第289話 プンプン

敵の魔法使いを撃破した。


敵は、かつて旅の途中で世話になった『水魔法使い』のクリスじいさんの親戚だったので命は助けて、彼らが処刑されないように捕虜ではなく「引き分け」ということにした。


ネットで囲われた空間から出て改めて周囲を見渡すと、霧はかなり晴れてきている。

傭兵団長のブライズが船の反対側に向けて、後ろ向きにヒトを跪かせている。

周囲では、団員たちが武器を向けている。

その奥には、武器を持っていない敵船員らしき一団が呆然とこちらを眺めている。


「ブライズ団長。状況は?」

「よお、ヨーヨー! ルヴィから聞いたよ」

「ルヴィドか。良い話だといいがな」


ルヴィドは船に乗り込んでから合流した傭兵団『渡り風』の巨漢だ。


「がはは! 安心しな、ルヴィはピンピンしてる。最後は魔法使いまで任せちまって、悪かったねぇ」

「肝を冷やしたが、何とか引き分けだ」

「引き分けぇ? あんたが勝ったって聞いたけど?」


げ、どこかで傭兵団の連中にも見られていたか。


「いや、勝ったと思ったんだが、もう1人魔法使いがいてな。あんまり戦意もなさそうだし、引き分けってことでお互い手を引いたんだ。あっちももう、抵抗する気はないらしいぞ」

「まぁー、船長もお縄だしね。しっかし引き分けって、どうすりゃいいんだい」

「相手は『水魔法使い』の2人組らしいぞ。行く当てもなさそうだし、しばらく雇ったらどうだ?」

「そいつらは傭兵なのかい?」

「まあ、そんなところみたいだぞ」


実際には、傭兵なのか、戦士家の人間なのか判然としない感じだったが。

傭兵と言っといたほうが、元の仲間達を裏切っても「傭兵だしな」で受け入れられそうだ。

……俺はなんで、あんなヒゲ面のために頑張ってるんだ?


「ま、その辺は雇い主が決めることさ。『水魔法使い』ならまず間違いなく雇われそうだけどね」

「……仲間をかなりやられたが、遺恨はないか?」

「ああ、まあ魔法使いは別にもいたようだけどね。仮に団員を水で攫ったのが全部そいつの仕業だとしても、別に恨みやしないよ。戦いなんだ、お互い必死さ」

「ほぉう。あの2人だけじゃなかったと」

「何言ってんのさ? 1人はあんたのとこの弓使いが倒していたんじゃないか」

「……あー」


サーシャが、魔法使いらしき敵を狙撃していたっけ。

お手柄だった。


「よく知ってるな、ずっと前線にいたんだろう?」

「手柄首を取られた! ってウチの奴等が騒いでからね」

「手柄首って……」


思考がバーサーカーすぎる。

俺が乗り移らなくても、敵と相打ちくらいにはなったんじゃないか? こいつら。


「歯ごたえのある敵は少なかったけど、数が多かったからね。早めに魔法使いを減らしてくれたのは感謝してるさ」

「軍船を襲うくらいだし、もっと手練れだと思ってたが」

「そうかい? 武装した船員なんて、戦闘ジョブじゃない奴も多い。こんなもんさ。最初に乗り移ってきた奴らは、多少骨があったけどね」


そういえば、最初に対峙した魚人っぽいヒトは強かったっぽいな。

キスティのぶん殴りを受けても平然としていた。ピコの矢で吹き飛んだので、結局強さは分からなかったが。


「そういえば、あの水棲種族っぽい奴等はどこ行った?」

「さあ。こっちでは全然見ないからねぇ。とっくに見限ったのかもね」

「そうか」


種族と言えば。

モグラのお姫様はどうなった?


「ブライズ。あんたらと一緒に乗り移った『マッドデーモン』のリーダーはどうした?」

「あの子は……まあ、生きてはいるよ」


ブライズは船尾の方を向いて眉をひそめた。


「挨拶でもしてくる」

「ああ、うん。お手柔らかにね。敵の親玉を捕まえたのは、あの子だから」


そこかしこで、武装解除された敵の船員たちが固まっている。

その奥、マストの陰に隠れる位置に『マッドデーモン』のリーダー、シルリオはいた。


巻き付けていた布は外れ、顔は外気に晒されている。

太陽光が苦手らしいから、それで陰にいるのかもしれない。

種族が異なるがゆえに感情が読み取りにくいが、どんよりとしたオーラ。

その脇には同じくモグラっぽい見た目のヒトが倒れた姿。


「シルリオ。無事か?」

「……ヨーヨー」


シルリオは倒れた人物から目を離さない。

近付くにつれ、シルリオも傷だらけであることに気付く。

巻かれたままになっている布生地には血が滲み、鎧には穴が開いている。


「そのヒトは?」

「この前会ったでしょう。私の、おじさん」


謎のお喋り会の時にも居たらしい。

同じマキ族の見た目ということは、親族だろうか。


「……」

「おじさんはね、私が旅に出たときからずっと、一緒なの。いっつもお前が心配だって、それが口癖だった」

「……そうか」

「おじさんは土魔法が得意なの。だから、船の上まで付いてこなくていいって、だから言ったのに……!」


倒れたマキ族の男はピクリとも動かず、脱力している。

亡くなっていたのか。


「あんたの故郷じゃ、どうやって送るんだ?」

「土に、埋めるの」

「そうか」


ここじゃ無理じゃん。

埋葬作業を手伝うとかで、間を埋めようと思ったのに。


「私が、過信したせい。調子に乗ったせい。おじさんはいっつも、慎重に動けって言ってたのに……」


シルリオの言葉は潤んで、そして掠れていった。


気まずい。

戦闘直後だもんな、こういうことも想定しておくべきだった。


沈黙したまま、しばらく彼女のすすり泣く声を聞いていた。

波の音と、涙をすする音。


従者たちは無事だろうか。

そんな思いに耽って、どれだけ経っただろうか。


ふと我に返り、シルリオを見る。

おじの遺骸を抱くようにして伏している。


「敵の親玉は、シルリオが捕まえたらしいな」

「……うん」

「助かった。おじさんのことは残念だが、俺はシルリオに助けられたぞ」

「……」

「じゃあな。ああ、レオンは無事だぞ」

「……他のメンバーは?」

「他の『マッドデーモン』は知らん……ああ、多分多眼族のヒトは生きてる」

「そう」


これ以上、邪魔することもないな。

悲しむ時間も、こういう時には必要なのだろう。


こちらを見てもいないシルリオに、手を振って背を向ける。


俺が乗り移ったことによって、どれだけ戦況が動いたのかは分からない。

分からないが、シルリオの命が辛うじて助かったことで、満足しておこう。


「案外優しいじゃないか? 色男」

「うおっ」


何とも言えない気分で近付くハーモニア号を見ていると、すぐ横からブライズの声がした。


「どこが優しいって?」

「てっきり、1人死んだくらいで泣くなとか言うものかと思ったけどねぇ」

「あんたは言ったのか?」

「言っちまいそうだから、近付いちゃいないよ」

「そうか。俺は別に、そこまで思わないだけだ」

「あんたもしや……パーティメンバーを失ったことがないのかい?」

「……」

「言っとくけど、1人目が一番キツいよ。2人目も、3人目もまだキツい。でも、5人目だったか、6人目だったか……それほどキツくないって気付いた時が、一番……怖いよ」

「あんたは仲間の死とか、気にしないと思ったが」

「くはは、そんな奴がいるもんか。案外おぼこいねえ、あんた。皆、麻痺しちまってるだけさ。それで良いと思うけどね」

「……」


やっぱり、大人数の傭兵団とか向いてないな。

俺の手の届かないところで死なれたら、無駄に落ち込みそうだ。



ハーモニア号が接近し、また「縄」が掛けられて、次第に人員が乗り移ってくる。

代わりに俺やシルリオはハーモニア号に戻る。

今度は風魔法で大ジャンプも必要ない。


ただし、ゆらゆらと揺れる縄はしごを伝って乗り移るのは、大ジャンプよりスリルがあると思った。



***************************



「ご主人様。そろそろ一発殴ってよろしいでしょうか?」

「おう、無事かサーシャ」

「……はい」


サーシャはジト目でこちらを見た後、ため息を吐いてどこかに行ってしまった。


「ご主人さま~。サーシャ姐、珍しくプンプンだよ?」


アカーネが去ったサーシャの背中を、心配そうに見ている。


「原因は分かるか?」

「えっ。そりゃあ、急に危険すぎることやったからでしょ? ご主人さまが」

「そりゃ、いつものことじゃないか?」

「あちゃ~、こりゃダメだ。サーシャ姐に報告しておこーっと」

「おい待てアカーネ」


てててっと走っていってしまうアカーネ。とりあえず元気そうで良かった。


「……今回は、下手をすれば私たちを置いてバラバラになってしまうところでしたから。事前に一言欲しかったのでは?」


こちらは特に怒っている様子もないルキが手布を渡してくれる。

汚れをふき取りつつ、押して痛む箇所を確認する。

触手……じゃなかったウォータードラゴンとやらで殴られたりしたから、アドレナリンが引いてくると普通に痛い所がある。


「あー、確かに。1人だと、いざという時逃げられるからむしろ安全だと思ったんだけどな。ルキたちはエリオットがいるし」

「はい」

「こっちは何も問題なかったか?」

「再度の水棲種族の襲撃があったり、サーシャさんが情報提供したりと色々忙しかったです。私は矢を防いでいただけなので、暇でしたが」

「へえ、再度の襲撃が。うん? サーシャの情報提供って?」

「サーシャさんの『矢の魔印』です」


ルキは詳細まで説明してくれない。

矢の魔印って、サーシャのスキルで「放った矢の位置が分かるようにできる」みたいな効果じゃなかったっけ。

あっ。


「つまり最後の方に放ってた矢の位置で、あっちの船の動きを追跡していた?」

「そのような感じです」

「なるほどなあ。それで追いつけたのかあ」

「船長さんが、ルートを計算していたみたいです。サーシャさんの情報がその後押しになったみたいで」

「ウチのメンバーって、優秀だよなあ」

「……サーシャさんにご褒美でもあげてください」

「サーシャに? しかし、何を欲しがるんだろうなぁ」


金はたまに銀貨を与えるが、ぜいたく品を買いたがったりはしない。

何が欲しいとかも、そういえば聞いたことがない。

いや、美味しいものが食べたいというのはいつも言ってるな。


珍味でも用意すべきか。


「そういえば、キスティはどうした?」

「キスティさんですか? あっちの船に加勢に行くと、勢い込んでいましたが」


おいおい。どうやらすれ違ったらしい。

まあ、ひとまず皆無事で良かった。


もうしばらく、動きたくないぞ。



***************************



……。


「や、久しぶり」

「……」


何も返さず、向かいのふかふかソファーに腰を下ろす。

どうやら俺はうたた寝をしているらしい。


向かいに座っている、白ガキに目線を送る。


「機嫌が悪いねぇ?」

「ひと戦したところでな。ぼこぼこに殴られて身体も痛い……痛くないな?」

「ここはそういうのなくせるからね。どうやらボロボロみたいだから、怪我は反映させていないよ」

「やっぱりここは精神的な場所なのか?」

「ノーコメント。でもここで魔銃とかあげたでしょう?」

「そうなんだよな、それが謎だ」

「まあまあ。そんなことより、今後の話なんだけどね」

「今回の用事はそれか」


白ガキは静かにほほ笑む。


「できればなんだけど。帰りの船には乗らず、仲間だけで旅立てるかい?」

「む?」

「契約上はできるよね」

「よく見てるな……まあそれは今更か。しかし何故だ?」

「簡単に言えば、いつでも動けるようにして欲しいんだ」

「転移できるようにってか? しかし、全員転移は出来ないぞ」


白ガキに貰った簡易転送装置では、2~3人を連れて転移するのが関の山だ。


「もうちょっと精進してほしいけれど、今のところは仕方がない。僕が補助するから、次の転移は揃って移動できると思ってくれていい」

「補助できるのか。まあ、他の地域に行くのも1つの選択肢ではあったからな。受けられない話じゃないが……何が起こるんだ?」


白ガキが俺に頼むとすると、前に言っていた「依頼」絡みなのだろうが。

行き先に、こんな風に口を挟んでくるのは珍しい。


「何が起こるか分からないから、念のためさ」

「何を知ってるんだか。一応聞いとくが……『水魔法使い』に止めを刺す時に、何かしてきたのはお前じゃないよな?」

「ん? 僕は何もしていないねぇ」


白ガキは微笑んだままだ。うさん臭い。


「まあいい。今回の用事はこれだけか?」

「うん、そうだね。もう帰るかい?」

「……これも一応、もう一度聞いておくが」

「ん?」

「神様ではないと言っていたよな? 神様の関係者でもないのか?」

「僕が? まさか。僕はしがない被創造物さ」

「……」


相変わらず変な奴だが。

……特別な使命があるとか言われなかっただけ、良かったとしておこう。


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