第313話 臭い口
野営地で、スノウと酒を交わした。
もちろん、酔うほど飲んだわけではない。スノウが持っていた酒は濁っておらず、日本酒のような味わい。酒精は強そうだったので、一杯だけにしておいた。
対するスノウはガバガバと飲み進めて、最後は少し陽気になっていた気がする。
その翌日、野営地を出る頃になっても、スノウが姿を現さない。
まさか飲みすぎて、どこかで吐いたり腹でも下しているとか、ないだろうか。
いくらか俺たちの荷物も預けているから、出来れば合流したいのだが。
やきもきしていると、クレイスト商会の車列から、ふくよかな鱗肌族が近付いてきた。
商会責任者のイオナである。
「イオナさん」
「ヨーヨーさん。スノウさんは?」
「いや、それが。どこかに行っているようで」
「そうですか。早朝、薬草を探して東の森の方に行ったようでして、出発時間になっても戻っていなかったら、ヨーヨーさんたちに伝えてくれと言われておりました」
「ほう」
「ここから東の森は、少し入ったところに開けた場所があるようでして。そこでしょう」
「なるほど」
あいつ、酔い覚ましの薬でも作ろうとしていたのか。
「私どもはゆっくり進みますから、合流されてから追いかけて来ても間に合いますよ。探しに行かれては?」
「ふむ。まあ、ちょっと東の森に寄ってから行ってみます」
「はい。ではこれで」
クレイスト商会はぼちぼち出発するようだ。
仕方ない、俺たちは少し東に行ってから、見つからなかったら諦めるとしよう。
「悪い、スノウが迷子のようでな。少し森に寄ってから行くぞ」
従者組に改めて伝えて、出発の準備をする。
「仕方ないなあ、あの御仁は!」
キスティはからからと笑っている。
サーシャ、ルキは無表情。
アカーネはやや面倒くさそうな顔をした。
「まあ、小一時間も探していなかったら、俺たちも先に行こう」
「はい」「ああ」
武装をチェックし、荷物を分担し、東の方に足を延ばす。
気配探知をしながら進むと、入ってすぐに、樹々のない広場のような場所があった。
色々な草が生えていて、確かに薬草とかも生えていそうだ。
その奥に、ヒトの気配が1つ。
やや警戒しながら進むと、白い毛のヒトが荷物の上に座っていた。
スノウだ。
「おいスノウ、何やってんだ」
スノウは俺の声に反応して、顔を上げた。
「やあ、ヨーヨー。来ないかと思ったよ」
「俺も無視して進もうかと思ったぞ」
「しかし、理由もなく来ない性格でもない。そうだろ?」
「……なんだ? スノウ」
何か変だぞ。
そう言う前に、スノウは立ち上がり、腰の剣を抜いた。
「ギッ、ギュウ!」
後ろにいるアカーネのリュックから、ドンの声が聞こえる。
「……どういうつもりだ?」
「ヨーヨー。ここで戦ってくれるか」
「何のために、だ?」
「生きるために」
「別に戦わなくても、生きていける」
「悪いね」
罠か?
周囲に気配探知を念入りに飛ばす。
「誰もいないよ。俺1人さ。一応言っておくと、クレイスト商会もグルってわけじゃない。利用はさせて貰ったけどね」
「訳を言え。お前の言っていたことは全てウソなのか?」
若様が最初に指摘していたように、どこかの国のスパイだったのか。
だとして、俺を狙う理由が分からん。
「いや、昨日話したことはどれも本当さ。見聞を広めるために旅をしているというのもね」
「何故俺と戦いたい?」
「……。戦いたいわけではない」
「意味がわからん」
「悪いね、と言った。ヨーヨーが分かりやすい悪人だったら、どれだけ気が楽か」
「誰かに依頼されたか?」
「いいや。俺がここにいるのも、ヨーヨーと鉢合わせたのも、誓って偶然だ。だからこそ驚いた。ヨーヨー、お前……異世界人だろう」
「っ!?」
息を呑む。
前にも、こんな場面があったっけ。
そんな意味のない思考がゆっくりと流れる。
「この世界に来るとき、異世界の神と接触したか?」
「……いや」
白ガキが過るが、あいつは神ではないらしいし。
「そうか、やはりな。最初はただただ驚いたよ。それに変なやつだと思った。ヨーヨー、お前は露悪的に振る舞っているだけで、随分と甘い。そのくせ、若君が死にかけた時に言っていた、アレ。魔物と遊ぶために、ついでに助けたって……本気で言ってたろう」
「ブラッドスライムの時か?」
急な話題転換に返しながら、頭を回す。
考えろ、これはどういう状況だ?
「そう。お前は少し優しくもあり、しかし利己的で、だが他人にも自分にも厳しい。ねじれた奴だ」
「占いでもやってたのか?」
「便利なスキルを持っていてな。俺は嘘がわかる」
「っ!」
嘘が分かる、だと?
つまり、会話の中で俺の素性を探られていた?
「ヨーヨー、お前の評価は難しい。悪人とは言い切れないが、善人でもない。しかし……異世界から送り込まれた何者かで、何か大きな隠し事もある。一体何を目的にして、こんなところをフラフラしているのか。分からないことも多いが……素通りさせるには、怪しすぎる」
こいつは、俺を殺す気だな。
そう感じられた。
しかし、それなら何故、こうもベラベラと話すのか。
「本当は、こんな中途半端な気持ちで向かい合うべきではない。すまないと思っている。だから、ここからは小細工するつもりはない。俺と戦ってくれ、ヨーヨー」
「話すつもりがあるなら、せめて訳を話せ。何故俺を殺したい?」
スノウは一瞬黙って、それから口を開いた。
「良いだろう。ヨーヨー、お前は神話に詳しくはないようだな。異世界の住人なら、無理もないことだが」
「……それで?」
「他の世界からこの世界に渡ってきた落ちビトは、災いをもたらす。そう考えている者は少なくない。神話に詳しい者であれば猶更な」
転移者が悪く扱われているリスクというのは、転移当初にも考えたことがあった。
だからこそ、教会とは積極的に関わってこなかった。
もっと積極的に教会の情報を探るべきだったのか?
「特に、俺の周りではそうだ。だからこそ驚いたし、迷った。お前の歩みを止めるべきなのかどうか」
「……ずっと俺を探っていたってわけか」
「そうとも言えるが、そればかりではない。旅に出る前、俺は世間知らずで……この世界を知らなさ過ぎた。だから、見識を広めたいと思っていたんだ。落ちビトが災いをもたらすという考え方も、果たして本当に正しいのかどうかと迷っていた」
「ならば、何故」
「誓って言うが、誰かに頼まれたわけじゃない。南の政治屋どもも、公国で暴れている連中も喜ばすつもりは微塵もない。ただ……ただ、俺は結局どうしたって、神の剣なのだ」
「お前は、教会の手の者か?」
「そうではない。俺には背後も裏の目的もない。故に1人の戦士として名乗ろう」
スノウは長剣を捧げ持つ。
「俺の本当の名前はティルム。『聖なる戦いのための連帯』……俗に言う『聖軍』の主軍元第四隊長。『見通す者』ティルムと呼ばれていた」
「聖軍?」
聞いたことがあるな。
この辺ではない。ずっと西、次元探査艦が埋まっている辺境で、少し前まで力を持っていたという。
「聖軍の主軍だと!? 本物は初めて見たぞ」
キスティが驚いている。
「このような地の果てまで、名が轟いていたというのは嬉しいね。でも、忘れていい。今の連中は、とうに戦士ではない」
スノウこと、ティルムが掲げる長剣が妖しく光る。
「ティルムだったか。お前……いくらでも奇襲する機会はあっただろうに」
「最後まで決断できなかったんだ。それに、言ったろう。たとえ神の御ためであろうと、俺は、ヨーヨー、君を殺すのに小細工を使うつもりはない。これは、せめてもの俺の仁義だ」
……。
俺のついていたどうでもいいウソが、ティルムを敵対の方向に押しやってしまったかもしれない。ここまで、良い方に転がることも少なくなかった「ウソ」が、全て裏目に出てしまったのだとしたら。
ある意味では自業自得か。
「俺を殺すとしても、他のメンバーは関係ないだろう」
「そうだな。だから、ヨーヨー以外を殺すつもりはない」
「はあ?」
そんな、舐めたことを。
「だからこそ、問おう。ヨーヨーに従う乙女たちよ。主なしの隷属者の苦悩は俺にも分かるつもりだ。だが、俺が何とでもしよう。主を失うのは辛かろうが、危険な旅を終わらせ、穏やかな生活を望むならば、今は最大で最後の好機だ」
「おい……まさか」
こいつ。
ベラベラ喋っていたのは、まさか?
「ヨーヨーは悪人とは言い切れない。しかし、善人でもない。そして、何か大きな隠し事をしている。この世界を破滅に導く使徒ですらあるかもしれない。惰性ではなく、自分の足で歩みたいのであれば、今がその時だ」
俺の隠している情報を、従者たちに聞かせるためか。
「……ティルムさん。貴方はどうにかすると仰いますが、聖軍もお辞めになったのですよね? いったい何が出来ると言うのですか」
問うたのはサーシャだ。
「確かに、かつての同志たちとは決別した。ただその分、俺を買ってくれるヒトたちも色々いてね。見聞を広めるにしても何故、俺がこの国にいると思う?」
「まさか、帝王派と繋がっているとでも?」
「想像にお任せするよ」
なんだこいつ。
裏がありそうだとは思ったが、激ヤバな奴じゃねぇか。
「ふう。確たる話が出ないのは歯がゆいですが、今は仕方がないでしょう」
サーシャが、俺の傍から、ティルムの後ろへとゆっくり歩み出す。
「サーシャ!」
「ただし、私はご主人様……ヨーヨー様に手出しはしません。それで良いですね?」
「良い判断だよ、サーシャちゃん」
頭が一瞬真っ白になる。
「キスティ、貴女も来なさい。貴女の目的を果たすためには、今ここが勝負所でしょう」
「……ああ」
キスティも、ゆっくりとティルムの方へと進む。
ルキとアカーネは、困惑げにそれを見ている。
「ルキ、アカーネ……行きたいなら、止めないぞ」
自分でも予想外の言葉が口から出る。
「いえ、私は救われた身ですから」
「えっと……ご主人さまがいなくなるのはちょっと」
ルキとアカーネは残ってくれるようだ。
安堵とともに、ちょっと泣きそうになる。そんな場合ではない。
「これで3対3かい? いやはや……ルキちゃん、アカーネちゃんも傷付けたくはないのだけどね」
「テメェ、俺なら同数で勝てると思ってるのか? ナメるなよ、狼野郎」
「そういう差別発言は、落ちビトだからかい? こっちではしない方が良いよ」
「黙っとけ」
ルキの防御スキルは頼りになる。
しかし、サーシャもキスティもそれぞれ敵に回すと厄介だ。
キスティは一発があるし、サーシャは距離を空けたら一方的に攻撃される。射撃も正確だ。
こうなったら……。
「サーシャ、キスティ。ここまで付き合ってくれて、ありがとうな」
これ以上喋ると泣きそうだ。
「いえ。それ以上は不要です」
サーシャは弓を構える。
キスティもハンマーを構える。
どこまで効果があるか分からないが、隷属ステータスのおかげで2人は俺への攻撃が難しいはず。なら、それぞれルキとアカーネを抑える気だろう。
「ティルム。お前は殺す」
「……悪いね、ヨーヨー。これ以上、言い訳はしないさ」
ティルムの長剣は、俺の魔剣とちょうど同じくらいの長さだ。
黒の多い俺の装備に比べて、汚れが酷いが体毛が白っぽいティルムは言われてみれば、ちょっと『聖軍』らしさがある。
「ルキ、アカーネ、お前らはサーシャとキスティを抑えろ! この狼野郎は俺が相手する」
走り出すとともに、筋力強化とエア・プレッシャーで加速。
スノウとぶつかりそうな直前に、エア・プレッシャーで急制動をかけてタイミングをずらし、フェイント。
それに一瞬反応したティルムだが、剣をくるりと回しながら、辛うじて下からの切り上げに剣を合わせて止めた。
身体を引きながら、距離が開いて少しだけ空いた空間に剣を強引に振る。
その剣先からは魔力の奔流。
ティルムを正面から襲うが、円形の紋様が空中に浮かぶと、魔力の奔流は弾かれて脇に逸れた。
サテライト・マジックを展開しながら次の行動に移ろうとしたところで、ティルムが脇から何かを抜くようにして投げる。
短剣か!
それを避けると、一度通り過ぎた短剣がミサイルのように旋回し、背後から襲ってくる。
正面からはティルムが横なぎで剣を振ってきている。
浮かべた溶岩弾を短剣に1つずつぶつけながら、エア・プレッシャーで横に逃げる。
それを予測していたかのように踏み込んで来るティルムと再度剣を合わせる。
身体ごと回しながら、ティルムがこちらの剣を巻き取ろうとしてくる。
しかし、直後、何かがティルムの頭部の防具に当たって動きを中断させ、そしてその一瞬後、ティルムは今度は身体ごと吹き飛ばされた。
「ゲホッ……あのさあ」
ティルムは地に倒れず、少し離れたところで受け身を取って立ち上がる。
それを追いかける影は、黒いハンマーを持った狂戦士。
「うがあああああ!」
追撃しようとしたキスティに対し、ティルムが剣を構える。あれは、受け流しだな。
「キスティ、横に逃げろ!」
「がああ!!」
キスティは俺の声に反応して、攻撃を中止して飛び退く。
そして受け流しを準備していたティルムに、ファイア・アローを連続で浴びせる。
連撃が終わっても、ティルムは同じ場所に立っていた。
鎧の脇から出ていた白い毛が焦げているが、ティルムに大きなダメージは与えられていなさそうだ。
「サーシャちゃんさ。何故だい?」
サーシャは、いつの間にかかなり後ろに下がっている。そして、ティルムの顔を目掛けて何度も矢を射ていた。
「聖軍の主力隊長、でしたか。それほどの実力者なら、こうでもしませんと。安心しました、見通す力とやらも万能ではないようですね。スキルを発動していないと嘘を見抜けないのか、あるいは何か条件があるのか。アナタの質問に答えた形でないと、発動しないとか?」
「……何故だい? サーシャちゃんは、危険を犯してまで旅をしたいタイプには見えなかったけど」
「やっぱり、ムカつきますね。アナタ」
「キスティちゃんはともかく、サーシャちゃんは町で美味しいご飯を作って、食べていたいでしょ」
「その臭い口を閉じなさい。アナタが私に特に語りかけてきているのは、何となく分かりましたけどね。気持ち悪い」
「自由になりたくはないのかい?」
「今更どうでも良いです。知ったような口を……とっとと黙りなさい。アナタが私を御しやすいと思ったのであれば、とんだ見当違いですよ」
サーシャはティルムを罵倒しつつも、矢を射続けている。キレてらっしゃる。
ティルムもティルムで、剣と短剣でそれを弾いて平然と会話をしている。
「アナタみたいな男に、私とご主人様の関係がどうのこうのと言うつもりはありません。そもそもそれ以前なんですよ。ご主人様が世界を破滅に? もし仮にそうなったとして、それで私が靡くと、本気で思ってるんですか?」
「世界が破滅したら、さすがに困るだろう?」
「困りませんよ! 見る目ありませんよ、アナタ。そんなだから、仲間からも捨てられるんでしょう」
「……」
ティルムの雰囲気が剣呑になる。地雷だったか。
「私は、この世界など、滅んでくれて構わないんですよ! アナタみたいな馬鹿が護る神サマに、どれだけ裏切られたと思ってるんだ、馬鹿っ!! そんなに神サマが大事なら、神の代わりに死ね!」
サーシャが叫びながら矢を放つのとほぼ同時に、キスティが敵の背後からハンマーを振り上げる。
俺も、魔法を左右から迂回させて、ティルムにぶつける。
ティルムは身体ごと剣と、そして空中に浮かべた円形の魔法陣で攻撃を捌きながら、サーシャの方に移動する。
その背中に向けて、直線的に最速で加速して突きを入れる。最小限の動きでそれをスカすティルム。
「テメェの相手は俺だろ、忘れたか」
「ヨーヨー!」
俺とキスティが交互に攻撃するも、まるでキスティの動きが全て分かっているかのようだ。
キスティの攻撃は予測で避け、俺の攻撃は剣で受ける。
後ろで、アカーネは魔道具を構え、ルキはそれを護っている。
ルキにも前に出てもらうか? いや、流石に連携が難しいか?
そう考えた刹那、ティルムの身体から、白いモヤのようなものが広がる。
「気配探知」でもティルムの姿が分からなくなる。
「ギギー!」
ドンの鳴き声が微かに聞こえる。
「キスティ、退け」
「承知」
キスティは狂化状態を脱していたようだ。
白いモヤから逃げるように、2人で分かれて下がる。
俺はサーシャに近付く方を意識して、ティルムと距離を取る。
「良い判断だ」
ティルムの声が聞こえて、轟音が響く。
そして、モヤが収束していき、まるでティルムの身体に吸収されるように渦巻き、消えていく。
「結局1対5か。少しばかり辛いな」
ティルムは笑った。
「お前、実力を隠していたな。ティルム」
「スノウの実力はあんなもんさ」
楽しそうにそう言うと、スノウが跳ぶ。
一瞬で俺の目の前に、ティルムの顔が現れる。
俺に来てくれると思った。
目の前の地面を陥没させて、砂を巻き上げる。
しかし、ティルムは躓いた様子もなく、白いモヤを噴出させるようにして、砂を消し去る。
その間に少しだけ距離を空けることが出来た。
「逃げてばかりか、ヨーヨー」
「アンタと違って、仲間がいるもんでな」
ティルムはそれには答えず、狼鼻を軽く鳴らして笑顔を消した。
剣を握り込みすぎた手先が、少ししびれている。再度握り直して、魔力を練り上げる。
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