第290話 責任

戦いが終わり、サーシャがプンプンしていた。


疲れてうたた寝していたようで白ガキに介入される一幕もあったが、気付くと船上に戻っていた。近くでルキが俺を護るように立っている。流石はルキだ。


奥から、ちょうどこちらに向かってくる人影がある。

シルエットからしてエリオットか。マリーも一緒のようだ。


「やあ、ヨーヨー君。お疲れのようだけど、無事だろうね?」

「ああ、少し疲れただけだ。後片付けは終わったのか?」

「まだまださ。落ちた味方の救助もあるし、治療に敵乗組員の拘束、あっちの船の処理とやることは山盛り。何より、まだ警戒を解くわけにもいかないんだ。敵に協力していたワーゲン族の頭は逃げたままだからね」


最初に襲ってきた水棲種族はワーゲン族というのか。


「あいつらは敵船の船員ではないのか」

「どうだろうねえ、その辺も敵の船長に訊いてみないと。それなりにまとまった数がいたから、傭兵団を雇ったか、あるいは領主が集めていたか。でも……」

「でも、何だ?」

「集めてたんだとすれば、それなりに大変なはずなんだけど。他の戦闘員の装備は微妙だったし、あんまりバランスは取れてないね。そう考えると、傭兵団としてたまたま雇ったのかもね」

「そういえば、あいつら水の中で活動できるんだろう? わざわざ上がって来ずに、船に穴でも開けたら良さそうだが……撃沈じゃなく拿捕を狙ってたからやらなかったのかね?」

「いや、ワーゲン族が水中で動けるのは短い時間だし、そこまで自在に活動できるわけじゃないよ。乾燥には弱いから水辺でないと生きられないし、泳ぎは皆、僕とは比べ物にならないくらい上手いけどね」

「ほう」

「それでもまあ、水中工作が出来ないわけじゃないだろうね。でもまあ、船側の対策もあるから、効果的かどうかは場合によるよ」

「対策があるのか」

「そりゃね。亜人に水中から襲われたらって考えて、何かしら対策はしてると思うよ。それに、乗り込む味方の援護としては、反対側から襲うって今回の敵の作戦も悪くないしね」

「誤算は、乗り込んできた敵がすぐに排除されたことか」

「『渡り風』が張り切ってたからねえ」

「戦った『水魔法使い』も、仲間の練度の低さにはイラついてたみたいだった」

「そういえば活躍したらしいね。流石だよ」

「急に仲間を任せてすまなかった」


エリオットは苦笑してマリーを振り返った。

マリーはぐいっと前に出ると、俺の肩を握り込むように抑えた。


「あんたねえ、前から危険なことはしてたけど、あんなことばっかしてんのかい?」

「あんなことって?」

「仲間をほっぽって、単身で乗り込むようなマネさ!」

「いや、あんな真似はさすがに他には……」


盗賊のアジトに転移したときのことが、頭によぎる。


「……たまにしかないぞ」

「はあー。あんたね。主人に置いてかれた奴隷が、どんなに苦労するか想像したことはあるかい?」

「俺もそれは考えているさ」

「別に偉そうに説教する気はないけどね。もうちょっとあのお嬢ちゃんの気持ちを考えてやりな」

「サーシャのことか?」

「そう。さっき、元気なさそうに歩いてたから気になってね。あの子なりに心配してるんだと思うよ」

「そうか……」

「ふう。余計なことを悪かったね、少し他を手伝ってくるよ。あんたもどうだい?」


最後の言葉はルキに言ったようだ。

ルキは無言でこちらを見てきたので頷く。


2人は連れ立ってどこかに行った。

近くには、エリオットが残っている。


「なんだ? エリオットは行かなくて良いのか」

「まあ、戦闘時の指揮が今回の僕の役割だからね。しばらくは暇だよ」

「そうか……エリオットは、奴隷の主人として、パーティのリーダーとしての責任を感じたりするのか?」

「そりゃ感じるさ。でもね……責任って難しいよね」

「難しい?」

「親としての責任、後継者の責任、市民としての責任……。世間で言われているような責任は、どこかの誰かが決めてくれたり、期待されたりもする。皆言うことは同じようで、違っているようにも見えるけどね」

「……」

「でもその点、僕らはどうだい? とっくに世間の『普通』からはみ出してしまった存在だろう?」

「それは、そうだな」

「ならその責任なんてものは、どうやって見定めるのか。難しい問題だよ」


エリオットは優しげな笑みを浮かべているが、いつもよりもどこか真面目な目をしている。

この話をするためにエリオットは残ってくれたのかもしれない。


「エリオットは見定められているのか?」

「いいや。でも分かっていることが1つあるよ。僕らは誰かに教えを受けるわけにもいかないのだから、自分で見つけるしかないのさ」

「なるほど」

「責任、責任と考えていると自縄自縛になってしまうけどね。僕が思うに……責任ってのは願いだよ」

「願い、か」

「君自身のね。せっかく家を買ったんだろう、そこで落ち着いても良い。誰も見たことのない景色を見に行ってもいい。そうして選んだ道に巻き込んだ周囲のヒトたちに、何を願うか。自分で考えるしかないさ」

「……」

「こういう話は、僕らには真面目すぎるかな。言い換えよう。責任を取れと言ってきたヒトが、責任を負ってくれることはないよ。何を選んでも、負うのは君だ」

「責任が選択に伴うものだとすると、自由に生きている俺らは負うべき責任も多いってことだな」

「そうだねえ。自由は責任がないと思っているヒトもいるけど、きっと逆さ」

「……。強くなったことで少しは成長できたと思っていたが、相変わらずエリオットには教わってばかりだな」

「捨てた家に縛られて、こんなところで右往左往している奴の言うことでもないかな?」

「エリオット……」

「それでも、僕は君には自由に生きてほしいけどね! 身内を捨てて奴隷と生きるヒトが居たって良いはずだし、生家に尽くす一生を選んでも良いはずさ。市民として平穏に暮らしても、壁を飛び出して魔王を倒して世界を救おうってヒトが居てもいいね!」

「魔王ねぇ」

「あ、別に魔王の存在を信じているわけでもないよ! 教会も否定しているしね。永遠にヒトを襲い続ける魔物に辟易して、どこかに元凶がいるって思いたい心理なんだろうねぇ」

「もし、魔王とか元凶がいたとして。それを俺だけが辛うじて倒せるとか言われたら、倒すのが責任だと思うか?」

「なんだい、それ。でも、そうだねぇ……別にどっちでも良いんじゃないかな。どっちを選ぶかは、君の責任ではないよ」

「じゃ、誰の責任だと?」

「う~ん。強いて言えば、君に『魔王を倒して世界を救いたい』と思わせられなかった世界の責任かな?」


……そういう考え方もあるか。


「ところで君、なんで敵船に乗り移ったんだい? 危険性とか責任とか、そういう話は置いておいてさ。手柄が欲しかったのかい?」

「さて、どうしてかね。ここで逃したら危険とも思ったし、取り残された友軍を見捨てたくなかったからかも。少しだけ、エリオット、あんたのこともあるぜ」

「へえ?」

「あんたには恩があるからな。仲間も万全ではないのに傭兵たちのまとめ役みたいなことを引き受けたのは、事情があるんだろう? 作戦が失敗したら困るんじゃないか?」

「ふむ。僕も大きな借りを作ってしまったようだね」

「今までの恩と相殺しても、まだこっちの恩が残ってるくらいだ。気にすんな」

「そうかい? ならまた何か頼もうかねぇ」

「ほどほどにな」



***************************



「お前が、こやつらと取引をしたという傭兵か?」


立派な口ひげを蓄えた大男から尋ねられる。


「は、まあそうです」


大男の脇には、先ほど戦った魔法使い達が同じ格好をした武装集団に囲まれて委縮している。

大男たちは軍の関係者らしく、軍船から派遣されてきたらしい。

それは良いのだが、何故か俺が名指しで船長に呼ばれた次第である。


「どのような約束をした? 正直に申せ」

「はあ、約束というか、お互いに決め手に欠けたので、引き分けということで剣を収めました。その時点から、そいつらはこっち側についた認識ですよ」

「エモンド商会に雇われるという話はなかったのだな?」


視界の隅にいる船長をチラリと見る。

無表情。


「いえ、すみません。商会への口利きは約束しましたが……まずかったので?」

「何だと?」


俺の雇い主が判断することだから、的なことは言った気がする。

よし、ギリギリ嘘は吐いてない。と思う。


「全く勝手なことばかり。船長、1つ貸しだぞ」

「はい、事前にご相談できず申し訳ありません。彼らが速やかに下らなければ、拿捕は難しかったものですから」

「拿捕はお手柄だ、魔法使いの件はこれ以上言うまい。その代わりに、拿捕した船用の人員は頼らせてもらうぞ」

「なんなりと」


口髭の大男たちはいつの間にかハーモニア号に横付けされていた細長い船に乗り込み、拿捕した船に向かっていく。

細長いだけでなく、船首が尖っており、鈍く光っている。

戦闘時には突撃で敵船を攻撃するための小船ではないだろうか。



「……船長、あれで良かっただろうか?」

「はい。ヨーヨーさん、助かりました」

「軍が魔法使いを欲しがったか?」

「無理にでもという感じではなかったですが、やはり貴重な『水魔法使い』ですから」

「そういえば、軍の方はどうなったので? 他にも敵船が居たはず」

「1隻撃沈、1隻は損害を与え、逃亡済みとのことですよ」

「ほう」


やるな、護衛艦たち。


「味方は撃沈なし、一番被害があったのがうちの船というくらいです」


終わってみれば圧倒的だったか。

ただ、ハーモニア号は少なくない船員・傭兵が死傷しており、今後が心配だ。


「船長、もう一度襲われたら……」

「白兵戦力の隠匿ももう通用しませんし、2度目があれば今度は最初から逃げを打ちますよ。軍もそのつもりです」


そうなると、護衛の役目もひと段落か。

やれやれ。

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