第288話 天啓
敵の魔法使いと1対1の対決となった。
一度は晴れ始めた霧が、再び濃くなってきている。俺の撒いた煙幕というわけではないはずだ。
場所は船首だが、敵の船は幅広の設計なので、広さはそれなりにある。その一角にあるネットに覆われた空間に、敵の魔法使いがいた。
ネットはハーモニア号にもあったが、敵や魔物の攻撃を防ぎつつ、魔法の行使を妨げないためのものだという。
しかし、カマキリ顔のレオンの一閃で切られてしまったとこを見ると、強度はそこまでではない。
双方、攻撃が当たり軽く吹っ飛ばされたがすぐ立ち上がった。
俺はネットの外に押し戻され、敵はネットの中にいる。敵はそのままネットの中で待ち構えるかと思いきや、勢いよく飛び出して来た。
真っ直ぐこちらに飛び込んでくる。
すり足で半身をずらして打ち込みを躱し、スキのできた胴体に切り上げを……何かに阻まれて剣が止まる。
半透明のタコの足のようなものが敵との間にある。
そして、半透明の足がもう一本、動きの止まった俺の右から襲ってくる。それをエアプレッシャーで後ろに動いて躱し……もう一本、更に来る!
籠手で受けるも、腕から全身に衝撃が走り、後ろに転がる。
「『魔剣士』かな? やれやれだねぇ。この鎧も高かったんだけど?」
敵は皮の鎧のようなものに鉢巻という装備だ。
しかし、俺の魔剣術を受けても大して壊れた様子はない。見た目によらず、高性能か。
ヒゲ面の冴えない男に見えたが、強い。
装備もヒトも見かけはアテにならんな。
武器は身長より少し短いくらいの杖だが、敵の周囲には半透明のタコ足のようなものが4本、蠢いている。最初の印象はタコ足だったが、改めて見るとタコ足という見た目ではない。細長い水の塊に、先端が何かの口?っぽくなっている。単に触手と呼ぶべきか。
何にせよ趣味は悪い。
「触手ヤロウが。変態じゃねえか」
「いや、そっちの見た目もなかなかだと思うけどぉ? てか、触手じゃないんですけど!」
問答無用。
ラーヴァフローを発動し、敵にけしかける。
ジュウジュウと音がして魔法が防がれる。予想通り、水の触手で防いだようだ。
効果を観察する。
触手は防いだ部分を中心に、一瞬崩れかけたが、またすぐに修復されて触手の形が整う。
その間、敵から攻撃行動はなし。
少しの間、仕掛けの時間ができた。
サテライトマジックを発動し溶岩弾を浮かべる。少しだけ敵の表情が強張る。
サテライトマジックを維持したまま、今度は俺から敵に迫る。
左上と右上から触手が迫る。
しかし、触手が届く前にラーヴァボールがその先端に衝突し、勢いを殺す。ジュウウという音が響く。
続いて左下、右下の触手が敵を護るように全方に構えて固まる。ラーヴァフローでそれも焼くが、消しきれない。
剣を左上から右下に切り下ろす。
何の変哲もない一閃だが、思った以上にあっけなく触手は切り裂かれて先端が水に還る。
「魔閃」のスキルを発動させたのだが、もしや触手には魔閃が有効か?
敵との距離は、もう数歩で剣先が届きそうなくらい。敵は顔をしかめて杖をフェンシングのように構える。
そうしながら、死角から触手を襲わせてくるが、それは新たに創り浮かべていたラーヴァボールで迎え撃つ。一発だけ余ったから、敵本体の方に撃ち込んでおく。
杖先から光の壁のようなものを創り出した敵が、ラーヴァボールを受け止める。ほどなく、溶岩弾は消滅。
その間に、至近距離まで迫ることができた。
「死んどけ、水使い」
「死んでもご免だね!」
切り下ろしのフェイントを入れて、横薙ぎ。
体勢が崩れかけたが、踏ん張って両手で杖を支えて、受け止める敵。
その間にも触手が再生して背後から襲ってきたので、ノールックでラーヴァボールで迎撃。
触手は物理に近い性質なのか、気配探知で探れるのがデカい。かといって気配のない、魔力寄りの触手を出せない保証もないので、周囲に違和感がないか必死で探る。
剣と杖の鍔迫り合いをしたまま、蹴りを入れる……フリをして身体強化を瞬間的に強くし、競り合いを押し切る。
革鎧の胸板の部分に入ってしまったため、装甲が厚い。衝撃はいくだろうが、決定打にはならない。
予想通り、敵は顔を苦痛に歪めつつも杖を回し、柄の方で殴るように反撃してくる。
腰を引いてそれを避けるが、更に杖を回し振る形で追撃が来る。
避けてもいいが、籠手で受け止める。こっちの方が身体系のステータス補正は良いはずなのだ、接近戦に持ち込みたい。
ただし、棒術の要領で杖を操る敵に比べて、大剣を使う俺の方が取り回しが悪い。
動作の速さと膂力の優位で押す俺に比べ、敵は細かく杖を操って対抗する。
触手は諦めたように見えるが、こいつは性根が悪そうだ。ちゃっかり隙を窺っているだろう。
気配を探るのは止めずに、サテライトマジックも維持する。
攻撃に回してもいいが、その隙を突いて触手攻撃されるかもしれない。
魔法の勝負でトントンだと、魔法ユーザー同士でもこういう地味などつき合いになるようだ。
敵が次に取った手は、杖に水をまとわせ、攻防と水魔法を連動させることだった。
こちらのラーヴァボールに対抗できるし、攻撃においては射程を伸ばすような運用ができる。
魔剣術のスキルに似た発想の使い方。
勢いに押され、こちらが防御魔法を使って凌ぐ展開になる。こちらも魔法を連動させてもいいが、魔力も心許ない。よりシンプルに、「魔閃」を発動させて敵の水を斬ってみる。
先ほど、触手を一刀両断できたのだから、試してみる価値はある。
結果、敵の放つ水は斬った箇所から切断されてしばらく機能しなくなった。
魔閃ってもしかして、強みはこれだったのか?
魔閃を発動させながら上段、横薙ぎ、突きと敵に迫る。
突きは敵の首筋をかすめ、血が流れる。
軽傷だが、ようやくダメージらしいダメージだ。
重ねて切り上げにつなげようとすると、敵がヤケクソ気味に杖を向けてきた。
余裕で避けられるが、違和感。
次の瞬間、杖先から勢いよく何かが飛び出し、俺の顔を狙う。ギリギリ避けられるかもしれないが、反撃のため用意していた魔創剣で弾く。弾けたが、感触は重い。
弾かれて落ちるのは、槍の穂先のようなものだ。
敵の杖先には穴が空いている。
仕込み杖か!?
仕掛け系は「ギミック過多」とかで、ステータスが乗らなくなるとかこの前聞いたばかりだ。
しかし、飛んできた仕掛けは全力で槍を突かれたかのような重さだった。
何か仕掛けがあるのかもしれないが、驚いた。
直後、双方の動きが止まる。
俺は仕込み杖に驚き、敵は次の手を探すような間。
一瞬の静寂。
そして、水の奔流が敵を襲う。
ぎょっとした表情を浮かべた敵に水塊が叩きつけられ、その勢いに身体が吹っ飛ぶ。
水際に戦いが移っていくにしたがって、敵がこの手を使うことをずっと警戒していたのだ。
しかし全然やってくる気配がなかったので、逆に一発狙ってみた。成功。
転がる敵に近付き、馬乗りになる。
敵は頭がクラクラしているのか、ジタバタはしているが、拘束から逃れることのできる動きにはなっていない。
今こそが大チャンス。魔創剣で首筋を狙い、振る。
強烈な違和感が走る。
情報を流し込まれるような感覚。
ギリギリ、首筋で剣を止めた。
「降参する気はあるか?」
「あ、ああ……あるよ、あるある。チクショウめ、僕のドラゴンが通じないなんて」
「ドラゴン?」
まさか。
「あの触手のことか」
「はあ? だからドラゴンだって! どっからどう見ても」
「……そうだな」
ともあれ、敵は自分から杖を手放し、降参のポーズを俺に示した。
とりあえず武装解除させて、首筋に短剣を当てながらネットが張ってある方へ戻る。
中にはまだ女がいて、こちらに杖を向けてきたが、触手男が降参を宣言すると構えを解いた。
さっき、男の方が女の援護なしでは他の奴等も負けるようなことを言っていた。これで他の面々への援護にもなったはずだ。
女も鎧を脱がせて武器を置かせ、手を壁につかせる。念のため、ラーヴァボールを女に向けておく。
無事捕虜となった2人は、どこか呑気な会話をしている。
「師匠。良いんですか? 降参などしてしまって」
「よかないけど、こいつ強いって! 僕のドラゴンちゃんが通じないんだよ?」
「師匠のウォータードラゴンが? そうですか」
「それに、命まで懸ける必要はないでしょうよ」
「しかし、戦争捕虜となれば処分されることがあります。師匠の立場では斬首罪は考えにくいとしても、場合によっては奴隷になりますが。それで宜しいので?」
「えっ。戦争捕虜なの? これ。領主同士のドンパチでしょ?」
「いえ。今回領主様は、国軍を相手に戦をなさったわけですから。戦争捕虜か、それ以下の扱いもあり得ますよ」
「おいおいおい、まじなの?」
「ちょっといいか」
じゃあやっぱり戦おう、とか言われても困るのでカットインする。
「あんた……ゴーティって名の街あたりに、腕の立つ『水魔法使い』のじいさんがいるのを知ってるか?」
「……クリスのじいさんかな? それなら知ってるけど」
「関係は?」
「一応僕の……祖父の兄弟に当たる」
「そうか。俺はそのじいさんに恩があるんでな、それで命は助けたまでだ。何なら、お互いに手を引くって取り引きしたとか言って、捕虜にならないようにするか?」
「えっ、できるの? リリ」
「えー、どうなんでしょう。まあ、一応言うだけ言ってもらっても良いのでは?」
「なら、頼む!」
こんなヒゲ面の変態に頼まれると、ちょっと断りたくなるな。
まあ、しょうがない。
祖父じゃなくて祖父の兄弟くらいなら、別に助ける義理がないような気がしないでもないが。
「言うだけ言っておこう。その代わり、絶対にこれから敵の、そっちの援護はするなよ。そのときは殺すからな」
「分かったって! 別に領主様はともかく、この船の連中に大した義理はないし、もう諦めるって。僕は簡単な仕事だって言われたし、どうしてもって言うから引き受けただけなのに、こんなの割に合わないって」
訊いてないことまでべらべら喋る。
しかし、まだ油断はできない。
外の連中はどうなったか。
気配を探っていると、見知ったカマキリ顔が顔を覗かせた。
「首尾よく倒したか」
「引き分けってところだな。こいつが戦闘から手を引くことで、こいつらは見逃す約束をした」
「何? 遠目に様子は窺っていたが、押されているようには見えなかったが?」
「お互いに決め手がなくてな。なんなら残りの航海中、水魔法の使い手として雇おうぜ」
「……まあ、話は後だ。この船の船長と主だった幹部も捕らえた。何人かはあの世に逃したが」
「お、勝っていたか。ひと安心だ」
「拮抗していたところに、俺たちが横槍を入れたからな。それに、最後は味方からの援護もあった」
「援護?」
「ハーモニア号だ。矢が届く距離に来たらしい」
「ほう……」
なかなか大胆な行動だ。
乗り移り組が排除されたら、再度この軍船から攻撃されるかもしれないというのに。
その危険よりも、乗り移り組を援護して制圧する方に賭けたか。
それにしても、あの違和感。
捕虜未遂の2人が話している間にステータスを確認していたのだが。
最初はデバフか精神系のスキルかと思ったが、『愚者』をセットして「酒場語りの夢」を発動しても変化なし。少なくともデバフではなさそうだし、そもそも敵の使うスキルとしては意味不明すぎる。
改めて考えていたとき、ふと。あの情報が一方的に下りてくる感じ。
経験はなくとも、1つ心当たりはあった。
スキル「直観」だ。
エモンド商会のテッド会長が会得しているというスキル。
自分の意志ではなく、気まぐれな運命の神の悪戯のように「急に」下りてくるという。
しかし、結論としては「直観」スキルを会得してはいなかった。
代わりに、こんなスキルが生えていた。
『天啓:未設定』
スキル「天啓」だ。
「スキル説明」による説明は、まさかの「未設定」だそうだ。
ステータスの神様とやら、頼むから設定しておいてくれ。
だがまあ、そういうことだよな?
天啓って、「神様から何か教えてもらう」とか「ビビっと凄いことを思いつく」とか、そんな系の事だもんな。
「直観」スキルに似たスキル、または上位スキルの可能性がある。
俺が敵に止めを刺そうとしたその時、情報が強制的に流れてくるような感覚がした。
その内容は、言葉で改めて捉えるのが難しいが、あえて言語化するとすると「コイツの魔力、何か前に会ったじいさんと似てねー?」「殺しちゃってもいい? 一応考えといた方が良くね?」である。
別に無視しても良い気がしたのだが、恨みがある相手でもないので、一応剣を止めて確認した。
あのじいさんの名前が「クリス」だったかは微妙に自信がない。
が、流れ込んできた内容にも「クリス」だったような朧げな情報の欠片があった。
なぜ名前を知っているのだったか。
確か、ステータスを見ようとして、名前を見たのだったか?
「天啓」とやらも、無条件で情報をくれるのではなく、俺の記憶をベースに情報を繋げてくれているだけなのかもしれない。
ただ、「魔力が似ている」というのはよく分からない。別に個人による魔力の違いなど、俺は感じられないのだ。なので、そういう意味では何か俺の知らない情報までくれているようにも思える。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(30↑)魔法使い(30)魔剣士(22↑)※警戒士
MP 3/62
・補正
攻撃 D−
防御 F
俊敏 E+
持久 E−
魔法 C+
魔防 D
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定、天啓(new)
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法、溶岩魔法、性質付与
身体強化魔法、強撃、魔剣術、魔閃、魔力放出、魔創剣
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知、聴力強化Ⅰ、レストサークル
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ、ルキ、ジグ、アカイト、ゲゲラッタ、アレシア
隷属獣:ドン
*******************
『魔剣士』が1レベルアップ。また『愚者』もレベルアップしている。
この2つは今回切り替えながら戦っていたが、両方ともレベルアップできた。
そして、「天啓」のスキルは『干渉者』レベル30での会得スキルだ。
これまでも白ガキさんの呼び出しに応じて話を聞いてたりしたから、その影響でゲットしたのだろうか。
変な魔王討伐とかの使命を負わされるとかだったら、拒否したいぞ。
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