第272話 ファン
地下組織『もがれた翼』に仕事を依頼しに行くと、以前会った構成員が待っていた。
初老の仲介者はきちんと仕事をしたらしい。
再会した構成員は、トラ耳の男だ。
名前は……聞いたかどうかも忘れた。
護衛はいないように見える。
「1人だが、この店自体が俺たちのホームだ。俺を殺しでもしたら生きて帰れんから、安心しろ」
こちらの疑問に先回りして、トラ男が安心できないことを言う。
「それは安心だ。それで? あんた、あの麻薬部屋の運営者なんじゃなかったか」
「まあそうだが、仕事ができるんで色々任されている」
トラ男は軽い口調で冗談を飛ばす。
冗談……だよな?
「とりあえず、前回は名乗ってなかったよな? 俺はゾラックって名前で通ってる」
「ヨーヨーだ」
手を差し出されたので、握手する。
軽く握ったあと、すぐに手を放して、椅子を勧められたので座る。
「渡した札を早速有効活用してくれたようで、嬉しいよ」
「今回はあれか? 俺と面識があるから、窓口にされたのか」
「いや、そっちよりも、むしろ依頼内容だな」
「依頼内容? 探し物が得意なのか」
「いいや。アンタがエモンド家の名前を出したからだよ」
「ん?」
エモンド家の関係者だったのか?
いや、だとしたら会長もわざわざ俺を通して組織に依頼する必要はないはず。
「俺は何というかな……エモンドの爺さんには詳しくてな。お鉢が回ってきたのさ」
「ほう。何で詳しいんだ?」
「一言で言えば、ファン……かねえ」
「はあ? ファン?」
想像の斜め上の回答に、つい聞き返してしまう。
「あんたはどういう縁で護衛を引き受けたのか知らないが、あの爺さん、テッド会長がどうやってのし上がって来たかは知ってるか?」
「そりゃ、商売でだろう?」
「そりゃそうだが、ただ金を稼げば良いほど商人の世界も甘くない」
商人なのに、金を稼いでもダメなのか。
この世界の商人は大変すぎないか。
「一言で言えば、あの爺さんは敵を作らないんだ。徹底して、な」
「……」
「商人だろうが、傭兵だろうが、ある程度影響力を持つと、お偉いさんとの繋がりは避けられない。組合とか、他業種との絡みもある。よく言えば人脈が出来るし、同時にしがらみが出来る」
「味方ができる分、敵もできるって話か?」
「その通り。だがあの爺さんの凄いところは、大きくなっても敵を作らないんだ。居ないと困るとか、居ると利益があるって存在になりながら、特定の派閥の利益になりすぎることもしない。だから敵ができない」
「それはあんたらみたいな地下組織もってことか?」
「そうだ。なかなか徹底しているだろう? 地下に金を落とすこともあるが、勢力図を塗り替えるような落とし方はしない。だからあの爺さんがいなくなると、皆平等に損をするだけだ。結果、あの爺さんを消そうとする組織もいない。もし、私怨で爺さんの殺害を依頼された組織があっても、そうそう受けないだろうな」
「あんたのいうファンってのは……」
「そうだ。まあ、そういうスマートなやり方は俺の好みでな。大いに参考にしてるし、尊敬もしている」
「つまり、エモンド家の事情に勝手に詳しいファンのあんたに、窓口役が回ってきたと」
「そんなところだ。訳のわからないお前みたいな存在に札を渡しちまったもんだから、ケツを拭けって意味もあるのだろうがな」
「まあ、あんたが今回の窓口役として選ばれた理由は分かった。だが話を聞いて、分からんことが増えた」
トラ男ことゾラックは懐から、丸めた紅い葉を取り出して、魔道具で火を点ける。
「……ふうー。何故、そんな敵を作らない会長が襲われたか、か?」
「そうだ。あの爺さんが俺みたいな流れ者を使ってるのも、敵を作らないことと関連してるんだろう。そこまでして保ってきたものが、何故今崩れた?」
「そいつは大いに疑問だ、俺にもな。ま、敵を作らないと言っても限度がある。それに商売上は有益な関係でも、感情的に嫌いって線もあるのがヒトってもんだ。あの爺さんのことが心底嫌いなヤツが、機会を窺っていたのかもな」
「テッド会長自身にも、心当たりはなさそうだった。ゼロからの調査になるが、受けてくれるか?」
「いいだろう。あのじいさんと縁を持てる機会は、そうそうないからな」
「金はどれくらいだ?」
「そいつは逆だな、掛ける金によって調査範囲が変わる。最初は、そうだな……金貨1枚で基本的な調査をしよう」
「金貨1枚?」
テッド会長からは、希金貨でも支払うと言われていたので、少し拍子抜けだ。
いや、冷静に考えると金貨1枚も凄い金額なはずなのだが。
「最初はな。安心しろ、情報を小出しにして小金を稼ぐような真似はしない。調査対象を見定めて、適正料金で追加調査を提案させてもらう」
「ああ、頼む」
「差し当たって、そっちが持ってる情報が欲しいな。詳しいことは会長にも聞くことになるだろうが、今日のところはあんた、ヨーヨーの知っている範囲で教えてくれるか」
「ああ、承知した」
護衛をしたときの状況。
迂回して住宅地を通ったときに襲われたこと。
敵の攻撃方法と人数。
その死体は放置してきたことなどを説明していく。
謎の助っ人については一応黙っておいた。
場合によっては地下組織よりも恐ろしい相手かもしれない。ここで情報を漏らしたことで敵対するとか、考えたくもない。
「……吹き矢か。その線から探してみても良いかも知れない」
「黒装束の吹き矢使い集団というところから、正体が予想ついたりしないか?」
「いや、残念ながら。しかし、敵も、護衛も死体がないってのが痛いな。まだ残っていないか、探らせてみよう」
「回収するだけの余力がなくてな」
「ああ、護衛としては正しい判断だと思う。ただ残念ながら今となっちゃ、もう証拠隠滅されている可能性の方が高いがね」
まあ、餅は餅屋だ。
無事に依頼は通ったようだし、しばらくは結果待ちだ。
「ところで、ヨーヨー。今回のとは別で、話があるんだが」
調査依頼の話がひと段落したところで、ゾラックは背筋を伸ばしてこちらに向き直った。
少しだけ、声が震えているように感じた。何だ?
「……雑談ってわけじゃ、なさそうだな」
「ああ。あんたに、知らせたいことと、お願いしたいことがある」
「盛りだくさんだな。知らせたいことって?」
「ああ」
ゾラックはこちらを真っすぐ見詰め、目線が交差する。
しかしどこか、目線が合っているのに別の場所を見ているようでもある。
一瞬の間の後、ゾラックは意を決したように口を開いた。
「あんたの屋敷は、近い内に襲撃される」
ガタン、と音がする。
後ろのキスティが思わず動いたようだ。
「……は? なんだって」
「この区画にある、あんたが最近買ったばかりのお家さ。近いうちに狙われるぞ」
「襲うのは誰だ?」
「『黒水』って呼ばれている奴らを、知ってるか」
どこかで聞いたことがあるような気がする。
だが思い出せない。
「……覚えはない」
「そうかい。このライリー区に蔓延る、害虫みたいな連中だ」
「あんたらの同業者か?」
「そいつは否定したいが、まあカタギから見たら似たようなモンだな」
地下組織か。しかし、いつの間にそんな事態になっていたのか。
気に障ることでもしたかね。
「襲われる理由がないんだが」
「あっちにはあるんだろう。『黒水』の奴らは、基本的にヨソ者が嫌いだしな」
まったく。
せっかく不動産を買ったというのに、全然使えていない。
辺境の探査艦周辺の方が、都会の屋敷より治安が良いってどうなのよ。
「その黒水ってのは、どんな組織なんだ?」
「この区画の地下で育った、未登録者どもの寄せ集めだ。過激な奴らには、ヨソ者を襲って追い出すことを生きがいにしているような連中もいる」
「何て迷惑な……未登録者?」
「住民として登録されていない連中だ。人頭税なんかも掛からんが、あらゆる保護の埒外にいる」
戸籍を持っていないみたいなことか。
うん、闇が深そうだ。
「……で、お願いってのは?」
「2つある。1つは……俺たちを、敵視しないで欲しい」
「敵視?」
「正直に言う。今回の襲撃、俺たちの……上の人間の誰かが、『黒水』の連中にあんたの情報を漏らした可能性がある」
「何?」
「確証はない。しかし、仮にそうだったとしても、俺たちに害意はない」
ゾラックは、やや下を向き、上目でこちらを睨むように見ている。
何かを祈っているかのようでもあるが、おちょくっているようには見えないし、少なくとも真剣な様子である。
「分からないな。分からないことだらけだ。仮におたくらの仲間が情報を漏らしたとして、何故それを俺に話す?」
「ああ。これは俺の独断だ。あんたはこの襲撃を跳ね返すだろう、きっとな。無傷とはいかないかもしれないが、『黒水』のはねっかえり連中に殺せるとも思えない」
「……」
「だが、そのことであんたの仲間の1人でも死んだら、あんたは相手を追い込むかもしれん。そして、その時まで黙っていれば、俺たちまでも敵になりかねない」
「何故、そんなことが言える? 俺とあんたも、そんなに深い仲じゃないだろう」
「……俺が、テッド会長の情報を集めたキッカケはな、同じスキルを持っていたからなんだ」
「スキル?」
「『直感』というスキルだ。使い勝手はすこぶる悪いが、偶にとんでもなく働き者になる」
「……それで?」
「俺は直感したんだよ。今が分岐点だってな。だから伝えたかったんだ。俺たちの同胞がおいたをしたかも知れないが、俺たちに害意はない。これは本当だ」
ちょっと混乱してきた。
ひとまずは、その襲撃とやらに対処しなければならない。どっちにしろ、しばらくは『もがれた翼』の連中に構っている暇はないが……。
「……分かった。こうして情報をくれたのは事実だしな、勢いであんたらに敵対しないように、少しだけ心に留めておこう」
「助かる」
少しだけ、ゾラックの表情が緩む。
まだ少しだけ、緊張感を残したままではあるが。
「それで。2つめのお願いってのは?」
「ああ。襲ってくる連中を、皆殺しにして欲しい」
「あん?」
「後始末は俺がケツを持つ。悪い話じゃないはずだ」
「……」
うーん。これ、何かの罠だったりする可能性はあるだろうか?
どう答えたものか、悩ましい。
「逃がしても、また襲ってくる。そして中途半端に殺したら、恨みを持ってもっと襲ってくる。やるなら中途半端はなし、皆殺ししかない。違うか?」
ゾラックはそう煽ってくる。
「そもそも、襲ってくる連中を皆殺しにして、あんたらに何の得があるんだ?」
「得はないが、『黒水』どもが大人しくなる」
「『黒水』って奴らに、俺が恨まれるだろう」
「皆殺しにすればそうでもないと思うが、万が一のときにも、そうならんように俺がケツを持つ」
「……」
まあ、襲ってくるなら手加減はしないで迎撃するしかないわけだが。
わざわざ皆殺しを指定してこられると、身構えてしまう。
「ヨーヨー、あんたにとって悪い話じゃない。俺の目論見通りに事が進めば、あんたの屋敷も安全になるはずだ」
「と言うと?」
「俺の関係者にはあんたを害さないように連絡するし、『黒水』はその場合は、あんたどころじゃなくなる」
「……」
「もう、『黒水』の襲撃は確定事項だ。避けられない」
「そう、か」
「だったら、この機会をお互いに最大限に利用してやろう。俺は『黒水』を追い込む。成功すれば、あんたの屋敷は安全になる」
「……良いだろう。確約はできないが、情報をくれた恩はある。なるべく奴らを一網打尽にしよう」
どうせ、襲撃されたら生きて捕まえようなんて甘いことは考えられないだろう。
このライリー区の衛兵は腐ってそうだから、捕まえたところで無意味かもしれないし。
「交渉成立だな」
「心掛けるだけだ。交渉というほどのことはしない」
「慎重だな、まあ悪くない。忙しくなりそうだ」
ゾラックは破顔して紅い草束を吸った。
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