第293話 転職
船の護衛をしながら、魔法の練習に勤しんでいる。
風魔法は今までの技の威力を少し高め、水魔法と土魔法で、ある程度安定して氷を創ることもできるようになった。
「性質付与」のスキルはまだまだ研究中だが、時間切れが迫っている。
そろそろ船が目的の場所に到着するのだ。
周りは河一面で、最初の戦闘以降は軍船がガッチリガードしてくれるので、魔物を気にせずに魔法の練習ができる環境は惜しい。
契約上は行きの護衛だけだが、帰りも乗って帰っても構わないとは言われている。しかし白ガキとの約束で、帰りは乗らずに移動することになっている。
まあ、魔法練習は一朝一夕でどうにかなることでもない。魔法のことを考えられる時間は減るが、コツコツ継続していこう。
いよいよ船が目的地に着きそうだという日の朝、エリオットと食事がてら雑談していると、今更の情報を告げられた。
「実はね。もう良いだろうから言うけど、もっと西の方で艦隊決戦があったらしいよ」
「何? 軍の艦隊と、反乱起こしている連中のか?」
「そう、リック公の艦隊だね。かなりの数の戦闘艦が投入されたらしい」
「それで?」
「軍の、というか帝王の艦隊が圧倒したらしい。リック公の艦隊のうち、主力の艦船はことごとく沈められたか、降伏して拿捕されたとか」
「ほう……じゃあもう危険はないのか」
「いや、残党が何をするか分からない。それこそ、最後の仕事として補給を狙ってくることも考えられたのさ。だから船長はこれを秘匿した」
「油断されたら困るってか。なるほどな」
確かに、勝った気になってどんちゃん騒ぎするやつとか出るかもしれない。妥当な判断だろう。
「リック公は、河川域の大ボスだった貴族だよ。その頼もしさと、恐ろしさは僕でも知ってるくらいさ。それがね……何ともあっけない。怖いくらいに強いね、帝王の軍隊は」
エリオットは最後を少しだけ冗談めかした口調にしてそう言った。冗談めかしてはいるが、素直な感想だろう。
帝王は帝国宣言にかこつけて、王家に刃向かう恐れのある邪魔者を排除している。それくらいは俺でも分かる。中央集権というやつだ。
大貴族の時代が終わり、軍の時代が来るのだろうか。
そのとき、個人傭兵や魔物狩りという存在はどうなっていくのだろうか。
戦争が終わると無用になった地球世界の傭兵と異なり、魔物という無限に出てくる人類の敵がいる限り、需要は残り続けるとは思うが。
「そういえば、目的地に着いたら降りるんだって? 君。君の活躍なら、帰りも行きと同じくらいの護衛料は取れるんじゃない」
エリオットが干した魚を掴んで齧りながら言ってくる。
「ああ。ちょっと西の方も見てみたいしな」
「まあ、前線に近い方が色々仕事があるだろうからねえ」
「まあな。内乱や戦争に参加する気はないが」
「それが良いよ。戦争なんてロクなもんじゃあない。もし住民を根切りにしろって言われたら従わないといけないんだよ? 流石に内乱でそれはないかもしれないけどさ」
「根切りに? いったい何のために?」
「色々あるんだよ。見せしめのためだったり、単に指揮官の報復感情だったり。一番怖いのは、敵に補給させないために念のため殺しておくっていう、極めて冷静な判断で命令された時だけどね」
「おいおい、戦争にかまけて魔物に対処できなかったら貴族失格なんだろう? 住民を助けないどころか、殺したらヤバいんじゃないのか?」
「……君は権力者の論理というものをまだまだ理解しきれてないみたいだね。魔物狩りを怠って魔物に土地を明け渡すことになるのと、今そこにいる住民を殺すのは全然違うことさ。ある村のヒトがいなくなったなら、別の民を村の民として移住させれば済む話ってわけだよ」
「……おいおい」
住民は皆殺しにしました。でも魔物も倒したので責務は果たしてますってか?
大した責任感だ。
それだと、むしろ手に負えない魔物が出てきたら、町が襲われる前に住民を殺してしまって魔物被害をなかったことにするなんて結論になりかねないぞ。
まあ、お偉いさんの倫理をどうこう言ったところで何にもならんか。
「エリオット。あんたはこの補給任務を引き受けたってことは、帝王の派閥ってことになるのか?」
「うーん、まあ、ざっくり言うとそうなるかなあ。あくまで流れ上、そうなっただけだし、特段王家の手下って意識はないけどね」
「あんたが……いや、いい」
これは言うべきではないな。
エリオットがこの任務を受けたのは、実家の頼みもあると言っていた。エリオットの実家が商人なのか、戦士家なのか、あるいは貴族なのか。
それは分からないが、エリオットが参加したことで、帝王にすり寄ったと考えられる。
もともと帝王派なら、そこまで必要だろうか。家を飛び出し疎遠になった息子に頼るのではなく、自分で人員を出せば良い。
エモンド家にも貸しを作りたかったといった可能性はあるが。
それより、しっくり来る仮説がある。
エリオットの実家はリック公の陣営だったとする。だとすると彼らは自分で自由に動けないので、家の未来のために縁のある人物に裏から手を回した。帝国への点数稼ぎと、いざという時の保険のため。
……ありそうだ。
だとしたら、エリオットは今、家族に刃を向けている状態なのかもしれない。
彼らに望まれて。
「エリオットはどうするんだ? またゴブリン狩りにでも?」
「それも良いけどね。まずは帰ってトリシエラ達と合流だね。しばらくはのんびりしたいよ」
「そうなのか。稼ぎどきっぽいけどな」
「そうだねえ。でも、このところ疲れが溜まってね。自分の実力も頭打ちになってきた感じがあるしね」
「そうなのか? まだまだ動けそうだが」
「そりゃ、引退するような歳でもないけどさ。ヨーヨー君はさ、僕が君のように敵船に乗り移っていたら、生き残れたと思うかい?」
「む? どうだろうな」
エリオットの実力は測り切れていない。ゴブリンに囲まれて戦っている様子からは、乱戦向きなように思えるから、生き残れるかもしれない。
「僕は五分五分だと思うよ。それでも、マリーが敵船に取り残されていたら行ったと思うけどね。でも行ったらトリシエラが危ないみたいな状況があったら、どうするだろうね」
「あまり想像したくない事態だな」
「今までは、そういう不安も克服していけると思ったんだけどね。自分の限界というものを意識すると、どうも臆病になってしまうね」
エリオットがゴブリンにやられているような様子は想像がつかないが。
もう港都市に家も持っているし、無理して傭兵する必要はないかもしれんな。
「転職でもするか?」
「エモンド商会お抱えってのも悪くないかもねぇ。需要があればだけど」
「指揮ができる人物ってのは、重宝されるんじゃないかね」
エモンド商会では、優秀な護衛がまとめて消えたばかりだし。
「そうかねえ」
「そうさ」
「……君も、無茶はほどほどにね」
「ああ。なるべくな」
食事を終えて、昼過ぎになるといよいよ目的地が見えてきた。
河は進行方向に向かって左に曲がっており、左岸、進行方向正面に目的の軍の拠点があるようだ。
小雨が降っており、遠くまでは見通しにくいが、桟橋と奥の大きな建物があり、その向こうには壁も作ってあるようだ。
出発地点よりしっかりとした拠点だ。
荷下ろしが終わるまでは船に残って周囲を警戒したが、荷下ろしが終わると下船の許可が下りた。
センマイに挨拶してから、船を降りる。
「ここまで、護衛お疲れ様でした」
梯子を降りた先には、船長と護衛が並んでいた。船長から目配せされた護衛が、懐から皮袋を取り出して差し出してくる。受け取ると、ずっしりだ。
「こちらこそ世話になった」
「これは報酬です。戦闘は一回のみでしたが、大変活躍されたようですから、加算しています。パーティ全体で金貨1枚」
「おっ、金貨か。太っ腹だな」
「ここで確認されますか?」
「いや、エモンド商会の勘定は信頼している」
「そうですか。もし疑義があれば、どこかの町のエモンド商会を訪ねてみてください」
「分かった」
懐に皮袋をしまう。
船長に別れを告げていると、後ろからバシッと肩を叩かれる。
「よーう、ヨーヨー! ここで降りるなんて、なかなか良い身分だねえ」
傭兵団の団長、ブレイズだ。
「そっちは軍にうまく取り入ったようだな?」
「はっはっは、軍とのコネは貴重だからねえ。アンタもやる気があるなら、一緒に軍の依頼でも受けないかい?」
「いや、遠慮しとく。自由気ままが性に合ってるんでね」
「そいつは勿体無いねえ。帝王様ご乱心で世が乱れて、今が出世のチャンスだってのに」
「そっちはあまり興味がないものでな」
「ますます惜しいねえ、うちの傭兵団に欲しいくらいさ! でもま、本業は魔物狩りって言ってたもんねえ」
「そうだ。あ、魔物狩りにオススメの進路はあるか?」
白ガキに船を降りるように言われたが、進路は定まっていない。
転移してしまうのも手だが、折角今まで来たことない地域に来れたことだしなあ。
白ガキのお呼びがかかるまで、ぷらぷらするのもアリだ。
「ううん、難しいけど、西に行くなら北回りが良いかもねえ。直接西に行くと、軍とかち合うからね。魔物狩りって感じにはならないかも」
「北か。壁があるってことは、この辺は魔物が出るんだよな」
「ああ、王都とはワケが違うよ。軍港だから、魔物抜きにしても壁は作るかもしんないけどね」
「そうか、軍港か」
ヒト相手の壁もあるということだな。
王都も立派な壁があったし、そりゃそうか。
さて、北に行くにしても、どういう経路にするかね。
少し情報収集しながら進んでみるか。
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