第277話 虫食い人形
従者たちと話し合いをして、次にすべきことを考えた。
キスティ以外にもちょこちょこと意見は出たが、すぐに次の動きを決めるには至らなかった。分からないことも多いし、まだ『もがれた翼』への依頼も残っている。
色々な用意をしながら、いつでも動けるように準備しておくことになった。
市場で日持ちのするさまざまな食糧を買い込み地下に貯蔵したり、各転移先を点検して、周囲の魔物を軽く狩っておいたり。
1日で終わるような用事を片付けながら、酒場などで情報収集なども行う。
数日後、『もがれた翼』に依頼の進展を聞きに行く。『もがれた翼』の報告役は、相変わらずトラ男ことゾラックである。
その際、エモンド商会に直接報告する形にできないかを尋ねてみる。それを聞いたゾラックはしたり顔で頷く。
「ちょうど良かった。こちらもそうできないかと考えていたんだ」
「何かあったのか?」
「あー、まあ大したことじゃないが、デリケートな話は商会に直接話した方が良いだろう? そもそもあのじいさんが、わざわざあんたを仲介にしていた理由は分かるか?」
「いや……」
「察しは付くだろう。直接俺らとやり取りをしないためさ。あのじいさんらしいだろう」
「中立を保つためか」
「ああ。だが、色々と状況も変わってきている。こう言っちゃあなんだが、この国家一大事の時期にじいさんを狙った犯人探しなぞをやっているんだ。一蓮托生とまではいかなくとも、こっちの計らいも酌んでもらわないとな」
そうか。帝国のこととか、内乱のことで情報屋稼業も書き入れ時か。
帝国の状況も、わざわざ酒場で聞き耳を立てなくても、こいつらに聞けば良いのか?
「今、内乱はどんな状況なんだ?」
「おいおい、こちとら情報で食ってる身だぞ。いくら払える?」
「……」
知っておきたいが、無駄に闇の深い状況とかは知りたくない。となると、どの程度出すべきなのか。
頭の中でシミュレーションしていると、ゾラックが手を広げて愉快そうに笑う。
「冗談だよ、冗談。あんたには多少のことなら教えてやろう。無論、詳細まで知りたいなら依頼して欲しいがな」
「む、そうか? なら頼む」
ゾラックは現在の状況について教えてくれた。
内乱というよりは、王都とオーグリ・キュレスでの情勢のことだ。
それによると、いくつかの貴族や戦士の屋敷では主だった者が逮捕されており、帝王派の軍勢との戦闘状態に入ったものもあったという。
しかし、今日までにほとんどの抵抗は排除され、虚しく連行されたり、斬り捨てられたという。
ここライリー区は貧困地区であり、名だたる諸侯の館などはなかったので、そういった混乱は起きていなかったと。
呑気に食糧買い出しとかできてたのは、この地区に大した貴族がいなかったからか。
まあ、代わりに地下組織のゴタゴタがあったようだから、ここも平和というわけではないのだろうが。
「反抗する諸侯の数は多いのか?」
「そいつは難しい質問だ。何を基準にするかだが、多いとも言えるし少ないとも言える。王様に楯突く輩という意味では多いが、本気で事を構えるには不足しているといった印象だな。まあ、王都では大人しく捕まったお家でも、領地では反抗したりするかもしれないから、そこは何とも言えない」
「しばらくはゴタゴタしそうか……」
「どうだかな。それで、本日の報告代わりと言っちゃなんだが……1つ提案がある」
ゾラックは背筋を伸ばし、居住まいをただす。
「聞こう」
「俺のボスに会っちゃくれないか?」
ゾラックのボス。つまり『もがれた翼』の幹部か。
「何のために?」
「さっき、あんたが言っていた件も絡んでる。うちのボスがエモンド商会の会長にお手紙を認めた。それを受け取って欲しいんだ」
「何故俺が?」
「ま、今の窓口だしな。筋ってやつだよ」
「いや、会長に渡すのは良いんだが、手紙を受け取るのも俺である必要があるのか?」
今まで通りゾラックを窓口にして渡してきても良いはずだ。
「警戒するのは分かる。だが、ボスは地下組織の頭と言っても、礼儀は正しい方だ。変なことをされることはないだろう。保証する」
「そうか……ん?」
地下組織の頭。
つまり……『もがれた翼』の幹部ではなく、頭領なのか?
「会いたい理由はそうだな、あんたの存在を見極めたいんだろうぜ。一応あんたにも利点はある。今後『もがれた翼』と協力関係か、または不可侵でもいいが、揉めない状況を作るなら好機だ」
「俺は地下組織には詳しくないが、ゾラック。お前、頭領の直属の部下だったのか」
「くくっ、最近そうなったんだよ。金バエの頭を獲ったってのは、それくらいの価値があったってことだ」
「ほう」
こいつ、やっぱりちゃっかり出世してやがった。
襲われたので火の粉を払っただけの俺と比べてイラッとしたが、まあいい。
金バエの残党に変に狙われるよりは、こいつが力を持ってくれていた方が安全な気がするからな。
「で、どうする?」
「会うのは良いが、場所は選べるのか?」
「ここで良いってよ」
「ここ? この店か」
「ああ。珍しいぜ、ボスが出張ってくるのはよ」
「……分かった。良いだろう」
ダメといって目を付けられても困るし。
ここも相手のホームだが、まだ知らないところに行かされるよりはマシか。
そんなゾラックの会話の翌日、早速ゾラックのボスから俺に呼び出しがかかった。
キスティとルキ、そしてジグを連れて店に向かう。
もちろん、全員完全武装だ。
いつもゾラックと会っている奥の部屋に通されると、ローマ時代の兵士のような格好をした筋骨隆々の護衛を左右に立たせた、ドレス姿の老齢女性が椅子に座っている。
老齢女性は貴婦人といった雰囲気で、装飾品の付いたチャイナドレスのようなものを着ている。髪は白く、背筋はピンと伸びている。
その貴婦人めいた老齢女性がボスだと思うが、思っていたタイプと違う。
「失礼する」
中に入りながらそう声を掛け、軽く会釈をする。
貴婦人はこちらを見て、静かに微笑む。
「いらっしゃい、あなたがヨーヨーかしら?」
「はい。後ろの者たちはパーティメンバーです」
そう紹介しながら、ジグに振り向く。
ジグは小さく頷いた。
「あら。可愛らしい戦士さんね」
貴婦人はジグを見てにこりとしたようだった。
小鬼族だから若年なのはバレないかと思ったが、しっかりバレている模様。
「ゾラックからは、エモンド商会に手紙があると聞きましたが?」
「あら、いつも通りの喋り方で宜しいのに」
「……お気遣い感謝する」
「ゾラックもあなたも、せっかちさんね。どう? 長がこんなおばあさんで、がっかりした?」
「がっかり? いや。だが、考えていたよりも美しい方なので、緊張している」
「あらあら、お世辞が上手ね。ゾラックと気が合うわけですわ」
「……」
毒気が抜かれそうな喋り方だ。
だが、同じく丁寧な喋り方をするテッド会長と比べると、穏やかなのは口調だけで怖さが残っている。目力、表情、そして雰囲気は微塵も優しくない、それどころか冷酷な印象。
これがこの世界の地下組織をまとめる頭領か。
「私はクラヴィアと言います。よろしくね」
「ああ、よろしくお願いする」
「これでも、うちの『もがれた翼』はちょっと名の知れた組織なのよ。あら、この名前の由来はゾラックに聞いたかしら?」
「いや」
聞いたか?
いや、たしか聞いていない。少なくとも詳しくは聞いていないはずだ。確かにちょっと、思わせぶりな名前ではある。
「隠すようなことでもないのよ。私たちはもともと、各地で没落した貴族や戦士の集まりでしてね。今ではそれだけではないのだけれど、この水鳥の王国……今は帝国だったわね。その上流階級から転がり落ちた者たちの集まりだったの」
「なるほど。それで『もがれた翼』か」
王国時代から、キュレス王国は水鳥を国旗のモチーフとしていた。
その水鳥をイメージして、翼をもがれて堕ちた者たちを指していたと。
若干王国への皮肉めいたものも感じるが、大丈夫なのだろうか?
「だからね、私たちは地下組織として一括りにされてしまうけれど、話の通じる地下組織であると自負しているわ」
「それは、上流階級に重宝されそうだ」
「ええ、まさにね。私たちは『黒水』のように地下から際限なく兵士を作ることはできないし、『顔なし人形』のように力づくで誰かを黙らせるような力もないわ。それでもこうして残ってこられたのは、ひとえに私たちの存在がある種の秩序をこのライリー区や、オーグリ・キュレスにもたらしてきたから。分かるかしら?」
「理解できた」
要は偉いヒトたちとコネクションがあったから、ライバル組織も潰すことができなかったってことで合ってる?
自信はないんだが、とりあえず自信満々に答えて頷いておく。
「ご理解いただけて嬉しいわ。あなたも不運にも巻き込まれてしまったようだけれど、ごめんなさいね。表の世界も最近色々と騒がしいでしょう? 私たちも、無関係とはいかないの」
「なるほど」
「ところで……あなた、『黒水』の他の組織はどうすべきだと思う?」
「この前俺を襲ってきた、金バエとかいう連中の仲間だな。どうすべきも何も、そちらで決着を付けるものと思っていたが」
「そう。潰すべきだとは思わないの?」
「そちらの事情には疎い。襲ってくるなら相手をするが、そうでないなら余計なことをするつもりも、言うつもりもない」
「そう……良く分かったわ」
こちらの顔をじっと見詰めていた白く輝く目が、下を向く。
それだけで威圧感からいくらか解放されたように感じた。
「それで、今日の要件は手紙だと聞いていたのだが」
「そうだったわね、こちらよ。お客人にお渡しして?」
胸元から取り出した手紙を、向かって左の護衛に手渡すクラヴィア。
護衛はそれを受け取り、掲げるようにしてこちらに持ってくる。
目の前で静止するので、手紙を抜き取るようにして受け取って、確認する。
厚紙のような感触で、表には蝋が押されて封がされている。
中に手紙が入っているのだろう。
「これをこのまま、エモンド商会のテッド会長に届ければ良いのか?」
「ええ、お願い。エモンド商会のやり方と私たちのやり方って、似てると思うの。ねえ、あなたから見てどう思う? お互い苦しい時期だからこそ、手を取り合えると思わない?」
「俺はエモンド商会の所属というわけではないからな、正直分からない。そもそも、あんたらの組織は苦しいのか?」
ライバル組織が減ってウハウハなのかと思っていたが。
この激動の歴史の渦中で、そうとも言えない感じなのだろうか。
「ええ、とっても大変よ? 私たちが手をこまねいていたら、王家はこの地区を丸ごと洗浄しかねないわ。この地区の旨みは消えるでしょうけど、それで困らない程度にはお金を持っていますもの」
「王家が? そうなのか」
知りたくもない方向に話が流れてしまった。
というかこの婆さん、何となくだがあえてそっちに話を流している気がする。実に聞きたくない。
「あなた、虫食いの人形ってどう思う?」
と思ったら、急に変な話題に移った。なんなの。
「どうも思わないが。虫って人形を食うものなのか?」
「……そうね、しっかりと手入れをしてあげないと、お人形さんでも青虫に食べられてしまうの」
「ほう。しっかり手入れしないといけないな」
「そうね。お人形はお好き?」
「いや、特には。うちのメンバーにも、人形好きはいなかったな」
「そうなの。私も少女趣味はないのだけれど、人形は嫌いでもなかったのよ」
「そうか。大人でも楽しめるような人形があると良いな」
「……そうねえ」
やべぇ。これは絶対に何か裏の意味がある会話だぞ。
全く分かっていないが。
サーシャ連れてくれば良かった。あるいはキスティ、がんばれ!
俺の内心の応援も虚しく、キスティは沈黙している。
「発言をお許しいただけますか?」
「! ジグ、なんだ?」
思わぬ伏兵、ジグが口を開いた。敬語も丁寧だ。
「あら、お嬢さん。宜しくてよ?」
「うちのリーダーは、いささか無骨者です。人形も、青虫も、はたまた水鳥も、文字通り興味がないのでしょう」
「そう。確かに、傭兵をされている屈強な方に語る趣味ではございませんね。失礼したわ」
「いえ、差し出口を申しました」
なるほどな。分からん。
とりあえず重々しく頷いておく。
「ヨーヨーさん。もう1つだけお伝えしておきたいわ」
「何なりと」
「私は平和主義者ですの。それに、カタギの方を巻き込むのは流儀ではありませんの。もしあなたがご自身の館で平和に過ごされるのであれば、私は余計な手出しをしないことを誓いますわ」
「それはありがたい」
「ただし、もしあなたがあの地区で騒乱を起こすようなことがあれば、話は別です。そのことは覚えておいて?」
「承知した」
別に騒乱を起こすつもりはないから、ノーリスクだな。
クラヴィアの言うことが本当ならの話だが。
「それじゃ、お手紙はお願いね」
クラヴィアは立ち上がり、くるりと踵を返す。
「ああ、そうそう。何かお困りのことがあったら、ゾラックにお話しなさい。お力になれることもあると思いますわ」
「お心遣い、感謝する」
「じゃあね」
そのまま、店の奥に進んで行く老婦人。そこには壁があると思うのだが。
ギィと音がして、壁がくるりと回って奥へ消えた。
そこに隠し扉があったのかよ。
護衛2人も、続いて奥に消えていく。
ふう。
「ジグ、さっきはありがとな」
「周囲に害意はない。けど、長居すべきじゃない」
「そうだな」
ジグの「好悪判定」で判定してもらったが、あの3人にも害意はなかったらしい。
さっきの合図はそれを知らせてくれていた。
まあ、ジグに対する感情を判定するので、俺にピンポイントで殺意を持っていても分からない可能性があるのだが。
とりあえず、地下組織のトップとの会談とか、これっきりで勘弁してほしいもんだ。
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