第280話 イケイケ

エリオットたちと一緒に、エモンド商会の商船護衛依頼を受けることに決めた。


エモンド商会と新たに契約書を交わし、ライリー区の屋敷に戻る。

戻る前にキスティから手紙の返事が来たが、エリオットの説明より詳しいものではなかった。ただし、キュレスの河川艦隊はそこそこ有名で、ズレシオン側からは攻め込む際の大きな障害の1つと考えられている、ということが付け加えられていた。

それなら簡単に賊に負けるとも思えないが、逆に賊の方も対策していて手強いのかも。


出発までそれほど余裕はない。

屋敷に帰りながら、連れていくメンバーを考えた。


白ガキに貰った装置で、転移して運べる人数には限りがある。

俺を含めて3人くらいまでは確実に運べる。それ以上となると、まだ安定しない。

そういう意味では2~3人を連れていくのが安心だが、俺が転移まで使って逃げ出すときはエリオットが危機に陥っている可能性が高い。

転移で逃げ出す計算をしなければ、万全のためにフルメンバーで行くのが良いのだろう。

つまり、最近仲間になった屋敷番の2人を除いた俺+従者5人+2体の護獣だ。


キスティ、ルキはベテランレベルでも相手にできる実力があるし、サーシャとアカーネの支援は優秀だ。ジグは戦闘面では少し見劣りするが、ソツなくこなす器用さがあるので、何かと役に立つ。アカイトは……まあ、気軽に使えるという意味では貴重だし、偵察にはもってこいだ。とはいっても、今回の冒険は船の上にいるわけで、偵察の出番はそれほどないかも。


そんなことを考えながら屋敷に戻って、早速次の動きを皆に伝えると、ジグから申し出があった。


「ここに残りたい」

「む? この屋敷か?」

「そう」

「理由を聞いても?」

「2つある」

「1つ目は?」

「体調不良。病気じゃない」

「……ああ、なるほど。もう1つは?」

「自分の長所は戦闘能力じゃない。聞いた範囲だと足手まとい」

「いや、ジグの『好悪判定』はどんな任務でも使えそうだがな。残りたい理由があるということか?」

「そう。この屋敷を仕切ってジョブレベルが上がるか確かめたい」

「ふむ……」


ジグのジョブは『支配者』だ。

いわゆる「統治系」のジョブに数えられるらしいから、純粋な戦闘ジョブではない。


「いいだろう、ジグに考えがあるなら尊重するぞ。ただ、この屋敷は完全に安全になったわけではない。そのことは理解しているか?」


『もがれた翼』の頭領と会談して、干渉しないことを約束してもらってはいるが。

口約束に過ぎないし、他の組織のことは何の保証もない。

もともとが治安の悪い地区なのだ。


「理解してる。死なないように立ち回る。生まれ育った里で生き延びた実績がある」


ジグが薄い胸を張る。

これをサーシャとかが言い出したなら、本人が望んでいても止めたかもしれない。

しかしジグが相手なら、サーシャやアカーネと比べると、まだ最悪な場合は仕方ないと割り切れる部分がある。

……聡明なジグのことだ、そういう関係値のことも分かっていて言い出している可能性があるな。


「分かった。アカイトも残そう。うまく使ってくれ。最悪の場合も、アカイトならこっそり抜け出すことができるだろう。『もがれた翼』やエモンド商会を頼れ。多少の借りを作っても構わん」

「ありがと。うまくやる」


便利に使われるために残されることになったアカイトは、共通語が分からず怪訝な表情をしてキョロキョロしている。


さて、これで連れていくのはサーシャ、アカーネ、キスティにルキだ。

あとドンとシャオもか。

この前の戦闘ではキスティ、ルキとの連携で強者を圧倒できた。

サーシャ、アカーネとも連携を深めれば、戦士家のエリートが相手になっても何とかなるかもしれない。

残された数日は、その連携の確認に注力するとしよう。



***************************



薄暗い部屋に通され、すっかり見慣れた顔に相対する。

地下組織『もがれた翼』のトラ男こと、ゾラックが草を咥えている。

その目線は、俺ではなく手元の書類に注がれている。


「おう、来たか」

「それは注文したものか?」

「ああ、そうだよ」

「仕事が早いな」

「戦の情報ってやつは、いつでも需要があるものさ。だから言われる前に集めておく」


ゾラックは書類から目線を上げると、紙をまとめて手に持ち、トントンと揃える。


「で? 早速説明するか?」

「いや、一応先に筋を通しておく」

「筋?」

「ああ。次回からはエモンド家に直接報告して良いとさ」

「ああ、なるほど。その話は聞いている」

「だろうな。ま、一応正式な報告ってことで」

「あのじいさんと堂々と手を組めるのは大きいな。人助けはしておくもんだ」

「まあ、襲撃の情報は貰ったが。助けられた覚えはないがな」


ゾラックは肩をすくめて、冗談だと示したようだった。


「それで? お求めの商品はここで聞いていくので良いか? 悪いが、資料は持ち出し厳禁なんだ」

「構わない。聞かせてくれ」

「まずはこれだ」


紙束から数枚を抜き取って、こちらに差し出してくる。

少し椅子から乗り出して受け取り、紙面を見る。


真ん中に左右に二本の歪んだ縦線が描かれ、その左右に丸く囲まれた場所がいくつか書かれている。それぞれの場所には簡略化された記号のようなものが描かれている。いくつかは見覚えがある。


「旗……つまりこれは、領地の配置か」

「そう。真ん中に走っているのが大河だ」

「なるほど」


紙をめくると、別の紙はそれぞれの領地ごとの情報がまとめられているようだ。


「そこに載ってるのは、いわゆる河川領主ってやつだ。貴族もそうでない奴もいるが、河川用の戦闘艦を持っている勢力ってとこだ」

「この、赤字でチェックが入ってるのは?」

「そっちが敵側。つまりリック公に協力していると思われる勢力だな」

「結構いるな」


王都に近い方向にはあまりいないようだが、奥の方は真っ赤だ。


「リック公は腐っても、河川領主の親玉みたいな存在だ。あそこの河川艦隊はいち貴族の持つ規模じゃない」

「エモンド商会では、リック公の艦隊は軍とか王家の艦隊が抑え込んでいると言っていたが」

「それも正しい。リック公の艦隊は大規模だが、王家の艦隊を相手取って無双できるほどじゃない。補充が見込める分、王家の方が優勢だろうな、長期的には」

「王家って凄いんだな」

「まあな。しかも帝国になってから、帝王の意向に従わない連中は艦隊から追放されたらしいからな。リック公の艦隊が潰されりゃ、帝王に逆らえる河川領主はいないだろうよ」


帝王は河でもイケイケらしい。

そして、そんなノリに乗った帝王に対抗できるくらいなのだから、リック公の艦隊も凄いということになるか。


「最前線までは行かない予定だが、襲われるとしたらどいつか分かるか?」

「さすがに、そんな細かい情勢までは集めきれていない。しかし、末端の連中は情勢が読めてない連中が多い。大貴族リック公に依頼されれば、商船を襲いそうなやつはそこそこいるぞ」

「うげえ。サーシャ、とりあえずここに載ってる連中のことを覚えられるだけ頼む」


紙を後ろのサーシャに手渡し、中身を覚えておいて貰う。

何が役に立つか分からないからな。


「今、内戦はどうなってるんだ?」

「リック公の話で言えば、ここから数か月が山場だろう」

「そもそも、当主が王都で捕まったんだろう? まともな戦いになるのか?」


奇しくも王宮の会場で俺もリック公の近くにいた。

その場では殺されなかったようだが、王家に反逆したのだ。ただでは済まないだろう。


「ああ、どうやら後継者がすぐに家中を掌握したらしい。捕まった当主の弟という話だが」

「帝王も詰めが甘いな」

「対抗馬は用意していたようだが、リック公の足元が揺らいでいる話はとんと聞かない。まあ、失敗したんだろうな」

「マジか」

「ま、ここまで早く軍を動かしてるんだ。失敗も想定通りかもな」

「リック公に勝ち目はある感じなのか?」

「薄いが、なくはない。地方貴族には、帝王の権勢拡大が都合の悪い連中も多い。時間を稼いで支援を待っても良いし、外国が介入してくる可能性もある。要は情勢変化まで粘るのが勝利条件だ。ただ……」

「ただ?」

「戦略的に言えば守りに徹するべきだが、守りに徹すれば離反する者も多い。その辺の葛藤があるだろう」

「分かりやすい勝利が必要ってことか」

「ああ。ただ艦隊決戦は王家側が避けるだろう。だから、陸上のどこかで会戦がありそうだ」


その決戦に向けて、せっせと物資を送るのが俺たちか。

……そりゃ襲わせるな、俺がリック公陣営だったとしたら。


「情報感謝する。俺はしばらく留守にするが、うちの屋敷に何人か残すつもりだ。よろしく頼む」

「別に俺はあんたらの護衛じゃないのだがな。まあ、せっかく繋がったエモンド家のじいさんの機嫌を損ねたくはない。何かあったら、俺を頼るように言っておきな」

「ああ」


新しく仲間になった、元『金バエ』のアレシアとゲゲラッタが頼っても助けてくれるのかね?

そのことは言うべきか少しだけ迷ったが、ここは様子見だ。



***************************



朝から雲1つない快晴だが、吐いた息は白いケムリのようになる。

鎧下と鎧でなかなかの重装備なのだが、それでも寒さが隙間から入り込んでくる。


「やあ、時間厳守で感心だね」


俺たちが指定された時間の数十分前に門の前に着くと、そこには既にエリオットとマリーがいた。


「しかし、それを被ってると不気味だね! 今は金もあるんだろう? もっと見栄えのいい装備にしないのかい」


マリーが俺のナイスなマスクを指差して何か言ってくる。


「これが良いんだよ。それに、魔導効果でぴったり首にフィットするように変形するんだ。つまり、寒くない」

「気に入っているんなら、いいけどさ」


集合している門は、南西の門。今まで使ったことはないように思う。

ここから南西に向かうと、河川港がある。

そこで商船に乗り込み、西に向かうわけだ。


「他に護衛はいないのか?」

「いるけど、船で集合だよ。楽しみにしてくれたまえ」


白兵戦要員のまとめ役はエリオットらしいから、そこまで変な奴はいないと思いたいが。


エリオットとマリーと一緒に旅立つ。

朝陽に包まれた港都市を振り返り、次にここに戻ってくるのはいつになるのかと思う。

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