第304話 観戦官
戦争観戦ツアーに同行することにした。
キスティが白狼族と模擬戦をして、危ないシーンがありつつも勝利した。
「それにしても、なんだって護衛契約を拒否するんだ? ヨーヨー」
「それより、なんだってお前はここに居るんだ?」
白狼族、またの名を人狼族という種族らしいスノウとかいう薄汚れたおっさんは、模擬戦の次の日に宿の食堂でのんびり飯を食っていた俺たちに当たり前のように同席してきた。
こいつは勝手に酒を盗み飲んで叱られていたようなやつだ、新たな金づるとして認定されたわけではないことを祈る。
「まあまあ、いいじゃないか。これから一緒に旅をする仲間じゃあないか」
「単に同じ場所に行くってだけだろう。別につるむ気はないぞ」
「つれない、実につれないねぇ。行く先々で友情を育むのも旅の醍醐味だろう?」
「知ってるか? 友情ってのは、お互いに好ましく思っている者同士に生まれるんだぞ」
「何? ヨーヨーは俺のことを好ましく思っていないと?」
「当たり前だろう」
おっさん。訳アリっぽい。浮浪者っぽい。汚い。おっさん。
どこに仲良くなりたい要素があるのだ。
「そりゃあ困る。せっかく強そうな奴が一緒に行くというんだ、是非とも仲良くしてくれないと」
「つまり、何かあったとき助けろと?」
「平たく言うと、そうだな。白狼族ってのは珍しい種族なんだぞ? 絶滅危惧種を保護すると思って」
「種族差別は良くないな」
「希少種族の保護は差別ではないよ、ね? お嬢さん、君たちのリーダーは頭が固いと思うよね? キスティちゃん、どう?」
スノウは黙々と食事を進めているサーシャに話しかけたが、無視されてキスティに話を振り直した。
「スノウ殿だったか、手合わせした感じでは、貴方もそれなりに腕が立つだろう? 自分の身くらいは護れるだろう」
「冷たいなぁ~、キスティちゃん! 1人より2人、2人より3人ってもんだよ。どんな達人でも、100人の賊に襲われたらどうしようもないでしょ?」
「なら護衛でも雇ったらどうだ」
「そんな金があったらそうしてるよぉ、キスティちゃん!」
情けない口調で言うスノウ。
しかし、金がないか。なら、パーティとか組まないのかね。
「パーティは組まないのか?」
「んー、パーティって他のヒトに合わせなきゃいけないでしょ? おっさんには荷が重くてね」
ダメ人間じゃねぇか。
いや、これは俺に跳ね返ってきそうだ。考えないようにしよう。
「それで? ヨーヨーたちは、なんだって護衛契約を拒否するんだ?」
「……そうだな、一言で言えば、面倒が嫌いだからだ。こっちは戦を見てみたいってだけなのに、そこに足手まといを護る義務まで生じたら何が起こるか分からない。それに、途中で飽きて抜けたくなっても、勝手に帰れない」
「ふ~む。金には困ってないってのか?」
「どっちにしろ今回の話は、ツアー料金と相殺されるって話だっただろう? むしろ赤字になるかもしれないじゃないか」
「そこそこ腕があるパーティなら、そうはならないだろうさ。それこそ色々条件をつけるとか、交渉するのは可能だろうよ」
「まあ、そこまでしてはした金に興味がないってことだ。それで? そっちはどうなんだよ」
「俺か? 俺は、護衛依頼は基本受けないんだ」
「なんでだ?」
「護衛対象とモメたら、地獄だからさ。それこそ、契約違反で神罰なんて受けるのもバカらしいし」
「……それで金欠なのか?」
スノウは狼顔の大きな口を歪めて、にいっと笑う。
「やっとこ、おっさんに興味出てきたカナ? ヨーヨーちゃん」
「ちゃん付けはよせ」
「かっかっか。分かったよ、ヨーヨー。まあ、金欠なのはそうだろうなぁ~。魔物の素材だけ売って暮らすってのも、旅暮らしには厳しいもんよ。特にこの国は魔物にすら出会わない平和な所が多すぎてなぁ~」
「キュレスの出じゃないのか」
「おっと、口が滑ったぜ」
「北の国、エメルト王国だっけか? そこから移住してきたのか」
「まあ出身は色々あって転々としてたんだが、元々はサラーフィー王国で生まれてねぇ。行ったことあるか? 砂漠と荒野の国」
「……いや」
「そうかい? この国じゃイマイチ評判は宜しくないが、あれはあれで良い場所なんだ。色々ユルくてさ」
「白狼族ってのはエメルト王国にいるんだろう? なんだって砂漠で生まれたんだ?」
ちょっと個人的なことを訊きすぎている気がするが、まあおっさんが相手だから良いだろう。別に隠してくれても問題ないし。
「白狼族はエメルト王国の一族が有名ってだけで、別に他の場所にいないわけじゃないぜ。サラーフィー王国にも少数の白狼族がいる」
「へぇ」
「まあ、俺は捨て子だからな。サラーフィーの白狼族とも親交が深いわけじゃないが」
「……」
別にそこまで話せと言っているわけではないのに、ペラペラと地雷を投げ込んで来るな、このおっさん。
「いや、別に気まずくなんなくて良いよ? 捨て子なんて珍しい話でもないでしょ」
「まあ、そうか」
一生、自分の町の壁外にも出ない者が多いこの世界だ。
親の持つ食い扶持で支えられない子どもは、きっと見えないところで口減らしをされているのだろう。
年少者には期間奴隷が多いという話は、前にサーシャから聞いたことがある。
何でも、未成年が親に売られる場合は無期限奴隷は規制されていて、期限付き奴隷として良く働けば市民になれる道が残されているのだとか。
人道的なのか、末期的なのか分からない話だ。
「俺は教会に拾われたからな。運が良かったわけよ」
「教会か。やはり、孤児院とかは教会が運営しているのか?」
「場所によるでしょ、そりゃあ。でもそうだなあ、教会が主体になってたり、名前を貸していたりする例は多いかなあ。神殿が小姓として召し抱えてて、事実上の孤児院みたいになっている所も多いって聞くけど、本当かは分からないねえ」
「そうか。教会に育てられて、酒を盗み飲む大人になるとは。神も嘆かれているだろうな」
「神は酒を愛することを禁じてはいないからね」
「……」
まあ、教義とか詳しいところは知らないので、何とも言えないが。
他人の物は盗んではいけない、というくらいはどこかの聖典なり教義なりにだいたい書いてあるものだと思っていたのだが。
「ヨーヨーは何かの神を信奉してたりするのかい? この国じゃ、それぞれ好きな神を選んで信奉するのだろう?」
「まあ、戦神かな」
傭兵っぽい神を答えておく。
魔法を多用しているから、あえて今から選ぶなら魔神もいいな。
「ほぉぉう。戦神ズル様か」
スノウはじっと俺の顔を見る。
「なんだ?」
「いや。この国じゃ、流民も戦神を奉じるんだな」
「他所じゃ違うのか?」
「俺のいた地元じゃ、もうちょっと厳格でね。特に戦神は戦士の神だから、傭兵が勝手に奉じていいもんじゃなかったね」
「なんだそりゃ。神にヒトの世の事情を押し付けてどうする」
信じることが支配階級の特権か。
ちょっと想像が付かないが、神の恩恵であるステータスとか、神罰とかが実際にある世界だ。
地球世界とは神に対する心構えが違うのかもしれない。いや、ユダヤ教とかは信徒を制限してたんだっけ? そういうのに近いのかね。
「この国のヒトから見りゃ、そうなんだろうなあ」
「で? そういうおっさんは、何か神を奉じてるのか?」
「うーん、この国のヒトの感覚とは違う気がするけどね……まあ、強いて言うならトッソー様だな」
「トッソー、は……なんだっけ」
「おいおい。大地と豊穣の神、トッソー様だよ」
「へえ」
「好かれてんのは、クラス様のような気がするけど」
クラス様はなんだっけ。
まあいいか。
「トッソー様が好きなのか。なんでだ?」
「深い意味はないけど。豊穣の神様だよ? ここの美味しいご飯もトッソー様のおかげってね」
「教会じゃ、食事前にトッソー様に祈ったりするのか?」
「いや、別に……。結局祈りとかは、創造神様にすることが多いかなぁ」
「ふぅん」
教会は最初のころ特に避けていたこともあって、結局全然関わり合いがないんだよな。
『干渉者』がバレたらどうなるのかね。
意外と転移者もいたし、そうでなくても色々とレアジョブがあることが分かったから、案外何も言われないのしれないが。
サーシャの『十本流し』の方が騒がれたりして。どこかの聖人が元ネタらしいし。
「素朴な疑問なんだが、創造神は名前がないのだよな? なんでなんだ?」
「えっ? そりゃあ、なんだろうね。最高の神様だから、名前なんていらないっていうか、付けるまでないみたいな」
「ふぅん」
地球世界でも神様の姿を描いてはいけないみたいな決まりはあったりしたが、そういう一環なのかね。
「なーなー、手伝いはするからさ。出先で食べ物とか俺の分も作ってくんないか?」
「手伝いだけか? 材料費があるんだが」
「ケチだな」
「知らん。材料費もきちんと金を払うなら、考えてやる」
「わ、わかったよ」
「手間賃は手伝いで相殺してやるとしても、料理の手伝いだけじゃ割りに合わん。こっちの頼む仕事もやってもらうぞ」
「まあ、いいけど。何をさせるつもりだ?」
「荷物持ちを頼む」
こいつの分、余計に食糧を買い込むなら、その分荷物も重くなる。
その分を持ってもらう、という名目で、重くて重要じゃないものをこいつに運ばせよう。仮設のテントとか。良い荷物持ちができた。
***************************
出発の日。
門前の広場には4台の馬車と、荷物を満載した駄馬が10頭近く並んでいた。
ほとんどの馬はツノが生えた、デカいシカみたいな見た目だ。
「ヨーヨー殿。おはようございます」
その近くで忙しそうにしているふくよかなトカゲ顔女性、イオナがこちらに気付いて挨拶してくる。
「おはよう。どれがあんたらの馬車だ?」
「ツアーの参加者ということでしたら、この辺り全てですな」
「全て? この、4台の馬車と……馬たちが全て?」
「ええ。遠くからも参加される方もいて、この規模です。護衛用の馬車もありますしね」
「人気なんだな……」
「ええ、まあ。では失礼して、準備が色々残ってましてね」
「ああ、引き留めて悪かった。俺たちはあんたらの後ろを着いて行くよ」
「はい、承知しました」
出発予定時刻を過ぎても、なかなか準備は完了しなかった。だいぶ遅れて来たスノウが正解だったのかもしれない。
「遅いな」
愚痴をこぼすと、隣で草と草を結んで遊んでいたスノウが、そのままの姿勢で口を開く。
「まあ、こんなもんでしょ。貴人も参加するらしいからねえ。時間にルーズなのさ」
「ますます、護衛任務を受けなくて良かった」
それぞれ馬車ごとに、専属護衛らしきヒトが数人張り付いている。加えて全体を見回っている商会の護衛っぽいやつらが周辺で警戒している。
ちょっとした一軍勢になっている。
魔物のうろつく壁外にお客様を連れ出すのだ、これくらいの警戒は必要ということか。
「のんびりしている内に、肝心の会戦が終わっちまったってことはないだろうな?」
「いや、会戦までは余裕あるしね。そのくらいは余裕あるでしょ」
「……あれ? スノウはいつ会戦か知ってるのか」
「そりゃ、予告が出てるからねえ。調べればヨーヨーでも分かるはずだけど?」
「……そうか」
暇つぶしに、スノウの話を何となく聞く。
スノウは少し呆れながらも、手遊びをしながら色々話をしてくれた。
今回の戦は、突発的と言えば突発的だ。
片方の領主が、隣の領地に突然侵攻したらしい。
だが会戦自体は遭遇船ではなく、双方が合意した会場で戦う。だから観戦ツアーもできるし、いつ起こるかも決まっている。
全てというわけではないが、こういった予告会戦の場合は国から観戦するための役人が派遣されることが多い。
観戦官とか言われるらしいが、この役人が勝敗を見守り、国の定めたルールへの違反がないかを監視する。
お互いが勝ったと主張して泥沼化することを防ぐということだろうか。戦争というよりはスポーツみたいだ。
こういった制度自体は他の国でも見られ、あのサラーフィー王国にすらあるらしい。
とはいえ、サラーフィー王国は王家の威信が弱いので、王都付近でなければ利用されないらしいが。
「国同士の戦争はどうするんだ? 第三個に頼むのか?」
「いや、戦争には観戦官の仕組みはないし、基本的に予告会戦もない」
「ノールールってことか」
「ああ、だから国と国の戦争はロクなことにならない」
国という上位者がいて成り立つ制度か。
それこそ、各国の上位に帝国とかがあれば、戦争もそんな風にスポーツ化することができるのだろうか。でもそんな支配的強国を作るためには、他の国をノールールの戦争で打ちのめすことになるか。
「スノウは戦争に参加したことはあるのか?」
「難しい質問するなよ。盗賊でもない他人と殺し合いをしたことがあるかと言われたら、あるけど。そんなの傭兵やってりゃ、あることだろ?」
「まあそうだな。こういう、領主同士の会戦に参加したことは?」
「あー、それを言うと、ないかな。参加しろって言われても、逃げるだろうねえ」
「そこまで嫌なのか?」
危険だろうが、そこで活躍すれば領主に取り立ててもらえそうだ。喜んで参加するという奴がいても驚かないが。
だがスノウはまるで興味がないようだ。
「そりゃそうでしょ。バカバカしい」
「それならなんで、観戦ツアーなんて?」
「えー? バカやってるのをはたから見るのは、まあ楽しいじゃん?」
「そうか」
よくわからんな。
結局、娯楽としては見てたいといった話か。
スノウと話していると、商会員らしきヒトがこちらを指差し、その隣の護衛らしき連中がこちらを見るという光景を何度か目にする。
あれは護衛ではないが、着いてくるので無視するようにとか言われているのだろう。
周りにいる商会護衛らしき連中も、真面目に警戒している奴らと、少し遠巻きに暇そうにしている連中がいる。後者はツアー料金と護衛代を相殺した連中かな。
「こんだけ武装した連中を引き連れていると、ひと軍勢だな。会戦している領主たちに怒られるんじゃないのか?」
「そうかもな。まあ、観戦官の近くにいれば中立ってことになるから」
「そうか」
忙しなく動く商会のヒトらの姿を眺めながらぼうっとしていると、地球の馬に似た早馬に乗った一団が近づいて来た。
「そなたらは護衛か? 随分とたるんだ雰囲気だな」
先頭にいた、煌びやかな服を着た人物が大声でそう叫んだ。声の調子も、見た目もかなり若い人間族の男だ。
小学校高学年くらいに見える。
「知り合いか? スノウ」
「知らない。けど、厄介そうなのが来たねえ」
スノウと顔を見合わせていると、苛立たしげな声がまた響く。
「無視をするな下郎!」
そう言われると無視したくなるが、スノウが立ち上がって会釈した。相手をするようだ。
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