第292話 対象物

戦闘の後処理が終わり、また魔法練習の日々に戻っている。


違うのは、新たに商会の雇われになった『水魔法使い』の2人が練習の場に現れるようになったこと。

そしてサーシャが近くで弓の練習をするようになったことだ。


サーシャはスキル「魔法の矢」で創った矢を飛ばしている。

それから、遠くの鳥を射抜いたり複数の矢を同時に放つ練習もしているようだ。


複数の矢を放つのは威力が下がってしまうのであまり効果的ではないようだが、「魔法の矢」をうまく使うと一本の矢を分裂したように放つことができるということを発見していた。一本は本物の矢、残りは魔法の矢にするということだ。


そしてこの練習中、センマイの作り出した風の流れに乗せて撃つことも試していたようだ。

その副産物として、魔法の矢の使い道について更に興味深い発見があった。


魔法の矢は、風の影響を受けにくいようなのだ。

スキルで生み出している存在なので当然実物の矢そのものではないことは分かっていたのだが、かなり魔力のエネルギーそのものに近い性質らしく、物理的な干渉を受け難いのだ。

今まではタダで使えるのでサステナブルというくらいしか使い道がなかった魔法の矢だが、威力を高めれば風を無視した精密狙撃用として使えそうだ。


サーシャがドンドン成長していて少し焦るものの、俺もコツコツと頑張るしかない。


まず風魔法だが、いきなりセンマイみたいに竜巻を起こしたりするのは諦める。

こういう大規模な魔法はもともと、俺の強みではない。それに、一朝一夕で何とかなるものでもない。

もともとウィンドシールドなどは多用しているし、近い距離で風を操るのは得意なのだ。その距離を伸ばしたり、範囲を広げたりしながら少しずつ上達すれば良い。

せっかく「性質付与」なる興味深いスキルをゲットしたところだ。

無闇に規模を広げるより、風に性質を付与したりして、オリジナルな領域を拡張していきたい。


あまり比較したくはないが、水量よりウォータドラゴンで勝負しようとしたルゼンと似たタイプなのだろう、俺は。


そして水魔法は、丁度良い先達がいるので色々尋ねたりしている。リリに。

ルゼンの方が魔法の腕も経験も上のはずなのだが、いささか感覚派なのだ。それに対してリリは良くも悪くも現実的で、常識に囚われやすい。

それを魔法理論と経験で試行錯誤して現在に至っているタイプだ。

話を聞くには最適なタイプだ。

将来、金持ちの子供に魔法の講師とかしたら重宝されるのではないだろうか。美人家庭教師とかなあ。


そのリリだが、氷魔法を使える。

小規模な氷柱を作り出す程度のものだが、スキルで会得できたものではない。

『魔法使い』時代に試行錯誤して身に付けたらしい。すごい。


あまり他人の魔法の感覚を聞きすぎるのは良くないらしいが、リリの氷魔法習得過程は非常に気になる。何度も頼み込むと、少しだけ話してくれた。



「あくまで私の場合は、ですが。ベースは水魔法ではありません。土魔法です」

「……マジか?」

「ええ。氷という特殊な固体を生み出すと意識しました。同時に、それらの粒を水魔法で練り合わせていくイメージです」

「そんなことができるのか……それこそ想像力か」


いや、言っていて思ったが、俺はもう似たようなことをやってるな。

溶岩魔法だ。

あれは土と火をベースに、水魔法で練り合わせるようなイメージだ。

普通の土魔法で創れる砂や土を多少熱したところで、ドロドロの溶岩じみた何かになるとは考えづらい。

やっていたんだ。特殊な固体を創り出して、新しい魔法を作り出すことを。


「しかし、氷は冷たいよな……。そこがイメージし辛いというか」

「そうですね。私も同じ違和感があります。だからこそ、少量しか創れないのです」


ここが「現実的に考えてしまう魔法使い」の限界か。


「とにかく練習を通じて、何か掴めるかもしれない。ありがとう」

「ええ。ヨーヨーさん、今更なことを訊きますが」

「なんだ?」


良いアイデアを貰ったから、スリーサイズくらいなら教えちゃうぞ。


「どう考えても、『魔剣士』ってウソですよね?」

「……黙秘する」

「こら、リリ。人様のジョブを詮索しちゃダメ」


おお、ルゼンが止めてくれた。

髭面で触手使いだが、ちゃんと師匠ムーブもできるんだな。


「ですが……はい、失礼しました」


ネットの外で矢を放っているサーシャが、こちらに注目している。手の弓には矢を番えたままなので、ちょっと怖い。

その圧力に屈してか、リリも口を噤む。


とりあえずこれからしばらく、氷魔法を創るチャレンジもしてみよう。

えーと、土魔法をベースに水魔法で練り合わせて?


「あ」

「あ? えっ?」


出来た。俺の声に釣られて俺の掌の上を見たリリが驚く。

小さいがサイコロのような形状の、ゼロから創り出した氷のかたまり。

ルゼンもこちらに寄ってきて、俺の手を取って掌をまざまざと覗き込んだ。


「……ヨーヨー。実はもともと出来たでしょ?」

「いや、今はじめて出来たぞ」

「はぁー、ヤダヤダ。僕やリリがどれだけ苦労したと思ってるの? やってらんないよ、魔法なんて」


不貞腐れて寝転がってしまうルゼン。

それを止めるかと思ったリリは、ルゼンの隣によいしょと寝転がってしまった。


「おい、汚いぞそこ」

「いや、俺の魔法で掃除してっからよ」

「そうかよ」


相変わらず寝転がったままのセンマイが、変なチャチャを入れてきた。



そんなことがあってから、風魔法の練習に加え氷魔法の創造練習も開始。

だが、一番力を入れたのは実は風魔法でも、水魔法でもない。


スキル「性質付与」の検証だ。


『性質付与:魔法的介入により、対象物に任意の性質を付与する』


「スキル説明」の説明はこれだけだ。

敵船の襲撃前までに、水を少しぬるくすることに成功している。ただそれだけでもそれなりに試行錯誤があったのだ。

まず「対象物」とは何なのか。なんでもアリな記述にも思えるが、「魔法的介入」というのが怪しい。つまり、魔法的な介入が可能な対象物と方法に限る。という事実上の制約があるのではないだろうか。

水以外でも色々試しているのだが、スキルの発動を意識すると魔力が流れる気がするだけで、発動条件も分からないまま何度も空振りし、とりあえず水自体は既存の魔法でも介入可能だし、対象物になるはずだと思って水で練習してみたのだ。


魔力が流れているなら、そこにヒントがあるはず。

昔、魔銃に流す魔力を工夫して散弾にしてみた頃から、魔力状態のまま色を付けるようなことはたまにやってきた。

火魔法を意識して、しかし発動まではさせず。


そうして達成したのが「水をぬるくする」という一大プロジェクトだったのだ。


これを先に進めたい。アカーネもだんだん興味を持ってきたようで、実験を大いに助けてくれた。

「魔法的介入」で何ができるのかの理解が重要に感じる。アカーネにも色々魔導理論を教えてもらいつつ、何ができるかを実験していく。

まだまだコツが掴めず、燃費が悪すぎるため実験も少しずつしか行えない。

それでも失敗を重ね、水の次に効果が確認できたのは木製の廃材だった。


「対象物」になり得る物を探してパーティで物を集めていると、船の修理用の木材のうち、余った物を貰えたのだ。

これに土魔法を意識した魔力をたっぷり送り込むと、木材が硬くなった。


あちこちに穴が開き、見るからに朽ちそうな木材だったのが、少し乱暴に力を入れても耐えるくらいの硬さになったのだ。

念のため、アカーネの魔力感知で確認しつつ魔力が抜けてから再度力を入れると、ポキッとすぐに壊れた。


今までの実験結果をまとめると、こうだ。


・「対象物」となるのは水、木材。他の物も無機物であればだいたい対象になりそうだが確認できていない

・対象物に触れてスキルを発動すると魔力を注入できる

・注入した魔力によって対象物に一時的な変化を与えられる

・時間が経つと元に戻る。注入した魔力が消えたことによる?

・火魔法の魔力→温度上昇(冷やす方はできない?)

・土魔法の魔力→硬くなる

・人体は対象にならない(ルゼンで試した)


今のところ役に立つ可能性がありそうなのは「硬くなる」効果だ。

武器を硬くすれば、壊れにくくなるだろう。

防具を硬くすれば、それだけで生存性が高まりそうだ。


……ん? 武器か。


試しに、魔創剣を創ってスキルを発動してみる。

……おお、魔力が僅かに流れる気配。多分だが、対象になりそうだ。

スキルで創った物でも、物になっていれば対象物になるのか。


と、いうことは?


魔法で氷を創り、発動してみる。

やはり、対象物に当たりそうな反応。


創った魔法的な「物」に性質を付与できるのか。

……すぐに使い道が思い浮かばないが、やはり拡張性が広そうなスキル効果だ。


水をぬるくするのも、今後アツアツまで効果を高められれば何か役に立つかもしれない。

固体も同じように温めるのは今のところ成功していないが、もし出来れば鉄を熱くするとかできる。こっそり使って、敵に火傷させるとか? 微妙か。

いや、罠的に使うのは面白いか。

罠……か。



「主、楽しいのは分かるが。魔力消費はほどほどにな?」

「ああ、悪い」


夜、部屋でこそこそと思いついたことを試していると、キスティに窘められてしまった。

いつまた敵襲がないとも限らないのだ。

なるべく魔力は温存しておきたい。

実験の最中も魔力は10程度、多くて15程度しか使わないことに決めている。

まだ燃費が悪いせいで、ちょっと水をぬるくするだけで魔力が5以上持っていかれるのはイタい。


「主とアカーネに怒られそうだが、何とも理解が難しい。そんな水を温めるくらいのスキルで、今後役に立つのだろうか? 戦闘の鍛錬をした方が役に立つと思ってしまうぞ」

「今俺が多用している魔法も、最初はショボかったろ。それにこういう、限られた情報から何が出来るのかを考えて組み立てるのは嫌いじゃない」

「ふ~む。まあ、それが出来るからこその主なのだろうな」


キスティが胡坐をかいている俺の後ろから、顔をこちらの頬と密着させるようににゅっと出して実験を眺める。

思わずその横顔を眺める。


こいつ、腹が立つくらいに整ってやがる。


「なんだ? 溜まっているのか主?」

「……お前な。何かあの傭兵団の女ボス、誰かに似てると思ってたんだよ」

「ブライズ殿か? そうか?」

「ああ。見た目はあんまりだが……戦闘狂なところ、脳みそまで筋肉なところ、あと強引な強い男が好きそうなところ」

「むっ? 好みの話などしたことがあっただろうか」

「どうだったかな」


組み伏せられるのが好きなので、多分当たっている。が、それは自覚なさそうなので黙っておこう。



そんな魔法がアツい船旅も、終わりに近づいていた。


隣で練習していたサーシャは、いつの間にかレベルが20の大台に突入。


*******人物データ*******

サーシャ(人間族)

ジョブ 十本流し(20↑)

MP 21/21


・補正

攻撃 E-

防御 F-

俊敏 F

持久 F

魔法 G

魔防 G

・スキル

射撃大強、遠目、溜め撃ち、風詠み、握力強化、矢の魔印、魔法の矢

・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************


レベル19で「射撃中強」が「射撃大強」になったばかりなので、新たなスキルはなし。

しかし着実にパワーアップしている。


こういう特殊な上級ジョブでレベル20って、普通に凄いんじゃないだろうか。

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