第291話 ウォータドラゴン

ぼんやりしたり、エリオットと話している内に戦後処理が進んでいた。


護衛の軍船も見事に敵船に勝利したようで、終わってみれば敵船3隻中撃沈1、拿捕1という戦果だった。


『水魔法使い』の2人はエモンド家に雇われることになったようだが、それ以外の多数の要員が軍に引き抜かれてハーモニア号は大わらわだ。

傭兵団『渡り風』の大半も、拿捕した戦闘艦に移って軍の指揮下で戦うらしい。

『マッドデーモン』の面々はハーモニア号に残るようで、しばらく塞ぎこんでいたリーダー・シルリオも、ハーモニア号が離れてしまっていた軍船に追い付き、再出発する頃には気丈に振る舞っていた。


「ヨーヨーが土壇場で乗り込んでくれたから、助けられたって聞いた。お礼が遅くなってごめんなさい、ありがとう」


と、わざわざお礼を言いに来た。

彼らとの謎のお喋り会が俺の乗り込んだ決め手になったことなど彼女は知らないだろう。それで良い。


『渡り風』のブレイズは言っていた。

「5人目だったか、6人目だったか……それほどキツくないって気付いた時が、一番……怖いよ」と。

果たしてモグラの姫は何人目だったのだろうか。



いつも魔法を練習していた、船尾のあたりに向かうと、佇む女性の姿。サーシャだ。

傍にいた小さい人物が、こちらに気づいたような仕草をした後、俺とサーシャを交互に見て、チョロチョロとどっかに逃げていった。アカーネだ。

何やってんだあいつ。


「サーシャ。心配をかけて、すまなかったな」

「……ご主人様」


サーシャはこちらをチラリと見たが、また河面の方に向いた。


「いえ、差し出がましいことを申しました」

「俺がやられた場合のことも、もっと考えないとな」

「ええ、それは是非。アカーネなど、才能を埋もれさせてしまうには惜しいですから」


サーシャは、今度こそ身体ごとこちらに向き直った。


「しかし、仮に先々の生活に不安がなくとも、急に置いていかれるのは困ります」

「……そうか」

「はい。それでも結局、今度もご主人様は状況を変えてしまいましたから。私の懸念など的外れだったのかもしれません」

「サーシャの援護があったからだ。助かったぞ」

「ええ」


謙遜するでもなく首肯するサーシャ。


「ご主人様。オーグリ・キュレスにいるうちに、ひとつ本を買いました」

「そういえば、何か買ってたな。何だったんだ?」

「聖クリフィの伝記です。改めて読んでみたくなって」


聖クリフィ。

たしかサーシャのジョブである『十本流し』の元ネタで、昔の凄い弓使いの戦士だ。


「聖クリフィは故郷を奪われ、夫を殺されても弓を取り、強大な部族と戦い抜いたそうです。でも本当は彼女自身もその部族の血を継いでいたとか。彼女は血の繋がった部族より多種族の共生を説いて戦い抜いて、そして彼女の思想が後の帝国の建国に繋がったとも言われているそうです」

「それは凄いな」


俺がこの世界に侵略してきた地球人と戦うようなものだろうか。

……別に抵抗ないな?


「後世の伝記ですから、多少の脚色はあるのでしょう。しかし、偉人であることは間違いないようです」

「そうだな」


十本流しという異名の通り、矢を一度に10本も放ったとかいう話だ。

疑わしいが、ジョブ名として定着するくらいだから信ぴょう性はあるのだろうか。


「そのような後世まで語り継がれる偉人のジョブを継いだ者として、成すべきことはあるのだろうかと考えることがあるんです」

「サーシャ……」

「そもそもこのジョブも、ご主人様と旅をしなければ得られることはなかったでしょう。だからきっと……ご主人様と共に旅をした先に、何かあると勝手に期待しているのです」

「……」


いや、俺は好き勝手にやっているだけだぞ。

目を覚ませサーシャ。


「ふふ。そう心配なさらずとも、ご主人様に無理を申すつもりはありません。ご主人様は心のままに生きる方。だからこそ、見える世界もあるのでしょう」


サーシャが妖しく笑う。サーシャへの心の中でのツッコミも見透かされているかのようだ。


「サーシャ、お前……」

「どうもこのところ、私は現状に甘えてしまっていたようです。ご主人様は心のままに動かれませ。私は私で、心のままにご主人様に喰らいつき、護ってみせます。ご主人様がどれだけ否定なさっても、私は私の道を信じるだけです」

「そうか……。お手柔らかに頼む」

「ええ。しかしご主人様」

「なんだ?」

「聖ヨーヨーというのは、いささか似合いませんね」

「はっ」


頼まれてもゴメンだ、そんな扱いは。

偽剣使いで魔人で、ときどき詐欺師。

そっちの方がまだマシな気がする。



戦闘中はどこかに逃げていたもう1隻の商船も合流し、船団は再度目的地に進む。

途中、小型船と交戦することはあったが、これは3隻になった戦闘艦が沈めてくれた。


その間俺はといえば、専ら魔法の練習をしていた。

もともと風の魔法をセンマイに習っていたのに加えて、友軍になった『水魔法使い』もいる。

男の方は名前がルゼン、女の方がリリーワイアというらしい。


ルゼンは『魔法使い』を輩出してきた地方の戦士家の出身で、実家は帝王派と戦争中のリック公の派閥に属する。

ルゼンは実家から飛び出た流浪の魔法使いらしいが、今回は実家から頼まれて船に護衛として雇われたという。


リリーワイアはいわば押し掛け弟子で、魔法使いに憧れた町娘らしい。

田舎の都市でグダついていたルゼンを師匠として強引に魔法を習い始め、筋が良かったのでルゼンも本格的に魔法を教え始めたのだという。


魔法学院とかがない田舎では、こういう師弟制度で魔法を習うのが多いのか。

2人ともジョブを隠すそぶりもなく、『水魔法使い』であることを認めた。


クリスのじいさんもそうだったし、『水魔法使い』を輩出する一族なのかと思ったが、そうではないらしい。

魔法の基礎は教わるが、属性などはヒトにより様々になるそうだ。

ルゼンはもともと水が得意だったのと、クリスじいさんに魔法を習ったことがあり、気づいたら『水魔法使い』を獲得していたらしい。


「じいさんは元気だったかい?」

「連絡は取ってないのか? 俺が会った時は、元気にグリ……じゃなかった、ザーグ狩りに参加していたぞ」

「ザーグぅ? あのじいさん、何してんだ!」

「ウォータミサイルに、バインドだったか。1人でザーグを追い込んでたぞ」

「あのじいさんが創る水量、ハンパないんだよねぇ。僕は到底無理だから、こうしてフォー・ウォータ・ドラゴンを開発したわけ」


ルゼンは触手にしか見えないそれを発現させ、うねうねと揺らしてみせた。

動きがますます触手だ。


「あんたのオリジナル魔法だったか。しかし魔法使いが接近戦用の魔法って、異端じゃないのか」

「君が言う〜? それ! なにあの、風魔法を自分に撃って移動するやつ! 理屈は分かるけどさ〜」


ルゼンは俺が教えるまでもなく、エア・プレッシャー自己使用に気付いていた。

なかなか優秀なようだ。


「俊敏のステータスも上がるのが『魔剣士』の強みだからな。俺に言わせれば、火力一辺倒で白兵戦しない方が異端だ」


俺のジョブは『魔剣士』で通している。

明らかに剣を介さずに魔法を使ってしまってはいるが、それをどう解釈するかはそれぞれに委ねる。


「そんなことより、俺の水魔法を見てみてくれ。イマイチ、活用しきれてないんだよな」


ウォータシールドを発動して見せる。

それからウォータボールも創って床にぶつけてみるが、バシャっと音がして球が潰れるだけだ。


「もっと威力がほしいってこと? 水は風ほどじゃないけど、単純にぶつけても威力に乏しいからね〜」

「そんなところだ。あんたらが軍に引き渡されるのを防いだんだ、アドバイスくらい貰ってもいいだろう?」

「まあいいけどさ。やり方は色々だよ? クリスじいさんはとにかく量を確保して、水本来の質量でぶん殴る感じだったね。じいさんは操作が上手いから、そうは見えないかもしれないけど。根っこは力技だよ」

「ほう。あんたはどうなんだ?」

「じいさんの真似はできないって悟ったからね。もっと少ない水量で、とにかく硬くて自在に動かせるものを創るのが僕の戦略。土魔法なんかと違って、いくらでも柔軟性を確保できるのは水魔法の強みさ」

「なるほど、それでしょく……ドラゴンか」

「そそ。でも君は、水魔法に限って言うと、リリに近いものを感じたね」

「ほう? リリはどんなタイプなんだ?」


リリは涼しい顔をしたまま、杖を河に向けた。

河の水面から1匹の鳥の形をした水が翔び立ち、弾けて消えた。


「ご覧の通りですね」

「いや、分からんぞ」

「そうですか? 要は、水を創るのではなく、そこにある水を加工する技量に優れているということです」


ああ、そういうことか。


「俺も、そこにある水を操る方が得意だと?」


再度ルゼンに尋ねる。


「そうだねぇ。これは僕の持論だしかないけどね。思考が創造性に欠けるタイプは、創るより操る方が得意なんだよね。リリもそうさ。現実主義者だから」

「ほう。その説は初めて耳にした」

「実際どうかは分からないけどさ。面白いことに、属性ごとに違うみたいなんだよね。水の創造が苦手で、火は得意なんてヒトといるんだよ」

「心当たりはあるな」


溶岩魔法などは得意な部類に入る。

だからこそ、水を創るよりは溶岩などを創る方を優先してしまうわけだが。


「多分、水というものが身近すぎて、自由な発想ができてないんじゃないかな。水がドラゴンになるわけない、とか」


確かに水で触手を創ろうとは思わんな。

面白い指摘だ。


「水魔法が得意じゃないって割には、河の水を操ったり、こっちの操作を妨害するのは上手かったからね。水の扱い自体が苦手とは思えないよ」


想像力の問題か。

もっと自由な発想が新しい魔法の使い方に繋がるかもしれない。


「手っ取り早く、氷とかを創っちゃうのも手だけどね。『水魔法使い』でも、氷魔法は阻害されないんだよね」

「水魔法の派生みたいな扱いなのかね」

「かもね。しかしやっぱり、魔法の使い方が『魔剣士』っぽくないよね〜?」


おっと。

察しの良い魔法使いのガキは嫌いだよ。


取り残されて暇そうなセンマイを背に、水魔法の練習を始めてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る