第310話 ネコミミ
予告されていた戦場に辿り着き、会戦を観戦している。
弓や魔法の応酬の後、騎兵の突撃を皮切りにオークリン家の軍勢が突撃を始めた。
対するブレファス家は、見たところ動いていない。
防御の姿勢を取り、オークリン家の攻撃を受け止めようとしているようだ。
オークリン家の部隊がブレファス家の横陣に肉薄し、激突する。
土煙が立ち、視界が悪くなる。
「んん〜?」
スノウが怪訝そうな声をあげる。
「どうした?」
「これ、土煙はやってるな」
「やってる?」
「ああ、多分魔法だ」
「魔法? わざと視界を悪くしたと?」
「そう」
ブレファス家が、突撃してくる敵の足を止めようとしたのだろうか。
土煙の原因は分からないが、その中で両軍が激しくぶつかり合う。
はずなのだが……。
俺たちのいる場所からは、突撃していったオークリンの部隊の一部が見えている。
その部隊の位置はブレファス家の部隊と激突した位置から、ほとんど動いていないように見える。
そして、そのまま数分が経過しようとしている。
「これは、勝負あったか」
スノウが言う。
「どっちの勝ちだ?」
「ブレファス家の方だろう」
「突撃を止められただけだろう? まだ勝負が決まったようには見えないが」
「騎兵の突撃で敵陣を突破できていれば、落ち着いて迎撃なんて出来ない。つまり?」
「騎兵隊は壊滅している?」
「しかも、その後の全面攻勢にも揺るがないのは多分、最初っからこの展開を読んでたんだろう。そして、それに対処する方策もあった」
「……」
「オークリン家の攻撃も見事だったよ。この兵数にしては、迫力が凄かった。しかし、それで前線が小揺るぎもしないのは、五分ではない。見てなよ」
土煙は少しずつ治まってきて、ぽつぽつと人影が浮かび出る。
盾を構えて、壁のように立ち塞がるブレファス家の部隊。
そして、オークリン家の陣地の方に、ゆっくりと、しかし確実に前線が移動する。
ブレファス家の部隊からは、断続的に火魔法が放たれているようだ。
それでオークリン家の陣形が乱され、そこをブレファス家の最前線の部隊が付け込むように攻撃する。
それをカバーするために、オークリン家の部隊が一部後退して戦力を回す。
それが繰り返されている。
やがて、カバーしきれない綻びがオークリン家の横陣に生じ、オークリン家の部隊からは逃げ出す者まで出始める。
そこからは早かった。まるでドミノ倒しのようにオークリンの部隊に混乱が伝わり、気付けば全面的な敗走が始まった。
そこで観戦官から再度、火の玉の合図が放たれる。
終戦の合図かと思いきや、その後も追撃を止めないブレファス家。
「終わりじゃないのか」
「終わりだ。ただ、指定区域を出るまでは、追撃しても良いといったところかな」
スノウはどこか無感情に言う。
「なんだかんだ、詳しいな」
「この辺のことには疎いが、どこも似たようなもんだからねぇ。人殺しのルールってのはね」
「この後はどうなるんだ? 明らかにブレファスって方が勝ったように見えたが……」
「さてねえ。まあ、セオリーで言ったら、戦果の確認かな。あとは可哀想なご遺体の照合と処理」
「もう見るべき点もなさそうだな」
「かもねえ。ヨーヨー、普段は魔物狩りをしてるんだろう? 領主サマ同士の会戦を見てみて、どうだったよ?」
「んー、そうだなあ。人数にしては迫力があったし、まあ勉強になったかな」
個人的に気になったのは、戦術魔法とか言われていた魔法のことだ。
複数人で力を合わせて魔法を発動するとかだろうが、どういうのがあるのだろうか。個人の魔法を極めるのとはまた趣が違って面白そうだ。
「そう言うスノウはどうなんだ?」
「まあ、ゆってもこんなもんかなーって感じだねぇ」
「そもそもスノウは何で、観戦したかったんだ? 態度から察するに、戦を娯楽として楽しめるタイプでもないだろ」
「今は見聞を広めてる最中でね。まあこれでも有意義だと思ってるよ。そこまで楽しくもないってだけで」
「ふうん?」
せっかく旅をしてるのだから、色々見てみようってことだろうか。
対象が観戦であることを除けば、せっかくだから色々見てみたい気持ちは分かる。
周囲の観戦者たちは帰り始める者も出ているが、クレイスト商会の一行は帰る気配がない。
護衛契約もないので放っておいて帰っても良いのだが、なんとなく残ってみる。せっかくなら、他の集団と一緒に帰った方が安全そうでもあるし。
終戦から1時間くらいは経っただろうか。
かなり待ってから、クレイスト商会の一行や、他の観戦者達も小川を渡って戦場だった場所に行き始めた。
クレイスト商会のヒトに聞くと、戦死者の確認を行うらしい。
観戦者のなかには、クレイスト商会の客だった若様と奥様のように、参戦した者の身内や知り合いもいる。そうした者のために、観戦官が確認の時間をくれるらしい。
どうしようかと思っていると、1人の猫耳が生えている青年が小走りで近づいてきた。クレイスト商会の使いらしい。
「ヨーヨーさん達も、宜しければ一緒に行きませんかと、イオナ様が」
「しかし、死者の確認をしているのだろう? 物見遊山で入るのもな」
「お身内が参加されていない場合も、知り合いがいないか確かめる者は多いです。いかがです? 他の皆さんも歓迎されると思いますが」
「そうなのか?」
来て欲しそうな雰囲気は伝わったが、理由がピンと来ない。
すると、また暇そうにフラフラしているスノウが訳知り顔で近付いてきた。
「よー、大方ヨーヨーを引っ張ってこいって言われたのか? 若いの」
「あ、いえ……」
「スノウ。この場合、何で連れて行きたいんだと思う? 人手が必要なのか?」
「そりゃあ、少し考えれば分かるだろ。今が一番危険だからだよ」
「どういうことだ?」
スノウは人差し指を立てて、チッチと振ってみせる。イラっとくる。
「開戦前に通行料取ってた連中もそうだけどさ。ああいう連中の本来の役目はなんだい?」
「戦場の保全だったよな? ああ……」
腑に落ちた。
つまり、彼らのように周囲で魔物を狩り、変な横槍が入らないように警戒していた連中。
彼らは戦いが終わったら、当然撤収する。
つまり今まで壁となっていた存在がいなくなり、魔物が乱入してくる危険が増す。
いや、仮に彼らが残っていても同じか。
残っている観戦者まで護る義理はないだろうが、仮に残って護っていたとしても、次第に集まる魔物を全て撃退できるはずもない。抜けてくる魔物や、止められなかった魔物が襲ってくるリスクは時間とともに高くなる。結局今が一番危険だ。
「あんだけ戦闘したなら、なおさらか?」
「そう。魔物の中にはヒトの痕跡を見つけた瞬間に理性が飛び、襲いかかってくる性質のものも少なくない。あんだけドンパチして目立っていたら、ここに何らかの理由でヒトの群れがいるのは瞭然だよな」
なるほどな。
そういう理由があるなら、別に遠慮せずに行ってみてもいい。
だが、死体が並ぶ場所に従者を連れて行くのは……まあいつもやってるか。
別に少人数でいても襲われるリスクはあるわけだし、合流しとくか。
「分かった、後から追いかけるとイオナさんに伝えてくれるか」
猫耳をそわそわさせていた使いの者に告げると、笑顔になってお礼を言われた。
まさかイオナのヤツ、ルキを寄越せと言われてキレた俺を見て、ケモミミスキーだと踏んだんじゃないだろうな。
……否定はしきれんが。
港都市の家に残してきた元襲撃者の男の子はイヌミミ(垂耳)だったはずだし、ネコミミの仲間がいるとメジャーなケモミミをコンプリートできるんだよな。獣耳族の副耳は、その3種類の形のどれからしいから。
「スノウも来るか?」
「まあねえ、こんなとこに1人で残される方が困るし。にしても、やっぱりこっちはノンっビリしてるね〜」
「ノンビリ?」
「南の方じゃ、もっと素早く片付けて撤収するよ。これも、魔物被害が少ないこの辺ならではかな」
「ああ……なるほどな」
1時間もあれば、近くにいて異変に気付いた魔物がぞくぞく到着してもおかしくない。
魔物が多い地域ではもっと切羽詰まっているのだろう。
クレイスト商会の方になんとなく向かいつつ、小川を越える。
細いところは頑張ればジャンプで渡れそうだが、クレイスト商会の掛けた簡易の橋を使わせて貰う。
戦場は観戦者たちが来るまでに、誰かが軽く手を入れたようで、遺体がそのまま転がっているという感じではなかった。
何体かの遺体がまとめて寝かされた場所があり、その近くでは今まさに穴が掘られている。
ひとつの場所に3〜5人くらい、1つだけ10人くらいが横たわっており、そして穴が掘られているのは7くらいだから、死者は多くて40人くらいだろうか。
遺体は上を向いて寝ている姿勢で並べられている。全てではないが、頭部の装備は外されている。
頭部装備がないヒトがこれほど多いとも思えないから、後から外しているのだろう。
身元確認しているヒトたちは、そうしてまとめられた遺体を巡りながら、顔や装備から人物を確認しているようだ。
少し遠くから遺体の顔を確認してみるが、今のところ知り合いはいない。
「母上っ、リクマルです。リクマルではありませんか?」
渡って近くの確認は終えていたらしいクレイスト商会のツアー一行は、少し離れた場所にいた。
近づくと、魔物の襲撃で足を怪我した若様の声がした。
若様は屈強そうな護衛に肩車されている。
そのため自由に動くことができておらず、少し先を指さして母親、レグナール夫人に興奮気味に話しかける。
「……確かめましょう」
リクマルというのは、小竜馬の名前らしい。
ラプトルのような図体が折り重なって倒れている場所がある。
その近くには、ヒトの倒れた姿もある。
レグナール夫人が2人の護衛を引き連れてそちらに向かうのを、周囲の者たちは無言で見送る。
その姿はどこか悲痛で、堂々としていた。
親子以外にも、クレイスト商会のツアーに参加している者はいる。
他の経緯で来たヒトも周りにはいた。
しかし彼らも皆、その瞬間は自分の探し人のことを忘れて、レグナール夫人の歩みを眺めてしまった。
気丈に進むレグナール夫人はしかし、馬の死体の傍に置かれたヒトの顔を見るや、動きを止めた。
呼吸も忘れたように動かなくなった彼女は後ろ姿しか見えず、表情は分からない。
どれだけ経ったか、彼女はゆっくりと手元の扇子を広げ、顔を覆って表情を隠して振り向いた。
「あの人です。引き取りの用意をなさい」
気丈に命令する彼女の声は震えていた。
「は、母上っ! まことなのですかっ? 父上が……父上がそんな!? あり得ない!」
若様の方は信じられないとばかりに前に乗り出そうとして、肩車の上からずり落ちそうになり、下のヒトが慌てる。
「トラデウス! 帰ったら式の準備をなさい」
「母上! 本当に父上なのですか!? た、確かめます、私も確かめます……」
若様は肩の上で再び身を捩り、肩車の姿勢を保てなくなった下のヒトが地面に若様を下ろす。
若様はなおも、這うようにして進もうとする。
「トラ。トラデウス。やめなさい」
「でも、母上ぇ……」
「身柄を奪われることもなく、辱められることもなく、あなたのお父様は帰ってくることができるのです。戦士として、望外のことです」
「母上! 母上……」
喰って掛かろうとした若様は、母親の顔を見て言葉を失った。
ここからでははっきり見えないが、扇子で隠した顔には涙が流れていたのだろうか。
「トラデウス。お前の兄はここにはいません。生きているのかどうか。もし、何かあれば」
若様の身体がびくりと震える。
「あなたがソリオ家の棟梁です」
「そんな……私には無理です、母上」
「無理でもやるのです」
「私はスライム風情に転がされて、この様です! 母上も見ていたでしょう!」
「ならばどうするのです? 貴方を助けたヨーヨー殿にでも、家督を譲りますか?」
若様は地に這いつくばったまま、嗚咽を漏らし始めてしまった。
ヨーヨーというのが俺のことだと知っている幾人かの者の視線が、俺にも刺さる。
いや、俺は頼まれてもやらんぞ。戦士家の棟梁とか。面倒だ。
「ん、ヨーヨー」
「キュキュ」
気まずい沈黙の中、スノウが怪訝な声を出したのと、ドンが鳴いたのはほぼ同時だった。
すかさず気配を探る。
気配探知の範囲にはまだ入っていない。
しかし、気配察知で何か大きなものが近づいているのはわずかに感じられる。
「中型か大型の魔物が来るぞ! こっち……東の方だ!」
大声で注意を促す。
周りにいた護衛たちは武器を抜き、護られる者には緊張が走る。
「戦えないヤツは小川の方に避難しろ! そっちには気配がない。まだ、だけどな」
探知の範囲に入ってきた。
大型というわけではないが、ヒトよりは大きい。
動きは速い方ではなさそう。数は3体。
気配を消せる魔物とかもいたから、分かる範囲ではという前提での数だが。
「戦うのか? ヨーヨー」
スノウが剣を構えながら、あまり緊張感のない声で聞いてくる。
「まあ、ここで見捨てても目覚めが悪いし。やるだけやるさ」
ヤバそうだったら逃げるが。
契約がないと、こういう時逃げる選択肢が取りやすくて助かる。
「あんたはどうする? スノウ」
「やろう。もともと魔物狩りが本職だ」
スノウはニヤリと笑って、頭の装備を付け直している。
「やはり、魔物の相手の方が楽しいな」
緊張感がないを通り越して、ちょっと楽しそうだな、こいつ。
キスティに負けたのも、対人戦が苦手だからとでも言いたいのだろうか。言いそうだな。
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