第279話 怪我

エリオットと再会し、商船の護衛任務に誘われた。


その場での確約は避けて、一度商館を退出して宿を取る。風魔法で防音壁を張り、サーシャとアカーネと話す。


「私は、心情としてはエリオットさんをお助けしたいですね」


サーシャが言う。


「ボクはどっちでもいいかな〜。でも、船の魔道具は気になるかも」


アカーネは気楽そうだ。

興味なさそうだが、俺の隣にピッタリ密着して座っているのがあざとい。しかし変に構うと逃げて行ったりするので、余計なことはせずに放置しておく。猫みたいな奴だ。

サーシャはもう、アカーネの礼儀がどうとかは諦めつつある様子。アカーネの態度を気にする様子もなく、サーシャが続ける。


「エリオットさんは、まだ2人の頃から大変お世話になりました。あの方の仕切りであれば安心できますし、恩は返せる時に返せという言葉もあります」

「恩は返せる時に返せ、か」


日本にもありそうで、なかった言葉な気がする。


「俺もエリオットには恩返ししたい。前向きに考えるとしよう」

「はい。しかし船の上での戦いというものがどのようなものか、キスティに確かめてからの方が良いかもしれません」


既に屋敷に、キスティ宛の手紙を出している。その返事を待つ必要がある。

余談だが、オーグリ・キュレスでは頻繁に水兵みたいな帽子を被った丸鳥族が飛んでいるのを見かける。それは郵便事業に従事する丸鳥族のようなのだが、どこぞの聖地で出会った丸鳥族を思い出す。

あいつらは西に行くと言っていたが、今どこにいるんだろうな?



***************************



夜、エリオット達と待ち合わせをする。

最高級というわけではないが、そこそこ立地も良く、部屋も個室になっている。石造りの個室なので若干の牢獄みがあるのだが、こっちの世界の奴は思わないのだろうか。


「やーやー! 本当に久しぶりだね」


色スーツのようなものでピシッと決めたエリオットが、入ってくるなり先に着席していた俺たちを見て破顔した。


「さっき会ったろう」

「あんな堅苦しいのはノーカンさ、ノーカン!」


エリオットの後ろには、エリオットの女奴隷がいる。フリフリの服を着た筋骨隆々の剣士マリーと、癒術を使えるパッチ、そして屋敷で留守を守っていたズルヤーだ。


「ほう、ヨーヨー。あんた焼けたかい?」

「……久しぶり」

「あら、この間ぶりですわね」


めいめいの挨拶を受ける。


あれ?


「トリシエラは?」


問いかけてから、まずいことを聞いたかと焦る。

彼らもまた、一介の傭兵なのだ。命の保証などどこにもない。


「心配ご無用さ、命は無事だからね」


エリオットは少し寂しそうな顔で笑う。


「怪我したのか」

「まあね、直前の任務でちょっとね……」

「そうだったか」

「うん。だから、次の護衛は彼女は欠席さ。僕とマリーの2人で臨む。パッチは看病に当てたいんだ」

「そうか……」


怪我は重いのか。お見舞いに行っても良いのか。

いくつかの言葉が浮かんでは、喉の奥で消えた。


「それで補充の要員を会長にお願いしたんだけどね。まさか君が来るとは思わなかったよ!」

「たまたまな。帝国建国の日に、俺が会長を護衛してたんだよ」

「聞いたよ。会長が襲われて、専属護衛も半数以上が死傷したとか。本当なのかい?」

「ああ、本当だ」

「とんでもないね……」

「それで、アンタが敵をバッタバッタと斬り倒したってのは、本当なのかい?」


エリオットを遮って訊いてきたのは、マリーだ。

似合わないフリフリを着ているので笑ってしまいそうだが、表情はいたって真剣。


「バッタバッタと言えるかは俺には分からんが。というか、どんな話を聞いたんだ?」

「囲まれて奇襲、しかも高所は抑えられてる。他の護衛たちが防衛で手一杯なところ、あんたが包囲してる奴らを一掃。ついでにあんたの仲間が防御スキルで会長を守り抜いたとか」

「……まあ、大袈裟に言えばそんな感じだな」


俺が一掃ってところは誇張だが。実際は別の奴らもちょこちょこ敵を倒していたし、謎の手助け人も居た。俺だけが戦ったわけではないのだ。


「はあー、盛られてても、こんだけのことを言われるってのは相当なもんだよ。よくやったね」

「ああ、ありがとう」


マリーはニカッと歯を見せて笑った。


「ただケチをつけるわけじゃないが、信じがたいというのが正直なとこだよ。前に一緒に護衛した時は、実力を隠していたのかい?」

「いや、当時はあれが全力だった。だが、ここのところメキメキ成長できてな。今の戦い方が性に合ってたんだと思う」

「そうかい。確かに、あれが演技だったという方が信じられないね。南への旅は、あんたに合ってたみたいだね」

「お陰様でな。当時、エリオットやマリーたちに教わったことには随分助けられたよ」

「そうかい……ま、何か仕掛けがあるとしても、それに気付かない会長じゃあない。あんたらの腕が立つってのは、本当なんだろうさ」

「仕掛けって。まあ、これでも腕はだいぶ上がった。ゴブリン相手なら援護なしで倒せるようになったぞ」

「そいつは大出世だねえ」


マリーが大口を開けて笑う。


「尋問は終わりかな?」

「言うねえ。あんたのことは良いとして、会長を守ったってのは? そっちのお嬢ちゃんかい」

「紹介がまだだったか? アカーネ、自己紹介を」

「あ、アカーネです……」


消え入るような声で挨拶するアカーネ。

仲間以外がいると、こんな調子だ。


「あら、怖がらせちまったかい? 大したスキルを持ってるってのに、恥ずかしがり屋なんだね」

「いや、そっちは別のやつだ。そっちも今度紹介するよ」

「早とちりだったか、すまないね。こっちのお嬢ちゃんは、エリオット様の好みのタイプかもねえ」

「何っ!?」


そういえば、エリオットはロリ趣味の気があったか。パッチとか童顔だし。

エリオットが慌てて否定する。


「いやいや、僕にはマリー達がいるから十分だよ。ヨーヨー君から奪おうなんて考えてないからね!?」

「そうかい?」


エリオットめ。

アカーネはあまり近付かせないようにしよう。


「それより……任務のことを教えてくれるか?」

「やっぱり気になるかい。やることは単純明快に商船の護衛。ただ船の上での戦いってのは、そうそう経験するものでもないからね」

「ああ。エリオットは経験あるのか?」

「何度かね。もともと実家は船に乗る家業だったしね」

「それは初耳だ」


思った以上に船の護衛に造詣が深そうだ。昼間に聞いたことの続きで、詳しい解説を依頼してみる。

エリオット曰く、船の上での戦いというものは攻撃方法が主に3つに別れるという。


まず、船ごと敵に体当たりする衝突戦法。

次に、船に備え付けられた“杭打ち”や魔道具を使って、遠距離から敵船を沈める射撃戦法。

最後に、相手の船に乗り込んで積み荷ごと奪う、白兵戦だ。


戦闘艦であれば、それぞれに対応できるだけの武装と乗組員が用意される。

武装商船の場合、「射撃戦法」と「白兵戦」ができる程度の武装を積むことが多い。

衝突戦法は敵を撃破できたとしても自船へのダメージが大きく、商船には向かない。


特に重要なのは白兵戦だ。

商船を略奪する場合、当然ながら船ごと積み荷を奪うのが分かりやすい。

必然、白兵戦を仕掛けてくる可能性が高いことになる。


今回予定されている任務では、エモンド商会のハーモニア号と、別の商会の商船の2隻を、同数の戦闘艦で護衛する予定らしい。

戦闘艦2隻には、小型の戦闘艦を1隻ずつ搭載するので、戦闘時には4隻が展開できる。


「う~ん、分かった。正直、初めての経験だから分からないことだらけだ。エリオットの見立てはどうなんだ? 今回の依頼、危険なのか?」


以前の護衛任務で、エリオットの見立ては結構当たっていた気がする。

メンバーが欠けている状態で依頼を受けようとしているエリオットには、それなりの勝算があると思っての質問だった。


「いや、今回は正直分からない」

「それなのに受けたのか?」

「安全だから受けたわけじゃないのさ。それだけの恩を会長に受けてきたからね。今回の任務がエモンド商会にとってどれだけ重要か、さっき説明を受けたろう?」

「恩、か」

「まあ、リック公に加担する河賊がいなければ、あっさり到着して拍子抜けという可能性もある」


ある……かなあ?

そうなったらなったで、暇すぎる気がするが。


「もし賊に襲われたら、勝てると思うか?」

「それこそ、分からないけどね。戦闘艦が2隻も護衛に付くんだ。並みの賊には勝てるとは思うよ」

「戦闘艦ってのは、軍が持ってるのか?」

「王家直属の河川艦隊らしいよ。凄いだろう」

「そいつは凄い……のか?」

「勝てるとは思うけど、結局死んだら終わりだからね。白兵戦にもつれ込んだときに、生き残れるかどうか。それが全てだと思うよ。そういう意味では、水上で逃げにくいのがリスクではあるね」

「1つ訊きたいんだが」

「なんだい?」

「エモンド商会にとって、今回の任務がどれだけ重要なのかってのは前の説明で分かった。それで、エリオット。あんたらにとっては? トリシエラが寝込んでいても入れ込むくらい、重要な任務なのか?」


薄情だと責められたと思ったのだろうか。エリオットは少し苦い表情を浮かべた。


「正直に言うと、そうだね。テッド会長がこれほど弱っているのは見たことがないからね。恩を返したいというのが正直な気持ちだ。ただ、それだけじゃない。もう1つ理由があってね」

「もう1つ?」

「実家から、是非受けるように要請されていてね。まったく、これまで無視も同然だったのに、虫のいい話だよ」


何やら、個人的な理由があるらしい。

その詳細までは分からないが、エリオットとしては受けざるを得なくなるほどの背景があるということは分かった。


「よし、受けよう」

「えっ? 仲間と相談しなくて良いのかい」

「そのつもりだった。だが、ここに来ているメンバーでは既に話せた。それに、エリオット。俺にとっては、エモンド商会以上に世話になったのがあんただ。そのエリオットが困ってるなら、助けたいさ」

「ヨーヨー君。君ってやつは……」


エリオットが感極まって立ち上がる。

そしてハグしてこようとするので、横にずれて躱す。


「身のこなしが軽くなったね」

「まあな。屈強な男に襲われても逃げられる程度にはな」


船の護衛、やってやろうじゃないか。

たまには船旅というのも悪くないし、いつか東大陸にでも行くなら、船の護衛経験は活きてくるはずだ。

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