第287話 首刈り
取り残された連中を助けるため、敵船に乗り込んだ。
「ぐっ!」
ハーモニア号の方から矢が飛んできて、周囲の敵に刺さる。
「矢だ、撃ち返せっ」
「馬鹿野郎、放っておけ」
敵兵がざわつく。
既に距離が離れ始めているが、まだサーシャの射程圏内のようだ。
だが、届かなくなるのも時間の問題だろう。
周囲の敵が矢の襲来で乱れた数秒、気配察知と探知をフル稼働して状況を探る。
周囲には数人の敵。
味方は何人かが囲まれてしまっているが、多くは少し離れた位置に固まっている。
俺は敵船甲板の左後方に着地した。
4~5人程度の味方が固まっているのは、左前方の方だ。
途中で孤立している味方を拾いながら、味方と合流するべきだろう。
「レオン。敵は強いか?」
「いや、非戦闘職もいる。強いやつは多くない」
「ほう」
数は味方の倍以上はいそうだが、練度が低いなら付け入る隙はありそうだな。
どうにもならなければ最悪、水中に逃げるか、1人で転移で逃げるかだ。
船にはエリオット達がいる。
離れたところで戦っている友軍がどうなっているかにも依るが、無事に戦闘を切り抜けられたら、任務の成否に関わらずハーモニア号はオーグリ・キュレスに帰還する可能性が高い。
それなら一度転移で逃れて、後で合流することはできる。
……もし船ごと鹵獲でもされたら目も当てられないが。
俺のできる範囲でリスクを減らす最善策は、「この船を制圧すること」だな。
それなら味方の軍船が増えて、戦況も有利になる。
周囲の敵は、俺たちを囲むように並んでいる。
サーシャの矢で倒れた奴を除き、新たに加わった者を合わせると6人。
2対6か、上等だ。
エア・プレッシャー自己使用で加速。
目指す船の前方とは反対方向。
サーシャの矢への対処を見て、リーダー格っぽいやつを狙った。
虚を突き、頭に一太刀入れることができたが、ヘルメットに弾かれた。
それでも衝撃は伝わったはずだが、反撃の剣が出たところを見ると意識は失っていない。
反撃をかわすために後ろに飛びつつ、背後から襲ってきたやつをノールックで魔創剣で刺す。まるで予期していなかったのか、隙だらけの大振りをしていた敵の胸に剣が刺さる。
こいつはロクな防具がなかったか。
くるりと向きを180度変え、前方に駆け出す。レオンがカマを振り、敵の首筋から鮮血が飛んでいる。
言うだけあって、レオンの奴もそこそこの強さがあるらしい。
前方への道を防ぐように、槍と盾を持った敵が3人並ぶ。
その後ろから、こちらに向かってきている敵も見えている。
「どうする? ヨーヨー」
「ふむ。道を開けてもらうか」
「その方法があればな」
レオンが言い終えるのとほぼ同時に、左の河面から水の奔流が敵を襲う。
ただ水の塊を叩きつけるだけの芸のない攻撃だが、前を塞いでいた3人と、奥から向かってきていた増援の数人は視界から消えた。
こっちに移っても、敵の水魔法使いは警戒していたのだ。
だが一向に魔力の抵抗感を感じないので、走らせていた魔力でこっちが水を操ってみた。
後ろから矢が飛んでくるが、エア・ウォールで矢が流されて河に落ちていく。
「さて、今のうちだぞ。レオン」
「フッ。悪くない」
水を叩きつけた連中も、船中央の方向に流れたはずなので、河に落ちずに済んだ奴がほとんどだろう。
そいつらが戦線に復帰する前に、味方と合流しておきたい。
「気配は探れるか?」
レオンに短く問う。
「視覚か?」
「ああ」
「やれ」
腰に持っていた魔道具を発動させ、後ろと前に素早く投げる。
シュウシュウと音を立てて、白煙が充満していく。
目を瞑り、気配に集中する。
急な視界不良に混乱する敵を雑に斬り捨てながら前に進む。
果たして致命傷を与えられているのか、そもそも鎧に阻まれていないかは確認していない。
レオンを置いていくことにならないか少し心配したが、問題なく後ろに付いてきている。
何かスキルを持っていたか。
通り魔作戦をしながら走ると、ケムリが切れた空間に行きつく。
抜けた瞬間、何かが飛んでくる気配を察する。
「おい、味方だ! 撃つな!」
前方の味方からの矢を剣で落としながら叫ぶ。
後ろにウィンドシールドを展開しながら走っていたので、前は展開していなかった。
まさか味方から射撃されるとは。
「あいつはヨーヨーだ! 撃つな!」
「その格好は……」
多眼族の、名前は何と言ったか。
とにかく『マッドデーモン』の一員が味方のフレンドリーファイアを止めてくれた。
固まっているのは多眼族の彼を含めて、6人。さっきより増えている。
さっきまで孤立していた味方が数人合流し、代わりに若干名が脱落したようだ。
「状況は?」
近くの、味方の方を向いていた敵を後ろから刺しつつ、状況を確認する。
その隣の敵は、レオンが切り裂いた。
金属製の鎧を着ていたように見えるが、難なく切り裂いている。
「敵が多い! リーダーたちが敵の魔法使いを倒しに行ったが、その後からわらわら湧いてきやがって、援護どころじゃねぇ」
答えたのは、俺が後ろから刺したやつと取っ組み合いをしていた巨躯の男。
「大分シバいたから、多少は人数差は埋まったはずだが……まだ増援がないとも限らん。全員で援護しに行こう」
「俺たちゃここで縄を守ってたんだ! だが完全に切り離されちまった。水魔法の使い手を殺せたところで、その後どうすんだ!?」
「知らねぇけど、水魔法使いが全滅すりゃあ、どうとでもなる。水魔法を使って逃げても妨害もされない」
本当にそうか分からないが、思い付きで怒鳴る。
この期に及んで逃げることが口から出てしまったのは、印象が悪かったかもしれない。
「まさかお前……この状況で、この船を制圧しようと考えてんな?」
「だとしたら何だ? というか他に考えることがあるのか?」
敵船に乗り込み、母船からは切り離された状態だ。
泳いで逃げることを除けば、そのまま敵船を制圧する以外に作戦などあろうはずもないと思うのだが。
「それもそうだ! 面白い、俺は乗るぜ」
「そりゃどうも」
巨躯の男は武器を落としてしまっているようなので、襲ってきた敵の斧をカウンターで奪って、投げてやる。
巨躯の男はそれを受け取って、その斧の持ち主の頭を落とす。
「こいつは上物だ」
「似合ってるぞ」
味方の6人のうち、3人は巨躯の男のほか、多眼族のヒト、そして槍を持った男の3人だ。
その後ろに、弓持ちが2人とボウガンが1人。
なかなかバランスが良い。
多眼族のヒトは両手に反った刀のようなものを持っていて、怪しい動きで攻撃を避けている。
一見弱そうなのだが、結果的に生き残っているという不思議な戦い方をしている。
まあ、きっと強いのだろう。
「河の近くは危ない。もう一発かましたら、移動しよう」
「もう一発って、何を?」
多眼族の男から、不安そうな声が上がる。
「これだ」
河面から隆起した水の奔流が、敵の固まっている場所を洗い流す。
今度は船の前方から斜めに飛び、敵を浚って河に帰っていくという工夫を入れてみた。
結果、全員を洗い流すことには失敗したが、端にいた何人かを持って行けたようだ。
「今のうちに行くぞ!」
「あ、ああ」
前衛をある程度任せられると、楽だな。
『魔剣士』を『愚者』に切り替えて、「盗人の正義」で魔力回復も図れる。
ついでに「酒場語りの夢」を発動したら、身体が少し軽くなった。
気付かぬうちにデバフを喰らっていたようだ。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(29)魔法使い(30)愚者(22)※警戒士
MP32/70
・補正
攻撃 F(+)
防御 F(+)
俊敏 E-(+)
持久 E-(+)
魔法 C-(+)
魔防 D(+)
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法、溶岩魔法、性質付与
貫く魂、盗人の正義、酒場語りの夢、奇人の贈り物
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知、聴力強化Ⅰ、レストサークル
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ、ルキ、ジグ、アカイト、ゲゲラッタ、アレシア
隷属獣:ドン
*******************
派手な技は控えたつもりだが、もう半分は消費しているか。
ターゲットの水魔法使いは、精鋭が護っていてもおかしくはない。
少し省エネ気味で、魔力回復もしないとな。
敵の魔法使いは、船の先端の方にいるらしい。
場所的にはそこまで離れていない。
ただし、直線距離で向かおうとすると、一段高くなっており階段などもなく、進めない。
戦闘中に掛けられた梯子がいくつか並んでいるが、悠長に上っていては敵に狙い撃ちにされるだろう。
ということで、俺がまたマ〇オよろしく駆け上がって、敵の姿を確認する。威力偵察である。
そこにはやる気のなさそうな敵が3人ほどたむろしていたが、拍子抜けするほど弱い。
とりあえず全員を河に叩き落として、合図を出す。
最初に後衛の3人が上り、その援護を受けながら残りも上る。
その間、俺は大きめのウィンドシールドを展開して後方からの敵射撃に備える。
魔力消費は控えたいのだが、ここは仕方ない。
「ここなら挟撃されるおそれは少ない。半数程度は足止めに残して、残りで援護に向かおう」
弓使いのやつがそう提案してくる。
確かに、こんな足止めに都合のいいポジションを手放すのも悪手か。
「じゃあ後衛組は1人だけ付いてきてくれ。逆に前衛も少し残したいが……」
「私が残ります」
名乗り出たのは、多眼族のヒト。
「よじ登ってきた連中を食い止めてほしい。やれるのか?」
「ええ。それに、矢を避けるのも得意ですし」
「そうなのか」
確かに、多眼族の動きは少し見た感じ、矢を「防御」している感じが全くしなかった。
妙な動きをしているうちに、矢の方が自然と外れているというような。
更に、槍使いも残ることになった。
先に進むのは、俺とレオン、巨漢の男と弓使い4人。
「よし、行くぞ」
「おう!」
意気軒昂なのは、さっき盗んだ斧で走り出していた巨漢。
「あんた、名前は?」
「俺か? ルヴィドだ」
う~ん、脳筋っぽくない名前だな。
「ルヴィド、あんたは『渡り風』か?」
「おう、そうよ」
「先に進んだ団長たちのことを教えてくれ。どれくらいの数だ?」
「そう多くはねぇ。向かったのは10人いくかどうかだし、今はもっと減ってるだろうな」
「ヤバそうだな」
「かもな。だが、団長がいる。そうそう死にそうにないぜ、あのババアは」
「……まあな」
そんな会話をしながら進んだところで、右前方を左から右に一閃。
手ごたえがあり、何者かの姿が見えたところで、ルヴィドの斧がその首を刎ねた。
こいつ、首刈り動作だけ手慣れすぎてやしないか。
「なるほど、お喋りはこれを誘ったか、ヨーヨー」
「いいや。名前くらい知っておきたかっただけだ」
言いながら、ラーヴァボールを少し離れた地点に放っておく。
気配を薄めて飛び掛かってきたやつと、隠れて弓矢で狙っていたやつ。
敵は、こういう隠し玉も持っていたか。
しかし「気配探知」で普通に違和感を感じるレベルだったので、隠密としてのレベルは高くなかったのだろう。
「その妙なヘルメット……趣味わりぃと思ってたけどよ。こうして肩を並べて戦うと、案外悪くないぜ? 死神って感じでよ」
「そうか」
ルヴィドはラーヴァボールで燃えた方を警戒しつつも笑って言った。
「死神」とは、ほめ言葉なんだろうか。
***************************
船の前方端には、センマイが籠っていたのと同じようなネットで囲まれた場所があるようだった。
おそらく水魔法使いがいるのは、その中。
その前では数人が巨人族の女性に襲い掛かっており、女性はそれを大胆に捌きながら踏ん張っている。
あれは、『渡り風』団長のブライズだろう。
巨大な盾と、刀身の途中から曲がっている変わった大剣を振るっている。
さっきの隠密どもが備えだったのか、こっちに注意を向けている奴らはいない。
気付いていないというより、それだけ余裕がないのだろう。
こっちを気にする素振りを見せた奴が1人、ブライズに叩き飛ばされた。
1人減ったが、それでもまだブライズが1人で4人を相手にしている。
これでは時間の問題で力尽きそうだ。
「団長を援護する」
「いや、待て」
飛び出そうとした俺を止めたのは、団員であるはずのルヴィドだった。
「何故だ?」
「前線は俺たちが援護する。あんたは魔法使いの方に向かえ。どうだ?」
ルヴィドが斧先を向けた、ネット小屋の方を見る。
団長を抑えるために護衛まで投入したのだろうか。
ネット付近には護衛が1人もいない。
中にいるかもしれないが。
「分かった。弓で援護だけ頼む」
弓使いのヒトにフォローを頼み、身体強化魔法を解禁する。
回復もここまでだ。
油断できる相手ではない。
「姐さんが……団長が生きてたら、酒を飲んでやってくれ。あんた、団長の好みだよ」
「それは遠慮したい。生きてたら、あんたが酒に付き合ってやれ」
「生きてたらな」
ルヴィドは喊声を上げて敵の方に向かっていく。
俺もネットの方に動き出すが、その前を信じられない勢いで進んでいく人影が一つ。
進路の途中にいる数人の敵船員らしき姿が、一瞬で切り刻まれて崩れ落ちていく。
「やるねぇ」
「魔法使いは苦手だ。残りは頼む」
レオンがカマに付いた血を振り落とし、最後にネットを一閃する。
驚いたようにこちらを振り向く、ひげ面で皮鎧姿に鉢巻を結んだ男。
「お前が水魔法使いか?」
「ああーっ、くそ! 何が簡単な仕事だよ! リリ、連中の援護は任せた」
後ろにいた、ローブ姿の女に「連中の援護」を頼む男。
女の方が魔法使いか?
「師匠を援護しなくても良いのですか?」
「僕たちの援護なしじゃ、普通に負けかねないよあの馬鹿! 不法侵入者は僕が抑える」
なるほど、不法侵入者とやらが俺か。
話しながら、襲ってきた水をエア・プレッシャーで躱して前に出る。
やっぱりこいつが魔法使いか。
いや、1人じゃないっぽいと言われたから、両方魔法使いか。
「なめるなよ、魔法使い」
「そっちこそナメないでよね。魔法使いは白兵戦できないと思った?」
手にしていた槍……いや、杖を突くと水の刃が飛んで来る。
左右にエア・プレッシャーで回避しながら接近。
勢いのままに振り上げた剣は、杖先で抑えられた。
俺は剣先から魔力の奔流が、敵は杖先から水の奔流が流れ出る。
お互いに軽く吹っ飛び、すぐに起き上がった。
動ける魔法使いか。厄介な相手だ。
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