第298話 銀貨

スラーゲーに向かって移動中、野営をした。


夜の間に魔物は出ず、熟睡させてもらった。

野営明けとは思えないくらい、ぐっすりだった。

ただ、その割に頭が地味に重い感じがする。スキル「レストサークル」を使いっぱなしだったからだろうか。

俺は野営中、魔力をなるべく節約しながら「レストサークル」を張り続けることが役目になってくる。少ない魔力でより広い範囲に設定できないか、試行錯誤もしなきゃならない。

今朝確認すると、魔力は半数を切っていた。

いくら燃費が良いスキルでも、このままだと少し厳しい。


「ご主人さま、おはよー」


アカーネが至近距離で朝の挨拶をしてくる。近い。

……俺の寝袋に無理やり入り込んでいるようだ。装備を着けたまま寝られるように空間には余裕をもって作られているが、さすがに狭い。


「アカーネ、狭い」

「寒い〜」


そう言って器用に身体を回転させ、反対側を向いてしまう。


「……そうか」


雨や雪は降っていないが、朝はかなり冷え込む。

野営慣れしている他の従者と比べると、アカーネは気温の上下に弱い。


「魔道具の携帯暖房機とか作れないかね」

「暖房かあ、細かい調整が大変そうだけど、まあ出来そう」

「作るか?」

「んー。魔石を使ってまで使うのはねー」

「使うやつの魔力を使うのはどうだ?」


魔力操作を覚えるのは大変だというが、こういう生活に便利なもので練習した方が身につくだろう。いい商売になりそうだが。


「そんなもの欲しがるの、もっと少ないよ。皆が皆、ご主人さまみたいに魔法マニアじゃないから!」

「そうか」


魔法マニアって。

テーバ地方にいたゲバスじゃあるまいし。


「ん?」


魔力を節約するために控えていた気配探知を一度打つと、近くに不審な動きがあった。


「アカーネ。あっちの木の陰になんかいるぞ。魔力はどうだ?」

「えっ? ……うーん、魔力は感じないね」

「小さいし、魔法も使わないなら雑魚か」


籠手や鎧の調子を確認しながら、歩いてそちらに近づく。

すると、あと数歩というところで相手が動いた。


木の陰から飛び出したのは、人間族の男の子らしい子ども。

森の方に逃げようとしたらしく、ダッシュをしたところで木の根に躓いて派手に転ぶ。


「うわっぷ!?」

「……何の用だ? 子ども」

「な、なんでもない!」


また立ち上がろうとするが、足を痛めたのか、顔をしかめて立ち止まる。


「森は魔物が隠れてるかもしれん。死にたいのか?」


ましてや、足を怪我したまま森に逃げるとか、自殺行為っぽい。


「し、心配するなら食べ物をよこせ!」

「まあ、いいぞ」

「……えっ!?」


どうせ今日中に次の街に着く予定だし。

別に食べ物には困っていないので了承すると驚かれた。今は金に困っているわけでもないし、この前も大商会から金貨を5枚以上頂いたところだ。食べ物くらいは分けてやって良い。


「い、良いのか?」

「まあ。1人分くらいならな」

「1人ぶん……」


ん?

何か引っかかる反応だ。


「他の隠れている連中も、まあ多少なら分けてやるが?」

「な、なんでっ?」


子どもが後ろを振り返るが、誰もいない。


「やっぱりか。まあ、子どもが1人の方がおかしいか」

「他の奴らは関係ないっ!」

「うん? お前……そうか」


まるで連れを庇うような言動にピンと来た。

ただ街を飛び出しただけの家出少年ではなさそうだ。逃散市民、か。


「で、どうするんだ? 食い物は……いや、待て」


街道の先の方から別の気配。

2人、男女か。

男の方は武装しているが、粗末な鎧だ。


「あ、父ちゃん……」

「エッタ!! どこ行ってたんだバカ!」

「食べ物探してたんだ!」

「お前が出ることはない!」


少年はエッタと言うらしい。

粗末な武装の男は父親、女性は母親か姉かな?エッタよりは年上だ。


「旅の方、すまない。そいつはウチの馬鹿息子だ。迷惑を掛けていないと良いが」

「ああ、別に何も。木の陰に隠れて見ていただけだからな」

「そりゃすまなかった。おい、行くぞエッタ!」

「待て」


早急に去ろうとする父親を呼び留める。


「な、何か?」

「あんたらの事情は知らんが、飯に困ってるんだろう? 分けてやるぞ」

「……いや、好意はありがたいが」


父親は明らかに逡巡してから、そう絞り出した。


「俺も流民でな。あんたらも流民みたいなもんだろう? 持ちつ持たれつだぞ」

「父ちゃん! 貰おうよ、こう言ってんだからさあ!」

「エッタ」

「タリエが死んじまうって! 頼むよお」

「……エッタ」


父親は深刻そうな顔をこちらに向けた。


「あんたらは何故、そんなことをしてくれると? 俺たちに大した財産はないぞ」

「うん? 特に深い意味はないぞ。目の前に飢え死にしそうなやつがいて、たまたま手にパンを持ってたら、あんたはどうする?」


父親は眉を寄せて、深く深く息を吐いた。


「少しだけ……食べ物を分けてくれないか」

「良いだろう。サーシャ、適当に胃に優しそうな食べ物をまとめてくれるか」

「はい」


サーシャはお手製の携行食、丸めた泥団子のような味噌玉やら、干し肉の比較的柔らかいところだったりを布に包む。

エッタはルキから「打撲治癒」のスキルで治療を受けている。


その間に、キスティにこっそりと話を聞く。


「逃散市民と関わったら処罰とかあるのか?」

「微妙なところだ。土地によってはあるかもしれない。まあ、誰が逃散市民なのかなんて分かるものでもない。食糧を分けてやるくらい、問題ないのではないか」

「そうか。たまたま行き先が被って同行するのは?」

「まあ、よっぽどのことがなければ不問だと思うが……なんだ? やけに肩入れするじゃないか、主」

「まあな」

「あの女性が好みだったか? む、少年も夜の相手に試したくなったか?」

「阿呆。違うわ」

「では何が目的だ? たまに人助けするが、ここまで自分から動くことは少ないんじゃないか?」

「うむ。まあ、良いヒトごっこだな」

「ごっこって……主」


キスティが珍しく言葉を失ったところで内緒話を止める。

エッタの治療を見守っている父親に声を掛ける。


「あんたら、どこまで行くんだ?」

「東の方に、ちょっとな……」


父親はまだ警戒したままだ。


「俺たちも東でな。次の街まで送ってやろう」

「いや……」

「そんな装備で進んでたら、命がいくつあっても足りないぞ。つい最近、牙犬や火を吹く魔物の群れにも出くわしたところだ」

「それは……」


父親も反応が素直すぎるな。

この世界の森は危険すぎるし、ましてや木の上で寝るなんて自殺行為である。いつぞやの自分にも言ってやりたい。


「なに、たまたま行き先が被るから、一緒に歩こうってだけだ。余計なことはしない」

「……分かった、頼む」


この男も詰めが甘いな。

これで俺が盗賊や懸賞金目当ての貧乏傭兵だったら大変なことになってたんじゃないか。



その後、少年エッタが連れてきた集団と合流して東に歩き出した。


……そう、集団である。

家族数人の旅かと思ったら、10人以上いる。


大人は半数くらい。老人はいない。

エッタ家族にだけ振る舞うのは気が引けたので、全員に食糧プレゼントと相なった。

それらを貪り食う集団の様子を見るに、しばらく食っていなかったようだ。


エッタに尋ねると、昨日今日と何も食べていなかったらしい。マジか。


空腹に耐えかねたエッタが食べ物を探しに出たところで、俺たちの野営地から美味しそうな匂いがしたらしい。

まあ、普通に汁物煮て食べてたから……。


近くに魔物がいるなら釣って狩るという意味もあったのだ。


「なあ、姉ちゃんたちは戦士様なのか?」


俺が食糧を奢る決断をしてやったというのに、少年エッタはキスティに興味津々だ。

美人だからというより、戦士然とした装備と明るい対応がウケたようだ。


「少し前まではな! 今は魔物狩りの傭兵だ」

「へー! 魔物狩りって、すご腕のヒトたちはとんでもなく儲かるんだろ?」

「違いない。銀貨に留まらず、金貨が報酬になることも少なくない」

「すっげー!」


その分、装備とかで金も飛んでいくがな。と心の中で呟く。

そういえば、正規の戦士とかはどのくらいの給料が相場なんだろうな?

今度キスティに聞いてみたいが、地域が違うから微妙か。そもそもキスティは一族の娘扱いで、立ち位置が微妙だったし。


「やっぱ戦えるようになりてえなー!」

「エッタ。傭兵の金回りが良いのはな、その分死ぬやつが多いからなんだ。他の死んだやつの分の金を受け取っているから、多いに過ぎん」


キスティが諭す。

そう言う考えもあるのか。


「うん……。でも、姉ちゃんたちは強いから死んでないんだろ?」

「たまたまだ。傭兵も、戦士も、明日死ぬと思いながら生きているんだ。皆な」


……。

あんまり思ってないな。すまんキスティ。

いや、死んでもまあ仕方ないという諦観はあるからセーフか?


「そっか……。でも、せめて家族は戦って守れるようになりたいよ」

「戦うばかりが守る方法ではないぞ」

「うーん。ねえ、せめて戦いの才能があるかどうか、分からないの!? 運動神経は悪くないんだぜ」

「さてなあ」


キスティはそう言葉を濁した。



野営地を出発して、街道を東進する。

しかし、思うようには進めなかった。同行しているエッタ達の歩みが重い。何日もマトモに食えていなかったのだから仕方がない。足をくじいたエッタは、「打撲治癒」でだいぶ痛みが引いて歩けているのだが。遅いのはむしろ大人達だ。

夜通し歩いて街まで急いでも良いが、急ぐ旅でもない。その日は予定外に外で一泊することにした。


エッタ達はテントはおろか、寝袋も持っていない。それぞれタオルやマントを被って横になる。

俺たちの寝袋を中心に、周辺に寝てもらう形にする。

魔物が出たときに対処しやすくするためだ。見ようによっては、囮にしているとも言えるが……。

レストサークル内には仲間だけという配置だ。



夜、違和感がして目が覚める。

「レストサークル」内に誰か侵入したようだ。


焚き火の灯りに微かに顔を照らされたサーシャと一瞬目が合い、サーシャはそれとなく侵入者の方に目配せをする。人差し指を唇に当て、静観を指示する。何をするつもりか、様子を見たい。


動きからして、魔物ではない。

同行している大人の誰か。


ゆっくりと俺たちの荷物に近づき、中を探る動き。気付かないと思ってるのだろうか。

ときおり動きを止め、サーシャの方を気にするような動き。

荷物から何かを抜き出し、移動しようとしたところで『隠密』をセットして起き上がり、近づく。


「動くな、コソ泥」


後ろから腕を回し喉を締めるように固めて、通告する。


驚愕した顔でバタバタと暴れる、人間族の男。

エッタが後から連れてきた合流組にいた、年配の男だ。


「な、なにすんだっ!」

「それはこっちのセリフだろ」


男が手にしている銀貨を取り上げて、男を地面に投げる。


「な、なんだ?」

「魔物じゃないよね?」


周りの連中もようやく起き始める。


「お前らのリーダーは誰だ?」


男が逃げないように監視しつつ、語気を強めて問う。連中の多くが見た先にいたのは、エッタの父親だった。

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