第282話 鳥
エモンド商会の商船護衛に加わった。
他の護衛たちの主要メンバーとの顔合わせも終わり、夜はぐっすり眠れた。
壁のない場所だが、周りは軍や戦士団の部隊がひしめき合っている所なのだ。下手な城内より安全な場所だろう。
同じ白兵戦用の戦闘要員チームは、俺達とエリオット達を除くと3チーム。
人間族の男性ピコがリーダーのパーティ『大鰐の牙』。
マフラーぐるぐるで顔面が分からないシルリオがリーダーのパーティ『マッドデーモン』。
巨人族っぽい見た目の女性ブライズが団長の傭兵団『渡り風』。
見たところ、最大人数の『渡り風』でも10人程度のように見えるので、合計で20~30人くらいだろうか。これが船の護衛として少ないのか多いのかは分からない。
朝になって各々の集団がテントを撤収しているのを眺めていて、気付く点もあった。
『大鰐の牙』は人間族や獣耳族など、人間に近い種族が集まっている。髪と肌の色がまちまちなので地球的な感覚では国際的な集まりに見えるが、この世界では人間族に偏った集団ということになるのだろうか。
対する『マッドデーモン』はその逆で、今まで各地を旅してきた俺でもあまり見たことがないような種族が集まっているように見える。
霧族が1人に白肌族っぽいやつが1人いるが、見たことのある種族はその2人だけ。顔が爬虫類系なのだが、鱗肌族とも異なり蛇っぽい見た目のやつ。目が6つあり、後ろにも目が付いているやつ。そしてカマキリっぽい印象の顔と手をしているやつ。リーダーのシルリオのように顔に布をぐるぐると巻きつけているやつも何人か。
怪しい。
俺達はエリオットチームの補欠的な扱いのようで、船に乗り込むのもエリオットと同時だった。
上から木製の梯子が下ろされ、それを登って乗り込むスタイル。
甲板に上がると、モップで掃除している一団が目に入る。他にも各船員が忙しそうに動き回っている。白シャツが多いが他の服装のやつもいて、特に服飾規定があるわけではなさそう。
しかし、重装備のやつはいない。魔物が出ないから必要ないのかね。
船員に案内されて、部屋に通される。
パーティごとの部屋になっており、俺達の部屋は何もない倉庫みたいな部屋だった。毛布が置かれており、装備を置くスペースとドン、シャオもいるので寝るには狭い。その分、ハンモック的なものが2つ吊るされている。
早速アカーネやルキが楽しそうに試しているが、いざ寝るとなると辛そうだ。なんたって揺れる船の上だ。寝られる気がしないぞ。
護衛達はいずれも、甲板を一階とすると地下一階に当たる階層に配置されている。
いつでも出撃できるように、ということだろう。
船員達の多くはもっと奥に、一部屋8人とかで詰め込まれているらしい。大変なお仕事だ。
部屋で暇をしているうちに、船体がきしむ音がして、足元がぐらぐらと揺れ始めた。
出航したか。汽笛のような合図はないんだな。
「ちょっと上に出てくる」
「お供しますか?」
荷物を整理しているサーシャが反応する。
「キスティかルキ、付き合ってくれるか」
「私が行きましょう」
部屋の隅で小さくなっていたルキが立ち上がる。
いつになく積極的だ。
多分だが、暇だったんだろうな。
甲板に上がっていくと、まだ船員達が忙しそうにしている。
今はどうやら帆を張る作業中のようだ。
「おら、ぼけっとしてんじゃない!」
階段の前で立ち止まっていたので、後ろから船員にどやされる。反省して端に寄って、河面を眺める。
キラキラと陽の光を反射している水面が美しい。
そして少し後ろから別の船が追随してきている。今回の僚船である商船だ。
持ち主はスルート商会。テッド会長の護衛任務で商人達を束ねていた情報通らしき商人の商会だ。
同じ河の商船といっても見た目は結構違う。
全体的に丸みを帯びていて、あまり強くはなさそう。
逆の進行方向には、いかつい船が2隻ほど見えている。
そこそこ距離を開けているのではっきりとは分からないが、商船よりも小さく見える。
ただ、全体的に角ばったデザインと黒く塗られた尖った船首部分が武張った印象を与えてくる。船体だけを見ると、未来の戦艦のようなデザインだ。ただ、それが帆を張って風を受けているので、ちょっと地球では見ない光景である。
「おや、暇しているのかい」
声を掛けられ、軍船から目を離す。
「エリオット。1人で出歩いているのか?」
「うちは人手不足でね」
肩を竦めるエリオット。
マリーを連れずに行動しているようだ。
「エリオットは軍船に詳しいのか?」
「詳しいってほどじゃないねえ。実家はあれほど立派な船はなかったし」
あれは立派な船だったのか。
たしかに最新鋭の軍船っぽさはあるが。
「それより、魔法担当に挨拶に行くかい?」
「ああ、そういえば。しかし、今行って邪魔にならないものか?」
「そうなりそうだったら待てば良いさ。どうせ時間はある」
エリオットに連れられ、船尾の方に移動する。
すると、小高くなった一画があり、その周囲は網が張り巡らされている。
網の端っこを持ち上げてエリオットが入り口を作る。
中には、ふんぞり返った鳥と、それを護るように配置された船員が数人。
「おお? エリオットの旦那か。何か用か?」
ふんぞり返った鳥……青色のでかい帽子を被り、同じく青の外套を羽織った丸鳥族が目線を動かさずに喋りかけてくる。
丸鳥族は船首方向、上を見上げている。結果的にふんぞり返るような形になっている。
「お仕事中失礼するよ。新顔の紹介はできるかい?」
「新顔だぁ? ああ、土壇場で入ったって野郎か。見ての通り取り込み中だが、ただ風を当てるだけの単純作業だ。紹介くらいわけねぇよ」
「そうかい。ヨーヨー、いいかな」
エリオットに促され、前に出る。
「ああ。新しく護衛として加わったヨーヨーだ。よろしく」
「おう、よろしくな。風の噂だが、お前さん魔法が使えるんだっけ?」
「一応は」
「属性は? 風と水はどうだい」
またそれか。船乗りにとっては重要であり、それが共通認識らしいことは分かった。
「どっちもそれなりだ。役に立てるかは怪しいな」
「ほぉう? その場で構わねぇ、何か魔法使ってみな」
この流れだと、風か水魔法だよな? いきなり溶岩魔法を出したりしたら怒られるか。
「じゃあ、ウィンドシールド……は違うか」
「いや、それで良い」
さすがに見え辛いだろうし、違うものをと思ったが、丸鳥族が制止する。
「俺ぁ視界は広い方だからな」
「そうか。それじゃやるぞ」
ウィンドシールドを展開。
分かりやすいように、土針を飛ばして散らせるやつも控え目にやっておいた。
派手にやると周囲に針が飛んで怒られそうだからな。
相変わらずまっすぐ船首方向上を見詰めながら、それを見ているのか分からない丸鳥族。
そのまま黙ったままなので、気まずくなってくる。
水球も創って浮かべ、サテライトマジックでぐるぐると回転させてみる。
「ほう、やるじゃねぇか。お前、学院生か?」
「オーグリ・キュレスの魔法学院か? いや、独学だ」
「独学ねぇ。それにしちゃ上出来だぜ」
「ああ、ありがとう」
「船の経験はないのか?」
「ないな。風を継続的に吹かせるみたいな使い方も未経験だ」
「ほう。よし、ちょっとこっち来い」
「む?」
丸鳥族に呼ばれるが、周囲の護衛達からは睨まれている。
これは行っていいやつなのか?
「センマイ。まだ名乗ってもいないだろう? 周りも困惑しているよ」
エリオットに諭され、初めて目線を外してきょろきょろと周りを見た丸鳥族。
羽根の先で帽子の位置を直して、再度前を向いた。
「すまねぇな、俺はセンマイ。丸鳥族でこの船の雇われだ。ここで魔法や魔道具絡みの仕事を任されてんだ」
「センマイ。やっぱり丸鳥族は魔法が得意なんだな」
テーバの『暴れ鳥』も魔法ファイターだった。
種族柄、魔法が得意なんだろう。
「そりゃヒトによるが、まあ人間族よりは得意なヤツが多いかな。別に魔法系のジョブじゃなくても使えるくらいだからな。そんなことより、近くまで来い。別に構わんだろ?」
「ああ……」
護衛達の視線を感じながら、センマイがふんぞり返っている椅子の隣に立つ。
センマイの見ている方に目を向けると、帆が風を受けてパンパンになっている。
中央に、大きな四角の帆が縦に2つ並んでいる。向きは進行方向から少し斜めに設置されている。少し離れた左右には、三角形の小さな布が2つずつ張られている。あれは何だろうか。
「俺がやってんのは単純なことだ。風魔法で、真ん中の四角いやつに当てるだけ。分かるか?」
「ああ、見えてる。今の追い風は全部あんたの魔法なのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇ。今は進行方向から見て横風が吹いてる。これを調整して、ちょうど良い風になるようにマストに誘導してる感じだな」
「そいつは……すごいな。風の方向を操っているのか」
言うは易しだが、周囲の風すべてに干渉しようとすると、とんでもない干渉範囲になるはずだ。
「へっ。本当に風の経験はねぇみたいだな? 慣れれば、そこまでのことじゃあない。丸鳥族なら多かれ少なかれやってることだしな」
「そういえば、丸鳥族は飛ぶときに魔法を使うんだったか」
「そうそう。頭の硬い連中の中には、こうして座りながら風を操るのは祖先への冒涜だって言うやつもいるぜ」
「……なるほど」
このふんぞり返っている光景を見れば、思うかもな。
「左右の三角は何に使うんだ?」
「ありゃ曲がるときだな。うまく補助してやると速えが、下手くそだと却って船体を傷つけるから、使わないものだと思っておけ」
「なるほど、そういうことか」
「真ん中の帆に風当てられるか?」
やってみる。
周囲の空気を固めて、流す感じか?
「ありゃ、ダメだな。ウィンドシールドじゃ出来てただろう? 固めるんじゃなく、流すんだ。こう、ドーンっじゃなくてさらーっとな。分かるか?」
分からん。
帆までいきなり届かせようとしても無理だな。
少しずつ距離を延ばしていくイメージで練習してみるか。
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