第308話 盾使い
目的地への到着目前で、通行料を要求してくる賊に足止めされた。
適当に話をつなぎながら、待機組に合図を送ったが、ちゃんと意図を酌んでくれたようだ。
赤い紙で示した場所に隠れていた敵は、サーシャの矢とキスティの戦槌の餌食となった。
交渉を担当していた敵のリーダーっぽい男の額にもサーシャの射撃が命中したが、倒しきることはできなかった。が、追撃したルキは盾で敵の股間を潰すように攻撃していた。
急所は防具で守っているだろうが、それでもタマひゅんしてしまうようなルキの一撃だ。
何せ、重量感のあるルキの大盾の重量が乗っていて、しかも盾を地面に固定するための突起部分を、「スタンプ」のスキル付きで叩きつけられたのだ。
防具もろとも急所が破壊されていてもおかしくない威力。
果たしてそうなったのか、あるいはそうなる恐怖に負けたのか、偉そうに交渉していた男は泡を吹いて倒れてしまった。
……泡吹いてるし、破壊された可能性が高いか。
残りの通せんぼメンバーのうち、2人はラーヴァストライクが直撃して悲鳴を上げている。
他はダメージを受けつつも戦闘不能になるほどではなさそうだが、完全に浮足立っている。
そこに突進していくルキ。
そちらに気を取られている奴を横から、魔剣術で派手に斬り飛ばす。
「う、うわああ!」
左右にいた人間族の男2人が、ようやく事態を吞み込んで剣と槍を向けてくる。
その横合いから、狼面の戦士が長剣で右の奴を袈裟切りにした。
「あんたも来たのか、スノウ」
「無茶するねえ、ヨーヨー」
少し後ろにいた弓持ちの奴が、スノウに矢を放つ。
ひやりとしたが、スノウは難なく剣でそれを弾く。
「うっとおしい!」
スノウは下に落ちていた石を拾い、弓使いに投げる。
弓使いが防御姿勢を取ったところで、俺が身体強化でダッシュして距離を詰める。
なお短剣を掴んで抵抗しようとしたが、剣先からの魔力の奔流を避けきれずに直撃し、血が噴き出た。
「ぐあ……やられるときは、こんなもんかよ……」
弓使いが何やら呟き、崩れ落ちる。
「なかなか良いコンビじゃないの、俺たち」
「言っとけ」
スノウは長剣を振り回しながら、奥の1人に向かっていく。
気配探知をしながらそれを少し観察する。
長剣を振り回しつつも、流れるように攻撃・防御を切り替えるスノウの剣術。円を描くような剣の動き。
身体強化を使って多少強引に剣を振る俺と違って、徹底的に長剣の重量と遠心力に逆らわず、それを利用するような動きに見える。
と、気配探知に反応があった。奥の物陰から、何人かがこちらに矢を放とうとしている。
後ろにも増援がいたか。
数の差は、倍どころじゃなかったかもな。
そちらに向かってダッシュしながら、ウィンドシールドを広く展開して矢を逸らす。
広くした分威力が足りないが、何とか逸れてくれた。
「ルキ、スノウを援護しろ」
言いながら、ラーヴァボールを弓持ちの敵の方に投げておく。
適当に投げたので当たらないだろうが、けん制になるはず。
初手でラーヴァストライクを見せていると、ラーヴァボールがけん制として使いやすい。
「放てっ!」
後ろから声がして、いくつもの矢とスキルが敵に向かっていく。
商会の護衛達がやっと態勢を整えたらしい。
遅いぞ、と言いたいところだが、いきなり奇襲しはじめたのは俺だから、加勢が間に合っただけありがたい。
「伏兵もいるぞ、しらみつぶしにしろ!」
後退する敵の集団と、それを追うこちら。
その流れに逆らい、1人の重装備の敵が姿を現す。
全身を覆う重厚な鎧を着込んで、ずんぐりしたフォルムになっている。
そのずんぐりフォルムのやつは大盾を構え、力場を発生させて後退する敵に浴びせられる矢やスキルを防いだ。
ルキのような防御スキルを持ってると。
「観光気分でこんなとこにノコノコ付いてくる連中が、図に乗るな」
ハスキーで、中性的な声をこちらに浴びせてきた。
人間族だとしたら、女性かもしれないが……まあどうでもいいか。
大盾を振り回している姿とギャップはあるが、ウチでも一番の力持ちはキスティなわけだし。男だから、女だからと言っていられる世界ではない。
「こんなところで盗賊まがいのことをしている連中が言うことかよ?」
周囲の気配を探りながら、言葉を返してやる。
「だから下らん小遣い稼ぎは止めろと言ったのだ……それにしても、ロクに交渉もせずに斬りかかる連中に言われたくはないな」
「賊行為は本意ではないとでも?」
「少なくとも自分の意に沿う行いではない」
「じゃあ止めろよ。連中、個人傭兵相手に金貨まで要求してたんだぞ」
「大方、交渉のつもりだったのだろう。真に受ける奴がいるか」
「勝手なこと言いやがって……」
「そもそも、この先はブレファス公の施政権が及ぶ土地だ。仮に違法行為があったとて、いかなる権限でそれを追及しているというのだ?」
「何?」
ブレファス家というのは、これから戦をする勢力の片割れだったはず。
戦場に近づいているのだから、その勢力圏に入っていくというのは当たり前の話かもしれないが……。
どう反応すべきか、返答に迷った俺の代わりに声を発したのは、後ろから追い付いてきたスノウだった。
「推察するに、お前らはブレファス家に雇われた私兵……いや、戦場付近の露払いを依頼された傭兵団ってところかな」
「……」
「仮にブレファス家の領地に近付いていたとして。領境付近、それも観戦官の近くで無法を働くような連中は、ブレファス家も切り捨てるだろう。その脅しはちょっと無理があるね」
「……」
「だんまりか。ヨーヨー、こいつの狙いは明白だぞ。仲間が逃げるだけの時間を稼ごうとしている。それだけだ」
「ここは通さん」
「その意気や、良し」
スノウは長剣を回し振って、斬り下ろすような攻撃を繰り出した。
それを盾を構えて受け止める敵。
敵の方が少し押され、後ずさりする。
が、次の瞬間盾から弾かれるように、スノウが後ろに吹っ飛ぶ。
盾で押し返しただけにしては、不自然な挙動。何かのスキルか。
俺の後ろから飛んでいく、いくつかの矢。
それを盾を器用に回しながら受ける敵。
途中で盾を振るようにすると、周囲の土が巻きあがる。
盾から、衝撃波のようなものが出ているのか。
近づくのは怖い。サテライトマジックで火球を並べ、コースを少しずつ変えながら敵に放っていく。
敵がこちらに意識を向けてくるが、間にルキが入って敵の進路を塞ぐ。
体当たりするようにしてルキの大盾に敵の盾がぶつかるが、ルキは辛うじて踏みとどまる。
押し返せてはいないが、十分だ。
ルキと押し合っている横から、剣を振り魔力の奔流が敵を襲う。
敵は片手を盾から離してこちらに手のひらを向ける。すると、魔力の奔流の一部が何かに阻まれて、その一部が跳ね返るようにこちらに戻ってくる。
咄嗟に飛び退いてそれを躱す。
少し距離を置くように動くと、ルキも力負けをして後ろに下がる。
右の敵を一掃したらしいキスティが近くまで来ていた。ルキとバトンタッチするように前に出ると、手にした槍を突くのではなく、投げた。
これは予想外だったのか、反応が遅れて右足に槍が刺さる。
体勢が崩れたところに、俺の魔法と、味方の矢やスキルが降り注ぐ。
透明の力場を発生させるスキルを展開する敵だが、多くの攻撃を受け、一部の攻撃は貫通する。それでも分厚い鎧が攻撃を弾くが、いくつかの攻撃は隙間に当たり、確実にダメージを与えていく。
「ふうっ、ふう……」
敵は息も荒く、辛うじて立っているようだ。
いくら防御したところで、反撃の手段が乏しく、ジリ貧であることは明白だ。
「ジリ貧だぞ。降参しろ」
「ふう、ふう……断る」
言葉を交わす間にも、次々に攻撃が当たっていく。
「あの連中が、命を懸けて護る価値があるのか?」
独り言のつもりだったが、それどころではないはずの敵は律儀にそれに反応した。
「価値などなくとも……うぐっ……それでも、護る」
「……そうか」
懐に飛び込み、魔剣術を発動。
魔力の奔流を浴びせる。
それに反応し、俺の方向に防御スキルを発動する敵。
「やれ。頭を潰せ」
「うがあああ!!!」
俺が斬りかかったのとは丁度逆の方向から、キスティがハンマーを振り抜く。
ゴシャッと鈍い音とともに、これまで多くの攻撃を受け止めてきた敵が、吹っ飛ばされ、倒れた。
鎧の隙間にはいくつも矢が突き立っており、右足にはキスティの投げた槍が刺さっている。
その姿を見て、何となく武蔵坊弁慶を連想した。
こいつの相手をしているうちに、残党はすっかり散り散りになって逃げてしまった。
これから追いかけるのは難しいし、自らを犠牲にして殿を務めた盾使いに、敬意を表したいような気持ちもある。
何度も剣先で突いて確認してみながら、倒れた盾使いのヘルメットを外すと、白目を剥いて息絶えている、黒肌の女性。
年はそれなりにいっていそうで、ベテランといった風情だ。
「何とも勿体ないね」
最初に吹っ飛ばされていたスノウがひょっこりと顔を見せる。
「無事だったか」
「まあ、何とかね……」
「それで、何が勿体ないって?」
「こんな勇猛な戦士が、こんな下らないところで、ね。人類の損失ってやつじゃないかい」
「誰もが人類のために生きているわけでもあるまい。何に命を懸けるかは、ヒトそれぞれだ」
「そりゃあ、そうなんだろうね」
スノウは狼顔を包むヘルメットを外し、悲しそうな表情で盾使いの亡骸に祈りを捧げた。
「戦士の御霊よ、神の御許にて再び相まみえんことを……」
雲一つなく遮るもののない晴天に、祈りはむなしく響いた。
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