第297話 腰

道を進んでいたところ、軍勢を引き連れた偉そうなヒトに呼び止められた。


呼び止めたのは早馬、地球世界の馬に似た生物に乗り、西洋のフルプレートのような防具に身を包んだ人物。

進み続ける軍勢の列から抜け、1人で俺と向かい合っている。


「なんでしょう、怪しいでしょうか?」

「正式なものでなくても良い、身分を示すものはないか?」


なんだろう。

色々各地で貰ったものはあるのだが、下手な物を見せると逆に怪しいか。


「傭兵組合のカード、あるいはテーバの魔物狩りギルドのものなら何かあったような……」

「貴様、出身はどこだ?」

「は、いちおうスラーゲーですね」

「スラーゲーだと? この辺りで活動しているのか」

「いえ、たまたまで」

「傭兵なら、今は何の依頼を受けている?」

「ちょうど軍港までの輸送船の護衛が終わったところでして。一度スラーゲーに戻ろうとしていたのです」

「ほう、輸送船の護衛とな。何と言う商会だ?」

「エモンド商会です」

「知らんな」


ばっさりと言い捨てられたところで、もう1人別の人物がフルプレートの人物に後ろから話しかけた。そちらは兜を着けておらず、白髪の老人だ。

馬に乗っているが、早馬ではない。

アアウィンダの護衛の時に俺も乗った、サイと地球世界の馬の合いの子みたいな見た目の馬だ。


「よろしいか」

「む、リロウ殿」

「アリトゥス殿、熱心で感心ですな。しかし肩の力をもう少し抜かねば、この長丁場は乗り切れませんぞ」

「ああ。しかし、こ奴らを見てください。見目麗しい女戦士たちと、怪しい見た目の男。実に怪しいではありませぬか」

「はっはっ。さよう、わしが敵の潜入要員なら斯様に目立つのは避けますな」

「むっ」

「それと、エモンド商会は大店ですぞ」

「ふむ? そうでしたか」

「旅の者、引き止めて悪かったの。今は西から謀反者の手先が潜り込んできていると言われておる。気をつけよ」

「はっ、ありがたく」

「時に……軍港から来たと申しておったか?」

「いかにも」

「河を上ってきたのよな?」

「はい」

「ふむ。河はどうであった、様子は」


これは、戦況を訊かれているのだろうか。

詳しいことは俺にも分からないのだが。


「申し訳ないが、リック公の艦隊が撃破されたらしい、という程度のことしか知らないもので」

「何、公の艦隊が……!? それは真かっ?」

「えっ……ああ、いや。噂で聞いただけですが」

「何隻じゃっ? 小競り合いではあるまいの」

「良くは知りませんが、手酷く沈められたと聞きましたが」

「河で敗れたのか、あのリック公が……」


老人はまさに絶句という様子で固まってしまった。

もともと話し掛けてきたフルプレートが頭を振る。


「リロウ殿のお若い頃と比べれば、情勢も変わったということですな」

「それはそうだが……いやはや、驚いた。腰をやった時より歳を感じたわい」

「それより、リロウ殿。こ奴の言うことが正しかった場合……」

「ああ、そうですなぁ。陸も大きく動くはず」

「出遅れてはたまらん。隊長に言って、速度を上げるべきでは?」

「焦りなさるな、アリトゥス殿。急いで戦陣に加わったとて、皆疲れ果ててしまっていては元も子もない。そうでしょう?」

「……せめて、今聞いた噂話をお耳に入れるとする。先に失礼いたす」

「そうですな、ではお願いしますよ」


2人の会話が終わり、残った「リロウ殿」と呼ばれていた老人が、再度こちらを向き直る。


「時間を取らせたの。道は譲って欲しいが、脇を通って行ってよいぞ」

「は、ありがとうございます」

「む、少し待て。そちらの戦士が担いでいるのはフィアーハウンドではないか?」


リロウは、獲物を担いでいるキスティに目を向けて、そう言った。

ヘルメットを被っていないサーシャやアカーネと異なり、ヘルメットを被ったままなので「戦士」と呼んだのだろう。


「こいつですか。つい先ほど、この街道で襲われまして」

「何、真か? 確かに湧き点は近いが……。どの程度の数であった?」


牙犬はカウントして良いのだろうか?

フィアーハウンドとやらに驚いていたようだし、こいつらだけの数で答えておくか。


「えーと、4体ほど。一番体格が立派な奴が、担いでいる奴です」

「4体か。一度に襲われると被害が出るのう。仲間は無事か?」

「はい、運良く。牙犬にも襲われましたから、この辺りは犬系の魔物が多いのでしょうか」

「そうじゃのう。なるほど、腕の良い魔物狩りというわけか」


リロウは感心げに頷く。

あの、道脇で話している俺たちをよそに、軍勢はどんどんと通り過ぎてるのですけど。

良いのだろうか?


お偉いさんのようだが、おじいちゃんだからか、変な圧がなく話しやすい。


「あ、この魔物のことを良く知らないのですが、肉は食えるのでしょうか?」

「む? フィアーハウンドは食えるぞ。ちとクセがあるが……まあ嫌がる者もいるがな?」

「何故でしょう?」

「そりゃあそうじゃろ。悪食で、ヒトも凡そ食う魔物だ」


……?

あ。

ヒトを食ってるかもしれん、ということか?


「そう言われると、そうですね」

「ま、気になるなら胃の中身は除けばええ。その辺の草だろうが、ヒトの血を吸ってるかもしれんのじゃ」

「そう言われると……そうですねぇ」

「のんびりしとるのぉ。個人傭兵がそれで大丈夫か? まあ、余計なことじゃった。戦の裏っかわでひと儲けしようって腹だろうが、ほどほどにな。戦場で戦士団と揉めて討伐される傭兵団も珍しくはないのでな」

「……はい」


心当たりがあるな。

南方で戦士団に目をつけられて排除されていた集団もいたと。


「では、の」


リロウは少し進んだところで、こちらを振り返る。


「そうじゃ、余計なことだが1つ。この辺りには逃散市民も出ている。見かけたら近くの町に通報するように。捕まえて連れて行っても構わぬ」

「逃散市民、ですか。承知しました」

「うむ、ではの」


リロウ殿は馬を操って、通り過ぎた部隊を追うように駆けていった。


「やっぱ食えるってよ、それ」

「ふふ、サーシャ殿の見立てが当たっていたな!」


キスティが犬の死骸をぽんぽんと叩く。

腹を割いて臓物は取り除いているので、アジの開きならぬ犬の開きになっているが。

サーシャは満足げに頷く。


「犬系の魔物は食べられることが多いですからね。しかしあのご老人の仰る通り、忌避する者も多いですが」

「サーシャは平気な方か?」

「平気ですよ。ご主人様と聖地で食べた、触手の魔物のサラダも食べたのですよ?」

「あー、あったな。そんなの」


黒玉とか言ったっけ。

キクラゲみたいな食感だったので、俺はあんまり抵抗感がなかった。いや、あったかも。


「スラーゲーでよくサーシャと行っていた食堂。あそこまだやってるかな」

「きっと残っていますよ。是非行きましょうね? ここ1年で、私の胃も大きくなりましたから、前より食べられます」

「……そうだな」


毎日のように身体を動かすから、むしろ身体が引き締まってきているサーシャだが。

食べる量は確実に増えてるんだよな。

旅を止めたら太るパターンじゃないか、これ。

太いのも悪かないんだが、サーシャのイメージじゃないんだよな。


「何か失礼なことを考えましたか?」

「いいや? 先に進もう」


仲間内で話しているうちに、軍勢も最後尾が通り過ぎた。

馬に乗っている奴は装備が良さそうだが、徒歩で行進している連中の中にはかなりみすぼらしい見た目のやつもいる。

いったい何の集団なのか結局分からなかったが、やっぱりこの世界の戦争は装備が支給されるわけではないのだな。


貧相な装備の連中は、徴兵された非戦闘職だったりするのだろうか。

普段から魔物と戦って訓練している戦士団という正規兵と比べると明らかに分が悪そうだが、それでも束になれば戦士たちに対抗できるだろう。

キスティに聞いた話では、数合わせに徴兵するというのは、ジョブやレベルがあるこの世界でもあるらしいし。それで数を揃えて力押ししても、高レベル集団に押し切られるケースがあるというだけで。


あのフルプレートと老人、そして足取りの重い徒歩の者たちは、この動乱で生き残れるのだろうか。

離れていく最後尾の後ろ姿を見ながら、少しだけ余計なことを想像した。



***************************



夜、少し道脇の森が開けた場所で野営する。

周囲の木は切り倒されているものもあり、何かのゴミが転がっている。

明らかに誰かが野営した後だ。

おそらく、すれ違った軍勢がここに泊ったのだろう。


犬鍋をサーシャ監修で作る。

キスティとルキは周囲の警戒。アカーネはお手伝いだ。

アカーネ、手先が器用だから、サーシャを手伝っているうちにだんだん料理上手になっている。

ただ食にそこまでの情熱がないのか、サーシャに言われた作業しかしないため、レパートリーがない。


たまにアカーネだけで食事を作る機会もあるが、素材を焼くか煮るか、実にシンプルな物しか作らないのだ。


さて、犬鍋……フィアーハウンド鍋の味は、と。


……。


「硬いし、何でしょう、アルコールのような匂いがしますね」

「だな。嚙んでるとうま味が出てきて美味い。大人の味だな」

「試しに焼いただけの時とまた、違いますね……これは研究をしませんと」


サーシャが綺麗に食べながら、片手で猛烈にメモしている。器用だ。


「私はこれ、好きです」


ルキは気に入ったようだ。

ウサ耳の持ち主の割には肉食なんだよな、こいつ。

……夜も意外と肉食だし。



夜は「レストサークル」のスキルを展開し、寝袋に包まる。

虫の音がうるさいくらいで、寒さは懸念したほどではない。

従者組は当番制で順番に起きてもらうが、俺は「レストサークル」を維持しながらまるまる寝させてもらう。


とはいえ寝るまでには少し時間もあったので、ステータスチェックをする。

今日の戦闘でレベルが上がったらしいのは2人。


サーシャとルキだ。



*******人物データ*******

サーシャ(人間族)

ジョブ 十本流し(21↑)

MP 18/22


・補正

攻撃 E

防御 F

俊敏 F+

持久 F+

魔法 G

魔防 G

・スキル

射撃大強、遠目、溜め撃ち、風詠み、握力強化、矢の魔印、魔法の矢

・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************


サーシャは順調にレベルを上げている。

20台の大台に乗っても、レベルアップは止まる気配がない。


「遠目」のスキルはすっかり慣れたようで、進行中も休憩中も、たまに発動させて周囲を観察しているようだ。

今日、料理をしているときに気付いたが、「握力強化」も日常利用しているようだ。

硬い肉がくっいていた犬の骨を、骨ごと砕く感じで潰していた。

たしかに料理でも便利そうなスキルだよなあ。



*******人物データ*******

ルキ(月森族)

ジョブ 月戦士(31↑)

MP 17/23


・補正

攻撃 F+

防御 E+

俊敏 G+

持久 F+

魔法 G+

魔防 E+

・スキル

覚醒、夜目、打撲治癒、柔壁、シールドバッシュ、スタンプ、見えざる盾、視認低下

・補足情報

ヨーヨーに隷属

隷属獣:シャオ

*******************


そしてルキ。

レベル30で会得した「視認低下」スキルは、まだまだ研究中だ。

ルキは色々試しているが、やはり「阻害」のような効果はないらしく、戦闘中に急に姿が見えなくなるといった使い方はできなさそうだ。

敵に見つかる前に、偵察などで生きてくるスキルなのかもしれない。


スキルのことを色々妄想しているうちに、眠りに落ちていた。

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