第278話 船

地下組織『もがれた翼』の頭領と会って、エモンド商会会長への手紙を渡された。


翌日、手紙を携えて西の商区へと出発。

随行するのはサーシャ、アカーネだ。

いい加減西区との往来が面倒になってきたが、今回ばかりは直接会長に手紙を渡さないといけない。


応接間で待っていると、色鮮やかな外套を羽織ったテッド会長が護衛を引き連れて入ってくる。

顔の血色は良く、穏やかな表情にこちらの心底を覗いてくるような眼力。最初に会ったときの調子が戻ってきたように見える。


「ヨーヨーさん、お元気ですかな?」

「はい、問題ありません。会長も……」

「ほっほっ、見ての通りです。それにしても帰って早々、お屋敷の方が騒がしかったようですね」

「ええ、まあ。喧嘩に巻き込まれた感じですが」

「あれが喧嘩、と。なかなか豪胆ですな」


会長にも話がいっているらしい。

これも『もがれた翼』経由だったりしないよな?


「会長。その件で『もがれた翼』の長と名乗る女性から預かった手紙がこちらです」


手紙を受け取った経緯は手紙で報告済みだが、念のため軽く説明をしながら手紙を差し出す。


「拝見しましょう」


護衛が近づいて来て手紙を受け取り、会長に渡す。


この護衛は見たことがあるな。前に門番してた女性かな。


テッド会長は手紙を受け取ると、ペーパーナイフを懐から取り出して、封蝋の下に潜らせるようにした。ポンっと跳ね上がるように蝋の付いた紙が開き、慣れた手つきで中の紙を取り出す。

そして背筋の伸びた姿勢のまま、小さく頷きながら手紙を読む。


ここで読むとは思っていなかったから少し面食らったものの、ここは待つ場面かと察する。

何となく会長のほうを見るようにしつつ、会長の後ろに飾ってある絵を眺める。

どこかの丘から、草原を見下ろしているような風景画だ。

そういえば、この世界の応接間には風景画が飾ってあることが多い気がする。人物画はあまり見ないし、神話の一部を描いているような絵も今のところ見ない。


「……なるほど、お話は分かりました」


ぼんやりとしていると、テッド会長が顔を上げ、手紙を机に置いた。


「すいません、中身のことはあまり聞いてないのですが」

「ヨーヨーさんに関わるところで言うと、今後は調査結果の報告ややり取りを直接私としたいそうです。ヨーヨーさんのご意見はいかがかな?」

「賛成です。実は、近くこの地を離れようと思っていまして」

「そうですか。何かご予定が?」

「いえ、今はまだ特に。しかし、本業は魔物狩りの傭兵ですので、じっとしているのも勿体ないので」

「なるほど。たしかに、もともと最初の仲介をお願いした流れですから、ヨーヨーさんのご希望とあらば、そのようにしたいと思います」

「ありがとうございます」


よし、これで今の依頼も整理できた。

さて、次はどうするかを本気で決めないと。


「その件は良いのですが、別件でよろしいですかな?」

「え? ああ、別の依頼ですか?」


すっかり話が終わるものだと思っていたので、虚を突かれた。選択肢のひとつとして、エモンド商会から追加の依頼を受けるというのもあったから、会長の方から切り出してくれるのなら、話を聞くのはやぶさかではない。


「まあ、そうです。その前に、1人ゲストをお呼びしても?」

「ゲスト? もちろん、構いませんが……」


会長はニコリと微笑み、手を叩く。

護衛の1人がドアから出て行くと、すぐに別の誰かを連れて来た。


「やーやー、お久しぶりだねヨーヨーくん!」


爽やかな雰囲気イケメン。

これは……。


「エリオットか!?」

「ふふふ、覚えてくれていたかい」

「そりゃあな。元気そうだな」

「こう見えてしぶといからね、何とか生きているよ。留守中ズルヤーと仲良くしてくれたのだろう? 話は聞いているよ」


現れたのは、奴隷ハーレムの先輩ことエリオットだ。ズルヤーはエリオットの屋敷で留守を守る奴隷の1人。

そのズルヤーからエリオットは出掛けていると聞いていたが、そうか、帰って来たのか。


そのエリオットは興味深そうに俺の全身を眺め回すと、晴れた笑顔を浮かべた。


「ふむ……装備が良くなっているが、本当にヨーヨー君のようだね!」

「なんだ? 俺の偽物だとでも思ったか」

「いや、最近の活躍のことをテッド様から聞いてね。とてもあのヨーヨー君のことだとは信じられなかった」

「ああ、ここのところ伸び盛りでね。実戦経験は人の何倍もしているんだ」

「実戦に勝る経験はなし、か。魔物狩りの聖地にも行ったって?」

「ああ。色々フラフラしたが、あそこは面白かったぞ」


そこで、テッド会長がニコニコしたまま、制止するように話に入る。


「まあまあ、積もる話もあるでしょうが。エリオットさん、例の件の話はどうじゃ?」

「失礼しました、テッド様。あまりに懐かしくて、つい。ヨーヨー君、今は特に予定がないのだろうか?」

「ああ、近々ではないな……たぶん」


最後に歯切れが悪くなったのは、白ガキの話が頭をよぎったからだ。

そういえば、世界的な激動が起こるから、何か依頼があるって話だった。まだ呼び出しはないから、先で良いのかもしれないが。


「今、僕がエモンド商会から依頼されている件があってね。それに君も力を貸してくれないかい?」

「ほう。形としては、エリオットから下請けする感じか?」

「いや、契約はエモンド商会と結んでもらう。そのメンバーの選考も僕の仕事のうちなんだけど、苦戦していてね」

「どんな依頼なんだ?」


護衛、魔物狩り、果ては拠点攻略まで、色々やってきたんだ。どんな依頼であっても、それなりに役に立てるとは思うんだが。

そう考えていると、エリオットはニヤリと笑って言った。


「船は好きかい?」

「船? 船って、あの水に浮かぶ船か?」

「その船に間違いないよ」

「……まさか東大陸か?」

「はっはっは! まさか、そこまでの話じゃないよ。船といっても河船、大河を走るエモンド商会自慢の交易船さ」


交易船。

この大陸は大きいので、当然ながら中国の長江、インドのガンジス川のような大河がいくつかある。

オーグリ・キュレスの南にも、西から流れてくる大河が東の海に注いでいる。名前は「モングロウ大河」と呼ばれている。地域によって名称が違うことも多いらしいが。王都近辺は大きな橋が掛かっていたり、渡し船なども潤沢なので交通に困らないが、西の方では大河を挟んで地域が行政的にも地理的にも区分されている例が多い。


船による交易は陸路とは積載量が桁違いで、海運ならぬ河運が盛んらしい。この辺りは地球世界と同じだな。

そこで出てくるのが大河を行き来する交易船で、その一隻をエモンド商会が運用しているという話だった。


「魔物はあまり出ないが、その分賊が頻繁に出てね。商船と言っても、武装したり護衛を付けたりする。エモンド商会のハーモニア号は武装も立派なのだよ!」


エリオットは見てきたように話す。なんでも、ちょっと前までやっていた依頼の帰りは、そのハーモニア号に乗って来たのだそうだ。


「船の護衛ということか? それは経験がないんだが」


南に行った際に、渡し船に乗った記憶はあるが。

あれは船の護衛という感じでもなかったし、なんか小型の魚の魔物を相手にしたくらいで済んだはずだ。


「そうだね、任務としては船の護衛だ。とは言っても、船乗りとしてというより、船を守る戦闘要員だね」

「賊が出た場合、どうするんだ? 武装というのがどの程度のものなのか分からないが、それで沈めたりするのなら、俺たちは無用の長物じゃないか」

「相手も武装した船の場合、沈めるのはなかなか大変だからね。やはり決め手として、搭乗している戦闘員同士で船の奪い合いになることが多いのだよ」

「なるほど、そのときのカチコミ要員か……」


船かあ。

新しい経験という意味でも面白そうではあるのだが、正直リスクとか、諸々読めないな。


「ま、詳しい話を聞いてから判断しても構わないさ」

「ああ、仲間と相談させてくれ。にしても、エリオットが請けそうな依頼ではない気がするが」


護衛もしていたが、基本的にはゴブリンなど魔物相手にコツコツ稼いでいるイメージだった。

今回は主な仮想敵が河賊だということで、ヒトを相手に戦う感じがエリオットっぽくない。

まあ、俺が変わったように、エリオットも色々あるんだろうが。


「ま、色々とね。何よりお世話になっているテッド様のお願いだ、是非受けたいと思ってね」

「俺を任務に加えるってのは、エリオットの意見か? それとも……」


ニコニコしながらこちらを見ている会長の顔を見る。

まだこの場を離れるつもりはないらしいから、会長の意向も入っているのだろうか。

その視線を受けて、会長が口を開く。


「その点は、エリオットさんと私、両方の意見だと言えます」

「両方の?」

「ヨーヨーさん、あなたの活躍には大変助けられました。そして、今は少しでも信頼の置ける方の協力が必要なのです」

「その商船の護衛はそれほど大事なのですか?」

「ええ、もちろん。これは王家の依頼ですから」

「王家の。もしや」

「そう。少し詳しく説明しましょう」


テッド会長は、護衛に目配せをして丸めた紙を運ばせる。

それを机の上で広げると、それが地図であることが分かった。

それも、モングロウ大河のみをクローズアップして描かれた地図だ。


会長の説明によると、ハーモニア号が単独で商品を運ぶというわけではないらしい。

オーグリ・キュレスから出発して、目指すのはリック地方。

そして、俺も目撃した粛清の対象になった謀反の首謀者が、リック公だ。


つまり、目的は謀反鎮圧軍の食糧の輸送。

それこそ軍の仕事だと思うが、戦闘艦以外の船は絶賛不足中で、民間に頼らざるを得ない状況があるようだ。


そもそもモングロウ大河には魔物が少ないらしいが、それでも魔物が出ないわけではない。

そして討伐しても討伐しても賊は湧いてくる。

それに対処して治安を維持してきたのは、王家や諸侯が保有している河川艦隊だ。

その河川艦隊を保有している諸侯のうち、最大級の貴族がリック公だ。

軍も艦隊を持っているし、王家直属の艦隊もある。


しかし、王都周辺の防衛を考えると、王家直属の艦隊は軽々とは動かせない。

そして軍の保有する艦隊はリック公の艦隊を抑えるために稼働予定だ。

その目的は詳しく説明されなかったが、俺でも分かる。リック公の艦隊を自由にさせてしまうと、討伐軍の後ろに上陸されて背後から攻撃されるおそれがある。少なくとも、自由に行動できない程度の妨害は必要だろう。そのために軍の艦隊は多くを割かれていると。


今回の依頼はどうやら、そうして動きを抑えられたリック公艦隊の隙を突いて、武装商船で前線に物資を届けるという性質のものらしい。


「つまり、最悪リック公の艦隊と鉢合わせる可能性があるのですか?」

「軍もそこまで無能ではありますまい。それに、我々も好きなように使われてはかなわない。リック公の主力艦隊と鉢合わせる可能性がある場所までは行きませんよ」

「すると、結局賊の相手ということになりますか」

「はい。しかし、リック公が浸透させた妨害戦力はあるでしょう。賊に命じて商船の破壊を狙わせる可能性もあります」

「なるほど」


つまり、通常の護衛任務よりは賊に出くわす可能性が高いということだな。

確かに、正規の艦隊じゃなくて賊が襲ってくるなら、無闇に沈めては来ない気がする。

兵を送り込んで、積み荷ごと奪おうとするだろう。


「会長。失礼に当たるかもしれないですが、敢えて聞かせてください。今回の依頼の危険性はどの程度だと考えられていますか?」

「ふぅむ、危険性とな。もちろん、低いとは言えません。受けたことがあるか分かりませんが、地方で盗賊集団の討伐を依頼されるのと同じ程度と見積もっています」

「なるほど……」


盗賊討伐の依頼を請け負ったことはないが、勝手に壊滅させたことはあったな。

俺たちだけだと不安だが、エリオットたちと一緒なら、魔物狩りとそこまで違わない、かな?


「今のお話で察したかもしれませんが、この依頼は当商会にとって生命線となりうるものです」

「むっ……そうですね」


そうだろうか? 頭を働かせる。

つい自分目線の話ばかり考えていたが、エモンド商会にとってどういう意味があるだろうか。


考えてみると、当たり前の話か。


武装商船まで持っているし、陸には私設騎馬隊まで用意していた。東西の交易をそこまで重視しているということだ。

南の国境まで商売しているエモンド家は他にいないと、かつて護衛を請け負ったジシィラ・エモンドも言っていた。

エモンド商会は東西の貿易こそが稼ぎ所なのだ。


リック公が謀反し、商船を襲ってまで自領を護ろうとしているのは、東西貿易が止まるということを意味する。

エモンド商会と、リック公の領地を討伐しようとしている帝王派の利害は一致しているのだ。


……ああ、謎の人物がテッド会長を護ったのって、そういうカラクリか?


「特に、西の大貴族であるエイゼン公は大顧客。そこまで商品が届かぬとあっては、当商会の信用に関わるのです」


何やらエモンド商会の大事であることは分かった。

お世話になっているのもあるし、応えたい気持ちはある。

南ではなく西に行こうと言っていたところだし。


いったん持ち帰って後日回答ということになった。

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