってるヒトが多いですからね。良い迷惑でさ」

「それは、お前が言うことか?」

「へっへ、旦那。言う通りですわ」


思わずツッこんでしまったが、しかし。

前後の文脈を繋げると、人間族=がめつい=選挙権を持ってる=共和国では支配層……なのか?


「ん? 人間族である俺たちが商会を立ち上げて、共和国で金を払えば、結構優遇されるかもしれないってことになるか?」

「う~ん。上手く取り入ればそうできるかもしれんですがね。旦那、議員にでもなろうってんなら話が別ですぜ。人間族の議員の枠は取り合いみたいですから」

「議員になるつもりはない。商会の拠点を置いたら便利か、気になっただけだ」

「夢はでっかいねぇ、旦那! まあ、良いとこの土地はバカ高いし、競争も激しい。いつか共和国にも店を持てると良いな」

「そうだな、将来的にな」


あまり興味はないが、大商人を目指して燃えているウリウに乗っかっておく。

仮にこいつが贖罪を終えて、独立したとしても、取引相手としては便利だ。

是非、この辺でどこでも取引できるような大商会を育てて欲しい。


既に体制が腐っている気配もするが、共和国にもちょっと興味が出た。

この世界なりの共和制の国を旅して見てみたい。

大陸の東端ではキュレス帝国が興っているし、そこから遥か西のこの辺りの地では共和国が勢力を誇っている、と。

両方が拡大していって、帝国対共和国なんてアツい展開があったりするんだろうか。

……その場合、物語のお決まりとしては帝国が悪役っぽいが。


「とにかく、まずはリックスヘイジか」

「旦那はまた西に行かんで良いんですかい? それなら、一緒にリックスヘイジまで行きましょうや」

「ん? まあ、いいか」


そうなるか。ウリウと旅をすることになった。

リックスヘイジまで、数日の短い旅ではあるが。



***************************



霧降りの里の中で一晩過ごす。


俺やウリウが出入りを許されているのは、どうやら里の南半分だけのようだ。

北の方には農地があったり、里長の館があったりするらしい。

その限られた、よそ者に見せている場所だけでも、相当に防衛に気を使っているのは見て取れる。ところどころ不必要にも思える壁が設置してあって、里の中を一度に見渡せなくなっていたり、高所に武装した戦士が目を光らせていたり。


「旦那、行きましょうや」


ウリウは7人ほどのヒトを連れて門前で待っていた。

うち3人は背中に巨大な荷物を背負った巨人族の男女だ。

残り4人は緑肌族2人に人間族1人、そして種族の名前は忘れたが、肌の色合いが派手なトカゲっぽい顔立ちの種族が1人。

それぞれ弓を背負って、腰に剣を差している。


「護衛、前と違うやつじゃないか?」

「まあ、雇っている護衛も増えてきてやすから。今いる中で最強格の4人でさ」

「ほう」


緑肌族の2人は年若い女性っぽいが、人間族は随分と年寄りのようだ。

長い白髪に深いシワ、そして鋭い眼光。

剣豪の老人といった風情の男性だ。


「あんたがこの坊主をとっちめた凄腕の傭兵って男かえ?」


じいさんは少ししわがれた、弱弱しく聞こえる声で俺に問うてきた。


「まあ、多分それだ。あんたは?」

「ジャロウ、言いましてなぁ。単なる流れ者じゃて」

「流れ者ね。傭兵家業は長いのか? じいさん」

「長いは長いのぅ。それにしても」


じいさんは目線を上げて、俺の周囲を眺めてスケベな笑顔を浮かべた。


「あんた、人間族好みな別嬪さんばかり連れとる」

「俺の女だ。手を出すなよ」

「そんな元気は残っとらんわい。いやしかし、目の保養、目の保養」

「……ウリウ、このじいさんに護衛が務まるのか?」

「本人の前で冗談きついでさぁ、旦那。このじいさんは案外便利なんすよ」

「便利? 強いではなく?」

「この辺りの魔物にゃ誰よりも詳しいんすよ」

「ああ……なるほど」


じいさんはこちらの失礼な会話は気にも留めず、ルキを見て鼻の下を伸ばしている。

ルキが好みなのか。


「獣耳族かえ? たまらんのう」

「この辺は少ないのか? 獣耳族」

「あまり多くはないのう。昔、人間族と一緒に移り住んできただけじゃて」

「ほう」


東の方じゃ人間族と獣耳族はかなり多いが、こっちは両方少ないのか。


「じいさんの嫁は何族なんだ?」

「嫁は人間族じゃった。嫁も息子もとうに死んで、孫とは没交渉じゃあ」

「そりゃ悪いことを訊いた」


この世界、ポンポンと死人が出るからな。

普段はいきなりそんなことを聞かないのだが、つい失言してしまった。


「何、気にすることはねぇで。わしゃ、孫に世話されんでも好きに生きとるでな」

「ウリウの護衛に入ったのは何でなんだ?」

「金払いが良くて、年齢も過去も不問。ちょーどええ募集じゃった」

「……過去も不問って、何やらかしたんだじいさん」


反省してすぐ、また余計なことを言ってしまった。

まあ、良いか。スケベじいさんだし。


「何、悪ぃことはそんなにしとらん」

「そうか」


……そんなにしとらん?

こそ泥でもしてたんだろうか。


「ウリウ、身辺調査くらいはした方が良いんじゃないか? 変な連中を雇って痛い目を見てもつまらんぞ」

「身辺調査って、旦那。ここで一番重要なのは役に立つかどうかっすよ」

「まあ、それはそうなんだろうが」

「そもそも、ここをどこだと思ってんです? 西の果て、ワケアリが流れ着く魔境ですぜ。色んな所の、色んなワケアリが集まってるんすよ。身辺調査なんかしようがないし、したって仕方ねぇんすよ」

「そう言われると、そうだな」


俺はいきなり転移してきてしまったから、あまり実感がないが。

自分から敢えてこの地に来ようと思う人物にまともなヤツはいないか。


たしかラキット族の長老みたいな奴と話した時、里ごと連絡が取れなくなってたりするって言っていたものな。

大陸を東西に分けている断絶の山脈から下りてきた魔物に里ごと滅ぼされるような事態も普通にあり得る地域なのだ。


扱いとしては、流刑地みたいなところなのかもしれない。


「ねえ、いつまでグダグダ言ってんの? スケベジジイがキモいし、とっとと出発しようよ」


明らかにイライラしてそう主張してきたのは、緑肌族の若い女性。2人のうち片方だ。

どちらも髪は短く刈り込んでいて、白目がないせいか顔は同じように見えるが、1点の違いで見分けがつく。胸が大きいのと、小さいのだ。

イライラしているのは胸が小さい方。


「ピーちゃん、ごめん。さ、旦那も細かいことは歩きながら話しましょ!」

「ふんっ」


ピーちゃんと呼ばれた女性は不機嫌そうにウリウの方から顔を背けるともう1人の緑肌族とひそひそと話している。


「あー、旦那に名前だけ教えておくと、緑肌族のピーちゃんことピスナちゃんと、もう1人がラスナちゃんす。で、あっちのヴェラプ族の仏頂面がダースタって奴でさ。あっちの荷物持ち3人はまあ、また後で」

「ああ。ウリウ、ピーちゃんって……付き合ってんのか?」

「いやいや、まだそんなことはないんで!」


まだ。

どうやらウリウは緑肌族のピーちゃんに惚れていそうだ。


俺はちょっと宇宙人な感じがする緑肌族はなかなかハードルが高いのだが。

人間族が少ない環境で生まれ育つと、ああいうのが好みになるのだろうか。


「ジャロウ、あんたは緑肌族の女性はどうだ?」

「んん? わしゃ、あんまりタイプじゃないのう」

「そうか」


スケベジジイに大いに共感を抱いた。

案外、一番仲良くなれそうかも。


「のう。あのウサミミを触るだけならどうじゃ?」

「何故俺に言う。本人が嫌ならダメだ」

「あんたがリーダーなんじゃろう? あんたが言えば、許してくれるかもしれんで……」


ダメだ。

こいつは仲良くなっちゃいけないタイプの馬鹿だ。

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