第307話 猫ちゃん
戦場に観戦に行く途上、前を進む一行が亜人の襲撃を受けた。
俺たちは護衛契約を結んでいないし、配置も後方だ。すぐすぐ戦闘に巻き込まれる感じではない。
念のため、後方にも気配探知を打っておくが、怪しい反応はない。
「どうするね?」
横のスノウがこちらをじっと見てくる。
「スノウはどうしたいんだ?」
「一人じゃ危険だし、別に助ける義理もない。まあ、ヨーヨーが戦うってんなら、それに乗ってもいいがね」
「……」
さて、どうするか。もう一度気配探知をしてみる。うむ。
「俺はちょっと出てくる。あんたは後方を守っといてくれ。キスティ、アカーネ! スノウと後方を守れ」
「おう!」「分かった」
「ドンをうまく使え。サーシャ、援護を頼む。ルキ、防御スキルに専念しろ」
「キュ」「はい」「了解」
装備を手早く確認して、ルキも準備できていることを確認する。
シャオがパタパタと飛んできて、ルキの肩に乗った。
「作戦は?」
ルキが横に並んで、そう囁いてくる。
「とりあえず、あの坊やのとこまで行って、防御スキルで保護する」
「それは問題ありません。しかし、手前にいる魔物が問題では?」
「ああ、ただ動きを見ていて、おそらく問題ない。ルキは亜人の攻撃に注意しといてくれ」
「了解しました」
「シャオ、亜人は色々投げてきてるらしい。不用意に飛ぶなよ」
「んにゃ!」
いざ飛び出そうという段になって、スノウが前に出る。
「なんだ?」
「いや。本当にヨーヨーたちだけで問題ないのか?」
「俺たちだけでは力不足ってか?」
「そうじゃないが。危険を冒してそれをやる理由はあるのか?」
「さてな。まあ今回は出来そうだからやる。あのオバさんが気落ちして、ツアー自体が中止になっても困るだろ」
「そうか。そうだな」
スノウは納得して道を開ける。
頼られなくて寂しかったのか?
「よし、今度こそ行くぞ」
「はい」
身体強化を掛けて、飛び出す。
最近では身体強化にも慣れてきて、スピードを出したいときに、足のどこをどう強化すればどの程度スピードが出せるのかも少しずつ分かるようになってきた。
ルキはもともと脚力が高いので、身体強化で走るスピードを強化した俺にも少し遅れる程度でついてこられる。
目指す場所はそう遠くないから、このまま突っ込めるはず。
次第に近づき、敵の姿もはっきり見えた。
やはり、こいつか。
敵に囲まれた偉そうな若者……レグナール婦人にはトラデウスとか呼ばれていたか。
落馬したトラデウスはどこか怪我をしたのか、尻餅をついたまま、上半身だけ起き上がっている。彼が乗ってきた馬は見えない。
周囲には下馬した護衛が3人。
丘の上から石やら木やらを投げてきている亜人の攻撃を、一塊になって盾を上に掲げて耐えている。
その横から、ノソノソと近づく魔物の姿。
ぐぐっと身体を縮めたあと、槍のように鋭く長い形状のものを打ち出す。
その横にいた別個体は、同じような動作の後、火を吐き出すようにして創り出した。
思わず、笑みがこぼれる。
対する護衛の鎧には、既に傷らしき汚れが多数ついてしまっている。
盾は若者を守るために上に掲げているため、近くの魔物の攻撃はノーガードで受けざるを得なかったのだろう。
「魔弾」
威力はないが、低威力の火弾を撃ち落とすくらいは出来る。
魔弾で火球の軌道に干渉しながら、一気に近づき、片手で剣を振る。
その魔物、懐かしのブラッドスライムは体液を噴き出しながら潰れる。
その隣の個体がこちらに狙いを定めるが、横ステップで動くと見当違いの方向に火球が飛ぶ。
「スタンプ」
後ろから追いついたルキが、火球を吐き終えた個体を盾で潰す。
トラデウス一行は、周囲のブラッドスライムを一掃する俺たちを見て、その隙にトラデウスを囲む陣形を作り直した。
「ルキ、防御スキルを。おい、無事か?」
「助かった! お前は……」
こちらに反応したのは老年の人間族。
おそらく、スノウに突っかかったトラデウスに注意していたやつだ。
「ヨーヨーだ。そっちの若様はうちの防御スキル持ちが護る。あんたらはどうする? 一緒に下がるか、亜人に行くか?」
「一人お供する。下がるのを手伝ってくれ」
「残りは攻撃か?」
「そうだ。あのうるさいアッスラムどもを黙らせねば、終わらん」
アッスラムって言うんだ、あの亜人。
そっちに向かっても良いが……あまり目立ちすぎるのもな。
契約もないやつに手柄取られたとかで、他の傭兵に睨まれたくもない。
「分かった、俺は周りのブラッドスライムを狩って後退を援護する」
「こやつらが、ブラッドスライムか……たしかに聞いた通りの魔物だ」
この老人にとっては、ブラッドスライムの方が初見らしい。
そういえば、スラーゲー以外では見てないかも。
「じい! 私もアッスラム狩りに出るぞ」
「馬鹿をお言いなさるな」
「このようなところで、少し転んだ程度で……」
「たわけ!」
「な、なんだと」
「聞き分けよ、若造めが。良いか? 負傷者を庇って戦うことがいかに難しいことか。学んではおらんのか?」
「そ、それは知っている」
「ならば黙って引くのみ。味方の足を引っ張る戦士なぞ、便所の紙より役に立たんわ!」
「……わ、分かった」
「さあ、肩をお貸ししますぞ。ヨーヨー殿が援護してくださる。礼を言わねば」
「……感謝する」
「ああ」
ほろ苦実戦デビューといったところだろうか。
ブラッドスライムって気付き辛いし、いきなり攻撃してくるしで地味に面倒くさいのよな。
よく馬車で事故を引き起こす原因になるとか聞いたが、騎兵にとっても同じく厄介なわけか。
ルキが防御スキルを展開すると、アッスラム攻撃に戻るらしい戦士2人は盾を手元に戻して立ち上がる。1人は槍、もう1人は長剣を持っている。
「あんたらはそのまま攻撃に移って大丈夫か? 馬はどうした」
「馬は後ろに逃した。我らのことは気にしないでくれ」
一人がそう言っているうちに、もう一人が近くのブラッドスライムを槍で突いてしとめる。
「分かった。ルキ、若様を抱えて下がれるか?」
「あいや、その役目はこのじじいが引き受けよう」
自らをじじいと言う老年戦士は、トラデウスを鎧ごと持ち上げ、お姫様抱っこの形で歩き出した。
見た目に似合わない怪力だ。
「ああ、1つだけ」
飛んでくる石を盾で弾きながら、長剣の方の戦士が言う。
「なんだ?」
「若様の馬も、怪我はしているようだがまだ無事のようだ。若様の移動に使えるかもしれん」
「分かるのか?」
「まあ、そういうスキルだ。もう行け、若様を頼んだぞ!」
「ああ」
若様、トラデウスは無事に護るはずだ。ルキが。
それにしても、馬の無事が分かるスキルとかあるのか。単なる気配探知ではなさそうだが……。
トラデウスを抱えるじいさんが下がるのに合わせて、周囲のブラッドスライムを狩っていく。
どいつもこいつも、ぐぐっと身体を縮こませて、一拍して火球を出すか槍のように身体の一部を伸ばしてくる。
実に懐かしい。
身体を縮こませてから攻撃までのタイミングは身体が覚えていた。
防御魔法を使えば無視しても良いレベルだが、何となく楽しくなってタイミングを合わせて叩く。
アッスラム側からの投擲攻撃は、後退し始めてから全然飛んでこなくなった。
攻撃組が頑張っているおかげで、こっちにちょっかいを出す余裕を失くしたか。
しばらく後退したところで、若様が指笛を鳴らし、その音に反応した早馬がひょっこり顔を見せた。
「よしよし、大きな怪我はないようだ。よしよし」
トラデウスは馬をなだめる。
足を庇いつつも、じいさんに手伝って貰いながら馬に跨がることができた。
「もうブラッドスライムも周囲にいないし、若様も自力で戻れそうだな。俺はここまでで良いか?」
「ああ、構わない。助かった」
「いや、旅は道連れってね」
せっかく仕事するなら、護衛の仕事を請けないのは勿体なかったのかも?
いや、こうして好き勝手に動いたり抜けたりできるのはフリーだからか。
アッスラムとやらは正規の護衛たちに任せて、俺はもうちょっとブラッドスライムと遊んでおこうかな。
しばらくルキとブラッドスライムを狩っていると、アッスラムは無事制圧されたようだった。
再び馬車列が前進するので、俺もその後ろに戻る。
「よお、お疲れ。どうだった?」
スノウは暇そうに警戒していて、俺が近付くとそう訊いてきた。
「若様は無事に返したぞ」
「お手柄じゃないか」
「ちょっと懐かしい相手が居てな、遊んできただけだ」
「なんだそりゃ。照れ隠しか?」
「いや、本心だが? 若様の方がオマケだ」
「……そうか」
スノウは難しい顔をして会話を止めた。
ツンデレだとでも思われたのだろうか、心外だぞ。
「サーシャ、襲ってきたのはアッスラムって亜人らしい。知っているか?」
「知能が高いと言われる亜人ですね。背は低く、戦闘能力自体は低いそうです」
「知能が高い? とすると……襲ってきた方向にブラッドスライムの群生地があったのは、マグレってわけでもなさそうだな」
「罠、ですか。あり得るかもしれません」
激昂して突撃してくる魔物と比べて、こういう知能の高い亜人は戦闘能力が低くても厄介だな。そういえばテーバ地方では、軍の部隊が亜人を相手に対人戦の訓練をしていたっけ。
その後は魔物の襲撃も散発的になり、一行は順調に戦場に向かった。
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野営地でもう1泊した後、いよいよ到着間近となったところで、出立した直後に一行が立ち止まり、前方が俄かに騒がしくなった。
また亜人の襲撃だろうか?
「スノウ、サーシャ、ここを任せて良いか? 前に様子見に行きたい」
「ああ、行ってこい。そもそも護衛でもないから、自由に動いて良いと思うけど?」
「それもそうか」
スノウに突っ込まれて納得する。
すっかり馬車の後ろを護ってしまっていたが、別にその必要性はないのだ。
ルキを連れて、前方に様子を見に行く。
馬車の前には武装した集団が立ち塞がって、何やらイオナと言い合いをしているようだ。
「観戦官の周囲での私闘は禁止されていますよ」
「ここはまだ、その範囲外だ。それに、俺たちは別に通るなと言っているわけじゃない、分かるだろう?」
「貴方がた、所属は?」
「俺たちゃしがない一般市民だぜ。昔からここを通るヒトにゃ、通行料を頂いてるんだ。別にあんたらだけに言っているわけじゃない」
「領主の許可のない通行料の徴収は違法行為ですよ」
「どこの何て決まりだ、そりゃあ? 学がない俺たちには分からなくてよ。もし不満なら、後で王都の裁判所にでも訴え出てくれや」
「どうしても通すことはできないと?」
「あんたの言うことが正しけりゃ、後でちゃんと返すさ。そうでないなら、俺たちの正当な権利だ。あんたがネコババするのを指を銜えて見ていろって?」
どうやら、通行料を請求されているらしい。
大商会がこの手の手続きを調査していないとも思えないし、おそらく難癖なのだろう。
が、どっちが正しいのかより、気になることがある。
「ちょっと良いか」
手を挙げて、話し合いに割り込む。
「あん? なんだ、あんた? こっちのデブちゃんが責任者じゃなかったのか?」
「俺は別口だ。俺はこいつらの護衛じゃない。通って良いか?」
「ほう。残念ながら、別口ならあんたらも同じ額を支払って貰わないと、通せないんでね」
「……」
藪蛇だったか。
まあ、どっちにしろ話し合いは平行線のようだったし。
「おう、後ろの姉ちゃんは獣耳族のべっぴんさんだな? あんたらにはそうだな、その姉ちゃんを貸してくれや」
なんか、久しぶりにこういう清々しい奴に出会ったかもしれない。
実力が物を言う世界だ、こういう輩は一定程度いるのだろう。
「少し時間をくれ」
輩にタイムを告げて、商会員のイオナと内緒話をする。
「話に横入りしてすまなかったな」
「いえ」
「で、この要求を呑むつもりか?」
「まさか! ……しかし、後ろのお客様の安全を考えると悩ましい」
「なるほど。あいつらがやってることは違法なんだよな?」
「まず間違いない」
「なら、排除するか。適当に話を合わせてくれ」
「何をするつもりだ?」
「どうせやるなら、先手必勝ってな」
こういうセリフを言うやつは、たいがい負けている気もするが。
賊の方に再度近付き、懐から財布を出して見せる。
「商会には金を要求したんだろう? いくらだ?」
「たったの金貨1枚だよ」
「金貨1枚? 俺たちも同じ額を支払えと?」
商会なら払う金額かもしれないが、個人に請求する額じゃないだろう。
「悪いが例外はなくてね。それがいやなら、後ろの……」
「手合わせをしないか?」
「何?」
「あんたらが勝てば、金貨1枚くれてやろう」
「……何?」
「俺たちが勝てば、今回は通行料は諦めてくれ」
「金貨を持ち歩いてるのか、兄ちゃん? 不用心だねぇ」
「町に帰って工面するってだけだ。シャオ、頼めるか」
「んなーおっ!」
ルキに付いてきたシャオに合図して足に赤い紙を結いつけると、馬車の後ろに飛んでいく。
「あの猫ちゃんはなんだ?」
「仲間に集まるように伝えてもらうだけだ」
「仲間だと? あんたら、全部で何人だ?」
「5人くらいだ」
「こっちはその倍以上はいる。随分な自信家だな?」
「ただ金を払うのは悔しいしな。負けたら納得して払ってやるさ」
「こっちが付き合う義理はないんだがな? ここで身ぐるみ剝がしても……」
「そうなったら、お互い無事じゃ済まないんだろう? 今回の戦と同じさ。ルールに則ってやった方がスマートだと思わないか」
「……ふん」
賊は、話をしているリーダーらしい人間族の男と、その周囲に……見える限りで7人か。
前方に8人が並んで通せんぼしている。
他にも隠れている連中がいるのだろう、左右の木の陰に2~3人ずつが隠れているのは気配探知できている。
「今手持ちの銀貨は……13枚か。一応聞いておくが、これじゃ足りないんだよな?」
「当たり前だ。後ろの女を置いていけば、銀貨10枚程度にまけてやっても良いんだぜ?」
適当な会話をしてつなぐ。
こいつ、随分ルキが気に入ったようだ。
ルキは無表情のままだが、口を堅く結んでいる。ウサミミは直角に曲げて相手に向けて突き出している。
最近俺にも少し分かるようになっているが、これは相当おかんむりだ。
赤い紙を結いつけるのを見たので、意図は察していると思うが。
「な、お前らなんっ!」
「ぎゃー! 腕、俺の腕ぇ!」
しばらくして、右手から悲鳴が聞こえた。
その声に聞き覚えがあったのか、目の前にいる賊の頭が怪訝な顔をした。
「なんだ、魔物か?」
「そんなところだろう」
「あ? お前……お前っ!」
馬車の上から、矢が飛んできて男の額にヒットする。
男は後ろに後ずさりするが、貫通はしなかったようだ。良い防具なのか、あるいはステータス補正か。どちらにせよ、単なる雑魚ではなかったか。
「イオナ、お前らも手を貸せっ!」
そう言い捨て、魔法を発動する。
一列に並んだ8人の中央に向かって、練りに練ったラーヴァストライクが炸裂して降り注ぐ。
「死ね」
あっけに取られる敵の前に躍り出たルキが、尖った盾の先を頭っぽい男の股間に叩き下ろした。
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