第312話 夜空
魔物退治をした報酬に、猫耳男子を差し出されたが断った。
クレイスト商会が譲ってくれた魔石だけで大変満足していると猫耳男子に言付けて、帰す。
受けとった魔石を改めて観察してみると、元々自分たちで採った魔石より少し歪で、その分大きいように思う。
緑色で透き通っているので、エメラルドのように見える。
スノウによると、これで水属性の魔石らしい。水の要素があっただろうか、あの魔物。
あいつが吐いた溶解液も液体と言えば液体だし、緑ではあったが。
こいつを改造魔石にしたら、毒の魔道具とかにならないだろうか。
帰りは通行料をせびる輩もおらず、スムーズに帰路に就く。
そして帰りでもスノウは当然のように、俺たちに飯をせびった。
その分、色々と荷運びを押し付けているのだから、別に良いのだが。
サーシャが用意した今日のメシは、川魚の干物をほぐしたものを米と一緒に握り、スープに浸して食べる野営料理だ。
素朴な魚の旨みがスープに溶け出て美味い。
スノウも大変美味そうに食べている。
「サーシャちゃんは料理上手だね〜」
「野営料理で分かるのか?」
「だからこそ、だよ。色々制限があるなかで、これだけ味のいいものを作れるなんて。この魚はリムドンでしょ?」
ほぐした魚を一切れつまみながら、スノウはサーシャに訊く。
「そうです、この辺りの川といえばリムドンですから。南にもいるのですか?」
「いるとこもある。数がそんなに獲れなくて、ちょっと高級魚のイメージなんだけど」
「リムドンがですか。とにかく安い魚というイメージですが」
「やっぱり魔物が少ないと、こういう魔物以外の食材も揃えやすいのかな」
魚談義でサーシャと盛り上がっている。
「適当な虫で釣りをすれば獲れますから、野営する際はいつもリムドンを食べていた気がします」
「野営して、のんびり釣りが出来るってのがね。この国のヒトたちは恵まれてるよね」
「そうなのでしょうか。南の方からすると、そうなのかもしれませんね」
「本当に厳しい場所だと、行商人も戦闘職ばかりだからねえ。行商に便利なスキルより、まず生き残ることが最優先だから」
「それは聞いたことがあります」
サーシャの両親も行商していたらしいからな。
行商事情には多少明るい。
スノウは度々、南ではどうこうのと言い出すが、なぜ今はこんなところでフラフラしているのか。
改めて謎だ。
「スノウは、こんな感じで南の方からずっとフラフラしてんのか?」
「ん? まあ」
「目的地があったりしないのか? 金稼ぎってわけでもなさそうだし」
「見聞を広めてるってのは本当なんだよ。だから旅の終着点は特に決めていない。一応の目的地と言えば、まあ港都市になるのかな?」
「オーグリ・キュレスか。そこに知り合いが?」
「うーん、まあ。知り合いというか、文通相手?」
「……文通?」
まさかのワードが出て、聞き返してしまう。
ネットで知り合って、メールだけしている海外の知り合いに会うために海外旅行する、なんて話はたまに聞くが。
そんなノリで、この魔物の世界をフラフラ渡って来たのだろうか。
「ヨーヨー。本当の知性ってのは、書く文章に表れてしまうのだよ」
「はあ?」
「文通相手にいたく気に入られてしまってねえ。だから、一応会いに行くために港都市に行くつもりなんだ」
「そうか。本当に気に入られたなら、相手からスノウに会いに来るんじゃないのか?」
「何を言ってるんだ、まったく。そんな危険なことをさせられないじゃないか」
「……。そもそも、文通ではそんな話が出てたのか? 会いに来いとかなんとか」
「直接そういう話になったことはない」
「そうか」
そうか。
……なんか残念な結末が見えるような気もするが、まあいいだろう。
「じゃあ、この後は東に向かうと」
「そうだね。異国出身者が、あんまり長いこと紛争地帯をチョロチョロしていても面倒に巻き込まれそうだしね。ヨーヨー達はこの後どうする気なんだ?」
「スラーゲーに寄った後、北回りで前線を避けて西に行くかな。戦争にはそこまで興味はないし」
「内乱という意味ではリック地方がホットだけど、西の方は西の方で危ないんじゃないか? 北の国がいつ仕掛けて来てもおかしくない」
北の国、エメルト王国か。
三大王国の1つであり、キュレス帝国は北西に国境を接している。古くからなんどもキュレス王国の領土に攻め寄せてくるという国だ。
もし内乱に乗じて攻めてくる国があるとしたら、このエメルト王国は有力な候補になる。
「まあ、そうなったら前線から離れる。前線の後ろは、魔物狩りの需要が増えるだろう」
聞き齧ったことを訳知り顔で言っておく。実際は、西の国境に行く前に白ガキに呼び出される可能性も高そうだが。そろそろ何かありそうな感じだし。
しかし、白ガキのような高位存在の感じる「そろそろ」が、人類の感じる「そろそろ」とかけ離れているという可能性もある。
今の状況のまま10年くらい放置される可能性もないではない。
「ふぅん。前線近くの魔物狩りってのは、不測の事態も色々あるみたいだよ。気を付けなよ」
「ああ、そうだな」
前線は膠着するとは限らない。
魔物狩りだとしても武力を有しているわけで、自分たちがいる側の国が押し込まれれば、相手の国からは危険な存在に見えてしまう。
かといって勝手な判断で持ち場を離れたら、契約違反を咎められてしまうかも。
考えるだけでその辺りの判断が大変そうだ。
やるとしても、スポットで依頼を受けた方が良いんだろうな。
お金は渋くなるだろうが。
その後もスノウと話していると、スノウは港都市に向かう前に、トアナ地方の神殿に寄るつもりなのだと言う。
「神殿か。あまり詳しくないんだが、教会と神殿ってのはどんな関係なんだ?」
「まちまちだね。俺の育った辺りじゃ、教会の下にあって施設を管理しているだけって感じ。でも、教会から独立しているような神殿もあるね」
「別の教会を持っているわけじゃなくて、神殿として独立してるのか?」
「うーん、そうだね。歴史とか、色々あるんだと思うよ。行こうとしているシュクレン神殿ってところは独自の組織を持っていて、神殿兵を抱えているらしい」
「そういう神殿と教会は何が違うんだ? 呼び方だけか?」
「正確に答えようとすると難しいねえ。教会として組織されているか、神殿として組織されているかの違い? ってのが一番正しいのかも」
「何だそりゃ、自己認識だけの違いってことか?」
「ある意味ね。一応、神殿は特定の神様だけ祀っていることが多いからね。そこが教会とは違うかな」
「ああ、それは何となく聞いたことがあるな。だが別に、他の神様を認めないってわけじゃないんだろう?」
「そう。教会の祀る神様のことは否定しないけど、その中でも特にこの神様を祀るって形だねぇ。まあ、俺もそこまでこの国の神殿に詳しいわけじゃないけど」
教会の孤児院で育ったと言っていたから、信心深さはあるのだろうな。
俺はせっかく国中を旅しているのに、各地の神殿に寄ろうと思ったこともなかった。
「で、シュクレン神殿ってのはどの神様を祀っているんだ?」
「風の神ケケラウス様さ。個人的にも好きな神様でね」
「風の神か」
「ヨーヨーは信奉しているのが戦の神、ズル様だったっけ。他に好きな神はいるのかい?」
「ん?」
特に信奉している神はいない。
好きな神で言ったら、強いて言えば魔神か。
魔法の神様でもあるらしいし、神話が苦労エピソードになっている神だ。
「特にないが、強いて言うなら魔の神かな」
「ペペトロイカ様か。魔法使いらしいね」
「まあな。南の方じゃ、ペペトロイカ様の変わったエピソードとか残ってないのか? こっちにはないような」
「ええー? こっちで語り継がれている神話が分からないからなあ。ヨーヨーはどんな神話を知ってる?」
「苦労人エピソードばかりだな。他の神の仲裁をしたり……」
「ああ、あれはケケラウス様も関わっているね。悪い方で」
神様同士の喧嘩を、風の神が煽って楽しんでたんだっけか。
……ロクなやつじゃないな。神殿なんか必要なのだろうか?
「魔の神のエピソードって、そんなのばかりじゃないか?」
「そうかなぁ? まあ、苦労人というか、苦労神かな、言われてみれば。じゃ、こんなのは知ってるかい」
スノウは、まだ聞いたことがない神話を語ってくれた。
ある時、魔の神ペペトロイカ様は、仕事を放棄して、他の神の前に姿を現わさなくなった。
心配した他の神達は世界中を探したが、とうとう見つけたペペトロイカ様はダンジョンの奥深くに閉じこもって、何やら準備していた。
魔法の管理が面倒になったペペトロイカ様は、精霊を生み出して、神の代わりに魔法の管理をさせようとしていたのだ。
呆れた主神様によって自ら魔法を管理するように説教されたペペトロイカ様は、精霊を手放してしぶしぶ神の座に戻ったのだった。
「どうだい、ペペトロイカ様はお茶目だろう?」
「……ペペトロイカ様が悪いってことになっているのか? これ」
「ん? まあ、悪いというか……」
「う~む。自動化して仕事を楽にしようとしていたわけだろう? ペペトロイカ様の好きにさせていれば、他の神の仕事も楽になったかもしれないのに」
「はっはっは、感想はそれぞれだね」
ペペトロイカ様に同情してしまう俺だが、それ以外にも、主神が普通に登場したのにも少し驚いた。
俺の聞いた限りでは、主神って世界を作ったあと、ほとんど具体的なエピソードに登場しないのだ。ステータスシステムを作ったという話くらいだ。
しかし、南の方の神話には普通に登場するらしい。同じ宗教を信仰していても、地域差は出るものだなと思った。
その後、キスティは戦神のエピソードをスノウに聞きたがった。
スノウも流石に色々神話を知っていて、それを聞きながら時間を潰した。
夜、商会一行から少し離れた所で野営する。
ぐっすり寝ていると、レストサークルの効果範囲に侵入する存在。
「よう、起きているかヨーヨー」
「ん? スノウか」
どうやらスノウが入ってきたらしい。
「何か用か?」
「いや。俺はスラーゲーに寄らずに東に行くから、こうしてヨーヨーと飲む機会ももうないと思ってさ」
スノウは、竹のような物で出来た水筒を振って見せる。
「……俺はあんまり酒はやらないんだが」
「まあ、まあ。飲めないわけじゃないんだろ?」
「まあ、な」
断っても良いが、おっさんが寂しそうだから、仕方ない。
たき火の方に行くと、キスティが火に当たっている。
「キスティと飲めば良いだろう」
「や、キスティちゃんは野営中は飲まないんだってさ」
「まともだな」
流石キスティ。腐っても戦士家の出身である。
称賛のまなざしを送ると、キスティは静かに笑みを浮かべて言う。
「主は気にせず、飲んでくれ」
「そうか、悪いな」
酔うほど飲むつもりはない。
どうせ起きたなら、雑談ついでに警戒もしておこう。
気配察知と気配探知を発動して、周りを探る。
少し行ったところで、赤い火がいくつも揺れている。
クレイスト商会護衛たちのたき火だろう。
今日は天気も良いし、空も澄んでいるようだ。
夜空には星が満載されていて、いまにも落ちてきそうだ。
「起こされたが、この星が見られたから良しとするか」
「おっ、案外風流だね、旦那~」
スノウが渡してきた竹のコップのようなものを受け取ろうとすると、キスティが横からそれを取り上げた。
そして一口含み、味わうようにしてから飲み込む。
「毒はなさそうだ」
「……ええ、毒味? そんなことさせてんの? ヨーヨー」
スノウが引いているので、否定する。
「そんなことをやれと言ったつもりはないな」
「主はたまに無防備すぎるからな。勝手にやったまでのこと」
キスティがそう言って、コップを俺に返す。
「ギュ」
ドンがとてとてと歩いてきて、俺のひざの上に乗った。
まだまだ寒いから、誰かの上に乗りたいのか。
ドンの背中を撫でながら、改めて異世界の星空を見上げる。
遠くまで、来たものだ。
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