第319話 夢見る若者

次元探査艦まで戻ってきた後、少しだけのんびりとした。


そして、出掛ける前にもう一度だけ東に転移し、ラキット族を連れてきた。

隠者化しなくても「樹眼」を使いこなせるように練習しているアカイトは、こっちで旅をするときには優秀な斥候になりそうだ。そのテストも兼ねて働かせることにした。


周辺の魔物を少し狩ってから、東に進む。

今回は、霧降りの里に滅ぼされたオウカの里の跡地を経由して、更に東に向かう計画だ。

霧降りの里から更に東に進み、川に沿って進むと「リックスヘイジ」という大きめの町がある。

距離的には、南に行った「砂舞いの里」が近いようだが、そこはやや排他的という話だったので、中に入れてくれないかもしれない。砂舞いの里は独立した里ながら、クダル家寄りの勢力ということだったので、クダル家に向かうと言えば入れてくれるかもしれないが、不確実だ。

リックスヘイジはモク家の影響が強いらしいが、この辺では一番大きな町ということだし、流民でも割と自由に入れるらしい。キュレス帝国の町に近いような印象だ。

今後、何か取引でもするなら、霧降りの里や砂舞いの里よりは大きな町に行った方が良いだろう。その下見も兼ねて、まずはリックスヘイジを目指す。

出来ればそこから、南に行ってキュンバーの里に行きたい。

ここは完全にクダル家の勢力下にあるというから、以前戦った、そして妙に気に入られた犬頭の戦士ヒュレオもここに居る可能性がある。


そんな未来を考えつつ、まずは東に進路を取った俺たちだったが、旧オウカの里を通ったときに、早速異変を察知した。もう日も暮れ始めている時間帯だった。


魔物がいたとか、賊が荒らしていたとか、そんな話ではない。

むしろ、逆。焼かれた家屋が丸出しだった廃村は、廃材が片づけられ、テントのような簡易的な建物も建っていた。



まずは偵察と、アカイトを集落内部に行かせて調べさせたが、ヒトは居なかった。


「色んな道具が置かれてるから、作業中だと思うぞ! 魔物に襲われた感じでもなかったから、単に休憩中なのではないか?」

「ふむ。何か書類とかはなかったか?」

「いや、特に見当たらなかったぞ! 折角だからあのテントを使って、休むのはどうじゃ?」

「ふむ」


途中で工事していたヒトが戻ってきて鉢合わせると気まずいが。

次元探査艦から東に進むと通るルートでもあるし、どういう意図で工事しているのか、確かめておきたい気もするな。

少しここに滞在して、接触してみるか。


「よし。罠がないか、全員注意しろよ」


考えたくはないが、霧降りの里の暗部が、戻ってくる里の生き残りを狩り出そうとしているとかもあり得る。流石に、そんなクダル家の神経を逆なでするような行動には出ない気もするが。


警戒しながら里の跡地に足を踏み入れると、なるほど色々な工具っぽいものが放置されている。それこそ盗難被害とか大丈夫なのだろうかと思うが、こんな魔物が襲ってくる最前線まで来てこそ泥しようとするやつは少ないか。

テントのような建物の中に入ると、ツルハシやスコップ、それに土の塊などが並べて置かれているほかは、寝具すら配置されていない。

昼に作業をして、夜は別の場所に帰っているのだろうか。


いくつか道具を手に取って検めてみるが、普通の工具だ。魔道具のような動作をしそうなものは見つからない。


「値打ちのあるものは置いてないな。金目のものだけ持って工事を中止した、とかもあるか?」

「いくつか足跡がある。まだ日の新しいものだから、工事はしているのだと思う!」


アカイトが地面を嗅ぐようにしながら言う。

足跡か。


「だとしたら、明日の朝まで待てば戻ってきそうだな。念のため、罠とかも用意しておくか」


もし敵対してきたときのためだ。

そうならなくても、魔物を警戒していた、とか言えば相手に言い訳は立つ。



朝、建物を出て近くの林の中に潜む。

周囲には、昨夜のうちに用意しておいた罠も用意している。

と言っても、間に合わせなので、音罠といくつかの落とし穴、簡易防衛陣地があるくらいだ。陣地はトーチカのように作っていて、中からサーシャとアカーネが攻撃できる。


「まだ敵対すると決まっておらんのに!」


アカイトが呆れたような、感心したように言う。

作っているときはこいつもノリノリで協力したくせにな。


「まあ、こういう即席での準備の練習だ」

「ふむ。練習は大事じゃ! 拙者も、留守を預かっている間にあの犬耳の少年と練習を重ね、技を進化させていたぞ」

「ゲゲラッタか。良い練習相手になったようだな」

「うむ!」


駄弁りながら待っていると、まだ日が空けて間もない時間に、気配を察知した。

7人ほどの集団だ。

俺だけが陣地から抜け出して、前に立ち塞がる。



「止まれ」

「……その姿は……ヨーヨーか?」

「あん? お前は?」


兜を脱いで、人相を晒した男は見覚えがあった。

名前は、そうだ。


「霧降りの里の、ガットだったな」

「いかにも」


ジグを連れ出すときに俺と戦って、俺が半殺しにした相手だった。


「ここの復旧をやってるのは、お前らか?」

「その通りだ」

「何の風の吹き回しだ? 霧降りの植民地にでもするつもりか?」


ガットはムッとしたように眉毛を寄せたが、無理やりに笑顔を作った。


「そうではない。やはり耳には入っていなかったか」

「というと?」

「クダル家と正式に手打ちをした際に、ここを再び里を開ける状態にすることが約束に含まれたのだ」

「なるほど、賠償金代わりか?」

「そのようなところだ。お前は随分と姿を消していたようだが、ここにいることを考えると……西に潜っていたのか?」

「そんなところだ」


旧オウカの里から更に西に進むと、もう人里はない。

断絶の山脈に分け入って魔物狩りをする猛者くらいしか、通らないだろう。


「そうか、お前たちほどの腕であれば不可能ではないだろうな。あの娘は息災か?」

「ああ、元気だよ。不安か?」

「冗談はよせ。我々は任務上、致し方なく不義に及んだ。しかしその理由がない現状、娘に対する害意はない」

「ふぅん」


嘘か真か。

まあ、オウカの里の跡地の整備を命じられたあたり、クダル家にも感付かれているのは間違いなさそうだ。今更生き残りを狩ったところで、益はないのかもしれないな。


「で、そうしたらあんたらがせっせと再建した里は、クダル家が再興するのかね?」

「その辺りは分からない。すぐにヒトを寄こすつもりはないようだが、いつでも動けるように準備するまでが任務だ」

「そうか。悪いが昨晩、テントは使わせて貰ったぜ」

「構わない。単なる作業場所だ」

「そうか」


ガットは、もう本当に害意はないように見える。

話が終わると、作業員らしき面々を連れて、里の中に入っていった。

ここで泊まり込んで作業しないのは、自分たちの里ではないと考えているからなのだろうか。

せっかく作った即席陣地も無用か。壊してから先に進もう。



旧オウカの里から霧降りの里までは、ロクに魔物にも遭わなかった。

……もしかすると、工事のために霧降りの奴等が魔物狩りを強化しているのかもしれない。


今回はジグもいないし、悪意のなさそうな霧降りに寄っても大丈夫そうだ。

いや、正直言うとまだ信頼はし切れないのだが、少しは許した素振りを見せないと、逆に霧降り側に敵対の意思を生じさせてしまうかもしれない。


ここらで歩み寄りは見せるべきだろう。俺が彼等と同じように「里を滅ぼす」という決断をしない限り。



「入って良いか?」

「ん? あんたぁー……救い主さんか」


この日の門番は、ジグを連れて出る俺たちを止めようとした人物だった。


「まだそう呼んでるのか?」

「まあ、な。正直俺には何で里長と救い主さんたちが対立したのか、良く分かんねぇ。ただ、火槍の旦那が里長の代理として正々堂々戦って、負けた。それで終いだ」

「そうか」


あの里長は、やはり里の後ろ暗い所業を里の一般人に知らせるつもりはないらしい。


「旦那。あの日以来、俺はあんたに会えていなくってよ。今更だが、言わせてくれるかい」

「なんだ?」

「この里を、助けてくれてありがとうよぉ。そのことに対する感謝に、変わりはねぇ」

「……そうか」


あの里長も、この門番のような者を護りたかったのだろう。

そのことは分かる。やはりどこか好きにはなれないが。


「あっ! そういえば、あの、あいつよ。ウリウとかいう人間は、あんたの配下だったよな?」

「配下ってわけじゃないが」

「丁度来てるぜ。あいつはいつも、客間に泊まって色々売りつけてからどっかに消えるんだ。会ってくだろう?」

「ああ、ウリウもいたのか。そうだな」


あいついつの間にか、図々しく居座っては商売して回っているようだ。

クダル家とモク家公認? の贖罪という立場をフル活用しているな。


あの日以来、里の中をゆっくり見るのも初めてだ。


ただ、門番のように俺に好意的な目を向けるものは少ない。というか、居ない。

俺を「戦争で加担した傭兵」として認識している住人はごく一部のようで、知っている者も里の英雄である「火槍のガット」と戦って瀕死にしたという不信感が好意的な感情を削いでいるようだ。

無関心か、警戒心。


それ以外の目を向けてくる例外は、ラキット族だ。

彼らはウリウの悪行を止め、同族を救った者として、一様に喜んでくれた。

まあ、俺の顔を知っている者はほぼ居ないから、アカイトが同胞を見つけるたびに自慢げにそのことを話すせいなのだが。


「えー、アカイト、お前爺さんの跡を継ぐんじゃなかったのか!?」

「ふふん! 拙者は大冒険の道を選んだ。いつか、土産話を持って帰るのを楽しみにしておれ!」


アカイトがドヤっている。


「んみゃっ!」


アカイトが乗っていたシャオが身をよじると、コテンと転げ落ちる。


「むう!」

「にゃー!」

「あ、アカイト。なんかこの獣、怖いぞ!」

「拙者の下僕でござる。心配するな」

「シャーッ」

「うわー!?」


アカイトはシャオと短期間で打ち解け?ていたが、他のラキット族にはシャオは怖がられる。


……まさか、猫が本能的に怖いのか?


「だ、旦那! お久しぶりでごぜー!」


外から来た者が泊まるという客間を目指していると、ラキット族以外のもう1つの例外が見えた。

ラキット族を売って小金を稼いでいた小悪党、ウリウである。


相変わらず小物感があるが、着ているものは上等な服のようだ。別に仲良くなりたい感じでもないが、人間族の少ないこの辺りの環境だと、なんだか安心するところもある。



「よう、ウリウ。羽振りが良いみたいだな?」

「そりゃもう。旦那のくれた素材は良い値で売れたし、その後も北、南、ここと往復するだけでそれなりに儲かるってもんでさ」

「ほう。ラキット族は買い戻せているのか?」

「そっちも少しずつ。たまにここで、ラキット族の代表みたいなやつらと待ち合わせるんですがね。俺が関わっていないラキット族の保護まで手伝わされている始末ですぜ」

「ほう」


ラキット族も、こいつを最大限に利用しているようだ。

何せ、ラキット族が「全員戻ってきた」というまで、こいつは贖罪を止められないのだ。


「ただ、まあそれを除いても、やっぱり護衛は金が掛かりましてね。旦那に援助してもらわないと、イマイチ活動を拡大できないんでさ」

「ふむ。ウリウ、お前、商人としてはやはりやり手のようだな」

「へえ。まあ、金稼ぎは好きでさ」


ラキット族の保護活動は続けて貰うとして、こいつから商売のノウハウを吸い取るのはありかもしれない。

例えばこっちで商会を立ち上げてこいつを雇い、ジグに色々教えて貰うとか。


「後で新しい素材は色々渡してやろう」

「へえ。素材の売値の旦那の取り分は、今日お支払いします?」

「……その金で、新しい商会の立ち上げはできるか?」

「商会、ですか?」

「この辺の制度は知らんが、クダル家やモク家に認められるような手続きをして、正式に商会にできないか試してみてくれ」

「は、話が大きくなってきた……旦那! 俺に大商人になる素質があるって、やはり本気で思ってくれてたのか!」

「ああ、もちろんだ」

「合点だ! 旦那の名前を出せば、ある程度の無理は利く。こっちで色々調べてみますぜぇ!」

「とりあえず俺が商会長、そして経営を任せているのがお前。そんな形だと良いな」

「もちろんですぜ。いやあ、面白くなってきた!」


ウリウはやる気に満ちている。

夢見る若者を1人、導いてやることができたようだ。良いことをすると気分が良いな。

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