第316話 理想

探査艦に戻り、白ガキに促されてサーシャ達と情報共有をした。


キスティにも話をしておこうと思い、ヘルプAIに場所を尋ねる。

どうやら居住スペースの中にあった何かの倉庫っぽいところが、回復スペースになったようだ。


サーシャと一緒に向かうと、何やら透明な繭のような装置の中に、キスティが横たわっている。スタイルも良いキスティだし、寝ていると本当に様になるな。


「ヘルプAI、治療はどれくらい掛かるんだ?」

「既に完了しています」

「ん?」

「どうやら心地良かったようで、そのまま休んでいます」

「……おいこらキスティ」


透明のフタを持ち上げると、にゅっと伸びてきたアームがそれをキャッチしてどこかに運んでいく。


「んあ? 主か?」

「お前がいないうちに、重要な話が出たぞ」

「重要な話?」

「……まあ、後でサーシャにかいつまんで聞いてくれ。それより、聖軍のことだが」

「聖軍……ああ、聖軍か」


まだポワポワした雰囲気のキスティ。

ここまで気を抜きすぎなキスティもレアだな。


「ヘルプAI、頭をシャキッとさせるモンはないのか?」

「眠気覚ましですね、お待ちを」


また1つ、天井からにゅっとアームが伸びてくる。俺が使った日本語がわからないキスティは、目の前に降りてきたそれを不思議そうに眺める。


「これは?」


プシュッ!


霧状のものが噴射され、キスティの顔に直撃する。


「うわっぷ!? げほっげほっ」


キスティは咳き込みながら上半身を起こして装置のへりを掴んだ。


「目が覚めたか?」

「もうちょっと優しく起こして貰いたい……」

「で? 身体の痛みはどうだ?」


キスティはそう言われてようやく、治療を受けたことを思い出したようだ。身体をまさぐり、伸びをして見せる。


「うむ、問題ない。すっかり良くなったみたいだ」

「ほう」


念のため、確かめておくか。


「ヘルプAI、怪我は完治したのか?」

「いいえ。応急措置と各種緩和措置を実施しましたが、完全に治ったわけではありません。本日中はなるべく安静にすべきでしょう」

「そうか」


すぐに全てが元通りというわけでもないようだ。


「この装置では、どの程度の治療ができるんだ?」

「外傷や打撲のケースで、でしょうか?」

「そうだな」

「一通りの治療ができます。具体的には止血や縫合、初歩的な再生治療などが可能です」

「再生治療というのは? 腕を失っても、生えてくるのか?」

「現状では難しいでしょう。指程度であれば可能性はあります」

「……マジか?」


結構進んだ装置だった。

ありがとう、白ガキアップデート。


「他のことはどうだ?」

「火傷も、緩和治療や皮膚の再生治療などが可能です。病気も簡易的な診断や手術が可能ですが、医務員の判断に従うべきです」

「医務員ね」


かつてのこの艦には乗っていたのだろう。

治療ポッドは便利だが、頼り過ぎないほうが良さそうだ。


「……ん? そういえば、健康診断も出来ると言ったか?」

「はい、簡易的なものであれば」

「よし、全員受けさせるか」


この世界の病気にどこまで対応しているか分からないが。世界を渡れるほどの技術力がある連中の健康診断だ。簡易ではあっても有益である可能性は高い。


「とりあえず、先に聖軍か」

「何を話していたのだ? 主」

「後で話す。で、聖軍についてだ。明確な敵になる可能性がある組織だ。本格的に知らないとならない」

「聖軍が敵に、か……」

「抵抗があるか?」

「んーむ、まったくないと言えば嘘になるが。ズレシオンでは基本的には評判も良かったしな。しかし、そこまで思い入れはないというのが正直なところだ」

「ズレシオンでは評判が良いのか」

「ああ。かつてはズレシオン南部にも聖軍を名乗る連中がいて、そこから興った戦士家もあるらしい。戦士の理想の姿として教わったぞ」


「理想、ねぇ。どう理想なんだって?」

「利を追わず、ただ人類のために尽くした戦士だったらしい」

「そんな組織が、良く長く続いたものだ」

「少なくともズレシオンでは、長くは続かなかったようだがな。今でも南では、聖軍と名乗る連中は生まれては消えていっているよ。まあ、だいたい詐欺師まがいの者がタダ働きさせるための方便だが」

「なるほど、詐欺に使われるのか」


世知辛い話だ。


「主軍というのは? キスティ、反応してたろ」

「主力の部隊みたいなものらしい。詐欺まがいのものではない本流の聖軍であれば、さぞかし強いのだろうな」

「まあ、あの様子じゃ、スノウ……ティルムだったか。あいつは詐欺集団ではなく、本物の『聖軍』の主軍だったんだろうな」

「あれは正直、たまげたぞ。戦士団のトップ層や、貴族家のエリートよりも強い気がした」

「ステータスも高そうだったが、6人に囲まれても対応をミスる気配がなかったものな」

「個人的に驚いたのは、対応力だな。主の繰り出す攻撃は、正直普通ではないものが多いのだが……見事に対処されていたな」

「ああ、落とし穴も何故かスカされたし、魔法は当然のように受けられていた」

「あの戦い方は、『暗黒戦士』系を思い起こさせる。白い霧のようなものを放出していたし」


『暗黒戦士』はたしか、テーバ地方の龍剣騒動で、孤軍奮闘していた龍剣サイドのベテランがそうだったか。

そういえばあいつも、1人で多数を相手取って戦っていたっけ。


「あのレベルが複数出てくるようだと、かなり厳しい。どうすべきだと思う?」


うちでトップレベルの戦士を知っているのは、戦士団のベテランとも交流があったはずのキスティくらいだ。キスティに率直に聞いてみる。


「さすがにあれほどの実力者がそうそう出てはこないと思いたいが。もっとレベルを上げるのと……強い相手と訓練するしかないのではないか?」

「強い相手か」


誰か、実戦形式で訓練してくれるような強い奴に心当たりはあっただろうか。

……一応、おそらく好意的と言って良いだろうアテは1つだけ思いつくのだが。


「霧降りの里と戦っていた連中、会ってみるか?」

「クダル家か」

「あそこの構成員の犬頭とも、引き分けだった。あの時は俺一人とだけどな」

「この辺境の地で戦っている連中だ。腕はあるだろうが……大丈夫だろうか? 十中八九、勧誘されるぞ」

「それは出来ないと初めに伝えるつもりだ。それで消しにくるような馬鹿ではないと信じたいが」


引き分けたのは、アード族の……なんだっけ。

あいつは戦った後は過剰に好意的な感じがしたが、ボスはどんなもんか。

聖軍と関わりがないかも気になるし、ひとまず情報収集か。

便利屋としてこき使う予定のウリウは、まだ生きているのかね。



キスティは本当に痛みが引いたらしい。

半裸姿ではしゃぐキスティを引き連れてデッキに戻る。


「なんで言ってくんないの!?」

「やれやれ。僕は伝書鳩じゃないんだけど」


おや。

アカーネが白ガキと何やら言い合いをしている。

ドアが自動で開き、デッキに入ると白ガキが視線をよこした。


「ヨーヨー、良いところに来たね。この子が言いたいことがあるってさ。後はよろしく」


白ガキはスッと消える。

ホログラムらしいし、オフにしただけなのだろうが、あまりに唐突な消え方に戸惑う。


「あっ、逃げた!」

「あー、アカーネ。何を話してたんだ?」

「ご主人さま、聞いてよ! ボクがあの白い子に、オーグリ・キュレスの家の話をしてたらね。誰かが怪我したって言うんだよ。でも、詳しく訊いてもはぐらかすの!」

「まー、あいつはそんな所があるな」


変な秘密主義というか。

言わないというより、何か制約があるのだろうと踏んでいるが。


「ジグが怪我したか? アカイトなら、まあ死ななきゃ良いが」

「ねえ、行ってみようよ」

「そうだな。ウリウを探しにいく前に、一回そっちに飛んでみるか……来るか?」

「うん!」


アカーネも来るらしい。

サーシャ達には休息と、準備をしてもらって、そのうちに俺とアカーネ、ついでにドンでオーグリ・キュレスに向かう。

ここは危険察知の出番もなさそうだし、ドンはアカーネの精神安定剤になりつつあるし。



転移装置から、オーグリ・キュレスに転移する。


転移装置から地下室に上がっていくと、気配を探知した。


「キュルルル……スピー」

「おい、おい。アカイト?」

「むっ!? 殿か!?」


ガバッと起きて叫ぶアカイト。

マスコットのようなネズミがわたわたとするのを見届ける。


「声が大きい。しかし、ヒトを探す手間が省けたな」

「拙者、丁度ジグ殿に殿の帰還を待ち、報せる任務を負っておったところですぞ。少しばかり居眠りしてしまった!」

「何でこんなところで寝てるのかと思ったが……」

「暗くてほどよい空間があり、落ち着くゆえ。精神統一しているうちに、夢に誘われてしまったようですな」


地下室が落ち着くのは、ネズミの習性だろうか。

そんなことが口から出かけて止める。ラキット族はネズミっぽい見た目だが、流石に怒るかもしれん。


「アカイト、屋敷で誰か怪我でもしたか?」

「むっ、何故それを!」

「誰だ?」

「ゲゲラッタ殿ですぞ」


ゲゲラッタ。

犬耳の食いしん坊少年だったな。


「どういう怪我をしたんだ?」

「骨を痛め、打撲も少々。しかし命に別状はありませぬ」

「ぬ、穏やかじゃないな」

「なんでも、ジグ殿を庇って怪我をしたとか! 立派な向かい傷よな!」


本当に穏やかじゃなかった。


「誰かと戦ったのか?」

「家に押し入ってきた強盗がおりましてな。ジグ殿も直前まで気付かなかったとかで」

「何?」

「ジグ殿が襲われたところを、間一髪! 殴られながらも取っ組み合いで相手を押さえ込んだ!」

「ほう」


仲間を庇って負傷したのなら、確かに立派だ。


「かくて、さしたる被害もなく屋敷は守られたという話ですな!」

「ゲゲラッタが活躍したのは分かった。アカイトは何してたんだ?」

「たまたま2階の方に居ましたので。出遅れた次第」

「そうか」


つまり活躍しなかったと。


「ゲゲラッタはどうしてる?」

「さて? しばらくは寝込んでいたが、今はウロチョロしてますからなー!」

「すっかり元気か? 大事がなくて良かった」


とりあえず、ジグに会おう。

地下室に入ったまま、アカイトにジグを呼んできてもらう。

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