第317話 宿題

オーグリ・キュレスの屋敷に転移した。


アカイトに呼ばれて、ジグもまもなく地下に降りてきた。


「おう、ただいま」

「ヨーヨー様、おかえり。アカーネも」

「ちょっと寄っただけなんだが、ゲゲラッタの様子はどうだ?」

「今はもう、普通に動いてる。動かなくても良いのに」

「働きたがるのか?」

「そう。落ち着かないみたい」

「今は何をさせてんだ?」

「屋敷全体の掃除、保守、警戒。出来る範囲で良いのに、あの子は無理して完璧にやろうする」

「そうか……」


真面目に仕事をしているようで何より。

屋敷の管理くらいしか仕事はなさそうだが。


「ヨーヨー様。ゲゲラッタは信用できると思う。会っちゃダメ?」

「んー、まあ、別に良いっちゃ良いが。アレシアは?」

「あの子はまだよく分からない」

「そうか……。このままとんぼ返りする予定だが、ゲゲラッタの様子を見てからにするか」

「はい。呼んできます」


しばらくして、犬耳の少年がジグの後に追従して地下に降りてきた。


「こっ、ここ、初めて入りました……」

「そう。アレシアには内緒にね」

「は、はい。えっ?」


地下室に降り立ったゲゲラッタは、俺とアカーネの姿を認めて驚きを漏らした。


「いつお帰りになってたんです、旦那様にアカーネ様?」

「地下道を通ってきてな。それで、ゲゲラッタ。活躍したらしいな。よくやった」

「は、は、は、はい……」

「どれ」


ゲゲラッタの腕に触れ、ステータスを見てみる。

大した変化はないが、ジョブを選択しようとしてみて、気付く。


新たに獲得しているジョブがある。


「『守護者』だと?」

「えっ?」


珍しいジョブというほどではない。

しかし、ゲゲラッタは今『ごろつき』だ。

それよりは有用そうな気がする。


「ゲゲラッタ、お前、今のジョブの『ごろつき』に思い入れはあるか?」

「い、いえ」

「じゃあ、『守護者』としてやり直す気はあるか?」

「えっ? 『守護者』……ですか?」

「まあ、俺にはジョブの素質みたいなもんが分かる。お前が望むなら、『守護者』としてジョブ選択できると思うぞ」

「だ、旦那様。是非お願いします。それと……」

「何か希望があるのか? 今回の活躍の褒美ってことで、ある程度の望みは聞いてやるぞ」

「そ、それじゃ……」


ゲゲラッタはもじもじと下を向いて何かを言い出しそうだ。そのまま10秒くらい経過する。


「……なんだ?」

「あっ、すみません! あの、僕の名前なんですけど」

「うん? 名前」

「はい。変えることをお許しいただけませんか」

「何に変えるんだ?」

「うーん。それ、旦那様に考えて欲しいんですが……ダメですか?」


ええっ。

こっちの世界のネーミングとかよく分からないんだけど。


「ま、まあ次に帰ってくるまでに、なんか考えておくわ」

「はい……お願いします」


思わぬ宿題を出されてしまった。


「それにしてもゲゲラッタって名前は気に入ってなかったのか?」

「はい……まあ。だって、ゲゲですよ」

「ゲゲか。そうか」


この世界のネーミングをよく分かってないから、何とも言いがたい。響きが嫌なんだろうか。


「とりあえず、ジョブの方を変えておくか」


ジグに「誓いの儀」を発動してもらい、ジョブを変えようとしてみる。ステータスを確認してみると、変わっていない。ううむ、ダメか。

しかし、問題はない。俺がこっそりと近づいて、ステータス閲覧からジョブ変更をしておく。


「ジョブを変更できたな。レベルが下がったから、しばらくは身体が重かったりすると思う。気をつけてくれ」

「僕が、守護職だなんて……」

「なりたかったのか?」

「使えないジョブばかり獲得するって、怒られてたから」

「まあ、守護職は使い道が多いわな」


本人が喜んでいるようなので、良かった。


「ジグ。外の様子はどうだ? 特に地下組織の連中だが」

「『もがれた翼』のヒトは、一度来た。ヨーヨー様が帰ってきたら挨拶したいって」

「そうか」

「それから、こっちが誰を雇っても特に気にしないって」

「……こりゃバレてるかな?」


ゲゲラッタとアレシアは、もがれた翼と対立した組織の人員だった。使い捨て人材だったっぽいが。

そのため外には出していなかったのだが、いよいよバレたということか。

それなら、屋敷内で匿っている必要性も低くなってきたかもな。


「ジグ、ゲゲラッタ達を外に出して問題ないと思うか?」

「分からない。でも、出すべきだと思う。誰がどう動くかで、分かることもある」

「なるほど」

「あと、提案。商会作らない?」

「……商会?」


ジグを見ると、軽く頷く。


「ヨーヨー様が出かけてから、色々来た。エモンド商会とか、ウッド・ドール工房とか、スルート商会とか。何かここでも活動してると、うまく使えそうだと思う」

「しかし、売るものがな」

「魔物素材に、アカーネの魔道具。売っても問題ないものを売る」

「そんなに供給できないぞ」

「問題ない。別にこれで生計立てるわけでもないし」

「なるほど」


いざという時の身の振り方は考えなきゃいけないことだし、立ち上げだけしとくのはアリか?


「少し調べておいてくれるか。税金関係とか、手続きとか」

「うん」

「ゲゲラッタとアレシアも外に出すとして、手は足りるか?」

「今のところ大丈夫。ここの守りも考えるなら、もう少し増やしたいところだけど、あんまり増やすとヨーヨー様が大変?」

「あー、あんまり隷属者を増やしてもってやつか。ジグの下に、普通に雇った奴を入れるのも手だが。その辺もちょっと調べておいてくれるか」

「分かった」


居心地悪そうにしているゲゲラッタに、再度声を掛ける。


「そういうわけだから、ジグを補佐してやってくれ」

「も、問題ないですけど。あの、旦那様はいま何をされているのですか?」

「ん? まあ、魔物狩りだな」

「魔物狩りって、やっぱり儲かるんですね……」

「まあ、命を掛ける仕事だからな。なんだ、魔物狩りに興味あるのか?」

「いや! 僕はこうやって、家を守るとかが性に合ってるけど。ア、アレシアは興味あるかも」


アレシアか。

勝気な性格に見えたし、家にずっと置いておくと飽きるかな。


「アレシアのジョブはなんだっけ?」

「『格闘家』ですよ」

「そうだった。格闘系はメンバーにいなかったし、連れてくなり、こっちの拠点の実働部隊みたいに働かせるのもアリか。ジグとゲゲラッタからも、本人の意向を訊いておいてくれ」

「うん」「はい」


本人が嫌がっている名前で呼ぶのも何だな。

ゲゲラッタの新しい名前、早めに考えてやらないとな……。


頭を悩ませる俺をよそに、ジグはアカーネと何やら話している。


「アカーネ、何かサンプルとして出せる魔道具はある?」

「う〜ん。火花出せるナイフと、改造魔石ならいくつか余ってるけど」

「……ナイフくれる? ウチが囲ってる魔道具職人の作品ってことにするから」

「うん、いいよー。あ、ついでにだけどさ。ゲゲラッタくんたちも外に出れるようになったんだよね? 手が空いたらさ、ここに書いたものが売ってないか探してくれない?」


ジグにちょっとしたメモ……巻物みたいな長さの書き付けを手渡すアカーネ。

ジグはそれを流し読みして、少し眉を顰めてから、それをゲゲラッタに渡した。


「やっておくけど、アカーネ。もう少し丁寧に書けない?」

「えー? ボク、書くの苦手なんだけど」

「ウチは共通語のネイティブじゃないし、ゲゲラッタたちは文字を習ってる途中」

「ふーん。じゃ、良い勉強になるね!」

「……。それと、かなり高価なものも含まれてる?」

「うーん。正直、見たことない物も多くって。値段もよく分からないから、買えそうだったらでいいよ!」


ジグはチラっと俺を見る。

まあ、いいんじゃないかと言ってやると少し目を細めてから了承した。


「今度、サーシャ姐さんとも話をしたいんだけど」

「おう、いいぞ。今度戻るときは連れてこよう」

「お願い」


ジグはゲゲラッタに戻るように告げ、いなくなったところで旅の経過と今後の予定を訊いてきた。船に乗ってからのことを、かいつまんで話してやる。


「今は探査艦に戻っていてな。聖軍の情報を集めるのと、鍛えるために東の方を探索しつつ、クダル家と接触するつもりだ」

「なるほど。クダル家と関係を持つのは賛成。あと、聖軍だけど……」

「何か知ってるのか?」

「ううん、大したことは。そうじゃなくて、情報を集めるなら、『もがれた翼』に依頼する?」

「ああ、なるほど。ただ、あいつらも背後がありそうだからな。聖軍を探っているということはバレたくないんだが」

「……うまく探れそうなら、やってみる」

「危ないことはするなよ」

「うん」

「で、大したことは知ってないってことだったが、ジグが聞いたのはどんな話なんだ?」

「聖軍? 少し前までは、聖軍の人達が魔物を退治してくれたのにって。お年寄りのヒトはたまに言う」

「へえ。なんでいなくなったんだ?」

「皆死んじゃったか、お金がなくなったんじゃないかって」

「ああ。ボランティアでやってるんだもんな」

「よく分からないけど、絶対に見返りを受け取らない立派なヒトがいたって。そうじゃないヒトもいたらしいけど」

「そうなのか?」

「聖軍が嫌いなおじいさんが言ってた。キレイゴトを並べながら、裏では守ってやってるんだから食べ物を出せとか、女を出せとか言ってきたって」

「……なるほど」


志の高い聖軍とやらも、順当に腐っていったのかね。

早々に瓦解したズレシオン連合王国では戦士の理想的な姿として語り継がれ、最近まで残っていたオソーカの辺境では腐っていったと。皮肉なことだ。


にしても、改めて考えるとズレシオンからオソーカまで存在していたっていう広がりがすごいな。大陸縦断する勢いじゃねえか。


「なんだか安心したよ」

「?」


異世界でも、ヒトのカッコつけたがりと、力を持った組織の末路は似たようなもんだな。

そんな感想と、もうひとつ安心した理由がある。


だって、腐った組織なら、ティルムのような、ある意味真っ直ぐな主張は煙たがられる可能性が高いじゃないか。

奴らが喜びそうな利益を用意できれば、聖軍と対立するのは避けられるかもしれない。


「ヨーヨー様、悪い顔してる」

「うるせえ、元々だ」


ジグといくつか情報を交換し、西に戻る。



「おかえりなさいませ」


ヘルプAIがいつも通り挨拶してくれる。

……ん?


「アカーネ、今のって」

「うん。共通語だったね?」

「ヘルプAI、どういうことだ?」

「アップデートにより、『エンドギース大陸共通語』に全面的に対応しました。ただし、一部艦内機能では対応していないためご注意ください」

「白ガキか。そういえば、白ガキ……お前らにアップデートをかけた存在は、どういう認識なんだ? 乗艦者なのか?」

「アップデートデータです」

「……そうか」


まあ、実際の身体はこっちにないもんな。

ヘルプAIから見れば、アップデートの情報が流れてくる単なるデータみたいなもの、なのか?


「今度からアップデートを受けたら俺に噛み砕いた内容を説明してくれ」

「畏まりました。アクセス権限の留保がない場合に限り実行します」


白ガキだったら、知られたくない情報にアクセス制限かけるなんて楽勝でできそうだ。

白ガキ対策にはならないが、まあ知れるだけ知っといた方がいいのは変わらない。

白ガキは有益な情報でも、わざわざ教えてくれない可能性があるからな。

「訊かれなかったから」とか言って。

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