第286話 姫



敵船が接近して、戦闘が開始する。


敵船は右舷から接近してくるのだが、俺は左舷に上がってきた水棲種族の相手をすることに。

一緒に戦うのは人間族ばかりのパーティ『大鰐の牙』。


「援護は頼むぞ、誤射すんなよ」

「誰に向かって言っている?」


リーダーのピコは不快そうに弓を構える。

自信は十分なようだ。


身体強化して、ダッシュする。


船員が敵と組み合っている横から、水面から飛び出す新たな人影。

その人影の横っ腹に半ば体当たりするように突っ込む。

体勢が崩れ身体が流れた敵を、河に叩き落とすように斬る。


敵の姿は、人間寄りの半魚人という感じ。

手足にひれが付いて、顔はのっぺらとしているが、二足歩行でシルエットは人間族と同じだ。上半身は半裸で、背中に背びれのようなものがある。

横で組み合っていた敵は、後ろから飛んできた矢に胸を射貫かれている。


続いて、奥からこちらに向かってきた半魚人を迎え撃つ。

手には三又の槍。半魚人っぽい。

こちらに向かって走りながら、槍を左右に振って矢を防ぐ。


剣を構え間合いを図る。

まだ少し遠いところで、ドンという音が耳に残る。

目の前には前かがみの敵、その腕の先に伸びる槍。


とっさに身体を捻る。

胸当ての表面を、穂先が滑りながらガリガリと削る。

斜めに入って表面を滑ったようで、身体に衝撃はない。


後ろからの気配を感じる。


剣で、下に流れた敵の槍を抑えるように合わせる。

身体強化を発動。

敵が槍を引き上げようとするが、全力で剣で抑えるようにして動きを阻害する。


「やれ!」


後ろから飛び込んできたキスティが敵の頭を横殴りにする。

牙を剥くような仕草で犬歯を見せ、キスティに吠える敵。


こいつ、本当に亜人じゃなくてヒトなんだよな?


隙が生じたその横顔に俺が追撃……しようとしたらところで、何かに殴られたように吹っ飛ぶ敵。

見間違いでなければ、矢が飛んできたように見えたが。

キスティのぶん殴りでも吹っ飛ばない敵が、吹っ飛ぶ威力の矢だと?


思考を断ち切り、転がった敵に向かって剣を振り下ろす。

強撃・魔閃を発動して、渾身の一撃で敵の胸を貫く。


気配察知で、こちらに飛んでくる複数の物体を察知。

ウィンドウォールで左右に流しながら、大きな物は剣で撃ち落とす。

いくつかの石と、トゲトゲの鉄球のようなもののようだ。


投擲してきたと思われる敵の姿を探す。

しかし、見つけたそれっぽい奴は俺が動くまでもなく、吹っ飛ぶ。

後ろに、弓を構えた人物の気配。


「油断するな。こいつら案外動けるぞ」

「ああ、ピコ。その吹っ飛ぶ矢はあんたのスキルか?」

「だったら何だ? 援護はしてやる。とっとと魚人どもをこの船から叩き下ろすぞ」


話しているうちに、ピコの後ろに河から飛びあがって来る気配。

ピコは横っ飛びで敵の攻撃を避けながら、矢を射る。

体勢を崩した敵に、短剣を抜いたピコが首筋を狙い、止めを刺した。


弓使いだが、接近戦もできると。

なかなか優秀なようだ。


俺も負けていられないともう1人ほど斬り、ピコやサーシャたち弓矢組が何人か倒したころ、奥から「ピーッ!」と笛の音がした。

まだ残っていた敵は、一斉に河に飛び込んで撤退していく。


「やったか」

「少し判断が遅いが、まあ妥当だな」


ピコが油断なく弓を構えながら、こちらに歩いて来る。


「ヨーヨー。お前は右舷へ行け」

「またこっちに登ってくる可能性もあるんじゃないか?」

「構わん。残党くらいは残っている船員と俺たちで対処できる。本命は右舷だ」

「分かった」


実を言うと、気配察知で気になる動きをいくらか察知していたのだ。

一度元来た方向に戻り、サーシャたちと合流する。

サーシャとアカーネ、ルキと、更に見知った人物がそこにいた。


「サーシャ、左舷は片付いた」

「はい。霧がまだ残っていて戦況は見渡せませんが、『渡り風』の団長たちが敵船に乗り移ったようです」

「団長かよ」


気になる動きとして、こちらから敵船に移るような動きをした気配がいくつかあったのだ。

それがよりによって、団長たちとは。

血の気が多いな。


「で、あんたは何でここに? 上にいるのかと思ったが」


サーシャたちと一緒にいた人物、丸鳥族のセンマイに目を移す。

俺の知っている丸鳥族の戦い方は、空を飛びながら魔法を乱射していたが、他の丸鳥族は違うのだろうか。


「俺の羽根は飾りよ。もう何年も空を飛んじゃいねぇ」

「つまり……飛べないのか」


センマイは答えず、ただ羽根を広げて肩を竦めるような仕草をした。


「悪いことを訊いたな。で? なんでサーシャたちと居るんだ」

「俺の護衛はやられちまってな。お前のとこの護衛役は優秀なんだろぉ?」

「ああ、ルキ頼みか。まあいいか、ルキ。この丸鳥族を護ってくれるか」

「はい」

「俺たちは右舷も掃除するぞ。付いてこい、キスティ」

「合点!」


右舷に乗り込んできた敵は、そこかしこで乱戦になっている。

その構成は人間族や鱗肌族、それに小鬼族など。こちらはよく見る種族だ。


見渡すと、妙な格好をした数人の集団が同数程度の敵と対峙していた。

腕章は味方のものだが、あれは『マッドデーモン』か。


エア・プレッシャーで近付き、弓使いを真っ先にたたっ切る。

俺が一太刀入れてから場所を退くと、後ろからキスティが横殴りで敵を飛ばす。

水棲種族ではないし、怪我をしたまま水中に突き落とされれば致命的だろう。


「オオ、助かりマスよ、ヨーヨーさん!」


ずんぐりした鎧を着て、手には特に防具を着けていない独特の格好をした人物は、バシュミ族の彼のようだ。

挟み撃ちで、多勢に無勢となった敵を翻弄する。


「人数が少ないな? リーダーはどうした」


敵を片づけた後、バシュミ族にそう訊く。

ここにいるのは半数程度。その中にリーダーはいるように見えない。


「乗りウツりましタ。ハヤく追いかケナいと」

「お前らのリーダーもか……」


そんな話をしたところで、動きがあった。

味方の多くが敵船に移り始めたのだ。


右舷には、敵船から放たれたかぎ爪が食い込み、それぞれにロープが繋がれている。

中には、梯子のような構造になっていて渡りやすくなっているものもある。

このロープたちが敵船の戦闘員が移ってきたときの「通路」だ。


そして今は、逆にこちらからもいくつもかぎ爪付きロープが投げ入れられ、「通路」が出来上がっている。

中には切れてしまうロープもあるが、随時こちらの船員が投げ入れている。


そしてそれの上を、戦闘員たちが大胆に渡っていく。

バランスを崩せば水上に落下だ。よくやる。


出遅れた俺たちは、渡っていく味方を眺める。


「右舷もだいぶ片付いてきた。お相手はこちらの戦力を見誤っていたようだね」


近付いてきたのは、エリオット。

白銀の鎧を着こんでいるが、表面にはいくつもの汚れが付着している。主に血痕だ。


「無事だったか、大将」

「これでも、白兵戦は得意だからね」

「それは……むっ?」

「ご主人さま、離れて!!」


アカーネの叫ぶ声。

船と船の間にある水が隆起し、塊となってロープを渡っている者たちを襲う。


多くが水に浚われ、残った者もバランスを崩し河に落下していく。

残ったのは半数以下だが、更に水が隆起し、連続して襲ってくる。

しかし、水の塊は、今度は竜巻に行く手を阻まれ、四散する。センマイの風魔法か。


一息吐いたと思ったところで、センマイが防いだのとは逆側でまた水が隆起する。

とっさにラーヴァボールをぶつける。

タイミングはばっちり。

ジュウジュウと音を立てて水の塊が蒸発していくが、一瞬の均衡の後、水に呑まれてしまう。止まらないか。

いや、敵の魔法は、水の創造ではなく操作だ。河の水を利用している。

なら、真っ向勝負ではなく……。


「下の水の魔力を乱す! センマイ、援護を任せた!」


このままでは向こうに攻め込めない。

それどころか、敵のいなくなったこちらの甲板を水魔法で攻撃されるおそれもある。

敵が船の占領ではなく撃沈狙いに切り替えたら、船体を直接攻撃することもあるかもしれない。


「チィ、なんだこの波状攻撃はよォ!? 敵は1人2人じゃねぇ、頼んだぞヨーヨー!」


センマイが少し離れた位置から叫んでいる。

両眼をつむり、水の魔力に集中する。

掌握までする必要はない。自分の魔力を浸透させ、ただぐちゃぐちゃにかき混ぜるように動かす。

時に不自然な力が加わり、水が隆起する。センマイの竜巻がそれを散らす。


「ご主人さま! もっと右のほう!」


近くにきたアカーネが、俺が魔力の流れを乱すべき場所をアドバイスしてくれる。

魔力の流れを視ているのだろう。


「サーシャ姐、今!」


と思ったら、サーシャに指示を出している。

ピョウ、と矢が放たれる音がして、まさに乱していた魔力の圧力がなくなった。


「命中しました」

「やった!」

「よくやった!」


何をどうしたか分からないが、敵の魔法使いを1人減らしたようだ。

グッジョブだ、サーシャ、アカーネ。


「まずい、敵がロープを切り始めた」


エリオットが焦った声を出した。

一瞬魔力から、気配に集中を移すと、敵船が明らかにこの船から離れようとしている。


限界まで張り詰めたロープのいくつかがプチプチと切れる。


「逃げるつもりか?」

「あっちに乗り込んでる連中を各個撃破するつもりだ! まずいぞ」

「マジかよ」


あっちに行った連中には悪いが、俺にできるのはここまでか。

そう思ったが、一瞬、『マッドデーモン』のリーダー・シルリオの顔が浮かぶ。

妙な連中だったが、協力を約束しちまった。


地球世界で、学生のころ。

「何でも相談してくれ、力になるぞ」と言っていた先生に相談した。別に、解決してくれると期待したわけでもない。でも、「先生にもな、出来ることと出来ないことがあるんだ」と苦笑した顔がしばらく忘れられなかった。

今になってみれば、それは当たり前のことを言っていたわけだが。


「チッ……エリオット。俺の仲間を預けるぞ。死ぬ気で護ってくれよ」

「ヨーヨー君、君……」

「ちょっと行って来る」


助走をつけて、思い切りジャンプする。

霧は少しずつ晴れてきて、まだ数本残っている、船と船を結ぶロープが陽の光に当たって浮き上がっている。


エア・プレッシャー自己使用で、自分の体を前方上向きに撃ち出す。

飛んでくる矢やスキルは、小さな竜巻が弾いてくれている。

前進の勢いが落ちたところで、再びのエア・プレッシャー。

二度、三度と繰り返す。

少しでもタイミングや力加減が崩れたらダメだ。

だがこの1年、俺がどれだけ練習してきたと思っている!


敵船が近づき、争う者たちの姿が鮮明になる。


カマキリのような顔をした奴が、数人に囲まれて鎌を振り回している。

しかし盾に防がれ、後ろから大剣を構えた巨人族が迫る。


その顔面に、華麗なドロップキックが決まる。


「うぐぉっ!?」

「あっちの船から飛んできたぞ、こいつ!?」


危ねぇ。緩衝材として巨人族の胴体に着地しようと思ったが、ズレて頭に着地してしまった。

まあ、結果的にいい感じに着地できたから結果オーライだ。


「リーダーはどうした、レオン」

「貴様か。リーダーは魔法使いを狙いに行った」

「助けは必要か?」

「……頼む」


頼まれたなら仕方がない。モグラのお姫様を助けに行くか。


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