第284話 水遊び

船に乗って魔法の練習をしているうちに、年が明けていた。


そして今は、倉庫の一画で『マッドデーモン』の面々と対峙している。

そのうち1人はかつてルキを匿っていた昆虫のような種族、バシュミ族だった。

しかし、彼らは周りから弾圧されて隠れ住んでいたはずだ。

どう反応すべきか、頭の片隅で考える。


「……ボクの姿をミテも、オドロかないのデス?」

「ん? ああ、蟲人は北の方にはあまりいないのだったか。しかし、前に似たような種族には会ってるしな」


どういうつもりか、あちらから答えにくい質問を振ってくる。

これは、どっちだ?


俺を知っていて話しかけてきたのか、あるいはバシュミ族が珍しいことを利用して何か確かめようとした?


「ナルほど。道理でレオンにもオドロかないワけだ」

「レオン?」

「……オレだ」


リーダーのシルリオの隣にいた、カマキリみたいな見た目の奴がしゃべった。

こいつは普通に喋れるんだな。


「ヴァンディッシュ族のレオンだ。同族に会ったことがあるか?」

「いや、ない。それにしてもカッコいい種族名だな」


お世辞を言うつもりはないのだが、妙に響きがカッコいい。

ドイツ語っぽい響きというか。いや、ドイツ語がカッコよく聞こえるのは日本人くらいとかいう話もあったっけ。実際のところ、どうだったのだろう。


「フン」

「あー、照れてるね。レオン」


隣のシルリオに言われ、レオンはそっぽを向いた。

顔面は本当にカマキリだな、こいつ。

むしろ鎧の下の身体の構造がどうなっているのか気になる。人間族と同じように二足直立のようだが、手は鎌のようになっている。


「この辺では少ない種族なのか?」

「うちに居るのは大体そう」

「そういうアンタも、姿を隠しているのは珍しい種族だからか?」

「私は単に日光が苦手」

「日光が?」


ヴァンパイアみたいな種族か?

または、単に日光アレルギーなだけの人間族だったりして。


「特別に見せる」

「え、おう」


シルリオが布を剥がしはじめ、周りの者がそれを手伝う。

鎧を着ているので顔しか分からないが、顔は……丸っこい顔に、小さな目と細長い鼻がある。印象としてはモグラ人間?


「私はマキ族。マキ族と会ったことは?」

「街中ですれ違ったかもしれないが、面と向かって話したのは初めてだと思う」

「そう。もともと地中で暮らすから、日光が苦手」


そっちかぁ。


「そうか。それで? 俺に種族紹介をして何がしたいんだ?」

「あなた、頑なにヘルメットを脱がないけれど」

「あー……すまないが、俺は普通の人間族だぞ。ヘルメットはまあ、脱ぐタイミングを逃しただけというか」


というか、挨拶の後は脱いでいることもあるのだが。

もしや、脱いでるときは別人物認定されている?


「そう。大丈夫、勧誘に来たんじゃない」

「そうなのか? てっきり希少種族でツルんでるのかと思ったが」

「別に種族で選んでるわけじゃない。同じ境遇のヒトたちが集まってきただけ」

「それで、たまたまそういう構成になったと」

「そう。この国は色々問題はあるけど、種族差別は少ないほう。だからここに来た」


つまり……バシュミ族のように周囲から嫌われたりしていて、種族差別を経験した奴らの集まりということか?

しかし、なおも全然分からないのは彼らの目的についてだ。


「それで? あんたらが何したいかをまだ聞いてないな」

「別に。強いて言えば、仲良くする?」

「はあ?」


なんだ、一目惚れでもされたか?

種族の見た目が違いすぎて、それはないと思うが。


「ボクは、仲良くスベきヒトがワカるノです」


首を捻っていると、バシュミ族がそう言ってきた。


「仲良くすべきヒト? 直観スキルか」

「そんなトコロデスが、スキルは秘密デス」

「……」


これは……う~ん。

絶句していると、シルリオが再度口を開いた。


「この国では人種差別は少ないけど、ないわけじゃない。蟲人なんかは北にはいないから、やっぱり変な対応をされることもある」

「なるほど?」

「あなたのように蟲人族を見ても何とも思わないヒトは貴重。いざという時に協力できるようにしておきたい」

「そりゃ、俺にとっても願ってもないことだが」


いざという時に相互に援護できるメンバーは1人でも多い方がいい。それも、安心して背中を預けられるような存在はありがたい。


「ブライズの『渡り鳥』はそれなりに頼れるけど、中には嫌な顔をする団員もいるし、ブライズ自身も他人の命に無頓着。ピコの『大鰐の牙』はケチ。命を助けられたらいくら請求されるか分からない」

「あー、つまり何だ。他のパーティは心配なところがあるから、俺と組みたいと?」

「そんなとこ。別に契約結ぶわけじゃないけど、お互いに助け合うくらいはできる」

「なるほど」


もともとはエリオットパーティがバランスを取っていたのかもしれないが、今回はエリオットとマリーしか来ていない。

いざという時の体制として不安があるということか。


「協力することに異論はないが、俺から何かすることはあるのか? それとも、ここでお喋りすりゃいいのか?」

「うん。好きなだけ話していけばいいよ」


まさかのお喋り回答。


「そうか……珍しい種族が多いらしいからな、その辺の話でも聞かせてくれるか」


その場で座り込んで、シルリオの方を向く。

メンバー皆に注目されている状態は終わりにしたい。

シルリオは「いいよ、でも布を被らせて」とだけ言って、また布を巻きつけ始めた。

後ろにいた、布を巻いたままの人物が手慣れた様子でそれを手伝う。



シルリオと、彼らの種族について話す。


シルリオの種族「マキ族」は、もともと地下に穴を掘って暮らす種族らしい。やはりモグラか。

西の方にはそれなりの数がいて、もともとは大陸中央の「断絶の山脈」方面に多かったらしい。つまり大陸東において最西端の地域であるオソーカ領域同盟が近い。

シルリオはキュレス帝国とサラーフィー王国の中間あたりで生まれたそうだが、いつか遥か西の方に旅をして同胞を訪ねてみたいらしい。

……転移すれば近くまで行けますけど。なんてことはもちろん、言わなかった。


さて、マキ族は日光が苦手なので、外で活動するときは布をぐるぐる巻きにして肌を隠す。

個人差があるものの、肌が弱いマキ族は日光に当たっているだけで火傷したりするという。

だからこそ全身を布で隠す怪しい格好でも許されるわけだが、それはマキ族以外をメンバーに加えたときにその見た目を隠せるということでもある。

もともとはマキ族数人で始めたパーティだったらしいが、姿を隠したがる蟲人族のような種族を拾って保護しているうちに、いつの間にか種族トラブルで居場所のないやつらの集まりのようになっていたとか。


そんな身の上話を聞いていると「良い奴ら」に聞こえるが、これはそういうイメージ操作だろうか。



カマキリ頭のヴァンディッシュ族は、南方で部族社会を作っている種族らしい。

部族は長いことズレシオンの王家とは対立していて、一部の者は難民さながらで北や西に逃れているという。

キュレス帝国はズレシオン連合王国とは仲が悪いので、外交的な配慮で捕まって引き渡されたりしないという意味では安心できる土地だという。

ただ、そもそも気候が合わな過ぎて定住している数は多くないらしい。

今の時期は連日雪が降っても驚かない程度には寒いし、船の上は更に冷え込む。

寒さが苦手な種族には酷な任務だ。

寒さ対策で布ぐるぐる巻きになっているメンバーもいるが、ヴァンディッシュ族のレオンは頑なに顔を隠そうとしないという。


シルリオに話題を振られたレオンもそれを否定しないが、さりとて自ら何かを語ろうともしなかった。

顔を出しているのは、プライドのようなものなのかもしれない。

自分は逃げ隠れしないという。


ヴァンディッシュ族以外にも「蟲人族」とされる種族は色々あるが、ヴァンディッシュ族のように国家と敵対しているものは一握りだ。

ただ、そういった種族も完全にヒト社会に溶け込んでいるかというと、微妙らしい。

ズレシオンの方には蟲人族がそこそこいるそうだが、全体的に「うっすら差別されている」状態なのだという。


犯罪が起こったときに蟲人族が真っ先に疑われたり。

単純に「気持ち悪い」と絡まれたり。


特にヴァンディッシュ族のように、頭部が虫のような見た目をしている種族に対する差別が根強いという。



そんな話を聞きながら、どこか腑に落ちている俺もいる。

この世界の住人は、種族の壁を乗り越えて共生し、宗教は差別を禁じている。

そのことは美しい世界だとも言えるが、どこか不気味な部分を感じなくもなかったのだ。

あまりに“理想的”すぎて。


それも、魔物が出て種族間で争っている場合ではなかったのだろうとか、長い時間をかけて宗教的に感化されていった結果なのだろうと納得しようとしてきたが。

やはり見るところを見れば、ちゃんとニンゲンをしている。

いや、この世界の住人は人間族だけではないのだが、地球世界の「人間」と同じように弱く、醜い一面を持っている「ニンゲン」たちだと思うと、妙な安心もあった。


長い歴史のなかで何があったのか、俺には知り得ない部分も多いだろう。だから本当に何が原因かを軽率に語るべきではないのだろう。

ただ、おそらく……本当にただの推測だが、彼らがどれだけ経っても他の「人類」に混ざり得ないのは、見た目が原因なのではないだろうか。そんなことを少し思ってしまった。


俺はもともと人間しかいない世界の住人だったから、蟲人族がいても逆に驚かなかった。

丸鳥族とか霧族とか、ファンタジーすぎる人種がいるのだから、虫っぽいヒトくらい居るだろうと。

だが、見た目が虫の「ヒト」を見たとき、他の種族よりも違和感を覚える気持ちは分からないでもない。そしてその見た目が苦手なヒトもいるだろうということも。


人は、ヒトは、自分と違う者を排除したくてたまらない。

それをぶつけるのに最適なのは、蟲人族のような見た目の種族ではないか。


……まあ全て妄想に近い想像なわけだが。



そして俺も地味に気になっていたのが、後ろにも眼があるように見える種族。

多眼族とかいう種族らしい。

頭が大きく、ずんぐりとしている。そして眼が横に一周、輪っかを作るように並んでいる。

全部で10くらいはありそうだ。

口は1つで、鼻は穴が開いているだけ。

見た目のインパクトはなかなかだ。


もともと南方の大陸にいた種族で、少数がキュレス帝国の王都付近に定住しているという。

……南方の大陸はあまり話を聞いたことがないな。


この世界で馴染みのない種族は亜人と間違われて攻撃されてもおかしくはない。

実際にそういうケースはある。

ただし、この世界にはステータスがある。

見たこともないような種族でも、ステータスがヒトとして扱っていたら、ヒトだと判断できるのだ。


『マッドデーモン』の多眼族もこの国で生まれ育ったらしいが、知り合いばかりの狭い世界を飛び出して傭兵として生きるようになってから、ちょっとした種族問題に晒されてきたという。



そして、肝心のバシュミ族の話は出なかった。

バシュミ族のことは、パーティメンバーにも秘密にしているのだろうか。


それとなく話を振ってみても、俺を知っていて接触したのか、そうでないのかはっきりしないまま、雑談会は終わりを迎えた。


「長老は元気か?」


最後に一言だけ、揺さぶりをかけてみる。

バシュミ族の彼は、ゆっくりと口を動かして、カチカチと打ち鳴らした。


「エエ。タイヘン元気でスヨ」


うむ。

バシュミ族の表情は全く読めんぞ。



***************************



その日の午後、空から小型の魔物が襲いかかってきた。

船員たちはテキパキと迎撃準備をしたが、多くの者が攻撃するまでもなく、丸鳥族のセンマイの魔法で一網打尽にされていた。


落ちてきた鳥型の魔物は、至るところから血を流していた。

本人に聞くと、トルネードのようなものを発生させ、そこに石を混ぜていたようだ。

なかなかやる。


その魔物騒動で判明したこととして、どうやら『マッドデーモン』からケチ呼ばわりされていた人間族のパーティ『大鰐の牙』は弓使いが多いようだ。

1人を除いて弓を構えて待機していたが、結局一発も放つことはなかった。

ケチなだけに、矢も節約しているのだろうか。

俺のパーティは矢玉はエモンド商会持ちの契約なのだが。



エリオットやマリーとの模擬戦も実施した。


キスティの暴力的な強さ、ルキの手堅い強さは2人も感心していた。

俺はと言えば、魔法を使わないままだとやや苦戦した。

昔は分からなかったが、エリオットは流れるような身体捌きが、マリーは丁寧な攻防で隙が少ない動きが手強い。


それでも、互角に打ち合えているだけで成長を感じる。


マリーは1本ずつ取って引き分けになった後、また難しい顔をしていた。

悔しいというよりは、不可解というような。

ただ「うん、成長しているね」と呟いてもいたので、俺の地力成長も認めてくれたようだ。


エリオットは朗らかに褒めてくれたが、特に大剣の扱いを褒めてくれた。

対人戦ではともかく、中型・大型の魔物を相手にするには武器のサイズも欲しい。だから大剣をチョイスする魔物狩りは多いそうだが、多くは挫折するらしい。

理由は単純、扱いが難しいからだ。

キスティのようにスキルで重さを軽減できる場合はともかく、そうでない場合は長物を振り回すだけで一苦労である。

それを、対人・対魔物それぞれで使えるように訓練するのは、なかなか茨の道らしい。


そういえば、大剣使いって言うほど多くなかったな。

巨人族には使い手が多いイメージがあるが、人間族は何だかんだで片手剣・盾とか、槍のような装備が多い。



そんな船旅ののんびりした雰囲気も、西に進むにつれ緊張感が出始めた。

朝から雨が降り、遠くでは雷鳴がとどろく。

そんな悪いことが起こりそうな天気の日に、先行する軍船からの急報が入った。


「所属不明の軍船が3隻、東に向かっているとのことです。周囲に味方の艦隊はない。十中八九、敵方でしょう」


主だった者を集めた席で、船長のリグニが見渡すように首を振りつつ、そう言い切った。


「進むのだろう?」


傭兵団『渡り風』のリーダー、ブライズがそう言う。


「ええ。連絡役の言うことには『足の遅い船を見捨てない限り、しっぽを巻いても逃げきれない』だそうです」

「はははっ! つまりこの船のせいだ、というわけだな! 上等上等」

「ちょうど皆さんも暇していた頃でしょう? 水遊びを楽しみましょう」


船長はそう不敵に言い放つ。

ざあざあと嵐が船を叩く音が、耳に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る