第314話 聖軍

スノウ、いやティルムと俺が、それぞれの長剣を構えて対峙する。


今の俺のジョブは『魔法使い』、『魔剣士』と『警戒士』だ。

『魔法使い』は外すと辛いし、『魔剣士』がないと威力を乗せるのが辛い。

『警戒士』も普段は外しにくいジョブだが、相手はティルムのみ。そしてティルムの霧のようなスキルで、こちらの気配探知は阻害されることが分かっている。


安全策ばかり取っている場合でもないし、『愚者』あたりにチェンジするか。

見たところ、敵も派手にスキルを使っている。

魔力を奪う「盗人の正義」スキルを発動すれば、仲間の魔力も奪ってしまうが、幸いにも敵は俺だけを殺しに来ている。発動しておこう。


『愚者』をセットしたところで、少し違和感を感じる。

何か思考誘導スキル的なものも使われていたのかもしれない。

小細工はしないとか言っていたが、こうなると怪しいものだ。オートで発動してしまうスキルで、切りようがなかった可能性もあるが。


「どうした、ティルム。来ないのか?」

「……」


ティルムは剣を構えたまま、じりじりと間合いを図っている。

あっちはあっちで、何か準備しているのかもしれない。

あまり時間を与えすぎても危険か。


「キスティ、挟むぞ」

「応ッ」


サーシャとルキに向かっても、それぞれ指信号で軽く合図する。

サーシャなら目も良いし、分かってなさそうだったら追加で指示すれば良い。


「時間をくれるってんなら、ありがたいことだ。ハンデのつもりか?」


これ見よがしにサテライトマジックで、魔力球を浮かべて見せる。

ほとんどは魔力スカスカのファイアボール、いくつかは練り込んだラーヴァボールにした。


「まだ魔力に余力があるのかい? 恐ろしいなあ」


ティルムはそう言い、斜めに走り出す。

キスティから逃れて俺とは近付くコースだ。


そちらに向けて、アカーネが投げた何かが飛んでいく。

少し飛距離が足りない、風魔法で少し後押しする。

近付くティルムが速く、逆に少し飛びすぎたが、空中でサーシャの矢がアカーネの投げた物を貫く。


すると、赤い粉がまき散らされ、肉薄していた俺とティルムの上から降り注ぐ。


「ッ!」


ティルムが白い霧を噴射して、粉を吹き飛ばす。

その隙に俺が横なぎの斬撃を入れるも、ティルムの肘当ての突起でガードされ、受け流される。


一瞬遅れて、周囲に散った赤い粉から酸っぱいような、香辛料の香りがする。


「チィッ! 鼻を潰しに来たか。アカーネちゃん、よく見てるね」

「投げろ、キスティ!」


キスティの投げ槍が、ティルムを掠める。ティルムは寸前で身体を捩じり、回避したようだ。惜しかった。

投げ槍は1本しか携帯していなかったのが悔やまれる。余裕があるときは、2本持ってたりするのだが。


俺は練っておいた魔力で地面から砂を起こし、遅れてティルムはそれを散らす。

エア・プレッシャーで跳び込み、魔剣術を含めて連撃するが、回し受けるようなティルムの行動に、捉えきれない。


仕留め損ねたか。


だが、ティルムを大技で消耗させることが出来れば、こちらのモノだ。

防御が硬い相手は経験済みだ。

焦らず、粘り勝とう。


「やるねえ」


ティルムの背後にキスティが周り、挟み撃ちの構図が完成する。

一斉に攻撃を仕掛けようとする直前、ティルムの方から動く。



俺の方に跳び込みながら、剣をぐるりと回す。

途中でビタリと止めて、斜め下からの切り上げのような形。

一瞬で、流れるような動作に反応が遅れる。

これは一種のフェイントなのか。


ただ剣を合わせに行くだけの防御。

一瞬重みを感じ、押し返す力を逆手に取られたように流される。

手の力だけで剣を引き戻し、後ろに退きながら追撃を凌ぐ。

切り上げ、払い、そして突き。


狙いすましたような突きに、剣の戻しが間に合わない。

左手で剣を持ったまま、右手をフリーに。

魔創剣を生やしながら、魔力の奔流を放ちながらティルムの剣を横から弾く。


剣がわずかに逸れ、ティルムの顔が目前に映る。

直後、ティルムの顔が歪んだ。


「やりなさい、キスティ!」

「うがああ!」


サーシャの声と、ティルムの後ろから迫るキスティ。

ティルムは俺への追撃を止め、身体を反転させながらしゃがみ、キスティのハンマーを空ぶりさせる。そして蹴りでキスティの腹を打つ。


「うぐうう!」


キスティはモロにカウンターを貰って後ろに吹き飛んだものの、うなりながら立ち上がった。大事はなさそうだ。


ティルムは背中に手を回し、矢が刺さった背中を確かめた。


「あの乱戦で、躊躇なくとは。それも鎧の隙間を狙った? サーシャちゃん……なるほどね。君は狩人だ」


ティルムの連撃を留めたのは、サーシャの矢だったか。

サーシャは俺から見て時計回りに少しずつアカーネの方に向かっており、今は半ばといったところだ。


「降参したらどうだ?」

「まさか。君らの実力は良く分かった。本番と行こう」


おいおい。

まさか第二形態がある、なんて言わないだろうな。

ゲームのラスボスじゃあるまいし。



「行くぜ」


ティルムが剣先を天に掲げる。


ティルムが跳ぶ。

その周囲には、いくつもの円形の紋様が浮かんでいる。


あれは……俺の魔法を受け流したやつか。

あんなに同時発動できたのか。


サーシャが矢が、紋様に阻まれて減速する。

アカーネからの魔力波がそれらをすり抜けて攻撃するが、ティルムの鎧に弾かれる。


もしや、攻撃が通りそうな部分のみを護っている?

だからサーシャの矢は通らないのか。

狙いが正確である為に。


「ハンパねぇな、聖軍」

「俺は特別だぜ、落ちビト」


ティルムの振り下ろしを受け止めるように剣が交叉する。


重い、が、筋力強化で踏ん張れば受け止められる。ティルムは、こちらの剣身に滑らすようにして自分の剣を振り、流れるように体勢を整えながら、次の攻撃に繋げてくる。

動きも速いが、追えないほどではない。重さも速さも、これまで見てきた強敵の中では、まだ何とかなりそうな範囲だ。

しかし、全てが高水準である。流れるように動作がつながるので、付け入る隙がない。


キスティが背後から襲いかかり、それに対処する一瞬だけ息をつける。

まともにやり合っては勝てんか。


サーシャから矢が飛んできたのに合わせて、上段にフェイントを入れながら足元を薙ぐ。

それを避けようとしたことで体勢が少し崩れるが、サーシャの矢は籠手で払うようにして弾かれる。


ティルムは再度殴りかかるキスティのハンマーに剣を合わせて弾き、胸元に蹴り。

キスティは今度は読んで避ける。が、ティルムはそのまま強引に足払いに移行し、キスティの体勢を崩す。そして、まるでキスティを盾にするように立ち回りながら、俺からの攻撃を牽制する。


キスティがハンマーから片手を手放して裏拳パンチを放つと、頭突きでそれに合わせる。


「ぐうっ……!」


キスティが痛そうな声を上げる。


ティルムはその隙に、距離を取る。

キスティが裏をとっていたのが、無効化されてしまったか。


「キスティ、がむしゃらに行け」

「うがあああ!」


キスティがハンマーを軽々しく振り回しながら襲い掛かる。

顔を顰めながら、それを寸前で避けるティルム。

そしてキスティが大ぶりになったところで、腹に向けて鋭い反撃。

それは確実に決まると思われたが、ティルムの足は何か見えない膜に阻まれ、止まった。


「ルキちゃんか!?」


一瞬の隙。

筋力強化を最大までして、渾身の突き。

そして同時に、ファイアアローを2発左右から叩き込む。


渾身の突きは、ティルムの短剣でわずかに軌道を逸らされる。ファイアアローは左は円形紋様に阻まれ、右はティルムの背中に当たる。


エア・プレッシャーを発動し、空中に自分を打ち出す。上から飛び掛かると見せて、エア・プレッシャーでもう一段上に跳び上がる。


練りに練ったラーヴァストライクで地面を爆撃する。砂煙が舞う。2発、3発と連打する。

砂煙でティルムの姿が見えないほどだ。


俺が着地する直前、砂煙を白い霧で吹き飛ばすように、ティルムが姿を見せる。

鎧からはみ出た白い毛や、鎧の細かい部品に引火したようで、全身のあちこちにチロチロと火が残っている。


俺の着地を狙って、剣を構えての突進。

キスティがハンマーを振り下ろし、突進を防ぐ。完璧なタイミングだ!

一瞬足を止めたティルムに、ルキが盾ごとの突進。

一瞬均衡するも、ルキが盾を振り払うように動かし、ティルムは後ろに下がる。


決めきれなかったか。


ラーヴァ・ストライクの連打は、その辺の賊相手なら数人まとめて葬れる威力だったと思うのだが。

しかし、魔力は相当使わせたはずだ。こちらはまだ、魔力が半分程度ある。

魔力切れを狙うか?


「ぐあああああおおおお!」


ティルムが咆哮を上げ、剣が白く光る。


ティルムの突進にルキが盾を構えるが、盾ごと車に轢かれたように弾かれる。


「ルキ!」


キスティがハンマーを振ると、ティルムはキスティではなく、ハンマーに対して攻撃する勢いで剣を振る。

ハンマーがキスティの手を離れ、回転しながら後ろに飛ぶ。


一瞬身を低くしたティルムが、次の瞬間には地を蹴り、俺に迫る。

これまでの華麗な剣技とはまるで違う、野生を感じさせる身のこなし。


俺の魔剣以上に重そうな長剣を、片手で振り回す。

空いている左手には、短剣をいくつも、指の間に挟むように持つ。

短剣は不定期に、見当違いの方に投げているように見えるが、サーシャの矢やアカーネの攻撃を弾いてる。


方向的に見て、サーシャはアカーネと合流できたようだ。


「うらああがあぅっ!」

「ナメんじゃねーぞ、神の犬が!」


相手はサーシャたちの攻撃を防ぎつつであるが、絵としては俺とティルムの1対1。

俺がどうにか凌ぐしかない。

上、右下、横と続く暴力的な剣戟が俺を襲う。


エア・プレッシャーで位置をズラしながら、避けて、止めて、弾く。


上段からの振り落とし。一段と鋭い。


感覚的に分かる、これは勝負の一撃だ。

エア・プレッシャーで下がる動きを読んだかのように、更に踏み込み伸びてくる一撃。


「受ける」だけなら出来るかもしれない。

しかし、「上回る」ことができるとしたら。


敵は、俺が踏ん張り「受ける」と思っているだろう。

ティルムのように、受け流しが取り立てて得意だというわけでもない。


だが。


まっ直ぐな振り下ろしに対し、顔の前に剣を寝かせるように構える。明確な防御態勢。

少しだけ角度をつける。

発動。

性質付与。剣の性質を滑らかにする。


ティルムの剣は、その剣の表面を滑るように、斜め下へと逸れる。


体勢を崩したティルムの顔面が、目の前に見える。

勝機だ。全力でいく!


筋力強化、強撃、魔閃。

いつしか、賊の幹部戦闘員の首を飛ばしたスキルマシマシの一撃。


首を狙った一撃は、微かに反応したティルムの肩を掠め、極めて硬質な何かを砕く手応え。


右肩の肩当てがひしゃげて、血を流すティルムの姿。


「うがああ!!」


ティルムがまた吠え、そして白い霧を噴射する。


反射的に後ろに下がる。

手信号を出しながら、ただ下がる。


キスティとルキは、案外近くにいたようだ。

俺に追随するように下がる2人。


ティルムの周囲で再度、轟音が響き、白い霧がティルムに吸収されるように消える。


「ご主人様!」

「キュー!」


サーシャとドンの声が聞こえる。

かなり近い。


これなら。


「こっちだ、白狼族!」


俺の声で、少し離れた場所から声がする。

そちらの方から、シャオがルキに飛んで戻ってきている。


幻影か。

最高のタイミングだ。これで、少しだけ時間が稼げれば。


「白ガキーッ! 見てるなら、力を貸せッ!」


転移装置を発動。

いつもより、すんなりと、そして広い空間を掴んだ感覚。

これなら全員で。


「発動、気配完全遮断!!」


一応、ダミーのスキル名を叫んでおく。

警戒して動きを止めてくれれば……。


「ヨーヨーおおおおぉおおッ!!」


ティルムの叫びが少しずつ遠いものとなる。



***************************



暗い。



火魔法を発動すると、見慣れた空間。

転移装置の部屋だ。


「ご主人様、無事ですか!?」


すぐ後ろから、サーシャの声。


「ああ……全員いるか?」


「私は無事だ」とキスティ。

「うん……ボクも何とか」とアカーネ。

「はい。ドンさんも、シャオもいます」とルキ。


「キュキュ」「シャーッ」


ドンとシャオも無事か。


とりあえず、生き残れた。

疲れた。


「悪いな、サーシャ。墓参りはしばらく無理そうだ」

「大丈夫ですよ。私の両親は、神よりも我慢強いですから」


サーシャが真面目に言うものだから、思わず笑った。

サーシャを育てたヒトたちなのだ、立派なヒトたちに違いないよな。


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