第309話 開戦
賊と一戦交え、撃退した。
最初にとおせんぼしていた連中と、最後の盾使いの装備品は俺たちが貰い受けて良いことになった。
とはいっても、徒歩で移動している途中だ。重い金属製の装備などは持っていくことができない。
一部は商会が買い取ってくれるというので、銀貨20枚程度の稼ぎになった。
そして、交渉をしていた男と、盾使いはいくつか使い捨ての魔道具らしきものを持っていたので、それらはそのまま収得した。
男の方は、投げると大きな火の玉が落ちてくるっぽい魔道具に、土壁を創るっぽい魔道具。
アカーネの改造魔石と違い、丸くはない。透明なひょうたんみたいな見た目をしている。握りやすいので扱いやすいが、投げるのは少しコツが要りそうだ。
効果のほども、アカーネによる予想なので、正しいのかは分からない。
女の方は、取っ手の付いた小さな板のような魔道具。
これは、魔石をセットすると全周囲に魔法の膜のようなものが半球状で広がる、防御魔法の魔道具らしかった。
サーシャたちの持っているシールドの魔道具に近いが、より自動で展開し、その分魔石消費が半端なく、燃費が悪いという代物だった。
これはキスティに持たせておくか。
今回は、家族写真のような後味の悪いものは出てこなかったのでひと安心だ。
「まったく、いきなり仕掛けるとはね。喧嘩っぱやいじゃないか、ヨーヨー」
スノウは派手に吹っ飛ばされていたが大したダメージもなく、後処理の間にしばらく休んだら完全に回復したようだ。
この世界で一人旅するには、これくらいのタフさが必要なのかもしれない。
「やるなら早いほうが良い。不意を突けるからな。今回はたまたまそうなっただけだ」
「なるほど、なかなか良いことを言う。分かっていても、躊躇してしまう連中は多いからね」
「話せば分かる、てか?」
「まあね」
「そんな悠長なことを言っていられる世界でもないだろうに」
「まるで異世界人のようなことを言うねぇ」
「……そんなわけないだろう、何を言ってるんだか」
「ははは」
「はっはっは」
スノウが言っていた露払いだが、戦場近くで魔物狩りをして、余計な横やりが入らなくする役目を傭兵に委託することは多いのだという。
もちろん、建前は魔物狩りだが、敵がルール外の伏兵を潜ませていないか確認したり、敵本陣の動きをそれとなく探ってみたりといった役割も兼ねていて、戦争と無関係な存在ではない。
しかし、観戦に来た一行を妨害したり、通行料を取っても露払いや雇い主の支援にはならないので、今回の一件は傭兵団の方が独断でやった可能性が高いとのこと。
まあ、雇い主の方に後ろ暗い何かがあって、観戦して目撃する人数を減らそうとしているとかいう可能性がないではないが。
さて、後片付けを終えたら、いよいよ目的地に着く。
戦場というと開けた草原ででも戦うのかと思っていたが、実際は少し違った。
どうやら戦場になるのは、小岩が転がる川原。近くには細い川が流れ、周囲には岩もごろごろしていて、少し河から離れると森も近い。
双方の陣営が河の上流と下流に陣を構えているようだが、その規模は想像以上に小さい。
下流側は攻め込まれたオークリン家の手勢らしいが、せいぜい10人程度がたむろしているだけだ。
オークリンの旗が立てられ、上流を睨むようにして着席しているヒトが数人。
その周囲では何やら作業したり、周囲を警戒している者がいる。
観戦官とやらは、河の対岸に20~30人くらいの護衛を付けて滞在しているようだ。
王家の旗と、十字のような簡潔な模様の入った旗を掲げて待機していた。
こちらは作業している者はおらず、偉いヒトたちはテントを建ててその中にいるようだ。
観戦官のテントにクレイスト商会のイオナが挨拶に行き、やがて1人の役人を引き連れて戻ってきた。
役人はたむろする観戦ツアー一行と俺たちを一瞥してから、掲げている旗と同じ十字のような模様の、簡素な旗を一本地面に刺すと踵を返した。
「ヨーヨーさん、貴方たちにもお伝えしておきます。この旗より向こうに行ってはなりません。この旗が見える位置で待機してください」
イオナは役人を見送った後、俺とスノウにも注意を与えに来た。
「了解した、伝達感謝する」
「……感謝ですか。まあ、今朝の一件では助かりましたから。観戦ルールで分からないことがあれば、私に聞いてください」
「ああ」
護衛契約がないために、俺たちが倒した敵の遺品は俺たちが丸ごと頂戴する権利が与えられたわけだが。
それは護衛料が貰えないことと引き換えの話であって、商会から何か特別に貰ったということにはならない。
つまり、クレイスト商会は俺に借りがある状態ということだろう。
俺が勝手に奇襲したわけだし、商会の護衛も戦ったから、それがどれだけの貸しになるのかは疑問だが。
まあ、多少は恩義を感じてもらって、観戦ルールを教えて貰う大義名分が出来たのは嬉しい。
「イオナちゃん。ウンコはこの小川にすれば良いの?」
さっそく権利を行使したスノウが、阿呆なことを聞いていた。
「……。自由にしてください。旗の位置を越えたり、小川を渡ったりはしないように。できればトイレは茂みの中など、オークリン家の方々に見えない位置が良いでしょうね」
「まー、殺気立ってるからね。了解した」
スノウはひらひらと手を振って、茂みのありそうな方に歩き出した。
イオナはそれを見送りながら、小さくため息を吐いた。
「……ふう。ヨーヨーさんは特にありませんね?」
「観戦ルールってわけじゃないが、質問がある。見たところ10人程度しかいないが、相手もこの程度なのか?」
「えっ? いや、ここから見える場所にいるのは陣取りと呼ばれる、先遣隊のようなものです。本隊は別の場所で野営していて、100人程度にはなると思いますよ」
「ああ、なるほど。100人か」
戦争と考えると少ないが、地方の1領主が集める戦力としてはそんなものか。
戦う場所も広いとは言えないので、100人対100人でも迫力はあるかもしれない。
「言っておきますが、観戦官の近くにいても参戦したとは見なされないだけです。つまり、いずれの陣営も、挑発行為を行った相手に攻撃することが禁止されているわけではありません。分かりますね?」
「あー、つまり余計なことをして怒らせるなということだな?」
「そう。頼みますよ、本当に。スノウさんにもくれぐれもお伝えください」
「ああ」
能天気なスノウの様子を見て不安になったか。
別に俺はスノウ担当ではないのだが……。
巻き込まれても何だし、しばらくの間おっさんの奇行を見張るくらいはしておいた方が良いか。やれやれ。
「少しくらい頭に来ることがあっても、攻撃は控えてくださいね」
「……ああ」
どうやら、俺の手の早さが不安だった模様。
正当防衛でもなければ、あんな真似はしないというのに。まあ、不安に思う気持ちは分かるから文句は飲み込んでおく。
予定されている開戦時刻は正午ごろだったはずだが、昼飯を食べてもまだ戦は始まらなかった。
その間に、観戦する連中も地味に増えていた。
観戦官を挟んで、俺たちの反対側には別の団体が到着。
そして俺たちの近くにも、小規模な観戦ツアーが2つほど到着していた。
お昼の食べ物を売り歩く者までいて、まるでスポーツ観戦の様相だ。
気になるのは、それぞれのツアー団体ごとに、小川から少し離れた場所に置き盾のようなものを並べてちょっとした陣地を作っていることだ。
「あの置き盾は流れ矢対策か?」
「ああ、少し距離を取るとはいえ、攻撃が飛んでこないとは限らないから」
スノウは多少心得があるらしく、こともなげにそう言った。
準備が進む周囲と異なり、川原で暇しているだけの俺たちはどう見えているのだろうか。
小川に石を投げて水切りでもしたいが、攻撃と受け取られたら面倒なので我慢する。
「俺たちは何もしなくて良いのかね?」
「と言っても、盾も何も準備がないしね。それに戦闘職なら、自分でそれくらい防御できるでしょ」
「……ルキに頼むか」
俺も防御魔法の準備はしておこう。
観戦といっても、気軽にできるわけではなさそうだ。
「おっ、ご入場だぞ」
スノウが眼を細めて、下流の方向を見ている。
その目線を追って見てみるが、良く分からない。
しばらくすると、森の方向から次々と集団が出てきた。
旗を掲げ、5~6人程度の塊ごとに整列して進み、川原に布陣していく。
5人程度で塊になっているので数えやすいが100人程度なら20個の塊になるはずだ。
しかし、明らかにそれより多い。
更に、後ろからは何やら騎乗した連中が移動してきた。
初めて見る「馬」だ。
見た目は恐竜。小型の肉食恐竜ラプトルっぽい見た目で、二本足で移動している。
その上に乗っている騎士たちの背中には、羽根のような飾りと、オークリン家のものらしい統一された図柄の旗が付けられている。
ラプトル騎兵たちの登場のシーンでは、周囲から「おおっ」というどよめきが起きた。
「へぇ。小竜馬で揃えた騎兵隊か」
スノウが感心したように言う。
「オークリンの羽根付き騎兵隊。有名ですよ」
サーシャが解説してくれる。心なしか、いつもよりテンションが高い。
この辺の住人であったサーシャにとっては、身近なヒーローだったのかもしれない。
地元の球団の選手みたいな感覚だろうか。
「とは言っても、10騎くらいしかいないぞ」
「精鋭部隊ですから」
「ほお。キスティ、騎兵ってそのくらいの数なのか?」
軍事の専門家と言えば、一応キスティだ。
戦士時代は脳筋で通していたので、たまに知識が抜けていたりするが。
「十分な数ではないか? 1000中の10なら少ないかもしれないが、これくらいの数で10なら少なくはない。ただ、足元が悪く、開けていない。騎兵の強みは発揮し辛いだろうな」
「ああ、確かに」
騎兵突撃、という概念がこの世界にあるかは分からないが、突撃するにせよ、迂回攻撃するにせよ、機動力が発揮できないと騎兵は辛そうだ。
いくら人間サイズとはいえ、ラプトルっぽい馬はただ対峙するだけでも迫力十分だが。
布陣が終わる前に、俺たちも小川から離れて、他の観戦客の間に収まる。
ルキにお願いして、防御スキルを発動しておいてもらう。
スノウは楽ができると喜んでいるが、こいつ矢を迎撃するのは異様に上手かったよなあ。何かコツとかあるのだろうか。
布陣するオークリン家の面々を眺めていると、いつの間にか上流の方でも対するブレファス家の横陣が完成していた。そして、ブレファス家の方から、オークリン家の陣の前に使者が歩み出て来る。
地球の馬っぽい、早馬に乗っているので、まるで時代劇でも見ているかのようだ。
かなり大声で、手元の紙に書いてあることを話しているようだが、こっちまでは聞こえない。
聴力強化を頑張って、なんとか最後の部分だけ断片的に聞くことが出来た。
「ーーー以上、寛大なるブレファス家当主は逆臣オークリンの降伏と武装解除を求めるものである! 速やかにルスキーの町から退去せよ!」
対してオークリン家の側が何か小粋なジョークを返したらしい。
一同がドッと笑いに沸く。
くっ、聞き逃した。
「えい、えい、おー!」
「「「おおーー!!」」」
自陣に帰る使者の背中に向けて、オークリン家の一同が喊声を浴びせる。
その後、被せるようにブレファス家の方からも喊声が上がり、鼓膜が揺すられる。
少し離れて見ている身でこれだ。
陣の中にいる兵士たちは、とんでもない声量を浴びているはずだ。
なるほど、これはアドレナリンが出るのだろうな。
両軍の喊声に揺れる空気の中で、そんな平凡な感想が浮かぶ。
どれだけ、おたけび合戦が続いたか分からない。
気付くと、観戦官の方から何やらオレンジの火の玉のようなものが、両軍の間の空間に撃ち出されていたのが見えた。
それが合図だったのだろう、それまでじっと動かなかったオークリン家の戦士たちが、急に動き出した。
見たところ、戦陣は3層になっている。
最前線に位置するのは、全体の半分よりずっと少なく、20~30人くらいだろうか。
その後ろに、分厚い壁のようになっている横陣が本隊か。ここだけでも、目視でざっと150人くらいは居そうな気がする。100人程度とは何だったのか。
そして指揮官がいる部隊だろうか、その後ろにもヒトの塊がある。ここはせいぜい10人~20人程度だろう。
最前線の部隊は、前進しながら散り散りになっているように見える。
反対側から向かってくるブレファス家も似たようなものだ。
最前線でいくつかの光が流れ、スキルが飛ぶ。
そして互いの部隊がぶつかり、乱戦に移行していく。
その後ろの横陣からは、最前線をスキップしてその後ろの敵に矢が降り注ぐ。
オークリン家の矢が放たれてから数瞬後、相手から放たれたらしい矢の雨が降る。
思わず、流れ矢を警戒してウィンドシールドを一瞬展開してしまう。
結果的には流れ矢は飛んでこないまま、お互いの部隊に降り注ぐ。
上空では不自然な軌道で逸れる矢や、突然燃える矢などが出て半数以上が無力化され、残る矢も盾で受けられているようだ。
奥までは見えないので、手前の様子だけだが。
それだけダメージが軽減されても、不幸にも矢が刺さって転倒する奴が目に入る。
粗末な装備に、小さな盾しかないやつだ。
こういう粗末な装備のやつは、川の近くに多い気がする。
より奥の方には、フルアーマーのガチガチの装備の奴が多い。
ここからは見え辛いが逆に川原から最も遠い方も粗末な装備なのかもしれない。
主力を真ん中に集めて、両翼には軽歩兵を置く。別に戦術に詳しいわけではないが、ありそうだ。
「おおっ」
「ブレファスの呪い火だ!」
右側の、後から着いた連中が盛り上がった。
ブレファス家がいる方向を見ると、何やら大きな火の玉がゆらゆらしながらオークリン家の部隊に向かって飛んでいる。
えらく遅いが、オークリン側の魔法やスキルで攻撃されても止まる様子がない。
同じような火の玉が、奥の方でももう1個飛んでいるようだ。
「ブレファスの呪い火」はオークリン家の先陣のあたりまで到達すると、その場でいくつもの火の玉に分裂して横陣の方向に降り注いだ。
まだ先陣同士は乱闘を演じているし、矢の応酬は続いているし、変な火の玉は破裂するし。
戦場は混沌としていて、さまざまな音が何だか分からない判別不能な雑音となって対岸まで届いて聞こえている。
手前の部隊の叫んでいることを聞いてみようとして集中するが、ほとんどは判別できない叫びとなって分からない。
それでも「熱い!」と切羽詰まった叫び声や、「盾を落とすな!」と叫ぶ声が辛うじて聞き取れた。
バチッ バチッ
何かが弾けるような音がして、紫の電流が流れる。
今度はオークリン家の陣から、ブレファス家の陣への攻撃のようだ。
「雷の戦術魔法か、渋いわぁ」
「効果が微妙ではないか? 呪い火と比べると……」
右の連中が話していることを盗み聞きする。
こいつらは、こういう会戦に詳しい感じがする。
「だな、まあ普通の火魔法を使っても格好が付かないだろ」
「違う種類だから引き分けってか? 天下のオークリンの名が泣くわ」
「魔法はショボいらしいじゃねぇか、昔から」
「そうなので? おっ、出たな」
何かが出たらしい。
混沌とする戦場を見渡しながら「何か」を探すと、乱戦を続ける先陣を切り裂くように突っ込んでいく一団が見える。
ラプトルのような馬に騎乗した一団、オークリン家の切り札らしい騎兵部隊だ。
ラプトルたちは、敵の正面、真ん中に突撃している。まさかの正面突破だ。
対するブレファス家は大盾と槍を持った兵を押し出して、防御姿勢を取る。
激突から一瞬置いて、鈍い音がして、金属鎧を着た重装のブレファスの戦士が宙を飛んだのが見える。
それを合図にするかのように、オークリン家の横陣全体が矢の攻撃を止め、喊声とともに突撃を開始する。
歩いての前進ではない、明らかに全力で駆け出している。整列した部隊が、一斉に駆け出すのはなかなかの迫力。少し遅れて届く喊声の音の嵐に、頭がくらくらとして地が曲がる。
最前線で乱戦して頑張っていた連中、味方に轢き殺されそうだな……。
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