第303話 白狼族

観戦ツアーをやっているクレイスト商会で話をしている。

護衛契約ではなく、同行するだけという形を持ち掛けたが、先方は相談してから決めるようだ。


そして、商会の担当者は人狼族について尋ねてから出て行った。

はて、何がどう繋がったのやら?


「サーシャ、人狼族って知っているか」

「それなら、白狼族のことだろう」


口を挟んできたのは、キスティであった。


「白狼族?」

「北の、エメルト王国の親衛部隊に、白狼族ばかりを集めたものがあるそうだぞ。人狼族と呼ばれることもある」

「北の? 何だ、俺が親衛部隊と間違われたってのか」

「それはないだろうな!」

「迷いなく断言するな……」


ルキあたりを見てウサ耳を狼の耳と見間違えばあるかもしれない。

いや、俺は種族以前に雰囲気が親衛部隊には見えないのだろうが。


「どんな見た目の種族か分かるか?」

「白い体毛で、狼のような顔をしているとか」

「満月を見ると変身するとかは?」

「なんだ? それは」


ないか。

単純に白くて狼っぽい種族のようだ。

犬っぽい種族はこれまで何度も会ったことはあるが、白くて狼っぽい種族は記憶にない。

サラーフィー王国にいたときに対立した、犬頭の種族と関わりがあるとかだと面倒だが、北の国にいる種族ってことは別件かね。



出て行った担当者は、そう間を空けずに戻ってきた。


「お待たせした」

「いや。それで?」

「申し出はお受けしましょう。ただ、手合わせはお願いしたいがよろしいか?」


形式上でも護衛任務を受けないのなら、テストをする必然性はない。

とはいえ、一緒に行動するからには実力を知っておきたいということだろうか。


「それは構わない」

「では……スノウ殿、お入りください」

「へいへい」


低くて渋い声がして、仕切りの中に入ってくるヒト。かなり汚れた白の体毛と、狼のような頭。

これが白狼族ってやつか?

身長は2メートル近くか、超えているかもしれない。胸当てを装着していて、そこに収まらない白い毛があちこちから飛び出ている。

スノウと呼ばれた男は、頭を掻きながらやる気がなさそうに入ってきた。


「で、なんだ? この変なやつと戦えって? タルいなあ……ふああ」


今度は盛大にあくびをするスノウ。

狼っぽい見た目だけあって、鋭い牙が見える。


「……そうです。言っておきますが、あまりに手を抜いたら先ほどの話はなしですよ」

「なんだよ、ちょっと酒を拝借したくらいで。恩着せがましい野郎だぜ」

「私は女ですが」

「……」


トカゲ顔が突っ込んだところで、思わず言葉を失い、トカゲ顔をまじまじと見てしまうスノウ、と俺。そういえば自己紹介のとき、イオナとか言っていた。言われてみれば女性名っぽく聞こえる。


「わ、わはは。ちょっとした冗談だろう? そう気を悪くすんなよ。あー、なんだっけ、仕事の話に戻そう!」

「はい。こちらのご一行に見覚えは?」


イオナは俺たちのパーティを手で示しながら言う。スノウは今度は俺たちをまじまじと見る。


「んー、ないねえ。あんたらこの辺のヒト?」

「傭兵として各地を行脚しててな。そういうあんたは、白狼族ってやつか?」

「あー? おい、こいつに俺の種族を言ったのか?」


スノウはイオナを振り返って言う。


「いえ、スノウ殿の種族について説明したわけではありません」


微妙な回答を返すイオナ。


「じゃ、北の連中と関係ある奴らか? それなら関わり合うのは遠慮したいぜ」

「いや、安心しろ。別に白狼族と関わりがあるわけではない」

「はー、そうなの? なら別にいいけど」


スノウは身を乗り出すと、俺の前に出された茶を自然な動作で奪い、一気に飲み干した。


「ちょっとヌルいな」

「おい」

「ん? 余ってたんだ、別にいいだろ?」

「……まあいいか」


とっとと用件を終わらせてしまおう。


「では、奥の間でやりましょうか」


イオナが、奥を示す。


「このテントの中でやるのか?」

「ええ。少しばかり広い場所がありますから。それでも戦うには狭いので、手加減をお願いします」

「そうか」


エア・プレッシャー自己使用での移動が封じられてしまったか。

まあ、別に勝たなきゃまずい場面でもないし、適当にやろう。


そんなことを考えていたら、キスティから待ったがかかった。


「主。ここは私にやらせてもらえるか?」

「ん? ああ、いいぞ」


勝たなきゃいけない場面ではないどころか、俺が戦う必要もなくなった。

めでたしめでたしだ。


「別に俺以外がやっても良いのだろう?」


前を行くイオナに訊くと、フスッと息を鼻から吐く音がして、彼女は肩を竦める動作をした。


「構いません。どのみち全員を試すわけにもいきませんから、自信がある方が出てください」

「そうか。白狼族の……スノウさん、だっけか? あんたも良いか?」

「スノウでいいぜ。俺は別に、誰が相手でも良いんだ、そっちの姉さんが約束を守ってくれりゃあな」


そっちの姉さん、と言って鼻先で示したのはイオナだ。


「真面目にやってくれれば、窃盗は大目に見ますし代金も肩代わりしますよ」

「ならいいんだ。しかし窃盗って、大袈裟に言うなよ」


さっきからのやり取りから察するに、こいつ酒でも盗んだのか。

ここの専属護衛なのか、はたまた今回の観戦ツアー絡みで雇った護衛なのか。

何にせよ、仕事先で酒を勝手に飲んで怒られ中だったということか。クズっぽい。


イオナに連れられて着いたのは、一人暮らしの1LDKくらいの広さで仕切られた空間。

剣を振り回すことはできるが、動き回るには狭い。

壁にはいくつか木製の武器が飾られている。キスティはその1つを手に取りながら、振ってみて確かめる。


「木剣にしては重いな」

「ええまあ、重い素材を使っているのですよ」

「実戦的というわけだ。しかし木剣の造りは悪くないが、この場所では動き回れんな」

「それはご容赦願いたいですな。しかし、ちょっとした打ち合いはできるでしょう?」

「ふむ」


思わず口を挟む。


「キスティ、手加減しろよ」

「大丈夫だ、主。訓練で怪我をさせない加減くらいは承知している」


そうではなく、キスティの怪力で備品を壊さないようにと言いたかったのだが……。

まあ、キスティもその辺は分かっているだろう、と信じて任せることにした。


キスティとイオナ、そして俺がそんなちょっとしたやり取りをしている間に、スノウは床に置いてあった木剣を無造作に掴んで持ち上げ、担ぐように首の後ろに通した。


「人間族のお嬢さん、そういえば名前を聞いていなかったな」

「キスティだ。そっちの怪しいのがリーダーのヨーヨー」

「キスティちゃんね。お手柔らかにね~」

「ウワサに聞く白狼の実力、期待している」

「おいおい。北の奴らと一緒にされたらかなわんって」

「ほう。北の白狼族には実力が及ばないのか?」

「そりゃもう。何たって、一族こぞっておっきい国の親衛隊やってるような連中だぜ? 流石に勘弁してよ」

「残念だ」

「ま、でも、おじさんも一介の剣士としちゃ、そこまで悪くないと思うよ?」


スノウは担いだ木剣を右手に掴みなおして、半身を取る。右手で長剣を持ち、刃先をキスティの方に向ける。突きを狙うような形だ。


「くくく。なら、こちらも剣でいこうか」


キスティはノリノリで含み笑いしつつ、長剣サイズの木剣を拾い上げて構える。

両手で柄を握り、右上段に立てるようにして持つ。


「キスティちゃんも長剣を使うのかい? 奇遇だねえ」

「そちらに合わせてやっただけだが?」

「なんだ。本職は……打撃武器かな?」

「ほう? 何故そう思う?」

「当てずっぽうだけど、図星かあ」


キヒヒと牙を剥いて笑うスノウ。

なんかこいつ、キスティと話していると声のトーンが1オクターブ上がってテンションが高い。種族が違うから、キスティの美貌に発情しているわけではないと思うが。


「……イオナ殿、もう始めてもよろしいな?」

「はい、キスティさん。好きなタイミングで……」


イオナが答え切る前に、キスティが動く。


上段からの斬り下ろし。

不意を突かれたスノウは片手で突きの姿勢になっていた剣を戻しながらキスティの剣と合わせる。力と力でぶつかり合った結果はスノウが押され、体勢を崩しつつも辛うじて受け止める。

そこからスノウが手首を動かして細かく剣を操ると、キスティの剣が滑るようにして逸れる。すぐに突きの姿勢に入るスノウだが、キスティは剣を受け流されるのが分かっていたかのようにスムーズに剣を動かし、再度斬り下ろしの形。ただし、今回はスノウではなく、剣が狙いだ。

突きに移る一瞬前に上からキスティの剣に弾かれた形になったスノウの剣は流れ、辛うじて取りこぼさないのが精一杯。そこに、キスティが剣を反転させて横なぎの斬り払い。


スノウはしゃがんでそれを避けながら、取り落としそうになった剣をくるりと曲芸かペン回しのように回しながら、片手で器用に持ち直す。


キスティは再度右上段からの斬り下ろし。

今度は、横なぎを避けるためにしゃがんだ状態のスノウを目掛けた一撃である。


スノウは剣を立てて今度は両手で持ち、キスティの斬り落ろしに合わせて耐える。

インパクトの瞬間に剣の角度を細かく変え、キスティの剣が弾かれるように下に流れる。受け流しか。


その直後、キスティの体勢が戻らないうちに剣を寝かせ、しゃがんだまま片手で突きを繰り出すスノウ。

キスティは流石に剣の戻しが間に合わず、身体を捩じって回避を試みる。


スノウの剣がキスティの腹のあたりを掠る。

ジッ と何かが強く擦れた音がするが、直撃はしていないはず。


キスティ、危ない。

完全にやられかけたぞ、今。


スノウが突き出した剣を戻して、また突きを出そうとする前にキスティから再度の斬り下ろし。

キスティは角度を変えながら何度も斬り下ろすが、スノウは全て受ける。

キスティはおそらく、力を入れずに斬り下ろしを繰り返している。スノウに防がれたと見るや、スノウが反撃に入る前にすっと剣を上げて再度斬り落とす形になっている。


ある種のフェイントなのだろう、本気の斬り落としには両手で防がないと防ぎきれないために、スノウが防戦一方に陥っていく。

それにしても、スノウの防御技術もなかなかだ。

しばらくは膠着するかなと内心思った時、キスティが一歩下がって距離を取り、剣を片手で持ち、高く構えた。


今度は本気の斬り落ろしか? と思った直後、キスティが剣を思いっきり投げた。

スノウは慌ててそれを防ぐが、がらあきになったボディにキスティが蹴りを放つ。


「がっは!」


スノウは吹っ飛び、後ろの壁に当たる。

壁に繋がれていた仕切りが揺れ、スノウは目を瞑った。


そこに、キスティが詰め寄って、スノウの喉の部分を掴むようにして身体ごと持ち上げた。


「ぐ……こう、さんだ」

「ああ」


キスティが手を離すと、スノウは床にへたり込み、咳き込んだ。


「降参したので、終わりで良いのだろうか?」


キスティは黙ったままのイオナに尋ねる。


「あ……え、ええ。実力は問題ないようです」

「お、おい嬢ちゃん……」


スノウは喉をさすりながらキスティを見ている。


「なんだ? 模擬戦なのだし、問題ないだろう? 剣技の試合ではないはずだ」

「い、いや。それは別に文句を言うつもりはないぜ。ちょっくらびっくりしたけどな」

「喉は大丈夫か?」

「ゴホッ。大丈夫かは分かんないけどよ。後ろの怪しいリーダーは、あんたより強いのかい?」

「まあ、殺し合いなら間違いなく上だろう」


純粋な剣技という意味では、まだまだキスティが上だろう。

なのでキスティは少しぼかした答えを返した。


「はあ。おい、商会の姉さん」

「イオナです」

「イオナちゃんよお。何だこいつら、どこから拾ってきた? 間違いなく、俺より強いじゃないの」

「あなたと同じですよ。護衛料はいらないから同行させろって言ってきた手合いです」

「はあ? おいおい。俺以外にも奇特な連中がいたもんだ」

「その様子だと、本当に知り合いではない、と。ご苦労様でした」

「あん? 姉さん、いやイオナちゃん。まさかお前……」


スノウは怪訝な表情でイオナを見るが、イオナは取り合わずに彼に背を向けた。


「ヨーヨー殿も、お手数をかけました。2日後には出立の予定ですから、準備をお願いします。ヨーヨー殿のパーティととスノウ殿は、移動中の食糧なども各自ですから、お願いしますよ」

「ああ」

「もし、万が一……あなたがたが何かを目論んでいても、私どもは関係ありません。そういうことで一つお願いしますよ」

「そのつもりだ」


別に何も目論んでいないし。

スノウの奴は知らないが。


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