第283話 あけおめ
護衛として商船に乗り込み、無事出航した。
船の魔法担当、丸鳥族のセンマイは昼間のうちは船尾の特等席に座って風を吹かせていることが多いようだ。交代要員もいるのだが、夜やセンマイの食事中などに交代することが多く、基本はセンマイが船尾に待機している。
見た目はダラっとしているので、仕事しているのかサボっているのか分からんが、おそらく両方だ。風を吹かせるのも常時やらなければならないわけではないらしいし、不必要なときは本当にダラっとしているんだろう。もっとも、今回の船団のうちではハーモニア号が最も足が遅い。それ故に、普段はやらないくらい風魔法でブーストしているらしい。
そして俺もそれに合わせ、なるべくセンマイがいるタイミングを狙って、隣で風を吹かせる練習をする。
このセンマイ、喋り方はぶっきらぼうだが案外面倒見が良いようで、隣で苦戦しているとたまにアドバイスをしてくれるのである。
風魔法の練習自体は、かなり苦戦している。
俺は風魔法を使うとき、魔力を意識している。
空気という目に見えないものを掴むことはできないから、俺の魔力の動きを風と見立てて、魔力を動かすことで風魔法を発動させているのだ。
その操作自体はどうやら平均点以上のようなのだが、これでは動かせる範囲が「自分の周囲」とか、頑張っても「部屋の中いっぱい」とか、その程度なのだ。
自分の周囲にウィンドシールドを張るとか、空気を固めてエア・プレッシャーで自分を押すとかはできている。しかし、遠くにある空気を集めて流れを作り、遠くまで届かせるような真似はできない。
センマイ師匠が寝っ転がりながら零したことを要約して自分なりにかみ砕くと、それでは風使いとして二流ということだった。
魔力を拡散させて影響範囲を拡大し、そのうえで影響範囲以外の空間にも影響を波及させるように動かす。
どうやらそういう新しい発想が必要なようであった。
「水や土と違って、風は軽い。それを動かすために、がっつり魔力を浸透させる必要なんてねぇよ。普通はそういう“軽い動かし方”から習得できる方が多いもんだがな。いや、そりゃヒトによるか」
「確か最初は密閉した箱の中の空気を動かす練習とかしてた気がする。あれはあんまりやらない方法なのかね」
「いやぁ、そりゃ普通だぜ。だが次のステップで、“軽い”魔力で空気を動かせるように、範囲を拡大してくのが王道じゃねーか? 知らねぇけどよ」
「あっ」
俺は、ちんちくりん師匠に短期間で魔法を習って、残りは自己流だからな。
そのツケがこんなところに。
「なんだぁ?」
「ああいや、ちょっと納得しただけだ。ちょっと事情があって、風魔法のレッスンは中途半端になっていたもんで」
「そりゃ勿体ねぇな。変に癖づいたら、伸ばし方も難しくなっちまう。ま、自己流を新しい魔法の使い方まで昇華できる天才なら結果オーライだがよ!」
「……」
まあ、結果的に偏った風魔法を練習し続けたおかげで、俺流のウィンドシールドやエア・プレッシャー自己使用など俺のファイトスタイルに合致した魔法を熟達してきたわけだ。
きっと結果オーライだろう。
「なあ、センマイ。エア・プレッシャーってどう思う?」
「なんだぁ? 悪い魔法じゃねぇけどよ、戦闘用ってより作業用だろぉ? ま、念動系を目指すなら伸ばした方が良いけどよ」
「そ、そうだな」
作業用だと? むしろ戦闘場面で一番輝く魔法だろうが。
自己使用は同じような使い方をしたやつがいたと聞いたことはある気がするが、決してメジャーな使い方ではなさそうだ。まあ、痛いもんな。慣れるまでが地獄だし、慣れてからも普通に痛いし。
あたおか認定されないためにも、この件は黙っておこう。
「それよりヨーヨーお前、それ辛くないのか?」
センマイが羽根の先で示したのは、俺の放つ魔弾に合わせて防御スキル無限ノックをしているルキの姿。
ルールは簡単、特定の防御スキルで色んな方向と速度で放たれる魔弾を弾くだけ。
俺の地味な修行に無表情で絶望しているように見えたので、ルキの防御スキルの特訓も兼ねてみたのだ。
嬉々として提案を受けたルキだが、ウサミミを揺らしてぴょんぴょんと跳ねながら俺の放つ魔弾にじゃれつく姿は、どこか大型犬を彷彿とさせる。
言ったらスネそうなので言わないが。
「辛い? まあ、ルキにとってはキツいかもな」
一瞬も気を休められず、反射的にスキルを使うことになる。
任務もあるので魔力が半減したら止めるつもりだが、ルキも魔力の節約が上手くなってきていてなかなか休憩できていない。
「いや、そういうことじゃねぇって……。左手で魔弾、右手で風魔法か? まともに集中できねぇだろ」
「ああ、そういう。まあ魔弾は考えなくても使えるし、この程度は魔法併用の練習としてよくやるから」
「よくやるってお前。まあ、風が苦手なだけで魔法バカなのは良く分かったぜ」
いつもは視線が合わないセンマイがこちらをガン見して、心なしか呆れているように見えた。
「まあ、特定属性のスペシャリストだと関係ないかもしれないが、俺は色んな属性を使う器用貧乏だからな。これくらいはやっとかないと」
「そういう問題かねぇ。それだけ連射しても魔力切れしないのも驚愕だがよ」
「ああ、魔力量には自信があってね」
「そいつは羨ましいこった」
センマイは視線を船首の方に戻し、今度はちいさな両手で帽子を被り直した。
う〜む、『暴れ鳥』ことシュエッセンと比べるとおっさん臭いし、毛並みもボサボサなのだが、それでも妙にカワイイ仕草だな。おのれ丸鳥族め。
「ぐっ! 主様、どれだけ連射するのですか」
おっと。つい集中が切れて連射してしまったらしい。
ルキからの抗議に肩を竦めて手招きをする。
肩に触れてステータスを見ると、魔力はちょうど半分を切っていた。
「まだ魔力は大丈夫か? 見たところ切れてなさそうだが、省エネが上手くなったな」
「はい。インパクトの瞬間だけ『柔壁』を出してみたのですが、魔弾程度なら弾けますね」
「そうだな」
ルキは「柔壁」というスキルと、「見えざる盾」というスキルを持っている。
いずれも透明な力場のようなものを発生させるのだが、「柔壁」はやわらかく「見えざる盾」は硬い。
基本的には「見えざる盾」の方が上位互換なのだが、「柔壁」は打撃に強く、魔法攻撃にも強いという特徴を持つ。
また「柔壁」はルキが昔から使えたので、扱いに慣れているという点も良い。
実際の任務でも活躍しているし便利な防御スキルなのだが、弱点も分かってきている。
魔力に乗せて自由に動かす魔法と比べると、一度発動させた力場が固定されてしまうのだ。
一部をキャンセルして別の場所に出現させるように操作することで疑似的な移動はできる。が、そんな間接的な方法ではスムーズな移動が難しい。
ルキは先読みして出現させたり、あるいは周囲を覆うように発動させたりしてカバーしているが、この点は魔法に明確に劣るだろう。
まあ、大した魔力も込めていないのに大抵のスキルを弾くことができる力場を発現できるというコスパの良さがあるので、総合的な性能で見ると防御という点ではやはり防御スキルに軍配が上がるのだが。
「防御スキルが優秀な部下ってのも、ウワサ通りらしいなぁ」
センマイがやる気のなさそうな声でそんなことを言ってくる。
「ウワサ? どんな噂が流れてるって?」
「そいつが防御しているうちに、ヨーヨーがバッタバッタと敵を倒したらしいじゃねぇか。ええ? 会長が襲われたときによ」
「ああ、その件か。だいぶ尾ひれが付いているから、話半分に聞いておいてくれ」
「あ? そんなこと言ってていーのかよ。このウワサの出所は会長だぜ」
「……ヒトの口を伝わっているうちに尾ひれが付いたんだろう」
元凶はテッド会長かよ。
いや、俺らを商船の護衛にねじ込むとしたら、多少は盛った方が船員も納得してくれるか。
そういう配慮で大袈裟に話してあるのかもしれない。
「会長が気を使ってくれたのかもな」
「なら、素直に受けとけよ。全くよ」
センマイが眠そうに言う。
「センマイ。あんたは何故この船にいるんだ?」
「あんだぁ? まともに風も吹かせらんねぇのに、雑談かよ」
「丸鳥族ってのは、郵便業に就いている奴が多いんだろ? 前に傭兵やってる奴にも会ったが、あいつも家族の中では異色らしかったし」
センマイはくいっと羽根先で帽子を上げ、こちらを見上げる。
「傭兵だ? そいつの名前は?」
「シュエッセンだったか」
「シュエッセンねぇ。響き的には西の方の出身だろうぜ」
「名前で分かるのか?」
「ああ、丸鳥族ってのは他の種族と交われねぇ種族だ。だから、どうしたって集団ごとにしがらみっつうかな、色々あるわけよ」
「ほう。センマイとは別の系統の一族ってことか」
「そんなとこだ。西の方のやつらは極端でなぁ、肌が合わん」
「極端?」
「伝統を重んじる堅苦しいジジババどもと、それに反発して好き勝手する馬鹿ども。中には集団で賊に入って暴れまわる馬鹿も居るらしいぜ。迷惑なハナシだぜ」
丸鳥族で賊に入るような奴がいるのか。
見た目はかわいいが、襲われたら倒すしかない。
「あんたも十分、好き勝手には生きてそうだがな」
「がはは! それも違いねぇ!」
俺の突っ込みは軽く流されてしまった。
「知ってるか? ヨーヨー。この船は、海も行けるんだぜ」
「すごいな」
「河でのんびりも良いがよ、大海原を走るのは最高だぜぇ。船用の風魔法を覚えたら、お前もいつか乗ってみると良いぜ」
「海って、大型魔物がウヨウヨしてるんだろ?」
「そうだぜぇ。陸とはスケールが違ぇ。船の何倍もあるイカに摘まみ上げられたら、たとえ戦士が船に乗っていても流石にお手上げだ。笑っちまうぜ?」
「笑えるかよ……」
フィーロみたいに雷魔法が得意だったら、巨大イカにも対抗できるだろうか。
少なくともこじんまりした魔法ばかり使う俺のフィールドではなさそうだ。
「それに東大陸の奴らは面白いぜ? あっちの魔道具見たことあるか?」
「いや、ないが」
「王様が大事にしてる魔導兵器も、ほとんどがあっちのモンを真似てるらしいぜ。長いこと足を引っ張り合ってるだけのこの大陸の連中より、よっぽど先に行ってるかもな」
「へぇ」
以前遭遇した、試験運用?されていた兵器が脳裏に浮かぶ。
箱に魔導砲を乗せた戦車もどきみたいな兵器があって、それに助けられたことがあった。
あれも元は東大陸からの輸入兵器なのだろうか。
時にセンマイと雑談し、時にルキと訓練しながら過ごしていると、怪しい集団が近付いてきた。
「こんなところに居たの? ずいぶん探したんだけど」
「あんたは……」
「もう忘れたの? 呆れた。シルリオ」
「あー、『マッドデーモン』のリーダーだよな。覚えてるぜ」
『マッドデーモン』は怪しすぎて流石に覚えている。
リーダーの名前はすぐに出てこなかったが。
リーダーのシルリオは相変わらず包帯ぐるぐる巻きで、後ろにはカマキリ頭のやつと、霧族のやつが控えている。
「そう。今暇でしょ。悪いけど少し時間をくれる?」
「お? 何の用だ?」
別に暇と言えば暇なのだが、魔法の練習は重要だ。
この場で済ませてしまえるなら済ませたいが、シルリオは周囲を気にするような仕草をした。これは、「ここでは話せない」的なアピールかな。
「……ちょっとね」
「まあ、エリオットの紹介だし変なことはしないと思うがな。危害を加えられたら反撃はするぞ?」
「何、新人いびりでもするって? そんな暇は私にもない」
「分かった分かった。どこに行けば良い?」
「できれば倉庫の方にいい? 私たちがたまり場にしている場所があるの」
「ふぅん。別に良いぜ。センマイ師匠、ちょっと行ってくるぜ」
センマイに手を振っておく。
センマイは興味なさそうに羽根を振り返してきただけだった。
「おーおー。てか、別に師匠してるつもりはねぇんだが?」
「言葉の綾だよ。じゃあな」
ルキを連れて倉庫に赴く。
軍需物資を積み込んでいるので積み荷ばかりなのだが、その一角のスペースを『マッドデーモン』が利用しているようだ。
シルリオに連れられてきた俺を見て、1人のぐるぐる巻きメンバーが立ち上がり、そして巻いている布を解いて見せた。
「お初にお目にカカリます、そして新年おメデトうごザイます。ヨーヨーさん」
「なんだと……まさか」
「ええ、ソウです」
姿を見せた不審人物は、どこかで見た種族のように見える。
それは奇しくも、ルキを保護していた砂漠の昆虫みたいな種族。
「今ってもう年が明けてたのか」
「……。ええ、ソウです」
なぜか一拍置いてから、その人物は肯定を返した。
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