第315話 端末

元聖軍のティルムとの戦闘から離脱し、次元探査艦に転移した。


「おかえりなさいませ」


転移してきたのは、転送装置がある場所だった。

艦内に入ると、ヘルプAIが電気を点けてくれた。


「ああ。ここは変わりなしか?」

「異常はありません」

「ん? 何かあったか」

「艦内機能が一部アップデートを受けています。アップデート内容について記録はありません」

「あん?」


デッキに向かいながらヘルプAIの話を聞くも、要領を得ない。

何か変なのが入り込んでいなければ良いが。



「やあ」


デッキで、優雅に座っていたのは白ガキだった。


「……は?」


思わず声が出る。


「何奴だ!」

「ミャーッ!」


キスティとシャオが警戒し、短剣と爪を向けている。



「白ガキ、お前……こっちの世界に来れないんじゃなかったか」

「ああ。これはホログラムみたいなものさ。実体はないし、この艦内しか出来ないから。そう大事にしないでくれたまえ」

「……アップデートとやらは、お前の仕業か」

「この艦内システムかい? まあね。前にスキャンもして貰ったろう」

「……したな」


白ガキに頼まれて、何やら機械を使ったことがあったな。

まさかこんなことを企んでいたとは。


「転移先がデッキじゃなく、転送装置だったのは……」

「そっちの方が力を貸しやすくてね」

「それだけか? デッキに上がってくる俺たちを、ホログラムとやらで驚かせたかったからじゃないのか」

「そこはまあ、想像にお任せするよ」

「……それで? 何でまた、姿を現す気になった」

「まあ、今回のことで、いよいよ彼女たちにも色々バレちゃったんでしょ?」


白ガキが、後ろのサーシャたちに目線をやる。

その動きは、本当にそこにいるかのようだが、確かによく見ると影もないし、映像だけ映しているようだ。


「ご主人様が、異世界人だという話ですか?」


俺が言いよどんだためか、サーシャがおずおずと発言する。


「そう。そこまでは話していなかったんだろう」

「ええ、まあ。色々と納得できる気もしましたが」


サーシャたちには、『干渉者』ジョブのことや、白ガキがこの大陸のヒトではないことも話している。が、異世界の話をしっかり話したことはない。


「言っておくけど、僕は本当に神様ではないよ。そして、この世界を破滅させる気もない」

「では、あなたは何者なのでしょう?」

「そうだなあ。世界の観察者? そう思ってくれれば良い」

「観察者、ですか?」

「この世界の人類や、魔物に動物。生命というのは実に多様だよね。だから、いま挙げたものの、どれにも当てはまらない存在もいるってことさ」

「あなたの見た目は、人間族か白肌族のようですが」

「こんなのは僕の本体がヨーヨー達と交流するために造り出した端末に過ぎないよ。いや、そのホログラムだから端末の見た目を映しただけの幻影か」

「……理解できません。あなたも異世界人なのではないのですか?」

「まあ、そう思って貰っても良いかもね。ただヨーヨーとはまた全然違う存在だからね。僕のことは、理解せずとも問題ないと思うよ」

「ご主人様とあなたは、どのような関係なんです?」

「単なる知り合いとも言えるけど、まあある種の協力関係かな。利害が一致している範囲で助け合ってるみたいな」

「利害ですか」

「それより、彼女。キスティだっけ? 身体を怪我しているようだけど」


白ガキはキスティの方に手先を向ける。

その自然な視線の移動は、まるで本当にそこにいるかのようだ。


「キスティ?」

「主、私は大丈夫だ」

「だが、あの野郎に何度も蹴りを喰らっていただろう」

「軽い打撲だ」

「この白ガキは、まあ、今のところ信用できる。警戒を解いて休め」

「それなら」


白ガキが俺とキスティの会話に入ってくる。


「治療室を使いなよ。打撲と、軽い骨折くらいなら治せる」

「……それもアップデートしたのか?」

「まあね。嬉しいプレゼントだろう?」

「キスティ」

「分かった。私が実験台になろう」

「いや、そういう意味ではないのだが……」


キスティはその場で装備を外し始める。

俺はともかく、白ガキが見てるんだけどな。

いや、あいつは見ようと思えばどこでも見られるのかもしれないが。


「更衣室もあるからさ。こちらの女性を、治療室に案内してあげて」

「畏まりました」


ヘルプAIに誘導されてキスティが出ていく。


「それで? わざわざ姿を現して、何をしたいんだお前は」


俺も装備の一部を外しながら、白ガキに問う。


「サーシャに説明しなきゃならないだろう? ついでだから、僕からも説明しようと思ってね。君の説明の後に」

「……まずは俺から説明しろと」

「全部僕が話すかい?」

「いや、俺が話す」


白ガキが何を企んでいて、何を話すのか分かったもんじゃないからな。

ひとまず最低限のことは、俺から話そう。


「と言っても、どこから話したものかな。サーシャ、アカーネ、ルキ、ドンにシャオも。楽にしていいぞ」


デッキの端にどっかり座り込み、あぐらをかく。

従者組と護獣たちもそれぞれ、椅子に座ったり寝そべったりと聞く姿勢に入る。

流石に寝そべったのはドンだけだが。


「まず、俺はそこの怪しい男子……白ガキ様の言う通り、この世界のヒトではない。ひょんなことからこっちの世界にきた、転移者ってやつだ」


白ガキは小さく「白ガキ様って」とツッコんだが、薄く笑った表情のまま、聞いている。


「主様の世界というのは、どのような世界なのですか?」


ルキは、ウサミミを前に傾けて前のめりに質問してくる。興味津々か。


「何だろうな。最大の特徴と言えば、魔物が出ないことか」

「魔物が!?」

「あと、種族も人間族みたいなヤツしかいない」

「それは平和そうですね」

「そうでもない。結局、肌が黒いの白いの、黄色いのと違いを見つけては争っていたし。宗教もいくつもあって、仲が悪い」

「奉じる神が異なるということでしょうか?」


サーシャが首を傾げる。


「いや、そもそも神話が違うみたいな。創造神が一柱じゃなくて、色々いるみたいな?」


ちょっと違うか。でも、こっちの世界のように「神話は共通だけど、地域や職業によって奉じる神が違う」程度の差ではない。


「難しいですね。東の大陸では教会の在り方もまるで異なるという噂は聞いたことがありますが、そのようなことでしょうか」

「似ているのかもな。後は、こっちでは王政が多いようだが、こっちの世界は半分くらいが共和政だ」

「共和政?」

「王様がいない国ってことだな」

「では、どうやって国を治めるのですか?」

「例えば、選挙だな。国中の市民が投票して、期限付きの王様みたいな奴を選ぶんだ」

「国中の? それは……差別の温床になりそうですが」


サーシャは頭の回転が早い。

確かに選挙は、多数派が物事を決める制度だ。

多種族の共生を国是としているキュレスのような国の住民からすると、当然の疑問なのかもしれない。


「そこは人間族しかいないというのが大きい。それでも、何かと争いごとは絶えないけどな」

「ああ、なるほど。人間族ばかりという話でしたね」


サーシャは納得したようで、腑に落ちないような表情である。


「まあ、俺の元いた世界の話は、そんなに重要じゃない。戻る気もないしな」


サーシャは頷いたが、その奥でルキが少し残念そうな顔になった気がした。

一見すると、無表情のまま変わっていないが。


いつもは安全な場所に来ると伸び伸びしだすアカーネは何だか分からないような、不安げな表情のままドンの背中を撫でている。


「ご主人様はいつ世界を渡ったのですか?」

「サーシャと会う、少し前だな」

「なるほど。色々と合点がいきますね」


サーシャは顎に手を当てて思案している。

サーシャと会った頃は明らかに低レベル駆け出し傭兵だったからな。貧民街にいたから戦ったことがなかったからというのは無理があったかもしれない。戦わなくてもレベルが上がるジョブも色々あるわけだし……。


「ご主人様のジョブ……なんとか者ってやつは、結局なんなの?」


アカーネが不安そうな表情のまま疑問を口にする。


「『干渉者』だ。転移者だからか、変わったジョブになったようだ」

「ジョブを複数設定できるって言っていたけど、自分で入れ替えたりできるのも、そのジョブのスキル?」

「まあ、そうだ」

「ふぅ〜ん。ズルいや」


そうだな、ズルいな。

「ご主人様、キスティが以前言っていたのですが」とサーシャ。


「私達は色んな戦いを経験しているとはいえ、成長がいささか早すぎると言っていました。それも『干渉者』が関係していますか?」

「ん? いや、それは」


否定しようとしながら、改めてステータスを見る。あ。


「……獲得経験値増加ってスキルがあるな。これがサーシャ達も対象なら」

「獲得経験値増加、ですか。隷属者にも影響するなら、これは……」

「ジョブが変えられることより衝撃的か? これ」

「他人のジョブを成長させるスキルですよ。ジョブは並の『司祭』でも変えられますが、経験値を増やすことはできません」

「……なるほど」


なんか変なのに目をつけられそうだな。外では言わないようにしよう。


「ジョブの複数設定だけでも他に聞いたことがないのに。落ちビトを危険視する連中がいるのも、分からなくはないですね」


サーシャがボソリと言う。

それに答えたのは、白ガキだった。


「一応、補足しておくけどね」


皆の視線が白ガキに集まる。本人はいたって涼しい顔だ。


「確かに、転移者は特異なジョブを得ることが多いみたいだ。全員じゃないけどね。でも、ヨーヨーみたいに1人で魔物や現地人相手に大立ち回りできるのは、そういないよ。ヨーヨーは運が良いのもあるけど、元の世界で苦労して身につけたものが形になってるだけだ。魔法という形でね」

「亜空間技術のことか? 確かに感覚は似ているところがあるが」

「だろう? 君たちの主人様は、ただ偶然力を得ただけの凡人ではない。マトモかと言われたら、コメントは控えるけどね。安心したかい?」


サーシャは白ガキの質問にもクールな顔を崩さず、肯定とも否定とも言えない仕草でゆっくり首を傾けた。


「もとより、ご主人様がマトモでないことは知っております。魔法に夢中になると、後先考えずに没頭してしまいますし」

「あちゃあ」


しばらく、サーシャからお小言が続きそうだ。慌てて口を挟む。


「そういえば、サーシャ。スノウ……いやティルムか。あいつに寝返ったフリしたときは、どうやってキスティと合わせたんだ? 正直焦ったぞ」

「打ち合わせはしておりませんでしたよ。こんなこともあろうかと、ご主人様にあえて共有していない合図があるのです」

「なんだって」

「その合図で、こう伝えたんです。動きを合わせろと」

「動きを合わせろか。それだけでキスティは察したのか」

「ええ。キスティは主体的に動こうとすると雑になってしまいますが、誰かに合わせるのは得意みたいですよ。根っからのナンバー2ですね」

「ほう」

「あの時は、味方も騙すくらいでないと、あの男の能力を出し抜ける気がしませんでしたから。上手くいってホッとしましたが……」


サーシャが少し苦い顔を覗かせる。

油断させ、背後から攻撃したが、それでもティルムは倒せなかった。


「あれで決まっていれば、あのような綱渡りの戦いもなかったのですが」

「あれは仕方ない。あいつの強さは本物だった。そういえば、キスティが聖軍の主軍と聞いてテンションが上がっていたな?」


キスティに話を聞きたいところだが、まあまた明日以降でも良いか。かなり疲れたから、しばらくのんびりしたいし。


「聖軍でしたら、私も少々なら聞いたことがあります。発言しても?」


ルキが手を挙げ、ウサ耳も立たせながら申し出た。勝手に話し始めてくれても良いのだが、真面目というかなんというか。


「頼む」

「聖軍はかつて、南方で勇名を馳せた傭兵集団のようなものです。傭兵団と異なるのは、報酬を目的としないこと」

「報酬を目的としない? ボランティアってことか?」

「はい」

「……えっ」


冗談半分に言ったことが、まさかの芯を食っていた。そうか、ボランティアか。


「少なくとも、私が聞いたことのある聖軍はそうでした。おそらく聖軍といっても、色んな集団がいるのだと思います。前に話に出た西の方の聖軍とは別物かも」


前にウリウから聞いた話じゃ、聖軍が聖王国を乗っ取ったのだったっけ。

ボランティア集団にそんな大それたことが出来るとも思えないし、ルキの知っている集団とは別なのかも。


「ルキはどこで、聖軍の話を聞いたんだ?」

「昔話です。サラーフィー王国には聖軍が出てくる昔話がいくつかあるんです。数としてはそこまで多くはないですが」


昔、聖軍を名乗る集団の一派がサラーフィー王国を訪れて、昔話になるほど活躍したということだろうか。


「ルキの知っている連中は、異世界人を敵視してそうだったか?」

「いえ、落ちビトが登場する話はありませんでしたから、分かりません。私も落ちビトにさしたる興味がなかったですから」

「なるほど。何故ティルムが敵対してきたか、根っこの部分が分からんと、対策が難しいな」


もちろん、一番深い根っこは「神話」なのかもしれないが。

白ガキなら、他の転移者からの情報を持っているかもしれない。


「他の転移者はどうなんだ? 聖軍に命を狙われたりしていないのか?」

「どうだろうね。聖軍とやらが何者で、転移者を敵視しているのか。僕の方でも調べてみよう」

「……良いのか? 対価は何だ。後出しは御免だぞ」

「何、サービスだよ。僕の依頼を断りにくくなってくれれば嬉しいけどね」

「その依頼とやらは、大きいのがあるって話だったよな。まだなのか?」


サーシャ達も聞いているので、あえて少し情報を補足しながら話す。


「うん。本当に時期が難しくてね。それはもう少し待って欲しい」


白ガキは皆を見渡すようにしながら、ためを作った。


「それより、ヨーヨーの隷属者の皆にも改めて言っておこうと思って。ヨーヨーの情報とか、この艦のこととか、何があっても口外してはならないよ」

「……」


白ガキは、これを言うためにわざわざ出てきたのか。反応したのはサーシャ。


「口外する気はありませんが、仮に破ったとしてどうなるのです?」

「ロクなことにはならないけど、場合によっては命を奪わなければならない」

「それが、アナタなら出来ると?」


サーシャの質問は疑問というよりは、確信するために確かめるような口調だった。


「どうだろうねぇ。ヨーヨー、どう思う?」

「出来ると思うぞ、サーシャ。多分だけどな」


好きな場所に転移者を送れるということは、ある場所にいる人物を暗殺することも本気を出せば出来そうだ。ただ、どういう制約があるのか良く分からないから、出来そうだというだけだが。


「……分かりました。今回、ご主人様が転移を使いましたが、あれは問題ないのですか?」

「望ましくはないけど、今回は僕も手助けしたしね。転移使いだと思われたら狙われるだろうし、ヨーヨーとしては望ましくない結果を生むかもしれないけどね」

「では、一番秘匿しなければならない情報というのは何でしょう?」

「ヨーヨーや、僕自身の情報もだけど……一番はこの艦のことかな。最悪なのはこの艦がどこかの国の手に落ちるようなことだけど、その場合は僕が艦を自爆させることになる。たとえ中に君たちが居てもやるかもしれない」

「承知しました」


転移のことや、白ガキ自身よりも艦の方が問題なのか。


「……ん? もしかしてアップデートした最大の目的は、そこか」

「自爆システムかい? スキャン、ありがとね」

「この野郎……」


キスティの受けている治療システムが半端なものだったら、どうしてくれようか。

まあ、「端末」のホログラムらしいこいつに何をしても効かないのだろうが。


端末って何やねん。


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