第281話 イチオシ
エリオットと一緒に、オーグリ・キュレスを発つ。
船着場までは1日もかからないうえに、魔物や賊もほぼ出ない。平和な街道だ。
護衛対象もいないので、エリオット達と話しつつ歩いた。
「キスティ君に、ルキ君だったかな。2人は身のこなしからして、戦闘慣れしていそうだね」
「ああ、2人ともかなり強いぞ。後で模擬戦でもしてみるか?」
「船に乗ったら、やってみてもいいね。なんせしばらくは暇だ」
「警戒任務とかはあるんだろ?」
「多少はね。ただ、見張りは基本船員がやるからね。僕たちはあくまで、いざと言うときの戦闘要員だよ」
戦闘時以外は待機か。
魔法の練習でもして時間潰すか。
「白兵戦力の部隊はエリオットが指揮するんだよな?」
「指揮というほどではないけど、とりまとめは僕だねぇ」
「俺ら以外のメンバーはどんな奴らなんだ? エリオットは知ってるんだよな」
「知っているとも。一緒に戦うのは、他に2つほどのパーティと1つの傭兵団だよ。いずれも気のいい奴らさ」
「傭兵団もいるのか」
「傭兵団と言っても、エモンド商会のお抱えみたいなものさ。信頼は置けるよ」
そういえば、南方でジシィラ隊の護衛をしたときは裏切り者がいたな。今回はどうかね。
「お抱えの傭兵団も参加するのに、まとめ役がエリオットなのか?」
「まあね。これでも信頼されてるのさ」
「ほー。エリオット達も以前より進んでるんだな」
以前はゴブリン狩りをして稼いでいたのが、今や大商会の命運を賭けた作戦にまとめ役として抜擢されているわけだ。
「正直に言うと、ただ信頼があるってだけじゃないのだけどね」
「実家がどうのと言っていたやつか」
「君、案外鋭いことを言うようになったねぇ。大した話じゃない、忘れてくれたまえ」
「了解しました、隊長殿が言うなら仕方ありません」
「君ねえ……」
もともと良いとこの出っぽいのは分かっていたし、探るつもりもない。
俺が異世界人だってことよりは穏当な内容だろうし。
「エリオット様、いいかい?」
「マリー。訊いてみるのかい?」
「そう」
「やれやれ。ヨーヨー君、少しマリーに付き合ってくれるかい?」
「何だ?」
エリオットの許しを得たマリーがずいと顔を近づけてくる。
「うーん。ヨーヨー、あんた今ジョブは魔法系なんだろう?」
「ああ、まあ。『魔剣士』に近いな」
「『魔剣士』そのものじゃないってことかい? おっと、これは聞きすぎかい?」
「まあ、その辺はご想像にお任せする。今の俺は魔法も使えるし、この剣で戦うってことだけ知っておいてくれ」
背中にある魔導剣の柄をぽんぽんと叩いて示しながら言う。
実際は剣が手元になくても両手に生やせるようになったわけだが。
「魔法ねえ。いつからマトモに使えるようになったんだい?」
「ん? 港都市で習ったから、エリオット達と別れた後くらいかね」
「それまでに習ったことはあったのかい? 幼少期とか」
「マリー!」
エリオットが叱責するようにマリーの名を呼んだ。
俺は肩をすくめてみせる。
「別に構わない。幼少期の記憶はあまりないが、習ってないと思う。ま、たまたま才能があったんだな」
「そうかい……」
マリーは踏み込みすぎたことを恥じてか、あるいは俺の回答が腑に落ちなかったのか、微妙な顔をして頷く。
「まあ、たまに聞くさね。年がいってから自分に合ったジョブに出会って、一気にレベルが伸びるタイプ。魔法ではあまり聞かないけどね……」
取り繕いつつも、やはり不審げな様子。
それを聞き流しつつ、最後の話が気になった。
「そうなのか? 魔法こそ感覚的な部分が多いから、実は合ってたなんて話がありそうだけどな」
「いや、確かにそういう例はある。ただ何と言うかね、魔法ってのは感覚が合えば伸びるってもんじゃないだろう? 実は合ってたって場合も、レベルの伸びは他のジョブほど急激にはならないのさ」
「ああ……」
魔法は魔法理論や、物理現象への理解などが前提になってくる。あと、魔力の扱いは亜空間や仮想現実を操作するのと似ていて、あれは一朝一夕には身につかないだろう。
俺の場合はいずれも元の世界で似たようなことを学んでいたので早かったという事情がある。
「まあ、つまり俺の天才ぶりに驚いてるのか、マリー」
「そう言われると癪だねえ。第一まだあんたの魔法をロクに見てないよ」
「それもそうか。一緒に旅すれば嫌でも見ることになるけどな」
普段、空き時間はもちろん、移動中なんかもいつも魔法やスキルの練習をしているし。こんなふうに。
炎弾をいくつも生み出すと頭上にぐるりと展開して、それからマリーの周囲をぐるぐると追いかけっこさせるように動かす。
「うひゃっ!? あんたこれ、うわっ!?」
「ははは、あんまり動きすぎないでくれよ。うっかり当たったら危ない」
「当てたら承知しないよ! 魔法って、こんな風に動かせるものなのかい……」
「どうだろうな。俺はこういう操作が得意だが、一般的に『魔剣士』系は細かい操作が苦手らしいぞ」
「そうかい……もういいったら!」
マリーがよりスレスレを飛ぶようになった炎弾に鬱陶しそうな声を出すので、消してやる。
「こんな練習を四六時中やっていたら、なんかメキメキレベルが伸びてな」
「あの突撃屋がまさか魔法に目覚めるとはねえ。使えるのは火魔法になるのかい?」
失礼な。
水球を浮かべて、風壁で作った滑り台を転がしてみせる。それと砂球をぶつけて消滅させる。
「水も風もいけるぞ。あと土もな」
「……得意な属性とかあるのかい?」
「うーん、悩ましいが、攻撃なら火、防御なら風が使い慣れてるかな?」
攻撃では溶岩魔法もあるが。
とっさに出すという意味では、炎弾や風壁が創り慣れている気がする。
「……防御ってのはなんだい?」
いつもの防御用の形で風壁を作り、そこに土針を飛ばしてみせる。
風の流れに巻き込まれた針は左右にバラけて落ち、消滅する。
「こんな感じだな。矢避けとして便利だぞ」
「矢避け? ジョブ持ちの弓矢でも防御できるのかい?」
「それは場合によりけりだな。特にスキルを使わない攻撃なら、おおかた何とかなると思うが」
「そうかい……そうかい」
マリーは何だか静かになってしまった。
そこで、後ろからバシバシと肩を叩かれる。
「凄いじゃないか、ヨーヨー君! これほど高度な魔法を短期間で身につけるとは!」
「いてて。まあ、魔法は性に合っていてな」
「水と風も使えるってことだけど、風を吹かせたりはできるのかい!?」
「風を? うーん、どの程度の面積かにもよるな。俺の風魔法はちょっと偏ってるし」
ウィンドシールドやエアプレッシャーばかり多用している俺の風魔法は、空気を固めたりする方向に偏っている。しかも固めるといっても、ウィンドボール的な固め方は苦手だ。
空気の流れに指向性を持たせたりするのが得意なイメージか。
そうすると、まとまった風を吹かせるのも練習すれば出来るようにはなりそうだ。
「船の上では風魔法、水魔法は重宝されるよ。一度、帆に風を当てる練習もしておいて欲しいね」
「なるほど、緊急時の移動方法か」
そもそも、この世界の船はどうやって動くのが普通なのか。動力源について尋ねると、エリオットが説明してくれた。
今から乗る予定の船は複数の方法を選択的に使う。
1つは帆を使い、風を捕まえて移動する方法。場合によっては魔法の風を出して移動する場合もある。
他には、魔道具で水を操って移動する方法もある。これは大変魔石を食うので、主に戦闘時など緊急時の移動方法になる。
そして最後に、人力だ。船には漕ぎ手が待機しており、船長に指示されると一斉に漕いで移動する。
魔道具での移動と合わせると かなりのスピードが出るが、人力なので疲れるし、左右の舵が難しい。
これらを合わせると、河を逆走して西に向かうことも問題ないと言う。
「そう言えば、海に出る船を見たときは、海の種族が護衛に付いてたっぽいが、河はどうなんだ?」
「いや、河は……というより、モングロウ大河には水棲の人種はほとんどいない。戦闘艦の護衛に付けることもあんまりないね」
「へえ。海とは違うんだな」
「まあ、結局海の水棲種族の護衛も魔物対策の面が大きいからね。モングロウ大河にはそれほど魔物が出ないから、そこまで必要とされないのさ。それでも、偵察や工作要員として使われるケースがないわけでもないのだけどね。ただ、歴史的に色々あったものだから」
「歴史?」
「まあ……昔は、モングロウ大河にも水棲の種族が居たらしい、とだけ言っておくよ」
……。
闇が深そうな話なので、俺は考えるのを止めた。
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のんびり歩いても、日暮までには港らしき場所まで辿り着くことができた。
向こう岸が見えないくらいの河に、夕陽が反射している。海のようにも見えるその河には、巨大な船が何隻も浮かんでいる。周囲に壁はなく、いくつかの監視塔がある他は、河原に桟橋がいくつも設けられているだけだ。
シンプルな造りだが、周囲には軍や戦士団の集団がいくつも作業をしており、物々しい。
桟橋に横付けされた船の1つが、我らがエモンド商会のハーモニア号らしい。
大きな帆船。
まるで大航海時代の船のような形状に、船頭の方は多層的な造りになっている。
海の船よりは少し小さいような気もするが、それでもなかなかの巨体。水深的に大丈夫なのだろうか。
「来ましたか、エリオット」
ハーモニア号から、大きな帽子を被った人間族の女性が近づいてくる。
後ろには、上半身裸の男と半裸の女が随伴している。
「リグニ船長。この度はお世話になります」
「そちらの……怪しい男が今回の増援ですか?」
「ええ。ヨーヨー君、紹介しよう。ハーモニア号の船長のリグニさんだ」
エリオットに紹介されたので、前に出る。
リグニ船長は、大きな帽子に、外套を袖に手を通さずに着ている。格好はやや特殊だが、顔つきは普通の人間族といった感じ。中年に差し掛かるくらいの年齢に見える。
それより、後ろの護衛っぽい2人の方が気になるぞ。この真冬になんで半裸?
「ヨーヨーだ、よろしく頼む」
「リグニです、よろしく。悪いですが、船の上では私の指示は絶対になります。よろしいでしょうか?」
「ああ、承知している」
船の上では船長が一番って、だいたいそんなイメージだ。
個人傭兵だとゴネるやつが多いのだろうか。
「良いでしょう。ヨーヨーのことは会長からも紹介を受けています。何でも優秀な魔法ユーザーだとか?」
「あー、まあ分野による」
「風魔法と水魔法は?」
やっぱりそこが気になるんだ。
「少し。風を吹かせるのは普段やってないが、少し練習させてくれれば手伝いくらいは出来るんじゃないか」
「そうですか。水は?」
「水流を操るのもやったことはあるんだが、流れのある河で、移動中の船からっていうのは試したことがない。過度な期待はしないでくれ」
「そうですか。少し期待はずれです」
ズバッと言うな、このヒト。
「そりゃ申し訳ねーな」
「気を悪くされたらごめんなさい。このタイミングでの追加要員ですもの、色々期待してしまいました」
「あくまで戦闘用の魔法だと思っといてくれ」
「そうですね。一応、後で船の魔法担当にも会わせましょう。いざという時に使える者は多いに越したことはありません」
「ああ、頼む」
良いように使われるだけかもしれないが、俺としても慣れてない分野の魔法を習うチャンスだ。
ダンジョンでの亜人との戦闘では水魔法に救われたこともあったし、伸ばすことに否はない。
俺への挨拶は終わり、船長は再度エリオットに向き直った。
「明日には出発します。今日のところは野営をお願いします」
「他の白兵戦隊の面々は着いているかい?」
「おおかた到着していますよ。エリオット、頼みますよ」
「ああ、こっちは任せてくれたまえ」
「サイクス。彼らを野営地に案内しなさい」
「おうっ!」
後ろにいた半裸組のうち、男の方が案内してくれるらしい。ハズレだな。
「こっちだ! ついてきなあ!」
「元気が良いねえ。ところで君、寒くはないのかい?」
「ぶははは、こんな風もないところで寒いなんて言ってらんねぇよ、旦那!」
エリオットのツッコミに爆笑で返す半裸男。
そうなんだ、寒いなんて言ってられないんだなぁ。
桟橋の近くで、簡易テントを建てて寄り集まっている一団に加わる。
そこでも新顔として挨拶しなければならない。
真ん中の焚き火に各集団のトップが集まっているらしい。キスティたちにテント設営を任せ、俺とサーシャでそちらに行く。
並んでいるのは、薄着で肌の黒い人間族らしき男に、顔まですっぽりマフラーが巻かれ、素顔のわからないやつ。そして、大柄な巨人族らしき女性。
「ヨーヨー君、挨拶を頼むよ」
「ヨーヨーだ。個人傭兵をしている。今回エリオットに誘われて参加した。よろしく頼む」
初対面の面々がジロジロと俺を見ている。
「その変なヘルメットは外さないのか?」
「……あー」
「いいんじゃない、別に素顔知っても何にもならないし。ヒトそれぞれ色々あるでしょ」
人間族の男にツッコまれて気付くが、脱ぐ前にマフラーぐるぐるなやつにフォローされた。
まあ別にどっちでも良いから、このまま押し切るか。
「そっちは? 悪いが、紹介を頼めるか」
「……ああ。俺はピコ。エリオットさんの知り合いで、『大鰐の牙』ってパーティーを組んでる」
「よろしく」
最初に自己紹介してくれたのが、人間族の男だ。
「私はシルリオ。寒がりだから、この格好でごめんね」
「おい、普通は所属とか言うんじゃないのか?」
人間族の男、ピコからツッコまれたシルリオが面倒臭そうに続ける。
「『マッドデーモン』ってパーティ組んでる。今は私が代表。以上」
「よろしく……よろしく」
え? デーモン? と言いかけて留める。
パーティ名なんて屋号みたいなもんだしな。何でもいいか。
「最後になるか。あたしは『渡り風』って傭兵団の団長をさせてもらってる、ブライズってモンだよ。よろしく」
「ああ、よろしく」
「ヨーヨーだったか。会長のイチオシらしいけど、いったいどうやったんだい?」
「さあ。直近で護衛を担当したんで、気に入られたのかもな」
「そーゆーのは大抵、スゴ腕か訳アリかのどっちかだよ。スゴ腕の方であることを願ってるぞ」
「そうか」
以上で紹介は終わりかな?
と考えてると、最後に挨拶をしたブライズが不満そうな顔をする。
「なんだい、張り合いがないねえ。もうちょっとイキが良いヤツが来ると思ったんだけどね」
「ん? すまん。何か気に障ったか」
「いーや、別に何でもないよ。エリオット、すまないがウチのバカどもの見張りに戻っていいかい?」
「ああ、構わないよ。明日からよろしく、団長」
「あーあー、よろしく。全く、最近の男は歯応えがないねえ」
ブライズはぶつぶつ言いながら、自分の団の方に戻って行った。
「なんかマズイこと言ったか? 俺」
ブライズの背中を見ながらエリオットに尋ねるが、エリオットは曖昧に笑っただけだった。
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