第296話 成長
北に向けて出発した。
「キュキュ」
アカーネのリュックから顔を出したドンが鳴く。
あまり危険度が高いわけではなさそうだが、狙われている。
左手の森の方から、複数の気配。気配探知の範囲には入っていないが、気配察知の方で多くの気配が動いていることが伝わってくる。小型っぽいな。
「小型の魔物だ。数が多いぞ」
「にゃー」
ルキの肩にいたシャオが羽根を広げ、飛び立つ。
手信号で陣形を合図する。
サーシャとアカーネ、ルキは固まって後退。
俺とキスティが左右に分かれて遊撃する形だ。
「キスティ、確実に数を減らせ」
「御意」
サテライト・マジックを発動。『愚者』をセットして「盗人の正義」を準備する。
大勢の相手には、この戦法に限る。
スピードはかなり速い。
一瞬の間に、かなり近付いている。
やはり盗賊ではなく、魔物だな。
森から、先頭の魔物が顔を覗かせる。
凶悪な牙を剥き出しにして駆け寄ってくる大型犬。
牙犬か。懐かしい。
「グルルルルァァ!」
「ワオーン……ギャッ!」
あちらもヒトの姿を目視し、敵意をいっそう剥き出しにして突撃してくる個体と、遠吠えで何やら合図する個体。遠吠えした個体は矢で喉を射抜かれてひっくり返った。
気配探知によると、数は20近い。
戦争のせいで、魔物狩りが疎かになってるんじゃないですかね。
ラーヴァフローを群れの方向に放りながらダッシュする。
最初に顔を見せたひときわ大きな個体が、後ろ足で跳び上がって突進してくる。
早いが、牙犬の動きは何度も見たことがある。
牙犬の突進に合わせて身体を捻って沈むと、空ぶった牙犬の喉を剣で斬り破る。
その余韻に浸る暇もなく、1体目の後ろから付いてきていた2体目、3体目が既に跳びかかってきている。籠手で受けるタイミングだが、昔籠手ごと牙で咬まれたこともあったな。
体勢を整えながら、浮かべた火球を2体の頭に連射する。
1体目は軌道が変わり、2体目は悲痛な鳴き声を上げながらも、そのまま突っ込んでくる。
しかし火球を嫌って顔を背けているので、牙が怖くない。
右手で横顔を殴り付ける。
殺せたかは分からないが、後ろの従者たちも頼りになる奴らなのだ。
多少取り逃したところで、止めを刺してくれるだろう。
その場からエア・プレッシャー自己使用で退く。
移動前の場所に向けて飛び込んできた4体目、5体目、6体目にラーヴァボールを浴びせる。身体強化してダッシュし、動作が鈍った牙犬たちを大雑把に斬りつけながら走り抜ける。
む?
7体目以降は続いてきておらず、俺を避けるようにして大回りをしている。
キスティの方に行ったやつらは任せるとして、逆に行ったやつらがいる。
逃げるだけなら森の方に逃げればいいのだが、俺を迂回してサーシャたちの方に向かうルートだ。舐めた真似を。
身体強化ダッシュと、エア・プレッシャーで距離を詰める。
近付いて分かった。
こいつら、向かってきた6体に比べて身体が小さい個体が多い。
幼体か。
「今のうちに刈っておかないとな」
引率なのか、先頭にいたひときわ身体の大きな個体が、俺の行く道を防ぐように1体だけ転進する。
殿のつもりか?
俺が更に近付いたタイミングで、一気に跳び込んでくる。
速い!
先の6体のどれよりもスピードが速い。
思わず剣で受ける。
前足を俺に振り上げて、がむしゃらに牙で首を狙ってくる牙犬。
思わず押される。力もなかなかだ。
剣を左手で支えて、『魔剣士』をセットして右手に短い剣を生やす。
創った短剣で喉を突き破り、魔力放出をお見舞いする。
首から夥しい血を流した個体が、地に伏せた。
牙犬、怖いな。
レベル的な意味でも、経験的な意味でも、かつて牙犬や岩犬と戦ったときより成長したと思っていた。
ゲームで高レベルになってから開始地点に戻ったみたいに、かつての敵は一蹴できるような気もしていた。
しかし、そうではないな。
牙犬は相変わらず怖いし、何か1つ間違えば、命を失うのはこっちだ。
大柄な個体とやり合っている内に、少し他の個体と距離が離れてしまった。
集団で行動しているのは、4~5体のようだ。
そちらに近付こうとダッシュしていると、走っていた個体が上空から攻撃され、倒れ伏せる。
残りの個体は、何かに驚いたように足を止めている。
チャンスだ。
後ろから止まった個体を斬りつけながら通り抜ける。
通り抜けたところでバサッと音がして、上からシャオが肩に飛び降りる。
珍しいな。
「に゛ゃー!」
シャオが、サーシャ達の方を見て鳴く。
なんだ?
一瞬その方向の気配察知に集中すると、森と反対側、サーシャたちの後退している方向に反応。新手か。
チラリとキスティの方を見る。
牙犬と戯れているが、問題なく捌けていそうだ。
「急ごう。先にサーシャたちにも警告を頼む」
「んにゃっ」
シャオが鳴いて飛び立っていく。
こいつはどこまで言葉が通じているのか、曖昧なんだよな。
「ご主人様。牙犬ではありません」
サーシャたちの横を通り過ぎる時、サーシャがそんな言葉を掛けてきた。
少し先で、ルキが既に何かと対峙しているのが見える。
見えてきた敵は、犬っぽいフォルムであることは牙犬と同じ。
しかし、確かに牙犬とは違う。
筋骨隆々な細身の犬というか、なんというか。背中と頭にあるオレンジ色の体毛が鮮やかだ。
ルキの前には4体が立ち止まっており、1体だけ巨大なやつがいる。
ラーヴァボールを敵集団の真ん中に放ちながら突進する。
直撃はしなかったが、敵は驚いて注意が逸れる。一番近くにいた小柄な1体の背中を斬る。
少し硬いが、問題ない。
次に近いのは、巨体の個体だ。
「ルキ。小さいのは任せた」
「はい。お気を付けを」
「おう」
ルキは盾を小柄な2体に向け、ダッシュする。
巨体は俺が何とかすると信じている動きだ。
「おらっ!」
浮かべていた火球を次々に投げつける。
それを身体に受けても痛そうな素振りがないが、ルキを見ていた巨体がこちらに振り向く。
多分、体長は2~3mは優にありそうだ。
4つ足を付いた状態で、俺と目線が合う。でかい。
「グアッ!」
ひと鳴きして、こちらに噛みついてくる。それを避けると、口がわずかに光って、炎を吐き出した。
エア・プレッシャーで回避して、ウォータシールドの準備をする。
炎とか吐くのかよ。
もう犬でも何でもねぇよ! 怪獣じゃねぇか。
炎吹き犬は再度、こちらに近づきながら炎を吐いた。
炎はウォータシールドに阻まれ、相殺される。
相殺しきれなかった炎がこちらに向かってくる
それを避けながら、エア・プレッシャーで逆に懐に飛び込む。
短剣を喉に突き刺し、すぐに離脱する。
炎が吐けなくなったのか、身体を低くして跳びかかってくる。
エア・プレッシャー込みで真上に跳び、それを躱す。空中で更にエア・プレッシャー。
敵の上を通り過ぎながら、魔法で爆撃。
着地すると、目の前に敵の後ろ足。それも斬りつける。
何か硬いものに殴られ、転倒する。しっぽか!
身体を翻した敵が、大口を開けて噛みついてくる。
そこに、用意していたラーヴァ・ボールを投げ込んでやる。
「ガラアアアア!」
苦悶の表情で悶える敵。
少し離れて様子を伺っていると、力尽きて地に伏せた。
「ふう」
ルキの方を見ると、1体を斬り伏せて、1体は盾で動きを封じている。
ほぼ終わっているようだ。
出発早々、なかなかハードな歓迎を受けてしまった。
牙犬たちは魔石があったりなかったりだった。
しかし、最後に出てきた炎を吐く犬たちは、見事な紅い魔石が採れた。
「これが炎犬という魔物かもしれませんね」
サーシャは、最後の巨体を解体しながらそんなことを言った。
サーシャは遭遇したことがなかったが、スラーゲーからまあまあ西に行った場合にたまに出る魔物らしい。
こんなのがスラーゲー付近にいなくて良かった。
その日は解体を終えた後、少し進んで野営とした。
野営道具は寝袋くらいしか持ってきていないわけだが、スキル「レストサークル」が大変便利だ。
レストサークルを設定した範囲に入ってくる敵がいれば、自動的に感知して俺を起こしてくれる。しかも中にいる味方は体力回復が速くなるというオマケつき。
これがあれば、1パーティでも安心して夜を過ごすことができる。
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翌日、東に向かっていると武装した一団に遭遇した。
ぞろぞろと、数十人が列になって西に向かって進んでいる。
見慣れない旗を掲げていたから、おそらくどこかの領主の軍勢だろうか。
「そこの者ら、止まれ」
やり過ごそうと思って道を譲ったのだが、早馬に乗った重武装の者に呼び止められてしまった。
「なんでしょう」
「身分証はあるか?」
「いえ、個人傭兵なもので……」
「怪しいな」
一難去って、また一難か。
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