第271話 訓練

エモンド商会会長の護衛を完了した。


どうせ一度は探査艦に戻るため、適当な場所から転移しても良いのだが、念のためライリー区の屋敷に帰ってから転移する。


探査艦に転移すると、目の前には散らかされた道具と、倒れているアカーネ。


「おい、アカーネ? 大丈夫か?」

「ん~……ご主人さま? 今何時……?」

「夕方だ。何してるんだ、お前」

「んあ~っ、いや色々作ってたんだけど……」


大きなあくびをして、アカーネがのそのそと起き上がって寄って来る。

良い位置に頭が来たので、撫でておく。

……ごわごわしてんな。ちゃんと風呂入ってんのかコイツ?


「……」

「あっ、ルキ! お帰り」

「アカーネ? 少し気を抜きすぎです」


ルキが珍しく、アカーネを窘めている。


「ご主人様。ご無事で何よりです」


キッチンの方から、布で手を拭きながらサーシャが来た。


「お食事は?」

「まだだ。頼めるか?」

「はい、問題ありません。そろそろかと思って、多めに作っておりますから」

「ありがとう」

「ルキは、ご主人様の装備の脱着を手伝ってくださいね」

「はい」


ルキに助けられながら、装備を脱ぐ。

今回は武装が中途半端だったから、いつもよりは解放感がないな。


魔導剣はこの機会にアカーネに調整をお願いしていた。

壁際に置かれた魔導剣を手にして魔力を流してみると、心なしか軽快な気がする。気のせいかもしれない。


「ルキも、今回は大いに助けられたな。よくやってくれた」

「いえ、防御スキルを使うだけでしたから。馬車に同乗していたジュモンさんも助けられませんでしたし……」

「会長を助けただけでも大手柄だろう。そう背負いこむな」


俺も、もうちょっと動き方を変えていれば他の護衛が死ななかった可能性もあっただろう。

だがそんなことを一々気にしていたら、身が持たん。

最低限、会長を護れただけでも万々歳だ。


「……」

「なんだ?」

「いえ」

「思ったことは言ってくれ、俺は鈍感だからな」

「いえ……ただ、あのときに主様が居れば、一族の子どもも、1人くらいは助けられたのだろうかと思ってしまいまして」


あのときとは、ルキの一族がクーデターで虐殺されたときだろうか。


「買い被りすぎだろう……そういえば、犬頭のクーデターはどうなったのかね」

「どうでしょう。レッドアリー族と争いになりそうでしたから、安泰とはいかないでしょうが」

「故郷が解放されてたら、一度くらい帰ってみるか?」

「いえ。私の居場所はここですから」

「そうか? まあ機会があったら、親御さんの供養くらいはしに行ってもいいぞ」


しかし、いざ行くとなったらどう行くべきかねぇ。

また砂漠越えは面倒だが、ダンジョン経由で行くのもまた大変そうではある。

以前と違って経路がはっきりしているので、前よりは楽に行けるだろうが。


転移装置前のフロアに、亜人が復活してたら面倒だ。


「しかしルキの防御スキルは、かなり有用だな。要人警護でも十分以上に役立つことも確認できた」

「ええ。主様と魔力の訓練をするようになってからは、一層扱いが上手くなったと自負しております」

「普段のパーティでの戦闘も、最前線で防御するか、サーシャやアカーネのような後衛を防御するかで、もっと役割をはっきりして動く方がいいだろうな。ルキ的にはどうだ? 退屈かもしれないが」

「いえ、性に合っていると思います。キスティさんのように、力を発散したいわけではありません」

「そうか」


便利だよな、防御スキル。

もう1人欲しいくらいだ。


「ご主人様、ご飯の用意が出来ました」


エプロン姿のサーシャが呼びに来る。

多少なり武装している普段と異なり、お母さん感が増している。



サーシャ特性の肉包みに舌鼓を打った後、今後の話をする。

倉庫で何やら特訓していたらしいキスティとジグ、アカイトも合流している。


「明日は、以前接触した『もがれた翼』に再度会いに行く。エモンド家の依頼でな。一緒に行くのはルキ、キスティ、ドンで良いか?」

ドンがギューと鳴く。

連れ回しているが、ドンは代わりがいない。すまんな。


「地下組織、ですか。それであれば、その2人が良いでしょうね」


サーシャが若干奥歯に物の詰まった言い方をするが、異論はないようだ。


「ルキは? 疲れてないか」

「問題ありません」

「キスティは……問題ないな」

「良いぞ、主!」


ちょっと汗臭いキスティは、元気はつらつだ。

行動も決まったので解散して、こいつにシャワーを浴びさせるか。



話し合いが終わった後、サーシャに呼ばれてキッチンに向かう。


「お留守の間に、非常食も色々用意しました。明日は念のため、いくつかお持ちください」

「ほう」


非常食はそれぞれ布で包まれ、中が見えない。

サーシャのことだから、食べられる味にはしてくれているだろうが……。


「ご主人様、それと。アカーネの様子はどうご覧になられました?」

「アカーネ? いや、自由にやってるよな」

「……はい」

「しかし、ブリッジは相当ごみごみしていたが、サーシャが許したのか?」


普段のサーシャであれば、片付けろと指示しそうなものであるが。


「ええ、まあ。ご主人様、今夜はアカーネとお過ごしください」

「ん? まあ良いが、何かあったか」

「あの子があそこにいたのは、あそこから動かなかったからですよ」

「む」

「初日は平気そうでしたが、最後の方は……。出来れば明日も、アカーネを連れて行って欲しいくらいなのですが」

「……」

「曲りなりに地下の組織との交渉ですから、ルキとキスティの人選で間違いないでしょう。用事を終えたら早めに一度お戻りください」

「お、おう」


アカーネ、あれで寂しがってたんかね。

俺より魔道具の方が気になってそうな素振りなのだが。

これが異世界流のツンデレか?



***************************


アカーネの部屋で目を覚ます。

昨夜は狭いだのなんだのと文句を言っていた割に、すぐに寝落ちしたアカーネを寝かせたまま、ブリッジに向かう。


「おはようございます」


天井から声がする。

ヘルプAIが、端末から話し掛けてきたようだ。基本的に受け身なヘルプAIさんだが、たまにこうして不意に発言することがある。条件は不明だが、何か基準があるのだろう。


「おはよう。昨日はあまり話をする時間もなかったが……俺が来るまで、艦内に変わったことはなかったか?」

「取り立てて報告事項はございません」

「キスティが倉庫で訓練をやってたみたいだな。どんなものなんだ?」


訓練プログラムの起動設定自体は俺がしたのだが、俺自身はやったことがないので内容はよく分からない。

あまりに暇になったキスティが利用していたようなのだが、役に立つなら俺もやってみるべきかもしれない。


「白兵戦プログラムと、即応戦闘プログラムが起動されています。内容としては殺傷力のないトレーニングコアやドローンを相手に、疑似的な戦闘を行います」

「キスティ……使用した者の評価はどうだ?」

「白兵戦プログラムは達人レベルです。即応戦闘プログラムは平均未満で苦戦しています」

「即応戦闘プログラムってのは、何が違うんだ?」

「より実戦的かつ総合的な戦闘経験を積むプログラムです。成績について平均未満と評価しましたが、原始的な兵器を使用していることを考慮すれば高水準と評価することもできます」

「あー、もともとは銃撃戦とかを想定しているのか」

「はい。参加者は白兵戦用の棒状の武器で対応しているため、訓練弾で射撃されて失敗するケースが極めて多いです」


そりゃあ、近付く前に撃たれたら辛いわな。

訓練なのだから、当たったら負け扱いだろうし。


「成功したときはどうしたんだ?」

「立ち回りを工夫して、一方的に攻撃されないようにして成功していることがあるようです」

「なるほど」


脳筋戦法が役立たないときは、立ち回りを改善するしかない。そういう意味では、良い訓練になっていそうだ。


サラダに汁物、肉と豪勢な朝食を平らげてから、キスティとルキ、ドンと出掛ける準備をする。

地下組織との接触だ。こちらに害意があるようにも見えなかったが、用心してフル装備である。

護衛任務では連れていけなかった魔導剣があると安心感が段違いだ。


魔力を流して様子を見る。

うむ、やはり魔力で創った剣と比べてスムーズに魔力展開できるし、手に馴染む。


「主! 準備できたぞ」


キスティとルキが防具の装着を終えて集まってくる。ルキは他のメンバーと一緒だと、無言で後ろに着いていくので、女騎士と従者みたいだ。


「キスティ。訓練はどうだった?」

「なかなか面白かったぞ、主。妙な光に当たったら終了なのが物足りないが」

「敵のスキルを避ける練習になるだろう」

「そうだが、鎧で受け流したりもできないのだ」

「受けきれない場合もあるだろうし、基本は避けて欲しいぞ。良い訓練だったようだ」

「うむ、まあ。ジグやアカイトも、鍛えておいたぞ。ジグはかなり筋が良い」

「よくやった、今後も頼む。最低限自衛できるようにならないと、探査艦から出て別行動もできないからな」

「主は過保護だな!」

「そうか?」


キスティとそんな会話をしながら、転移を準備する。


「いってらっしゃいませ」

「留守は頼んだぞ、サーシャ」

「はい」


サーシャに見送られて、オーグリ・キュレスの屋敷地下に転移する。



しばらく放置し、少しだけ埃っぽい屋敷を経由して、外に出る。

今回は、地下からあの薬の配給所みたいな場所には行かない。


近くの酒場で、『もがれた翼』に渡された板を見せる。

ここには関係者がいる可能性が高いと、テッド会長に教えて貰ったのだ。


「……何の用だい」


店主に板を見せてしばらく。カウンターの、少し離れた席に座った男が言った。

目線をやるが、男はこっちを見ていない。

しかし、俺と男の間に別のヒトはいない。俺に言ったのだろう。


「翼の関係者か?」

「そんなところだ」

「依頼があってな、窓口を探していた」

「どういう依頼だ?」

「情報を買いたい」

「……」

男は無言で、静かに頷いたようだった。


「少し前まで、護衛任務をしていてな。それ絡みなんだが」

「場所を変えよう」


男は座っていた座席に銅貨を置くと、店の奥に歩いていく。

それに付いていくと、行き当たりに個室があり、そこに男が入っていく。

キスティ、ルキを連れてそれに続く。


中は、椅子が何個か置かれており、周りには店の備品らしきものが並べられている。

本来は倉庫か?


「あんたの女どもは目立つな。次から、依頼のときは1人で来るか、せめて目立たないようにしな」

「目立つか?」

「顔が良いのはそれだけで人目を引く」


誉められているぞ、キスティとルキ。


「それはすまなかった。次回から気を付ける」

「……」


男は無言のまま、椅子の1つを向きを変え、こちらを向き合うように座った。

俺たちもそれぞれ、椅子を選んで男の前に並べて、座る。


「どうにも素人臭いが、この店を知ってるってことは、紹介者がいるな?」

「ここを教えてくれたのは、エモンド商会だ」

「エモンド……ほう」


初めて、男の表情筋が少し動く。

対面して見ると、男は白目がなくて、頬に赤い模様があること以外は、初老の人間族男性に見える。

フードを被っているので、頭に角とかが生えているかどうかは分からない。


「エモンドの遣いってわけか。紹介札は商人に貰ったか?」

「いや、何と言ったか……おたくの構成員に貰った」

「ほう……まあいい。ここでは概要だけ聞く。受けるか、受けないかも俺が判断することじゃないんでね」

「概要か」


エモンド商会の護衛中、不審な黒ずくめ集団に襲われたこと。

その犯人捜しをしていること。

エモンド家が報酬を負担するので、金に糸目を付けないことを簡単に説明する。


初老の男は無表情のままそれを聞いていたが、こちらが話し終えると小さく頷いた。


「ヒト探しか。それなら翼の連中を使うのも分かる」

「ん? あんたは『もがれた翼』のヒトじゃないのか」

「構成員ではないが、まあそれは気にするな。仲介の仕事はきっちりする」

「そうか。こういうのは、まず前金を支払うのか?」

「いや、受けることを決めてからだ。だが、俺の手数料は今貰う。銀貨1枚だ。払えるか?」

「ああ」


銀貨1枚を渡す。

非合法組織の仲介者にしては、良心的な値段と思ってしまった。


「あんた、最近家を買った野郎だろう。あっちからの連絡は、家にするか?」

「連絡はどういう形式で来るんだ?」

「伝言、文書、録音。色々あるぞ」

「文書で貰えるか。家……いや、ここで受け取ろう」

「分かった。2日後くらいにまた来てくれ」


郵便受けに入れておいて、盗まれでもしたら事だ。

ここは治安の良い日本ではないのだ。



店を出て、家に戻る。

気を張っていたが、すんなり済んでしまった。


明日はやることもないし、屋敷の掃除でもしよう。



***************************



皆を屋敷に呼び寄せて、再び屋敷内をピカピカにした翌日、再度店を訪れる。


また奥の部屋に通されると、そこには見知った顔が待っていた。


「また会ったな」

「あんたは……」


フードを外してこちらを見るのは、いつぞや地下で会った、『もがれた翼』の構成員。

俺に取引札とやらを手渡した張本人だった。

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