第273話 忍者

無事に、『もがれた翼』に依頼をすることができた。

しかし、そこで屋敷が襲撃されるという情報を思いがけず聞かされた。


屋敷から探査艦に戻ると、皆を集めて作戦会議を開く。


「そのゾラックとかいう男性の言うことは、あまり信じるべきではありませんね」


俺が説明をしてから、一番に口火を切ったのがサーシャだ。


「まあ、それはそうだな。しかし、襲撃はあるものと考えて動いた方が良いだろう」

「逃げるか、戦うか。ご主人様はどう考えているのですか?」

「そうだな……」


基本的に屋敷には寝泊りしていない訳だから、襲撃を空振らせることは出来るだろう。

しかし、相手の目的が俺たちを追い出すことなのであれば、それでは引き続き狙われるだろう。それに、好きに家探しされるのも嫌だ。


「せっかく情報を得たんだ。できれば、逆撃を加えたい」

「そうですか。敵の数は分かっているのですか?」

「ゾラック情報だが、10人程度だと言われた」

「10人ですか。確かなのですか?」

「いや、推測だ。普通はそこまで大人数で動かないらしいが」

「こちらが武闘派であることは、把握されているわけですね」

「そうかもしれん」

「それだけの人数となると、侵入経路は1つではなさそうですね。分散して挟撃してきそうです」

「そうすると、狙うべき展開は各個撃破だな。地下も使って、トラップで削りたい」


前向きに考えれば、各種トラップの実戦テストになる。


「襲撃の日時は分からないのだろうか?」


キスティは乗り気な様子で、前のめりだ。


「それは分からないらしい、近日中ということだが」

「むう、それはやり難い」

「ただ、コントロールする方法はあると思っている」

「コントロール?」


単純な話だ。敵の狙いが脅しである以上、俺たちが不在のままでは、襲撃しても効果は薄い。

しばらく焦らして、俺たちが確実に在宅しているという状況を作ればそこで襲ってくる気がする。あまり焦らしすぎると、家だけ燃やしたりして、警告してくるとかもあるかもしれないが……。


まあ読み違っていても、家が荒らされるだけで仲間の命に別状はない。

とりあえず今日すぐに襲撃してくることがなければ、明日から全員で家を空けよう。


もしゾラックが読み違えていて、今日だった場合は屋敷にヒトがいないので不審がられるかもしれない。その場合はどうすべきか。それも少し考えておく必要はありそうだ。


「とりあえず、明日からエモンド商会に向かう。戻ってきた時に襲撃があるものと想定して、準備するぞ。アカーネ、それとジグ。罠の準備は任せて良いか? 配置は相談するが」

「うん」


アカーネが返事し、ジグも頷く。


「ついでにアカイトも、ジグが通訳して使ってくれ」

「……はい」

「信じたわけじゃないが、ゾラックの言ったことが真実なら、これで屋敷は安全になるらしい。マイホームのために頑張ろうや」


その後、実戦経験の豊富なキスティを中心に、サーシャ・ルキも交えて作戦を立てていく。

果たして、どうなるかね。



***************************



夜、屋敷は闇に包まれている。

作戦会議をしてから数日、西のエモンド商会を訪ね、戻ってきたところだ。


留守の間に家が燃やされているといったことはなく、綺麗なままだった。


そして、夜。

地下にて皆が毛布に包まって肩を寄せている。


寝室があるのは主に二階なのだが、あえて地下に集まっている。

二階は侵入経路が多く、防衛がしづらいと考えた。

俺は地上に通じる通路の前で仁王立ちしている。

傍にはドンとアカイトがおり、少し奥にキスティとルキが待機している。


ドンは危険察知役で、侵入を察知したら奥に引っ込んで貰う。

アカイトは樹眼を使って配置を探って貰う役割である。

キスティとルキは2人で通路を守って貰う。

ここに後ろからの援護も加われば、そうそう抜けないだろう。


定期的に「気配探知」を放ちながら、何度目かの欠伸をした頃、ドンが上を向いて何かを訴えた。


「キュキュ」

「来たか」


本当に来るのかと半信半疑なところもあったが、読み通り来てしまったらしい。

気配探知に反応はない。

範囲を広げて探知すると、上の方で何やら動いていることが分かった。


「アカイト、いけるか?」

「任せてくれ、殿!」


お、正面と裏口にも気配があるな。

その直後、ドカッと大きな音が響く。

夜襲だから、静かに侵入してくるかと思ったが、普通にドアを破って強引に入ってきたようだ。警報の魔道具が鳴り響くが、ほどなくして止まる。


「……玄関から3人、裏から……3人? 2階にも同じくらい居るかも!」


二階に大勢来ている?

寝室にいると思って、まずそこから襲ってきたのか。


「動きは?」

「各部屋を探しながら移動してるようだぞ!」

「ふむ」


これは、1つ確定か。

おそらく、高レベルの索敵スキル持ちがいない。

俺と同じレベルくらいの気配探知の1つでもあれば、こちらが地下に集まっていることくらいは分かるだろう。


「1階の敵の動きを」

「う~ん、2階に行く階段の下を固めている奴以外は散らばったな!」

「だな。よし、俺も出るぞ」


俺の気配探知でも、バラバラになって動く敵の気配が入ってくる。

サブジョブに『隠密』をセットし、「気配希薄」と「隠形魔力」を発動。


地下から1階に上がる階段は、トラップを控え目にしてある。

踏むとぬるっと滑るようにしてあるだけなので、仕掛けた段数を覚えていれば、問題なく上がることが出来る。


アカイトと2人で、1階に上がる。

侵入者どもは、表玄関と裏口、それぞれから押し入ってきたらしい。

それぞれの近くに2階に上がる階段があるが、地下に続く階段はいずれからも少し距離がある。そのおかげで、すぐ近くに敵はいない。

しかし、こちらに近付いてきている気配が1つ。離れていく気配が1つある。まずはここからだ。


少し遠くから、物が倒れたような大きな音がする。家探しが始まったか。

裏口のある方向から、地下階段に向かう途中にある広間で待ち伏せをする。


「……っ!」


死角に潜み、気配が通ったところで短剣を押し込むと、あっけなく崩れ落ちた。


なんだこいつら、こんなもんか?


マスクの暗視機能で多少は見えているが、今倒した相手は大した防具も着けていない。

硬い布の服と、急所と関節だけを守る最低限の金属。

急所をカバーといっても心臓や股間をカバーしているだけで、首を簡単に刺してしまえるのが何とも。


上の階でも、何やら足音が多くなってきた。

罠と格闘しているのかもな。


「……」


もう1人、調理室から応接間の方に向かっている奴がいる。

それを追うことをアカイトに手信号で伝え、動く。


急いで後を追うと、応接間に入ろうというところで捕捉した。

しかし、俺も続いて応接間に入ったところで相手が急にこちらを向き、ばっちり目が合ってしまう。


「なっ……!?」


無言で剣を振り、魔力の奔流が敵を襲う。


倒せたが、大きな音が出てしまったか。


「気付かれたかな」

「そうやも知れないな! 階段下にそれぞれ、2人ずつで固まっている」

「護りを固めたか」


偶然なのか、それともこちらの動きに対応したものか。

これ以上固まらないうちに、少しでも数を削っておきたいところである。


遠くでまた大きな物音がする。

急がねば。


「む……」

「どうした?」

「いや。後で良い」


アカイトが何かに気付いた素振りをしたが、後回しにしたということは、2階のことかもしれん。

それにしても、あまり考えたくないことだが……明らかに10人以上いる気がする。


「俺は更衣室の方から回って、裏の階段の方に行く。アカイトは攪乱してくれ」

「応!」


アカイトは「隠形魔力」のスキル持ちだし、身体も小さいので隠密適性は結構高い。

そのわりに行動がおバカで俺に見つかったわけだが、仲間になってからはみっちりとキスティやルキにしごかれて、かなりマシになっている。

そこに最近メキメキと使い方が上達してきた「樹眼」を組み合わせれば、この屋敷の中に限って言えばベテランの戦士でも翻弄できるポテンシャルがある。


何と言っても、万が一大怪我したりしても、他の従者組より諦めがつく。

ということで、索敵&攪乱の役目で、俺と一緒に敵を襲う役目に抜擢した。

我ながら酷い話だが、まあ仕方がない。本人は至ってやる気だし。


元気に駆け出していくアカイトを見送り、俺も裏の階段の方へ向かう。

裏の階段の前は訓練室になっており、障害物のない空間が広がっている。

そこでなら、2人相手に大立ち回りもできるだろう。


入る直前に、念入りに気配探知してみる。

1人はじっと動かない。

もう1人は、ウロウロと落ち着きがない。


闇の中で、意識が浮かぶ。

深呼吸をして、魔道具を取り出す。


それを投げて、目を逸らす。

閃光が迸り、まぶたの裏が白くなる。


再度闇が降り始めた頃、飛び出して近い方を斬り付ける。

何かを投げる動作をしていたので、腕を切り落とす。


ぼとりと、腕以外にも丸い何かが落ちて転がる。

返す刀で胴を袈裟斬り。暗闇に血吹雪が舞う。


位置的に、やったのはウロウロしていた方のようだ。

じっとしていた方は、真っ黒な胸当てをしているように見える。

得物は……爪か?


忍者あたりが着けていそうな、甲に取り付けた爪状の武器に見えるが、暗くて詳細は分からない。

そして敵は人差し指と中指を立てて、それを何やら動かした。


動きがもう、忍者にしか見えないのだが。


そんなことを思っているのも束の間、忍者の姿がいくつにも分裂して並んだように見える。

伏兵かと思ったのは一瞬だけで、攻撃してくる敵の右の奴に剣を振り、カウンターを入れる。気配探知で反応のあったやつだ。

剣は届かないが、魔力の奔流が忍者を襲う。

しかし、忍者が爪を振ると、魔力の流れが逸れて外れてしまう。


「幻影を使ってくる敵は予習済みなんだ、悪いな」

「……」


左上から、魔導剣を横に振る。

後ろに細かく跳びながら、それを躱す忍者。


振り切った反動のまま、逆に右に剣を構えて突く。

左手の爪で先端を防ぎ、右手の爪で弾くようにして逃れる忍者。

こちらが剣を引く間に、また指を立てて何やら動かす。


忍者の周辺に、いくつもの雷の弾のようなものが溢れる。

10や20では利かないほど大量だ。

それらが各々の軌道でこちらに向かってくる。


多重ファイアウォールで防ぐ。

いくつかの雷弾は壁に弾かれて当たった部分と相殺されるが、ほとんどの弾は壁に当たった瞬間、何の反応もなくただ消え失せる。

威力が違う? もしくは……これも幻影か?


ファイアウォールをシールドに切り替え、新たに足し加えながら前進する。

もう一度、閃光を出す改造魔石を投げる。

自分は目を瞑り、気配探知を巡らせる。


まばゆい光の中で、雷球こそ止まったが、それでも正確にこちらの攻撃を受け止める忍者。

あっちも実は気配探知的なものを持っているか。あるいは?


剣を爪で受け止められたまま、『隠密』のスキル「幻聴」を発動する。

敵の後ろでカタンと音がする。

途端に身を翻し、離れる忍者。


それを追い、追撃の突きを入れる。

腹を掠め、血が舞う。

しかし致命傷にはならない。


もう一度同じように、「幻聴」で敵の姿勢を崩す。

その間に攻撃を入れる。

しかし、あと一歩、確定的な攻撃が決まらない。


何度目かのつば迫り合いと、後ろからの音。

忍者はそれを無視する。


そして後ろから飛び出した小さな人影が、忍者の首筋に細い剣を刺し、飛び退く。


「ふんっ、蜂のように刺すっ!」

「良い判断だ」


息を詰まらせた忍者に、今度こそ突きが決まる。首と腹を抉られた忍者は、血を吐いて倒れた。


「助けられたな、アカイト」

「最強の剣士にとってはこの程度、でござる!」

「他の敵の様子は、どうだ?」

「階段の前に1人。残りは上であるが……」

「こんだけ騒いでいて、まだ降りてこないのか」

「それが……外に出ようとしている」

「えっ」


まさかの逃亡か?

しまった、それは考えてなかったが、普通に判断としてはあり得る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る