第305話 神妙
出発の日、待機していると偉そうなやつに絡まれた。
スノウは立ち上がると、軽くお辞儀して馬に乗った若者に相対する。
「失礼、いささか周りが騒がしくて。何かご用でしょうか?」
「そなた、種族は?」
「さて、司祭様からは白狼族と言われましたが」
「やはりか。エメルトの犬がここで何をしている?」
「誤解ですね、北にいる同族とは関わりがありません」
驚いた、この狼顔のおっさん、丁寧な応対もできるらしい。
「どうだかな。白狼は血を好むのだろう? だから観戦に参加したか?」
「若。種族のことを悪し様に言うことははしたないですぞ」
嫌味らしきことを言う若者は、同じく早馬に乗った老年の人間族に嗜められた。
「……。それで? 護衛だと言うに、そのたるんだ様はなんだ。地に這いつくばり、草を弄んでいるように見えたが?」
「誤解ですね、若様。そもそも我々は護衛ではないのですから」
「何?」
「聞かれてはおりませんか? 同行するが、護衛には入らない。そういう立場の者がいると」
「特別なことは聞いてないぞ。護衛される側ということか?」
「いいえ。我らを護衛する必要はありません。まあ、たまたま同じ場所に行くだけのものとご理解くださいな」
「チッ。同行するだけにしろ、これから外に出るのだぞ。そのように呆けていて、魔物に食われても、助けてもらえると思うでないぞ」
「肝に銘じます」
若様は決まりが悪そうに捨て台詞を吐いて、踵を返した。
後ろにいた年配のお付きの者がこちらに軽く会釈をし、彼の後を追う。
スノウはそれを興味なさげに見送っている。
「慣れたもんだな?」
「まあね。あの手のは、よく相手にしていたから」
「あの手のって、偉そうな子どもか?」
「ああ、まあね。家柄とか地位とか、そういうのを自分の力だと思ってる連中さ。ま、あれくらいのはまだ可愛げがあるよね」
「そうか?」
可愛いとは思えなかったが。
まあ、別にムカつくほどでもなかった。
「孤児院で育つと、色々言われる機会が多くってね。昔はよく無茶なことを言われたもんさ」
「苦労してんな」
「君は孤児ってわけじゃなさそうだねえ。魔道具も色々持ってるみたいだし、案外どっかの商会の御曹司だったり?」
「……さあな」
「秘密かあ。なんか訳ありっぽいねえ」
「想像に任せる」
「じゃあ想像しとくか! そうだなあ、異世界から送り込まれた魔王の手下とか」
スノウは愉快そうに笑う。
魔王とかじゃないが、ちょっと近いかもな……。
あの白ガキ、邪神説を唱えている転移者もいるらしいし。
「よく分かったな」
「おいおい」
「くだらないこと言ってないで、そろそろ出るらしいぞ」
馬車にはそれぞれ偉そうなヒトたちが乗り込み、今にも出発しそうだ。
乗り込んだのは子どもや、戦士に見えない華奢な男女が多い。
「本当に娯楽なんだな、観戦が」
「まあそうとも言える」
スノウは微妙な言い方をした。
「そうとも言える? それ以外に、なんなんだ?」
「少し頭を使ってみなよ、ヨーヨー。ヒントだけ出してあげると、戦を一番現地で見たいのはだーれだ?」
「む?」
誰だろう。
考える間もなく、一団が移動をはじめた。
さて、行くか。
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前のツアー一行は馬車を一列に縦に並べて、その合間に乗馬組をセットして進んでいるようだ。
その周辺には護衛がセットされている。が、明らかに後ろが薄い。
これ、俺たちが護衛としてカウントされてないか?
「アテにされてるっぽいねえ」
スノウも同意する。
馬車がいるとは言え、護衛は徒歩だし、動きはゆっくりだ。
俺たちも早歩きくらいで普通についていける。
結果として後ろに付いている俺たちが後方の護衛をしているような形になる。
「俺たちが勝手に離れたらどうするつもりなんだろうな?」
「戦場に着くまでは黙っていても付いてくるだろうって思われてるんだろうねえ。うんうん、あの姉さん、意外としたたかだねえ」
ふくよかなトカゲ顔の、イオナとかいう商会員のことだろう。
いや、付いてくるのはそうだとしても、能力的に不安とかないのだろうか。
模擬戦で何となく分かったから良いってことだろうか。
「まあ、前にいるよりかはずっと安全だ。後ろを守るくらいは最低限やってやるか」
「それより、左右の配置がどうなんだろうねぇ。あの坊やが右翼を護ってるよ?」
「ん? あいつも護衛だったのか」
「さあ、そうは見えなかったけど」
左翼後方は先ほども見かけた、臨時雇われっぽい傭兵が護っている。
その前には専属護衛っぽい奴等がにらみを利かせている。
それに対して、右翼後方は先ほどの偉そうな少年とお付きの者たちが騎乗したまま護っているようだ。右翼前方にはまた別の隊がいるのだろうが、ここから見える範囲には確認できない。
馬車の上にもいくらか人員が配置されているが、それでも数える程度だ。
もし右から敵襲があれば、少年の部隊が中心となって戦うことになるだろう。
「良く知らんが、良いとこの子どもなんだろう? 戦士家のヒトだとしたら、俺たちよりよっぽど頼りになるんじゃないのか」
「……ヨーヨーちゃん、それ本気で言ってそうね」
「ちゃんは止めろ」
スノウは俺の見解を、肯定も否定もしなかった。
スノウから見ると、あの坊ちゃんとお付きの連中は頼りないように感じるのだろうか。
大所帯で移動すると良くも悪くも目立つ。
ヒトの群れを見て突撃してくる魔物はやはり出てきてしまう。
それも、警戒部隊に発見されて、事前に排除しているようだったが、たまにすり抜けて近くまで接近を許してしまうことがある。
とはいえ、この辺りに出るのはゴブリンとか、小型の魔物ばかりだ。
スノウが心配していた右翼も安定して機能しているようで、魔物を目視で確認すると少年が号令を掛け、騎乗したまま突撃して戦果を挙げていた。
俺と言えば、一度はぐれ個体のゴブリンが近寄ってきたときに、魔法で吹き飛ばしたくらいだった。
一日目は街道を北西に移動して無事終了し、草原で野営に入った。
「全然俺たちの出番はないな」
スノウが背負ってきた臨時テントを建てながら、あくびが出る。
スノウと俺たちで別々に用意したが、どちらもスノウに背負わせているため大変楽だ。
「なに、戦いたいの? ヨーヨー」
スノウは杭を地面に打ち付けながら、俺のぼやきに反応した。
「いや、そういうわけでもないが」
「しかし、ヨーヨーが『魔法使い』……いや『魔剣士』かな? 魔法を使うとはね」
「別に珍しくもないだろう」
「いや、女性を引き連れてフラフラしてる傭兵にしては珍しいだろ」
「そうか?」
「どっかの貴族崩れとか言わないだろうね?」
「違うわ」
「違うの? でも、なーんか秘密持ってそうだねえ」
「ない。詮索するな、鬱陶しいぞ」
「こりゃ失礼」
スノウはテントを張り終えて、どっかりと座り込む。
「にしても、ヨーヨーたちって不思議だね〜。ヨーヨーのワンマンかと思ったけど、結構他のメンバーも好き勝手にしてるし」
着くやいなや、アカーネは勝手に店を広げて魔道具をいじり出すし、サーシャは「テントはお願いします」とこっちに丸投げして、夕飯作りを始めた。
「ギキュ」
ふらふらと寄ってきたドンは、スノウの一人用テントに入り込んで占拠してしまった。
「ああっ、俺のテント!」
「まあまあ。夜には起きるから、今は貸してやってくれ」
「えーっ。首輪もないし、賢獣か?」
「ああ、あれで役に立つ」
「マジ? あれで戦えるの?」
「いや、そういうことじゃなくてな。まあ……可愛いだろ」
危険察知が便利で……と言おうとしてやめた。
こいつが裏切ってドンを攫ったりされても嫌だ。
ドンは可愛いペット枠ということにしておこう。
「えーそう? 人間族って、あーゆーの好きだよね」
スノウにはドンの可愛さは通じなかったらしい。
「スノウは、ペットを飼うとしたら何が良いんだ?」
「うん? トカゲとかかね。あっ、ドラゴン!」
「ドラゴンってペット枠なのか……?」
「まあ、ドラゴンって言っても色々だけどさ。移動用の陸竜とか、めっちゃ懐いて可愛いんだぜ?」
「ああ、たしかに」
俺もサラーフィー王国では一時、竜に乗っていたっけ。あー、表向きの家もできたし、移動用の馬とか竜とか飼うのも悪くないな。
「主、それにスノウ殿。何やら……何やら来ているぞ」
見張りを買って出たはずのキスティが、俺とスノウを呼びに来る。
「ん?」
「今はルキが対応しているが、その……高貴そうなご婦人でな」
「は? 高貴?」
とりあえずルキのところに行くか。
「お初にお目にかかります」
「は、これは。はじめまして?」
「時に、お隣にいる方がスノウ殿かしら?」
俺のぎこちない挨拶をスルーして、ご婦人が興味を示したのはスノウの方だった。
何やら高貴そうというキスティの言う通り、さりげなく高級そうな装飾品をまとい、たおやかな動作でやり取りする女性。
年は若そうだが大人で、長い青髪を腰まで垂らしている。
服装は戦闘には向かないだろうロングドレスで、後ろには屈強な護衛らしきお付きのヒトを3人ほど連れている。
「ええ、私がスノウですが」
「この度は息子が大変失礼したと聞きました。息子に代わってお詫びを申します」
女性は深々とお辞儀をした。
そのままなかなか頭を上げないので、スノウも少し困ったようだった。
「もう大丈夫ですよ、ご婦人。失礼ながら、お名前を存じ上げないのですが」
「これは重ねて失礼を。わたくしはレグナール……と申します」
「レグナール様。息子様というのは、今右翼の護衛を努めていらっしゃる戦士のことでしょうか?」
「戦士、などと……トラ、トラデウスはまだ幼く、戦士とは言えぬのです。世の理もまだ理解できていない有様で、スノウ殿にご迷惑を掛けてしまいました」
レグナールは少し頭を上げて、そしてまた深く頭を下げてしまった。
「あー、本当にお気になさらず。白狼族は珍しい人種ですから、こういった誤解も少なくはないのです」
「本当に申し訳ございません。あの子は今、気が立っているのです。不安なのでしょう……」
スノウはやっと頭を上げたレグナールの嘆きへの返答に困ったのか、俺の方を見た。
俺は力強く頷いておく。よく分からないし。
「ええと……レグナール様のお身内はもしや、この度の戦に?」
「ええ、参加しております」
「そうでしたか。ご子息が不安になられる気持ちも良く分かります」
「はい、ありがとうございます……」
レグナールは最後にもう一度頭を下げてから、姿勢を戻した。
スノウは明らかにほっとした表情を見せる。
「このところはずっと、平穏だったのです。ブレファス家に縁のある方とも、親交があったほどです。それが急にこのような……」
しかし、レグナールは神妙な顔をしたまま、今度は自分たちの近況を嘆きはじめた。
分かった。
このヒト、スノウに謝りに来たのもあったのだろうが。
ついでにお喋りの相手を探してたんだな。
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