第302話 太っちょ
スラーゲーに近づいてきた。しかし、サーシャは近くで起こりそうな戦の観戦に向かうべきだと言う。
「理由を聞いても良いか?」
「ご主人様は、領主の……貴族様同士の合戦を見られたことはないでしたよね」
「まあ、ケシャー村のあれは討伐って感じで、合戦ではなかったな」
「ええ。それぞれの戦士を並べてぶつかり合う、正真正銘の合戦を見られる機会は貴重です」
「見たいのか?」
この世界のガチ戦がどんな感じか、興味がなくはない。サーシャが興味あるとは思わなかったが。
「そういうことでは……いえ、そうですね。見てみたいです」
「意外だな、キスティあたりは見たいかもしれんと思っていたが」
「これから先、戦に何らかの形で巻き込まれたり、関わる可能性は低くありません。そのとき、知らないというのはリスクです」
「ふむ」
この世界の戦に、傭兵も少なからず参加しているのは知っている。実際に見ておけば、戦場に参加したときに傭兵が何をさせられるのかも分かるかもしれない。
「よし、観に行くか」
「ありがとうございます」
「サーシャがお礼を言うことでもないさ。さて、そうすると観戦ツアーをしている連中を探さないとな」
「戦闘の勝敗で賭け事をしているのですから、その線から探すのはいかがでしょう」
「なるほど。同じところが噛んでるかは分からないが、繋がりはありそうだな」
どうせ賭けるなら現地観戦したいという連中もいるだろう。地球世界で競馬にハマってる連中も、宝くじじゃなくレースがあるからあそこまでハマる。
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途中、少し遠回りになる町をスルーしたおかげか、野営一回で次の街、ユメロに到着した。
雨も降らなかったので、快適だった。
道の左右にはやや粗末に見える、低い壁が並んでいる。
「左右に壁があるが、どっちがユメロだ?」
「どちらもです。合わせてユメロなんですよ」
サーシャがしたり顔で言う。
「大きな町なんだな。壁が低いのは広いせいか?」
普通の町の2倍と考えると、壁を設えるのもひと苦労だろう。だがサーシャはかぶりを振った。
「内壁が立派な町なんですよ、ユメロは。後付けで拡張したところは壁がツギハギなようです」
「なるほど、オーグリ・キュレス港のミニバージョンだな」
「そうですね。その分、馬車や荷物を入れる場所も多くて、便利なんです」
たしかに商人目線では便利そうだ。
密輸とか流行りそうだし、何よりヒトに攻められたら穴を防ぐのに難儀しそうだが。
あくまで魔物対策の外壁と割り切っているのかも。
「じゃあ手続きもテキトーでいいのか?」
「いえ。流民身分ですと、定められた正門から入る決まりのはずです。破ってもバレないかもしれませんが、お勧めできません」
強い口調で釘を刺してくる。
「心配するな、それくらいの手間を惜しんでお尋ね者になる気はない」
「差し出がましいことを言いました」
サーシャの記憶によると、左手には貴族街ならぬ戦士街があり、流れの傭兵や商人向けの店は少なめ。右手にあるほうが雑然とした活気があるという。右手の町に入ろう。
列ができているところが正門と推測し、最後尾に並ぶ。案外並んでるやつがいるな。
「行商組合ですと、流民身分として扱われることが多いんです。分岐路の近くの町ですから、普段は来ていない行商も多いようですね」
サーシャが解説してくれる。
彼女の子どもの頃の記憶では、ここまで大勢が並んでいることはなかったという。
普通、外で待たされる決まりのところは見える範囲に戦士団や衛兵が待機して、列を守る姿勢が見える。実際に守ってくれるかは別として。
しかし、ユメロではそういった類の配慮が全く見えない。まるで、お前らの身は自分で守れと言われているかのようだ。
結局2時間くらい壁の外で待機させられてから、中に入る。
「ほう、広いな」
交通の要衝ではあるが、デカい都市というわけではない。もとよりあまり立派な施設は期待していなかったが、入ったところが見渡すような広場だったことで声が出た。広場とはいっても、そこかしこに店を広げている露店がある。
「ここは店舗が少なくて、代わりに露店を出すんです。たしか、露店の設備を貸し出しているところもありますよ」
「ほう。露天慣れしている行商以外も店を出せってことかね」
「ええ。許可も甘いので、ご主人様にやる気があれば、明日露店を開くこともできるかと」
「へえ」
それは面白い。でもそこまで売りたいものはないし、出したら出したで30分くらいで飽きそうだ。
「商人に好まれそうなユルさだな。賭け事や観戦ツアーなんてものが企画されるのも分かる」
「そうですねえ。少し聞き取りしてみますか? 食材を見つつ、戦の賭け事の話をしてみようかと」
「そうだな、頼む」
俺とアカーネは宿を探しに。残りはサーシャと買い出し&情報収集に向かう。
こういう商売が活発な町は、宿も探しやすくて良い。最初に見つけたのは傭兵向けを謳っている訓練場付きの宿だったが、特に要らないので2件目の商人向けの宿を予約する。
アカーネはもう休みたそうだが、一人にするのは気が引ける。ドンの寝ているリュックを俺が背負うことにして、再度広場に戻ってサーシャたちを探す。こいつ、出会った頃より重くなってない?
「ギュ」
寝ているはずのドンの入ったリュックから、うるさい的な鳴き声が聞こえた。
「ご主人様」
広場を巡ってサーシャを探していると、サーシャの方から話しかけてきた。
サーシャの前にはルキ、キスティが武器を抜いている。ん?
ちゃんと見ても、やっぱり武器抜いてるな。
対峙しているのは、短剣を抜いている男。その後ろにはニヤニヤしている獣耳族の女。猫耳タイプの獣耳だ。
「どうしたサーシャ? トラブルか?」
「はい。戦の賭け事について聞いていたら、急に相手が武器を抜きまして」
「動きがとんだ素人だったから、たたっ斬ってはおりませんぞ、主」
キスティから冷静な報告が入る。
「で、なんだ女? 何の目的だ」
「私かい? 武器を抜いてるのは目の前の男だろうに」
ニヤニヤしている女に尋ねると、ニヤニヤしたまま抗弁してきた。
「いや、この状態で笑ってるってこた、お前が何かやってんだろう」
「そうかい? いや、私はこの男が斬られそうなのが面白かっただけなんだけどね」
「そうか。キスティ、ルキ。剣をしまえ。こいつが不埒なことをしたら俺が殺すから安心しろ」
「承知」
キスティとルキは剣を腰に戻す。
「ふーん、あんたがこいつらのアタマかい?」
「まあ、一応な」
「ふうーん? その変なヘルメットは脱がないのかい」
「必要があれば脱ぐ」
「……まあいいさ。バイカ、あんたも剣をしまいなよ。この男が堅気とは思えないよ」
言われた短剣の男は俺を見て、再度キスティを見て、それから短剣を鞘に収めた。
「指図をするな、売女め」
「あんたが先走りすぎなんだろう? で、お客様。賭け事がなんだって?」
「どこに行けば参加できるのか、そして観戦ツアーがやってると聞いたもので、その情報を探しています」
「まあー隠してるってほどでもないんだけどね。ツアーはともかく、賭け事の話はちょっぴりワケアリだからね。分かるだろう?」
猫耳の女がウィンクしてくる。
見た目はまあ、失礼ながら整っている方ではないので、やめてほしい。
「なんだ? 領主公認ってわけじゃないのか」
「あんた、アホかい? 戦の勝敗を賭け事にするなんざ、お領主様が大々的に認めるわきゃないでしょうよ」
「……それもそうか」
それで下手に儲けでもしたら、他の領主から睨まれそうだ。
「実を言うと、賭け事より観戦ツアーの方に興味があってな。そっちは知ってるか?」
「んー、紹介しても良いけど。一個答えてくれる? どこでその話を知ったんだい?」
「ん? それも隠してるのか? パジュクで普通に噂が流れていたぞ」
「あちゃー、そうなのかい? 一応、お得意様だけの限定興行なんだけどね」
「そうだったのか」
「ま、似たようなことをやってるのはウチだけじゃないからね。そっちのことかもしれないけど。そっちの責任者に会うかい?」
「お得意様だけのサービスじゃないのか」
「いや、アンタなら歓迎だろうね」
「ん? 何故だ?」
「まあ、それはあっちで話を聞きな。私は繋ぐだけさ」
「聞いておきたいが、主催者はどんな連中だ?」
「ああ、地下組織じゃないから安心しな。安心安全のクレイスト商会様だ」
女が胸を張る。
少し沈黙が続く。
「……誰だ?」
「割と大きな商会ですよ、この辺りの」
サーシャが補足してくれた。
猫耳女はまるで関西の芸人のように、派手に転んだ振りをしていた。
なんだこいつ。
猫耳女はクレイスト商会に案内してくれた後、また広場に戻っていった。
クレイスト商会は大きな商会らしかったが、案内されたのは商館というよりは仮設テント。
規模は他の露店やテントより大きいが、巨大なテントといった様相だ。
「お待たせしたかな」
テントの中は布で仕切りが作られており、その一画にある簡素な椅子に着席していた。
仕切りを持ち上げて、のれんを潜るようにして入ってきたのはトカゲ顔の人物。
肌の色は黒っぽく、鱗肌族だとするとこれまで見た他の同族と比べて、かなり恰幅が良い。
「いや。傭兵のヨーヨーだ」
「クレイスト商会のイオナです」
差し出された手を取り、握手を交わす。
「なんでも、観戦ツアーへの参加をご希望とか?」
「ああ、値段にもよるが……」
「その点はご希望に添えるかと。参加料は、護衛料を差し引きますから。1つ伺いたいが、広場でウチの従業員をやり込めたとか?」
「やり込めたというほどではないな」
何か勝手にヒートアップして、キスティに制圧されていただけみたいだし。
それにしても護衛料か。なるほど、そこで相殺するという算段か。
「その腕を見込んで、ウチの若手を手合わせを願えませんかな?」
「うん? つまり試験か」
大商会というやつはどこも、試験が好きだな。
「模擬戦で、軽くで構いません。お願いできますかな」
「いいだろう。ただし、1つ条件がある」
「何なりと」
「護衛料を差し引くのではなく、最初からツアーに参加していないものとしたい」
「何ですと?」
「つまり俺はあんたらに付いていくが、積極的に護衛するものではない。同じ場所を進み、同じ場所に留まるのだから魔物が出れば狩るし、結果的にそちらを護ることにもなるかもしれん。だが、護衛料は要求しない」
「……あくまで同行するうえで協力をするだけ。そういった整理にしたいのですな?」
「いかにも」
これなら、白ガキに呼び出されたりして途中で消えても、契約違反にはならない。
お金儲けチャンスは減るが、厄介ごとになっても自分たちだけで逃げられる。
「少しお時間を頂きたい」
「ああ」
太っちょ鱗肌族は隣に座っていた側近らしき者たちと、仕切りの外に連れ立って出て行く。相談するようだ。
だが、仕切りを通り過ぎる目前で、こちらを振り返って口を開く。
「1つ確認をしておきたい」
「何だ?」
「人狼族のお知り合いは居りますか?」
「人狼族? いや、会ったことはないはずだが」
「……そうですか」
種族の違う俺でも分かる、不審げな表情を隠そうともせず、太っちょ鱗肌族は仕切りの向こうに消えた。
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